レイヴン・レイラニの物語の向こう側

ブルックリン在住の作家が、修飾と鎧、処女作『Luster』のドラマ化について語る

  • インタビュー: Khalila Douze
  • 写真: Naima Green

レイヴン・レイラニ(Raven Leilani)の処女作『Luster』は、ニューヨークで暮らす若い黒人女性の一人称視点で語られる。彼女は年上で既婚の白人男性と愛人関係になるのだが、後になって黒人少女の養子がいることを知る。2020年に初めて出版され、俳優テッサ・トンプソン(Tessa Thompson)の制作会社によるHBO局でのミニシリーズ化が決まった同作は、非常に複雑で、私がこれまでに読んだなかでいちばん引き込まれた小説だ。主人公のイディはブルックリン暮らし。ところが児童書出版社での仕事を失った後、愛人男性の家庭で暮らすことになり、彼の妻や娘との込み入った関係が始まる。大胆なユーモアと誠実さの持ち主であるイディは、次から次へとやってくる障害にすばやい機転で正直に向かい合うが、時としてかなり病的でもある。『Luster』のコミカルな切れ味を高く評価した多くの白人批評家がどうして気楽に笑えたのか、私には不思議でならなかった。

レイラニが『Luster』を書き始めたのは、ニューヨーク大学の大学院課程に在学中、教授のひとりに励まされてのことだった。「もうかなり本気で書くつもりになってたけど、恐怖心もあったし、『Luster』の前に書いた本にはそういう恐れが溢れてた。だから、一からやり直す気持ち、前とは違う方法で書いたの。そうして生まれた物語には、アートすることへの私自身の疑問が表れたわ」。イディは奔放かもしれないが、レイラニ自身は非常に用心深い。イディの嗜好や行動は一種世慣れた感じだが、『Luster』には明確な意図が込められている。レイラニの言葉を借りるなら、「思うままに行動しても罰せられないワイルドな黒人女性を書きたかった。そういう彼女の生き方を妨げる個人的な障害と組織的な障害のすべてを語りたかった。でもいちばんの焦点は、体験の積み重なりがもたらす感覚なの」

ブロンクスとオルバニーで成長したレイラニは、『Luster』を書き始めたとき、とにかく自分の中から吐き出したくて仕方がなかったという。当時は、出版社でのアーキビストおよび文芸雑誌の編集者として働くかたわら、ゼイディー・スミス(Zadie Smith)やケイティ・キタムラ(Katie Kitamura)らと学ぶ学生だった。現在は次の小説に取り組んでいるが、内容については固く口を閉ざす。今回は、ミーティングで私の所見を論じる代わりに、メールでのやりとりを希望された。「質問には精確に答えたいし、そのためには書くほうがいいから」

冒頭の画像 Raven 着用アイテム:ワンピース(Gauge81)ヒール(Manolo Blahnik)

カリラ・ドーズ(Khalila Douze)

レイヴン・レイラニ(Raven Leilani)

カリラ・ドーズ:物語を書き始めたのはいつ頃? 書き始めた理由は?

レイヴン・レイラニ:12歳か、それより少し前。友達に読ませるためにルーズリーフでちょっとした冊子を作って、授業中に回し読みしてた。1度まずいことになったけど、それ以外は、先生たちも書くことを奨励してたわ。書いた理由は、私が敬虔で孤独な子供だったから。信仰してた宗教のせいで、人との付き合いは簡単じゃなかったの。自分で自分の楽しみを見つけるには、お話を書くことがいちばんの方法だった。

家庭の宗教は何だったの?

セブンスデー アドベンティスト教会の信者となるべく、育てられたわ。

執筆の過程でいちばん楽しい部分は? 年月の流れと共に変化してる?

諸刃の刃になることもあるけど、1日中、ひとつの文章をあれこれ考えるのが大好き。長い時間がかかるのは、もっとも精確で明瞭で、しかも大切な豊かさを犠牲にしない表現を探しあぐねてるときが多いわ。私は修飾が好きなの。ただ、修飾が鎧にならないように注意してる。もともとすごく遅筆だから、時間をかけるのは厳密には意図したうえでの選択じゃないし、奨励もしないけど。不安のせいで、ぐずぐず手間取る場合もある。そのことも年を追うにつれてわかってきた。とはいえ、小さい部分に拘って、時間をかけて、最後に「これだ」って心の底から確信する瞬間のために生きてるのよね。

イディというキャラクターの種をあなたに植えつけたのは何? そこから、どう育っていった?

私の関心は感覚だけ。認められること、満足するセックス、お通じ…、そんなものを待ち望むのはどんな感じなのか? ボールに向けてスイングして、打ちそこなったら結果を受け容れる。そんな生き方を猛烈に求めていて、しかもそうできるほど自由な黒人女性を頭に描いて書き始めたときに、イディというキャラクターが生まれたわ。

本の前半は、私、彼女の名前がイディだってことを忘れてた。なんて言うか、姿が見えないの。それは、同居を始めた頃のレベッカやアキーラの態度や他の場所でイディが扱われる様子にも関連してる気がする。彼女が人に名前で呼ばれる会話があまりないのは、意図してのこと?

正直言って、『Luster』の視点と、名前とか家具みたいな日常のディテールを私が無視しがちなことと、両方のせいかもしれない。具体的な詳細を書き込みなさい、って注意してくれる編集者に感謝だわ。『Luster』の場合、読者はイディの頭の中にいるわけだから、当然他の人たちの名前が出てくる度合いのほうが大きいし、あなたの言うとおり、イディ自身の存在を希薄にする作用があると思う。登場人物が対話したらお互いを名前で呼ぶ機会もあるんだけど、私の小説には対話の場面がほとんどないしね。

肉体は『Luster』の要ね。肉体への執着には意図があったの?

女性たちが自分の体に関して作り出すプライベートな儀式に、前からすごく興味があったの。体に関わるあけすけな表現、特に体の手入れと観察を書くのは、複雑な細かい問題に踏み込むことが目的だった。大抵の女性は自分以外の女性の体をとても鋭く観察するわ。そういう条件付けを感じてほしかったの。注意力の鋭さだけじゃなくて、それが肉体表現の抑圧と結びついてることも含めてね。そのためには、便秘の解消に躍起のイディを見せることが大切だと思った。

イディがピエロの学校の面接を受ける場面があるでしょ。あのときの面接官がすごく真面目なのに対して、イディの口調が全般的にすごく平板なのが印象に残ってる。イディのジョークは、人種差別とか性差別とか悲嘆とか、かなり深刻な事柄なのに、就職の面接ではもっと物事を真剣に考えるように言われるのよね。イディのユーモアについて話してくれる?

彼女の内的現実の思考や意味合いと誇張された外的現実は、馬鹿げたほど食い違っていて、軋轢がある。人種差別や性差別は馬鹿げたものに感じられるべきなのよ。私は『Luster』をユーモラスな本にしたかったけど、何とか生きていこうとする黒人の女性を書いてたら、自然にそうなった部分も大きいわ。自分がいる残酷な世界に対してイディが無表情な諦めを感じてるは、残酷さがありふれているからだし、諦めが生き抜くために必要な鎧でもあることを示してる。

イディが絵を描くことはほとんど目立たないし、正当に評価もされないけど、鋭敏な観察者の役割を演じる意味で面白い設定だと思ったわ。

イディに絵を描かせたのは、私が絵を描くことについて書くのが好きだから。最初に夢中になった表現媒体が絵だったことも、理由のひとつね。絵を志して早い時期に諦めたから、挫折とアートについて正直に書こうとしたら、その体験が浮かんできたの。絵を描いたり文章を書いたりするには厳密な吟味が要求されるけど、イディのように周辺部の存在であることに馴れてる人は、吟味に熟練してるんじゃないかな。存在を気づかれない人は、能力のせいで視界が曖昧にぼやけることがない。妨げなしに観察できるのよ。

イディとアキーラの繋がりは、イディ自身がインナーチャイルドと触れ合う方法のような気がする。ふたりの繋がりが『Luster』の癒しの面に感じられるけど、イディとアキーラそれぞれにとっての意味を、あなたはどう考えてる?

イディは、アキーラという少女のなかに、自分と同類の魂を見ているわ。孤立して、自分を守るための姿勢をとってはいるけど、導きと交わりを必要としている。でも、ふたりには大きな違いがあるし、両方が不安定だから、感情の面では助けになれない。どうすればアキーラとの繋がりを作り出せるのか、イディにも確信はないの。にもかかわらず、ふたりなりの喜びと仲間意識を見出すことが重要だと思った。両方が共に働きかける。繋がり合うために、それぞれのやり方の大きな相違を乗り越えなきゃいけないことも、大切だと思ったわ。

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スラッシュ メタルのコンサートの場面がすごくうまく書けてるのは、実体験があるから?

もう若くないし、おとなしくなったから、スラッシュのコンサートからは引退。でもモッシュは何度か経験があるの。完全に溶け込んでたわけじゃないけど、周囲の興奮状態はエキサイティングだったわ。自分の部屋にひとりでいるときは、パワフルな音を聴くと頭がすっきりするから、今でもメタルを聴きながら書くのが好き。すごく集中できる。画家だった兄も同じで、「こんなアングリーなのは聴いたことがないはずだ」なんて言いながら、アルバムをくれてた。車で旅をしてたときも、後になって『Luster』の草稿を書いてたときも、乗り切れたのは強烈なノースシアターのおかげ。

私はカリブ海出身だけど、あなたも? イディの先祖に触れたときの微妙な感触で、そうじゃないかと思うんだけど。

そう、トリニダードよ! 1940年代に、祖父がネリッサ号という船でニューヨークへ来たの。「ネリッサ」って私の名前と同じ漆黒の髪の女性という意味。信じられる?

『Luster』が出版されて2年ね。どんな2年だった? 反響をどう思う?

思いがけないほどの反響だったわ。読者が真摯に受止めてくれたし、私自身の生活も完全に変わった。あの本には、言わばキッチンの流しに積み上げた汚れもの、ありとあらゆるゴミや埃、私の脅迫観念と不安の全部が入ってる。それを読者が受け止めてくれたからこそ、今は好きな仕事をする時間が持てるし、家族もサポートできる。今でもまだ、新しい読者がメッセージをくれるのよ。まったく完璧なトリップだわ。実はこの2年は、人生で最高の喜びと最低の悲しみを体験したの。兄と父が2020年に亡くなって、書店回りを終えた後は少し静かになる時間が必要だった。あまり調子も良くなくて、何もかもが一度に押し寄せたみたいな変化に適応する時間が必要だったの。だけど、そういう時間を持つことができたのも、『Luster』と読者からの応援のおかげ。

HBOでのドラマ化はどんな具合?

何から何まで申し分ないチームよ。制作は俳優のテッサ・トンプソンが立ち上げた会社で、プロデューサーはキショリ・ラジャン(Kishori Rajan)、脚本はジャッキー・シブリーズ・ドラリー(Jackie Sibblies Drury)、監督はリレアナ・ブライン・クルス(Lileana Blain Cruz)という顔ぶれ。素晴らしい作品にするために、全員が真剣に取り組んでる。

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最近はどんな本を読んでるの? ベッドサイドのテーブルには何が置いてある?

最近読んだところでは、シャンタル・V・ジョンソン(Chantal V Johnson)の『Post Traumatic』、ナナ・クワミ・アジャイ・ブレニャ(Nana Kwami Adjei Brenyah)の『Chain Gang All Stars』、アイザック・フィッツジェラルド(Issac Fitzgerald)の『Dirtbag Massachusetts』、カルメン・マリア・マチャド(Carmen Maria Machado)の『In the Dream House(イン ザ ドリームハウス)』、リン・マー(Ling Ma)の『Bliss Montage』。

好きな作家はいる?

多過ぎて、数えられないくらい。さっき挙げた作家も全部大好きだけど、その他にはファリハ・ロイジン(Fariha Roisin)、メリッサ・フィーボス(Melissa Febos)、ドリーン・セント・フェリックス(Doreen St Felix)シーラ・ヘティ(Sheila Heti)、アレグザンダー・チー(Alexander Chee)、デイモン・ヤング(Damon Young)、ガース・グリーンウェル(Garth Greenwell)、アサリ・ソロモン(Asali Solomon)、パム・ジャン(Pam Zhang)、サラ・タンカム・マシューズ(Sarah Thankam Mathews)、レスリー・スタイン(Leslie Stein)、ケイトリン・グリニッジ(Kaitlyn Greenidge)、シャロン・オールズ(Sharon Olds)、ハニフ・アブドゥラキブ(Hanif Abdurraqib)、サイディヤ・ハートマン(Saidiya Hartman)。

絵の道を諦めたのはどうして?

描くのをやめたのは19の頃。どうしようもなく自分の限界を感じたし、上達に必要な謙虚な気持ちも自制心も持てなかったから。優れた画家になるための基礎づくりは退屈そうで、かといって二流三流の画家に甘んじることも我慢できなかった。私、厳密で綿密な観察が要求される形態要素がすごく苦手だったの。でも2020年に父と兄が亡くなった後、ひとりの友人が絵の具とキャンバスを送ってくれたてね、ほとんど絵を描かなくなって10年近くになるけど、また描き始めたわ。今はもっと忍耐と注意力がある。必要なまさにそのときに、人生に絵が戻ってきたわ。

Khalila Douzeはシカゴを拠点とするフリーランス ライター、パブリシスト、タロット リーダー。『Cultured Mag』、『Vogue』、『Dazed』、『i-D』など、多数に執筆している

  • インタビュー: Khalila Douze
  • 写真: Naima Green
  • 翻訳: Yoriko Inoue
  • Date: December 16, 2022