ホンマタカシは「物事をそのままに」

すでに伝説となった日本の写真家が新作品集『17』と良い写真の定義を語る

  • 文: Hyunji Nam
  • 画像/写真提供: Takashi Homma/Dashwood books
  • プロダクション: Taka Arakawa / Babylon

「東京には、好きと嫌い、両方の気持ちがあるんです」と、ホンマタカシは認める。身近な場所や人に対して、誰もがいずれかは感じうる相反した感情だ。東京を撮ることにキャリアの多くを費やしてきたホンマも、例外ではない。つい最近出版したばかりの『17』は、東京をはじめ、さまざまな場所で靈樹(Raiki Yamamoto)を撮影した作品集だ。東京と鎌倉を拠点に絵画、彫刻、インスタレーション、パフォーマンスで注目を集めているこの若きアーティストについて、ホンマは「初めて仕事で会ったときから、集中して撮って本にしようと決めていました」と言う。

タイトルの『17』は、靈樹の17歳の一年間を意味する。『Purple』や『Dazed』など、雑誌のファッション写真の撮影で出会ったホンマと靈樹は、世代の差にもかかわらず、同じ時代を生きる者として共に『17』を制作し、プロモートしている。「大抵の人は、仕事をしているときとそうでないときでふたつの顔を持っていることが多いけど、彼にはそれを感じない。いつも私を安心させる存在感があって、そういうところをとても尊敬しています」と靈樹は語る

『17』のなかで、靈樹は少女から大人へ移行していく。正面からレンズを見据える表情には不安と決意が混じり合っている。「若さ」は、『トーキョー ティーンズ』(1996年)に続き、『東京郊外』 (1998年)でも繰り返されたテーマだ。どちらも東京郊外の光景と子供や思春期の少年少女を捉えて、ホンマの代表作に数えられる。特に、権威ある木村伊兵衛写真賞を受賞した『東京郊外』は、現在、オンラインで高値がつく垂涎のコレクターズ アイテムだ。

『17』では少女から大人へ移行していくアーティスト靈樹の1年を追った。Copyright by Takashi Homma/Dashwood Books。冒頭画像:「若さ」のテーマを追い続ける新作品集『17』(2024年)。Copyright by Takashi Homma/Dashwood Books

ホンマは今年61歳になったが、信じられないほど活発に多数の出版、展示、ファッション エディトリアル、幅広いブランドとのコラボをこなす。「写真を仕事に選ぶことにした」のは、若き日に「ウィリアム・エグルストン(William Eggleston)、ロバート・アダムス(Robert Adams)、荒木経惟をはじめ、たくさんのアーティストの作品を見た」のがきっかけだ

1962年に東京の郊外で生まれた。家業はカメラ屋。やがて日本大学芸術学部写真学科で写真を学んだ後、東京の広告制作会社にカメラマンとして就職したが、1990年代初めにロンドンへ移り、『i-D』などの仕事をした。「始めた頃は何も知りませんでしたが、だんだんと写真が向いていると思いました」とホンマは振り返る。当時と現在でいちばん違うのは、物理的な印刷からデジタル スクリーンへ媒体が変化したことだ。「でも、イギリスでは今だに紙のインディペンデント雑誌がたくさん出ているのに、驚いています」

『17』の発売からわずか数週間なのに、ホンマはすでに次のプロジェクトに焦点を合わせている。Copyright by Takashi Homma/Dashwood Books

ホンマ自身は、長年にわたり、印刷媒体で作品を発表してきた。従来のフレーム プリントに留まらず、ジン、ハードカバー、『Brutus』のような雑誌のポスターなど、体裁はさまざまだ。ひとつの分野に秀でた巨匠ともなれば、揺るぎない信念や欠くことのできない価値観がありそうなものだが、被写体にも技術にも開放的なアプローチを大切にするホンマは、カメラ オブスクラのようなアナログ的手法とデジタル技術の両方を使う。『2023 AW Istanbul Collection』はiPhoneで撮影した写真だけで構成されている。良い写真はアーティストに内在するものではなく、外的なものだと考え、「オープンな写真が好きです。アノニマスな鑑賞者が好きに解釈出来る写真です」と言う。

この言葉は、マーティン・パー(Martin Parr)とジェリー・バジャー(Gerry Badger)の共著『The Photobook: A History, Volume II』に書かれた『東京郊外』評と合致している。ホンマの作品には、「見る者の興味を引き付け、思いを巡らせることができる曖昧な」雰囲気があるというのだ。曖昧であるがゆえに、見る者は問いを持ち続け、あれこれと考え続ける。有名な『Tokyo and My Daughter』もそうだ。被写体の子供はホンマの娘だとする説がオンラインでは多かったが、実はそうではないとわかり、がっかりした人もいるだろう。ホンマ以外の人が撮影した写真もあった、というのが『Tokyo and My Daughter』の事実だ。

左:『東京郊外』(1998年) 右:『その森の子供 / Mushrooms from the forest』(2011年)。 Copyright by Takashi Homma

ホンマは昨年、カナダ建築センター(CCA)でのグループ展に参加した。そのとき若い写真家たちに与えたアドバイスは「カメラが写真を撮る。若い写真家たちは、特に日本の若い写真家たちは、常に被写体に自分の感情を被せようとする。しかし私は彼らにいつも言うんです、心配しないでください、カメラが写真を撮るんです」。Instagramのハンドルネーム「@seeing_itself」にも、「物事をそのままに見る」という理念が反映されている。どうすれば良いものを見分ける感覚を育てられるかという質問に、ホンマはこう答えた。「世界は自分より大きくて広いという、当たり前の事実を考えたほうがいいと思います」

「どうすれば良い写真になるのか、知っていたら僕にも教えてください」とも言う。写真の本質的な価値を形作るものは何か? 長年写真を撮り続け、熟練の域に達したホンマであっても、それを言葉にすることはできない。知れば知るほど慎重になり、言葉数が少なくなる。作品の評価は10年くらい経たないとはっきりしない、というのがホンマの信念だ。「でも10年経てば逆にはっきりします。良いものと意味のないものが」

ホンマの作品は継続的な取り組みだ。総体的に『ニュー ドキュメンタリー / New Documentary』と呼ぶプロジェクトは、持続した考察と試みを特徴とする。広く知られる『ニュー ウェーヴ / New Waves』シリーズは2000年にハワイでスタートし、その後異なる場所と時間で発展を続けている。北斎の「富嶽三十六景」を念頭にした『Thirty-Six Views of Mount Fuji』シリーズは2016年、「キノコ / mushroom」シリーズは2011年から、それぞれ続いている。

ホンマの言葉を借りるなら、『ニュー ドキュメンタリー / New Documentary』を貫くコンセプトは「small and intimate」。「身近にある、ちょっとした物事」といったところだろうか? 表面的には単なる都会や自然の写真に思えるが、よく見ると、複雑に入り組んだ社会文化的な文脈が浮かび上がってくる。例えば、キノコの写真は東日本大震災と福島の原発事故に繋がっている。ホンマは放射能汚染を受けたキノコを探して、3つの大陸を訪れたのだ。『Stars and Stripes』は、同時多発テロ発生後の数週間にニューヨークで撮影した写真集で、日常の場面に追悼の言葉と慰霊の花が混在している。ホンマは声高にテーマを宣言することはないが、隠喩的に、幾層にも重なり合った意味を表現する。昨年出版された写真集『Tokyo Olympia』には、2020年東京オリンピックに向け、6年にわたって変わり続けた東京の風景が記録されている。異なる時点から眺めることで、東京の景観は無限に姿を変え続ける。

『17』(2024年)より。Copyright by Takashi Homma/Dashwood Books

アーティストとしてファッション界にも愛されるホンマは、『HommeGirls』、『Self Service』、『GQ』といった雑誌と仕事をしているほか、Prada(プラダ)、Saint Laurent(サンローラン)、We11done(ウェルダン)、ASICS x Cecilie Bahnsen(アシックス x セシリー バンセン)など、さまざまなブランドのコレクションでもコラボしている。ファッション業界人はホンマに敬服し、彼の洞察を求める。ドキュメンタリー写真と異なり、ファッション写真には一種の「意図」や「方向性」が付き物だが、ホンマは「ファッションの撮影をするときも、いつもドキュメンタリー写真として撮影しています」と明かす。

写真集として入念に編集されたとき、作品は一層強いインパクトを放つ。そんな写真集を探せる素晴らしい場所が、東京にはたくさんある…代官山T-Site、POST ブックショップ、アートブック専門ディストリビューターのtwelvebooks、神田神保町の古書店街。そこで世界のSSENSEファンにおすすめの場所を尋ねると、生まれも育ちも東京のホンマから意外な答えが返ってきた。「ワルツ。僕の音楽活動のレアなカセットテープを売っています」。熱心なファンなら知っていることだが、ホンマはピアノ、ギター、映像制作など、写真以外のプロジェクトにも関心があるのだ。

『17』の発売からわずか数週間なのに、ホンマはすでに次のプロジェクトに焦点を合わせている。今秋には、ニューヨークの写真集専門書店Dashwood Booksから、日本人のポートレート写真を総集した『Portrait of J』が出版される。バングラデシュ行きも決まっている。「UNHCRと瀬戸内国際芸術祭のアートプロジェクトで、難民の人たちのポートレートを撮影します」

常に新しいものを探求し、長年にわたって着実に歩みを続けてきたホンマの作品群は、現代のクリエイターたちに深い共振を呼び起こすが、束の間に消え去る今日の写真とは遥かな隔たりがある。AIがフォトショップを使って空想的な画像を作成し、ソーシャルメディアのおかげでアーティストが一夜にして有名になれる時代を、ホンマは皮肉まじりに眺めている。「僕も一夜にして有名なアーティストになってみたいものです」

  • 文: Hyunji Nam
  • 画像/写真提供: Takashi Homma/Dashwood books
  • プロダクション: Taka Arakawa / Babylon
  • 翻訳: Yoriko Inoue
  • Date: August 9, 2024