セルフィー、AI、そしてポルノ
アルヴィダ・バイストロムはAI生成のヌード画像でデジタル時代における性の消費と搾取を問う
- インタビュー: Liara Roux
- 画像/写真提供: Arvida Byström

アルヴィダ・バイストロム(Arvida Byström)はエッジロード(重度中二病患者)だ。彼女のアートは、社会が容認するぎりぎりの限界で揺れ動く。最新の写真本『 In the Clouds』では、OnlyFansに類似したプラットフォームでの実験を記録すると同時に、とかく議論の的になる3つの問題を結びつけた。セルフィーとAI とポルノグラフィだ。「服を脱がせる」AIアプリを使い、生成された人為ヌードを有料会員に送信するプロジェクトは、進行するにつれて不具合の多い奇怪な画像になっていった。そして予想通り、オンラインとオフラインの両方で、かなりの反発を引き起こした。セックスワーカーたちは、自分たちの労働を無償で流用する画像生成モデルを利用したことで、バイストロムを批判した。アート界の関係者たちは、バイストロムの作品はアートではなくポルノだという理由で、近日開催予定の展示を中止するように美術館へ働きかけた。だが、どちらも的外れだ。
アートは純粋な道徳を求めるものではない。優れた挑発的アートは、自己や社会を映す鏡面の役割を果たす。バイストロムが利用するAI画像生成は確かに搾取ではあるけれど、彼女の作品がその搾取を問題として提起していることは明らかだ。AI画像生成を利用することでバイストロム自身も搾取の共犯者になったが、それを言うなら、チャットGPTはじめ、オンラインで手軽に利用できるその他のAIツールを使う人たち、つまり私を含むその他大勢も同じことだ。
エッジロードとして有名なライダー・リップス(Ryder Ripps)は、2014年、エース ホテルによるレジデンシー プロジェクトの一環として、セックスワーカーたちに50ドルを払ってクレヨン画を描かせ、『ART WHORE』と銘打った。その後、轟々たる批判の槍玉に挙げられたのは当然だ。稚拙だったこともあるが、もっと重要なのは「つまらなかった」ことだ。それはまるっきり中身のないコンセプトだったし、アート界の搾取という文脈にあてはめるにはあまりに薄弱な試みだった。その点バイストロムは、はるかに関心を喚起するものをクリエイトし、AIツールを批判すべき理由を明確に示した。AIツールの本質は引用であり、無償でオンラインに掲載したすべての人の作業と知的所有権を利用するからだ。バイストロムはセックスワーカーたちの体を流用しただけでなく、自分の体と顔を使うことで、彼女自身をも搾取した。

リアラ・ルー(Liara Roux)
アルヴィダ・バイストロム(Arvida Byström)
このプロジェクトをやろうと思ったきっかけは?
私は大抵の場合、AppleのSiriとかAIのセックスドールとか、女性のかたちをとったデジタル要素を創作に取り込んでるの。それからDALL-Eのアウトペイント ツールを使ったりしてた。要はAIを使ってコラージュするツール。アップロードした写真や絵をAIで編集するわけ。そんなことをしてた11月頃、「裸にする」プラットフォームの広告に対する苦情がツイートされてるのを見て、そこから「裸にした」写真のコラージュを思いついたのよ。やってみたら、かなり本物っぽい出来栄えだった。それでそのプラットフォームに興味を持って、色々やってたら、どんどん不具合の多いグロテスクなものになっていって…。そうこうするうちにOnlyFansの競合のSunroomから連絡が来て、スポンサーになってくれるって言うから、インフルエンサーのセックスワークの現状を探るおもしろい方法になるなと思って。
AIは、ウェブから無償で流用して掻き集めたイメージを基にして学習させるよね。自分の体と別の女性たちの体をくっつけるのは、どんな感じだった? 『In the Clouds』を見て、私はフィリップ・パレーノ(Philippe Parreno)のアンリーを思い出したわ。アニメ キャラクターとはいえ、中年の白人男性がアジア人の女の子を使って自分を代弁させる。それって、一般的にディズニーやハリウッドがやってることとは違うと思う。ディズニーやハリウッドは、監督やプロデュ―サーや脚本家が登場人物に喋らせてるんだから。あなたの作品にも、パレーノの場合と同じような居心地の悪さがある。
私は、AIにまつわる複雑なおカネの面に目を向けてほしかったの。ああいうAIツールで儲けるのは誰? 今回のプロジェクトのツールは、海賊版のポルノビデオからタダで収集したセックスワーカーたちの画像と、そういうデータを搾取的に安い賃金でシステムのために分類する労働者で成り立ってる。なのにどうして全部の稼ぎがGoogleに行くの? そういうデータセットで、美しいとか「規準的」とされる体について、何を教えようとしてるわけ?
私は、これまでの創作でもセクシュアリティを扱ってきたわ。ポルノにするつもりはなかったけど、そういう目的で使う人がいることも知ってる。ポルノに反対じゃないけど、広告やソーシャル メディアやポルノで女性を理想の性的対象にした画像を見ると、その影響について考えてしまう。そういう問題をはらんだ領域で、私は創作してるの。道徳的に「良い」とか「悪い」アートを作ってるわけじゃなくて、みんなにそういう画像を見たときの自分の反応を考えてみてほしい。
実はこの前の週、ある美術館の人たちと話をしたの。その人たちは私と組みたいんだけど、キュレーターたちが止めろって電話をかけてくるんだって。理由は私がポルノを作ったから。それを聞いて私、猛烈に腹が立ったわ。確かにポルノは作ったけど、あくまでアートのプロジェクトのためだし、ポルノという理由で何も変わる必要なないはずよ。今回のプロジェクトのコンセプトは、ポルノから遠ざかることじゃなくて、AIによる画像生成が導入されてからのポルノに対する認識の変化を問うことなんだから。すごく頭に来たもうひとつの理由は、私はこれまでにも、はるかに問題のある作品を作ってきたってこと。アート関係の組織が私の商業的な作品に反発するんだったら、わかる。だって、私から見たら、あっちのほうがはるかに道徳的に疑わしいもの。


AIツールの使い方を考えさせる、明らかに政治的なプロジェクトだから、なおのこと悔しいよね。『In the Clouds』は「問題になる」部分もあると思う。そんなアートを創作するべきじゃなかったって言ってるわけじゃないよ。ただヌードの存在しないAIアートを作ってる人もたくさんいるけど、あなたの場合は、搾取と権利の侵害が蔓延したセックス産業の画像を使うから、テック企業による画像の流用がどれほど大きな問題か、一目瞭然になる。目にした人に、感情的な反応を体感させる。そこに価値があるのよ。
今現在、経済のおカネは全部、頂点に吸い取られている。もし誰もが経済的に安定してたら、AIは単におもしろいツールっていうだけで、今みたいな問題にはならないよ。ほら、DJが現れ始めたとき、仕事がなくなって、DJに対してすごく腹を立てたライブのバンドがたくさんあったでしょ? じゃあDJがいちゃいけないかと言うと、そうじゃない。コンピュータが生成した音楽を楽しむこと自体には、何の問題もない。だけど生演奏に必要な技術は守り続けるべきだし、ライブのミュージシャンたちが政府の支援を受けられるようにしなきゃいけない。だって、生演奏が消滅したら悲劇だもん。
AIには限界があるわ。常に過去を映すことしかできない。新しいデータセットを作るには、人間の手が要る。例えば、もっと一般大衆の体を反映した、今よりもっとリアルなレズビアン ポルノを作ろうと思ったら、ゼロからスタートよ。今のところ、そのタイプのポルノを有効にAIを学習させられるだけのデータがないからね。そこがAIの問題。
セックスワークのプラットフォームでAI生成画像を販売するのは、感情的にどうだった?
それに関しては、今でも色々と相反する気持ちがある。人為的なヌードはまったく気にならなかったわ。写真からしてすでに人を騙した媒体だからね。実物を見せているようで、実は操作されてる。だから、AIの人為性は、写真で探っていたテーマをもっと押し進めただけ。
いい意味で驚いたのは、ファンサイトに集まったクライアントたちよ。嫌な奴らも多少はいたけど、登録してくれたのは、概して、アーティストとしての私と繋がることに意味を感じてくれる人たちだった。癒しを求めてる男性が多いのにもびっくりした。 チャットをしているうちに、AIのキャラクターに親密感を持つ人も多かったな。プロジェクトの終わり頃には不具合が多いメッセージや画像を送ったのに、解剖学的に画像に問題があるなんて、ほとんどのクライアントは言ってこなかったわ。
みんな、ファンタジーに入れ込んでる。
男はセックスに関して感情的にならないと思われてるけど、実際は感情的に入れ込んでる。
今回のプロジェクトで、セックスワークに対する視点は変わった?
私はスウェーデン生まれだし、スウェーデンにはご存知の北欧モデルがあるからね。あれには問題もあるしセックスワーカーにも問題を引き起こすけど、基本的に、セックスワーカーに責任を押し付けることはないの。私が子供の頃だって、セックスワーカーが悪いなんて一度も考えたことがなかった。今回のプロジェクトで変わったことがあるとしたら、クライアントに対する見方だな。きちんと敬意を示す人が多くて驚いたもの。でも、それほど単純なことじゃないよね。私は大方のセックスワーカーのような危険な立場にいなかったし、これはオンラインでの仕事だったし、あのプラットフォームで生活費を稼いでるわけでもなかったから、危ない要求にはノーと言えた。直接チャットもしなかった。クライアントがチャットしたのは、私じゃなくて、優しくて従順なAIボット。
セックスワークがトラウマになる人も多いけど、私はそうじゃなかったわ。嫌な客も悪い日もあったけど、他の仕事よりは私には向いてた。
そうそう。ただね、セックスワークに関してはあまり大っぴらに話したくない。多分フリーランス一般の仕事と同じで、不安定な立場のときは安い賃金を受け容れざるを得ないプレッシャーがあるんだよね。写真家として駆け出しのころなんか、肉体的にものすごく不健康だったもの。今回みたいなデジタルのプラットフォームは、すごく特殊なセレブのセックスワークみたいな気がする。
知らない人が多いけど、セレブにはエスコートをやってる人が多いもんね。アメリカにすごく大きな代理店があって、C級の女優やインフルエンサーやモデルを派遣してる。もちろん、すごくプライベートなサービスだけどね。アート界にもセックスワークがたくさん隠れてる。あなたみたいなプロジェクトにすごく反発するのは、そういう取引的な関係があからさまになることへの恐怖もあるのかも。
セックスワークが問題だと思われる理由は理解できるけど、セックスワーカーたちの現実の生活を考えてほしいわ。もちろん、理想的な夢の世界なら、誰だって意に沿わない仕事をする必要はないだろうけど、私たちはそんな世界で生きてるわけじゃないでしょ。では、この現実をどう扱えばいいのか? 性急な一方的判断でいいのか? 社会はこういう事柄に白黒をつけたがるけど、そんなはっきりした答えなんてないわ。セックスワーカーが対話に参加することに価値を認めないのは馬鹿げてるし、セックスワークという職業にはすごく大きな価値がある。


プロジェクトを進めてるとき、アマリア・ウルマン(Amalia Ulman)の「Excellences and Perfections」が頭に浮かんだ? いくつか類似点があるように思うけど。
もちろん。彼女も私もオンライン上の「現実」の本質を探ってる。「Excellences and Perfections」はちょうど10年前のパフォーマンスなの。この10年で、体に対する考え方とかプラットフォームの仕組みとか、色んなことがすごく変わったでしょ。フェイクなコンテンツもどんどん増えて、本当のコンテンツを見分けたり、ソーシャル メディアやOnlyFansみたいなサイトで育つ一方通行な関係の外側へ目を向けるのは、みんなが思いもつかないくらい難しくなってる。そもそもファンタジーが売り物のプラットフォームにとって、リアリティがどれほど大切?ってことよ。
ウルマンのパフォーマンスは上から目線だってすごく批判されたけど、実はあの時期の彼女はパパ活をしてたのよ。果たしてウルマンは上から目線だったのか、それとも自分を馬鹿にする人たちを馬鹿にしていたのか? その受け取り方のどの程度が、キュレーターたちの考え方に左右されたんだろうね。あなたも体験済みだろうけど、アートの組織はポルノグラフィを積極的に差別するでしょ。ちっとも本気で考えていない。その結果、アーティストは器械体操並みにコンセプトを操る方法で差別化を図るしかなくなった。
もっと規範に沿ったスタンスを私に薦めるキュレーターも多いよ。作品についても、「自分はそこらのつまらない女より優れてる」と私が思ってるみたいに質問されることがある。ちょっとちょっと、わたしもつまらない女のひとりなんですけど!って感じ。私はア-ティストとして私のアートを創作してるの。それは複雑なの。スタンスをとってるわけでもないし、人を馬鹿にしてるわけでもない。私の作るものは人を不快にさせることもあるし、多分グロテスクなのかもしれない。だけど、私が作る視覚イメージには必ず美しいものがあると、私自身は思ってる。
ちょうど昨日フィリッパ・スノー(Philippa Snow)の『Trophy Lives』を読み終わったところなの。アートとセレブとパフォーマンスに関する素晴らしい内容でね、ウルマンの作品にも触れてたし、パリス・ヒルトン(Paris Hilton)をパフォーマンス アーティストの観点から論じてあったわ。何十年も演じ続けているブロンドで頭の弱い「パリス・ヒルトン」は、大衆に見せない本当のパリス・ヒルトンとはすごく違うって。つまらない女を演じてる女性は、大抵すごく頭が良くて、計算して演じてるんだよね。馬鹿だと思わせてるほうが、自分のほうが偉いと思ってる人たちに対して大きな力を発揮できるから。
アートの世界では、注目されるようになったら逆におとなしい服装をすることになってるの。だけど私はそうしないもんだから、服装を使ったパフォーマンスだと思われる。そんな深い意味はなくて、単に私は着飾ったり、髪を脱色したリ、メイクアップをするのが好きなだけかもしれないでしょ。なのに、人と違うと示すためにとか、他の女性と違うと言うことを示すためにそういう恰好をしてると思われたりする。だけど私は、その他大勢の女性たちの一員で構わないの。私が仲間でいたくないのは別の人たちよ。

Liara Rouxはライターであり、セックスワーカーでもある。2021年に回顧録『Whore of New York』を出版。最近は愛犬と共にパリ在住
- インタビュー: Liara Roux
- 画像/写真提供: Arvida Byström
- Date: June 4, 2024
- 翻訳: Yoriko Inoue

