スーツだけじゃない
20年後の
Thom Browne

長年愛されてきたトム・ブラウンがファッション界でのキャリアを振り返る

  • インタビュー: Steff Yotka
  • 写真: Jesper Lund
  • スタイリング: Marissa Baklayan

トム・ブラウン(Thom Browne)を、「あのきゅっと締まったグレーのウールスーツを作るデザイナー」と一言でまとめてしまうのは、少々短絡的だ。間違いではない―、あの制服のようなシルエットこそが、彼のブランドを5億ドルの事業へと成長させたのだから。しかし、これだけではブラウンのビジョンが持つパワーを言い表せていない。なぜなら、グレーのウールスーツがブラウンのビジネスの終着点ではないからだ。それは始まり―、一つの宇宙が生まれる出発点にすぎない。

「最初に作りたいと思ったのがそれだったんですよ。自分自身のために、まったく違う新しいやり方でやってみたかった。そこから積み上げていけるだろうと考えたんです」と、ニューヨークの灰色のガーメント地区にある大理石に囲まれた灰色のオフィスで、もちろん灰色、つまりグレーのウールスーツに身を包み、ブラウンは言う。

そしてその言葉どおり、彼はキャリアを積み上げてきた。過去20年間、ファーストレディたちのドレスを作り、ラ リーガのサッカー選手たちのユニフォームを作った。作品はメトロポリタン美術館で展示され、リアリティ番組の『セリング・サンセット』に登場した。Samsungと共同でスマートフォンを作り、バーニーズ ニューヨークで供されるハンバーガーをプロデュースした。彼のファッションショーは、パリのオペラ座で1時間を超えることもあれば、モデルたちがニューヨーク五番街を延々と闊歩する10分間のインスタレーションということもある。ショーに登場する服には、スウェットシャツもあれば、『星の王子様』の蛇に着想した、3万個を超えるシークインを手作業で縫いつけたチュールのドレスもある。

ブラウンの作品がもつ魔法は、それがどんな形をとろうと水際立っている。誰も素通りなんてできない。目が吸い寄せられる。とにかくもっと知りたくなる。

「ひとつ誇りに思っているのは、ずっと自分に誠実でありつづけてきたことです」とブラウンは言う。「コンセプトのあるアイデアでも、いつもその土台には動かしがたいものへの忠誠がある」。そうした真実への忠誠が、ブラウンの成功の鍵であることは言うまでもない。そしてその成功の軌跡が、20年を振り返る回顧録にまもなくまとめられる。共同で執筆するのは、メトロポリタン美術館服飾研究所の主任学芸員で、ブラウンのパートナーでもあるアンドリュー・ボルトン(Andrew Bolton)だ。

ここでは、デザイナーとしてのブラウンに、これまでの20年間を振り返り、これからの20年間をどう過ごしたいかに思いを馳せてもらった。

ステフ・ヨッカ(Steff Yotka)

トム・ブラウン(Thom Browne)

ステフ・ヨッカ(Steff Yotka):今年、ブランドは20周年を迎えますが、追憶に浸ったりすることはありますか?

トム・ブラウン(Thom Browne):私は過去を振り返るタイプじゃなくてね。ただ、アンドリューと一緒に本を書いているときは別ですが。彼と一緒にやることになって喜んでいます。文句なしの完璧な専門家の目を通して自分の仕事を見ることになるのでね。でも私に関しては、これからの9月、10月、11月で頭がいっぱいですよ。

ファッション界に入ったと実感した瞬間を教えてください。

[ニューヨークのデパートの]Bergdorfと[パリの]Coletteが初めて[スーツを]買ってくれたとき。デヴィッド・ボウイ(David Bowie)が2004年か2005年にスーツを着てくれたとき。そしてリチャード・バックリー(Richard Buckley)が『Vogue Hommes International』のカバーに採用してくれたとき。「どうやら思った以上に話が大きくなってきたぞ」と感じたのはそういったときですね。今はもちろんファッション界にいて、ファッション ビジネスに携わっているんですが、いまだに自分のやりたいことだけをやっているような気がします。周りで起きているいろんなことにはあまり関心がありません。でも、ファッション界に身を置いていることは誇らしく思っています。ファッションで認められるに値することを成し遂げてきたんだってね。

どんな時に成功したと感じましたか?

今現在、順調だと思っています。多くの人が私のブランドの服を気に入り、購入し、見てくれている。でも、まだまだ大勢の人に服を見てほしいし、実際に着たり買ったりできることに気づいてもらわなければとも思います。多くの人にとって、われわれのブランドはまだごく目立たない存在ですから。でも[ビジネスの]規模から言えば、非常に望ましい立ち位置にいるってことなんですよ。事業価値はほぼ5億ドルもあるのに、それでもまだかなりニッチだというのは、悪くありません。

ニッチとマスの議論は、クリエイターが必ず通る問題ですが、あなたはどちら派ですか?

ブランドの本質に誠実でありたいと思いますが、誠実でありつつ、より大きく展開することは可能だと考えています。私たちの仕事はとても自然で、直感的で、有機的なんです。無理はしない。やろうと思えばできますが、そうしない選択をしています。すべてが台無しになっては困りますからね。これまでの20年間をこれからの数年で無にするわけにはいかない。だから必ず最善の方法で物事を進めるように、非常に意識的であることが不可欠だと感じています。とはいえ、チャンスには間違いなく恵まれていますよ。そういう意味で、私たちは間違いなく幸運ですね。

あなたはSamsungと共同でスマートフォンを作ったり、サッカーやバスケットボールのチーム ユニフォームを制作したり、ファーストレディにドレスを提供したりしてきましたが、こうした企画を持ち込まれたとき、これはいける、とどうしてわかるんでしょう?

ただの勘です。すごく考え込まないといけないようなものは、たぶんうまくいきません。著名人とのコラボにしても、関係性が本物でなければ一般の人たちにいいと思ってもらえない。無理がある気がするものは伝わりますからね。自分自身で信じられることが大事なんです。

“私だって頼まれれば何でも作れるだろうけど、これがあるからそうしない。”

ファッション界がコモディティ化していくなかで、成功への道筋が以前よりわかりやすくなってきています。デザイン学校へ通い、ドレスをデザインし、広告会社にお金を出してインフルエンサーを紹介してもらい、そのインフルエンサーが記事を投稿する。するとあら不思議、人気ブランドの出来上がりです。でも私は、服を創ることや装うことは、もっと魂で感じるべきものじゃないかと思うんです。そうでなければ、いったい何をやってるんでしょう?

いや素晴らしい、完全に同意です。デザイン学校の学生全員にそう言ってきかせてくれないかな?

と言っても、私はデザイナーではありません。単なる消費者です。でも、この業界では、何が何でもこれをやらずにいられない、という態度以外に、仕事への向き合い方はあり得ない気がします。

心底やりたいという気持ちがないとね。世界の何よりも服作りを愛していなくちゃ駄目です。でなければ、やるべきじゃない。それがうまくいく保証はまったくありませんが。でも一方で、成功は何を基準に測るかで変わってくる。どれだけ稼いだか、どれだけ有名になったかなんて全然関係ない。私にとって、本当に上質な仕事をすること、そしてそれが隅から隅まで自分らしいということ、それが成功です。成功っていうのはそういうものなんです。私だって頼まれれば何でも作れるだろうけど、これがあるからそうしない。自分の天職に対して誠実な物を作って提供したいんです。だってお客さんはそういうものを求めて、私のところに来てくれるんだと思うから。

ご自身のキャリアを振り返って、何か後悔はありますか?

いいえ。

何ひとつ?

ええ。まあ、他に比べて迫力に欠けるコレクションのひとつやふたつはあると思います。でもショーの大部分は、それで完成形でした。人前に出した時点で、コレクションは私がそのとき作りたかったとおりのものだった。ただ、この20年間で自分も成長し、デザイナーとして腕を上げてきたと思います。でもどんなことにも意味があるんですよね。業界からあやうく退場しかけたことにも意味があった―。私はファッションの、概念的でより芸術的な面ばかりを追い求めていたんです。だから「そうだ、何かちゃんと売らないと、歯車が止まっちゃうな」ということに気づかなかった。

手掛けてきたなかで、特に誇りを感じるショーやシーズンはありますか?

2018年春のメンズ コレクションかな。「Why Not?」という、なぜ駄目なのかを問いかけたコレクションです。ただ、言っておかないといけませんが、男性にスカートを穿かせたのは私が最初じゃない。でもあの当時、そのアイデアはすごく興味深いものになるんじゃないかと考えたんです。あれが面白いものになったのは、非常にクラシックな生地を、こうした新しい形で使ったためじゃないかな。

自分はデザイナーとして成長したと言いましたが、世界もまた成熟してきている。私はもう、メンズウェア、ウィメンズウェアとわけてデザインすることはほとんどやっていません。男性も女性も着られるような服をデザインしています。あの[2018年春のメンズウェア]コレクションが、間違いなく私にとって、このスタイルのスタート地点になりました。それよりずっと以前にも男性向けスカートを作ったし、もちろん女性向けのテーラリングだってさらに前からやっています。しかし我ながら「これはなかなか見事だな」と思ったのはあれが初めてでした。

こういうことはじつに楽しいんですが、私たちは視野狭窄に陥っては駄目だとも自覚しています。世界中が同じように見ていると思うとね。いまだにアメリカのどこに行っても、「あのトム・ブラウンって奴は男に妙な恰好をさせる、あんな奴消えちまえ」と考える人たちはいるんです。

人々があなたの服に惹きつけられる理由は何だと思いますか?

私たちはたぶん、「個性」という興味深い概念を代表する存在なんでしょう。Thom Browneを真に理解してくれている顧客は、自分自身にとても忠実だから、コレクションにそのことを感じ取っているんだと思います。あとはもちろん、品質です。でも、「自分はほかの誰とも違っていたい」という感性としっかりと結びついている、というのは確かにあると思いますね。それこそが私たちのコレクションが持つオーラだから。

もし時間を巻き戻して、すべてをもう一度繰り返せるとしたら、そうしたいですか?

もう一回やるのは絶対無理ですね。ノーです。あの20年をもう一度生き直すなんて不可能だ。

次の20年に向けた抱負は?

同じことをもっと規模を広げてやるだけかな。ただ、今は人も、手掛けている仕事も増えたせいで、集中し続けることが以前より難しくなっています。これがThom Browneだ、という本質的なものに全員の意識を集中させ続けることが大変なんです。いいチャレンジですけどね。自分たちが何者で、何をしようとしているのかが非常に明確になるから。でも全員の足並みを揃えるのは、なかなか一筋縄ではいきません。

後で振り返ったとき、ああ、このブランドはなんて素晴らしいものを作ったんだって思えたらいいんですけどね―。多くの歴史あるブランドを見ると、初期に重要なことを成し遂げたからこそ、およそ百年後の今も、ここに存在しているわけでしょう。つまりそういうことです。そうしたブランドには敬意を表します。

2043年、あなたが何をしていたいか思い描いてみてください。

なんですって、2043年? まだ生きてるかな? 20年後? もうそろそろ80歳になってますよ。このあいだ、パートナーと田舎に家を買ったから、田舎にいるでしょうね、きっと。間違いなく引退してます。

80歳近くや80歳を超えても、現役で活躍しているファッション デザイナーは大勢いますよ。

まあそうですが、私は何か別のことをやってるような気がします。できたらThom Browneでの出来事を振り返って、ブランドが立派に大きく成長したことを笑顔で喜んでいたいなあ。時期が来たら、誰か別の人の目を通したThom Browneを見てみるのもいいな、と思っています。きっと面白いですよ。

  • インタビュー: Steff Yotka
  • 写真: Jesper Lund
  • スタイリング: Marissa Baklayan
  • セットデザイン: Jordan Mixon
  • ヘア: Kiyonori Sudo
  • メイクアップ: Dan Duran
  • モデル: King Abdo、Yan Li、Diego Andrade
  • 写真アシスタント: Christian Larsen、Aidan Tan
  • スタイリング アシスタント: Cassie Jekanoski
  • プロダクション: Peter Schwab、Christine Carreira
  • プロダクション アシスタント: William Gavilondo
  • 翻訳: Atsuko Saisho
  • Date: September 1, 2023