エスプレッソから始める朝
Brunello Cucinelli、Tom Dixon、Bottega Venetaが、未知の一日をもたらす

残暑が過ぎ、秋めいてきたと思えば、朝の冷え込みにもう冬の足音を感じる。季節の変わり目は、これまでと 違う自分を試みる機会でもある。何を着よう、何を履こう、何を使おう。一日の始まりに手にする服やモノが、今日を、明日を変える。

画像のアイテム:ローファー(Brunello Cucinelli)
普段は、服を着てから、その日履いていく靴を考えていた。だけど今朝は違う。履く靴を決めてから、今日着る服を考えている。渋い光を放つブラウン、オーソドックスな曲線を描くクラシカルなトゥ、切れ込みの形が飛行する鳥を思わせるサドル。Brunello Cucinelliのペニー ローファーを眺めていると、着るべきスタイルが鮮烈に浮かび上がってくる。それなのに、脳内のスタイルを実現させる服を、今は持ち合わせていない。そのことにワクワクする。まだ楽しみたい服がある。一足のレザーシューズで、着たい服を着られない朝が、輝いて見える。

モデル着用アイテム:シャツ(Prada)
久しぶりに暑くなりそうだとアプリの通知で知り、困惑してしまう。今日はこのネイビー シャツを着ると、昨晩に決めていた。生地に再生ナイロンを使い、ライニングが仕込まれたシャツは、柔らかくふわりとしたフォルムを描き、ディテールを最小限に抑えたミニマム デザイン。そこへ、左袖に付けられたロゴ プレートがノイズを加える。崩された調和の美しさを教えてくれたのは、Pradaだった。確かに裏地付きのシャツを着る日として、半袖でも過ごせる陽気はふさわしくない。しかし、このシャツを着たいと、一度高まった気持ちをどうして抑えられるか。天気に着たい服を選ばせない。今日着る服を選ぶのは、自分だ。

画像のアイテム:エスプレッソ カップ セット(Tom Dixon)
目が覚めたら、まずお気に入りのコーヒー豆を使ったエスプレッソを淹れる。愛する毎朝の習慣に、アクセントを加えるのはTom Dixonのカップ。器によって味の感じ方が変わる。ステレンスで仕上げられたフォルムは、曲線と直線がスラロームを描くように美しく繋がる。シルバー トーンの器を眺めていると、彫刻を鑑賞しているようなソリッドな感覚が迫ってくる。エスプレッソの苦味を慈しみ、銀色の光沢を心で味わう。そして、爽快な気分で今日着る服に手を伸ばし、朝の一歩を踏み出す。

モデル着用アイテム:ビーニー(Marni)
ニット帽のビーニーは、頭の形をありありと映し出す。このシリアスなシルエットに、あとひとつアレンジが欲しいと思った時、Marniのビーニーが目に留まる。ブリムに編まれたレッドのブランドロゴは、往年のアーケード ゲーム『スペース インベーダー』のドット キャラクターを思わせる。タンとブラックのカラー ブロックが織りなす品格に添えられた、ドットが描くユーモア。ハイファッションとの距離が心地よく縮まる感覚を覚える。時折り心を和ませるものが欲しくなる瞬間がある。色と柄でファンを魅了し続けるブランドが見せたユーモアは、きっと今、混沌とした自分に必要なものだろう。

画像のアイテム:バッグ(Bottega Veneta)
帰宅し、バッグを置く。視線の先にあるのは、ラムスキンのイントレチャートで仕上げられた、ベージュのショルダー バッグ。中にはスマートフォンが入っている。見なくちゃ。「いったい、何を?」見逃したかもしれないという根拠のない焦りから、とりとめのないタイムラインを追いかけるよりも、今はこのバッグを見ていたい。伝統の職人技に、工芸品の気品が漂う。眺めていると、一日の疲労が少しずつ癒されていくのがわかる。Bottega Venetaは、知っているに違いない。暮らしに欠かせない、ありふれた道具にこそエレガンスが必要なことを。バッグの美しさが、眠りへと誘う。
新井茂晃は神奈川のテキスト デザイナー。2016年より「ファッションを読む」をコンセプトに、ファッションデザインの言語化を試みる『AFFECTUS』を主宰し、『TOKION』でも記事を執筆している
- 文: Shigeaki Arai
- Date: September 15, 2021

