Botterの
広く深く青い惑星
海を愛するデザイナー デュオから、メンズウェアに波紋が広がる
- インタビュー: Camille Okhio

「海は島が呼吸する肺なんだ」と、ルシェミー・ボッター(Rushemy Botter)は言う。メンズウェア ブランドBotterを牽引する、デザイナー デュオのひとりだ。「島では、海の恵みで家族が暮らす」。Botterはそんな家族を通じて始まった。もうひとりのデザイナーのリジー・ヘレブラー(Lisi Herrebrugh)が兄を通じてボッターと出会ったのは、15年以上も前のこと。そして共に自立を目指すボッターとヘレブラーの考え方は、海のかたちをとって、ふたりの仕事と生き方に明白に表れる。体の上を流れるようなBotterのスーツは海の波から思いついたとヘレブラーは言うが、波だけではなく、海が一体どれほどの生命を秘めているのか、いまだ計り知れない。
ボッターとヘレブラーはかねがね、落ち着いた自然体の現代男性とそんな現代男性にふさわしい理想の世界について語り合い、同じ考えを持っていた。だから8年前にふたりでBotterを立ち上げた。以後、大胆な色使い、繊細なフローラル柄、軽やかなシルエットと、魚釣りのルアーで作ったネックレスのようなアクセサリーを巧みに組み合わせるデザインで、メンズウェアの逞しい担い手に成長した。2016年にはセレブなスーパーモデル、ナオミ・キャンベル(Naomi Campbell)の目に留まり、アントワン・サージェント(Antwaun Sargent)の写真集『The New Black Vanguard』に登場した。モデルはルカ・サバト(Luka Sabbat)を始めとする業界人、スタイリングはロンドンを拠点に独自のビジョンを表現する『Dazed』の編集長イブラヒム・カマラ(Ibrahim Kamara)だ。2018年からは、老舗の高級ブランドNina Ricciのクリエイティブ ディレクターとして、深く自然と繋がった視点からファッションに新風を吹き込んでいる。
ふたりは、自分たちや周囲の人たちが生活のなかで遭遇したり気づいたりしたことを、消化し理解するためにデザインを利用する。ちょうど世界でロックダウンが始まった2020年の3月には、何か月か前から予定していた特別プロジェクトを実行に移した。カリブ海のサンゴ礁の保全と再生だ。「服はもう余るほどある」とボッターは言う。「ファッションは世界を救わない。僕たちのサンゴ礁プロジェクトは地球に貢献できるし、地球をもっともっと大きくできる可能性がある」。小規模だが、熱い思い入れのあるこのプロジェクトは、キュラソー島のダイビング スクール「Curious 2 Dive」と連携し、死につつあるサンゴ礁からまだ生きている部分を採取して、育て、海へ帰していく活動だ。同時に、海中のサンゴ礁の健全な再生を促す。「私たちは、周囲の海が変わっていくのを自分たちの目で見てきたわ」と語るのはヘレブラーだ。「透き通っていた海は汚染されてしまった。私たちが生きている間だけではっきりわかるほどの変化があったと思うと、空恐ろしい」


環境と社会に対する責任感は、ヘレブラーとボッターがカリブ海に触れながら過ごした過去の日々に遡る。「島で暮らしている人たちは、個人主義に凝り固まったヨーロッパの都会人とは気質が全然違うの」と言うヘレブラーに、「カリブ系の人はすぐにわかる」とボッターが言葉を継ぐ。「服の着方が独特だし、お互いや島を思いやる気持ちがとても強いから」。ドミニカ人の母とオランダ人の父の血を引くヘレブラー、キュラソーで育ったボッター。似通った経験とそれぞれに地元の人々を愛する気持ちは、ふたりが作り出す作品のどこかにそっと顔を覗かせる。
Botterの仕立ては、常にシャープで抑制が効いている。そこに絞ったウェスト、透明なレイヤード、繊細な装飾などを組み合わせて、従来の男性らしさに立ち向かう。ランウェイのそこかしこに登場するのは、「浮き具」をモデルにした「マース」ことメンズ パースだ。ようやく目が慣れて、時にはアクセサリーに使ってもいいなと思い始めた頃、今度は、ミニサイズの浮き具に上半身を覆い尽くされたモデルの出現に度肝を抜かれる。元来シンプルなはずのベストだが、無数の浮き具が集合した様は、モチーフを反復した草間彌生の作品を連想させる。アクセサリーは、BotterとNina Ricci両方のショーに欠かせない、とても貴重な要素だ。「頭の天辺から足の爪先までをシルエットとして考えることは、アムステルダム ファッション アカデミーで教わった。すべての要素が揃ってこそ、満足のいくストーリを語れる」とボッターは言う。そしてストーリーを語るために、ふたりは綿密なリサーチを重ね、自由な空想の翼を広げる。「ルシェミーは小さいノートを持ち歩いてて、いつもメモを取ったり、スケッチを描いたりしてるよ」とヘレブラーが言うと、「何かが頭に浮かんだら、頭に浮かんだときに、頭に浮かんだままをつかまえておくことが大切なんだ」とボッターが応じる。
Botterの2021年秋コレクションでは、トラウザーズを2枚重ねしたモデルがランウェイを闊歩した。ウェストの周囲にキャザーを入れたコットンがたっぷり溢れているスタイルは、アフリカ系アメリカ人男性の多くが学校や仕事場やメディアで散々酷評された、ボクサー ショーツとずり下げたジーンズのリメイクとも見解とも受けとれる。どちらにせよ、Botterが作り出したスタイルはエレガントで、オリジナルのスタイルと同じく、コンセプトを強く主張することに成功した。同じコレクションでは、クロスボディ タイプのiPhoneケースも目を引いた。光沢のある型押しレザーだが、形は、柄の部分が黒人差別に抗議する「握りこぶし」になったアフロ ヘアピックと同じ。賛否はともあれ、抵抗と支援を込めた贅沢品だ。これらのディテールで表現するメッセージは、長い時間をかけて考え抜いた後に生まれる。Botterの斬新な遊び心、深い目的を視野に据えた軽やかな要素もまた、同様の熟考から生まれる。
ボッターとヘレブラーのインスピレーションは、今、はるか水平線の彼方まで広がりつつある。カリブ海の暮らしの影響、そのおおらかさと充足感は決して消えることがないし、幾度かファッション史を救った豊かな文化もある。無論、もっと直接的な刺激もある。ボッターは、アレキサンダー・マックイーン(Alexander McQueen)、マルタン・マルジェラ(Martin Margiela)、ジャン・ミシェル・バスキア(Jean-Michel Basquiat)、そして意外なことに「夢を作り出した!」ウォルト・ディズニー(Walt Disney)をインスピレーションの源に挙げる。ふたりが手掛けるブランドは、どちらにも遊びの要素が浸透しているが、それはボッターが子供のころから集めているフィギュアに繋がっているのかもしれない。BotterでもNina Ricciでも、アクティブウェアには元来違う目的を意図された素材を再利用する。ピスタチオ グリーンとバーント オレンジ、スカイブルーとグレープフルーツ ピンクなど、コントラストの鮮やかな色を組み合わせる。非常に優れた技術を駆使して、こんもりと盛り上げたアイスクリームやヨタヨタと歩くペンギンの体を連想させるフォルムを作り出す。
ノスタルジーを表現することもある。代表的なのは、Botter 2021年秋コレクションに登場したケープレット。子供の頃、空に揚げた凧によく似ている。Maison Piganiolとのコラボレーションでは、雨傘を再利用したウィンドブレーカーをデザインした。風雨で壊れた6本の雨傘は、捨てられる代わりに、マスタード色のテントみたいな服に生まれ変わった。同じシーズンのNina Ricci コレクションにも空が現れた。パラシュートを思わせるフォルムに包まれたモデルは、繊維というより、空気を纏っているように見える。そこには、ふたりの軽やかな精神と同時に、特に病と死と困難が蔓延したここ1年半における、社会現象の深刻さも表れている。最近いちばん頭を占めていることを尋ねると、ボッターは即答した。「もちろん、アメリカで起きている警察の暴力行為だ。とても胸が騒ぐし、人としてもデザイナーとしても影響を受けてる。僕の家族がアメリカで暮らしてるだけじゃなくて、僕が語りたいストーリーだと思ってる。ストーリーを語ることで、きちんと現実を見て、敏感な意識を持ち続けることができる」


ヘレブラーとボッターは、国と国民双方の失態に大きな関心を払う。世界の現状とそんな世界が営まれる地球の状態に対する嫌悪と落胆を、創造的かつ具体的なソリューションへ転換するのだ。例えば前述したサンゴ礁の保全再生、あるいは、男であること女であることの意味を視覚として包括的に定義する試みだ。成功することもあれば、失敗することもある。だが、取り組み続ける。「とにかく…ぴたりとキマる場合があるんだ」とボッターは言う。「モデルが着てみると、もうどこもいじる必要がない! 反対に、どうしても完成しない場合もある。どうやっても、ぴったりの魂が宿らない」。完成しないものは、決して発表しない。「でもそういうものが実際にはすごく大事なのよ」とヘレブラーが続ける。「ストーリーを作っていくと、必ず、語りにそぐわないものが出てくる。そういうものは捨てる覚悟がなきゃダメ。取捨選択に徹するの」。失敗にも成功と同じ価値を認める姿勢は、ふたりの人間的な生き方の一端に過ぎない。ボッターが言うように、「あらゆるもの、あらゆる人に価値を見つけることが大切だ」。決して仕事とプライベートのバランスを見失わないのも、何が不可欠かを判断するふたりの考え方と大いに関連している。
ルシェミー・ボッターとリジー・ヘレブラーは、左手と右手のような関係だ。必ずしも他方を必要とはしないが、両方が一緒になると、いつまでも消えない美しい跡が地球に刻まれる。それぞれの手のひらはまったく違う特徴、傷跡、筋肉、腱でできているけれど、両手が揃えば孤独が和らぐだけでなく、もっと多くを成し遂げられる。Botterの10本の指先は、可能性を秘め、筋肉は今も記憶を蓄え続ける。ふたりが胸に抱く人々、地球、仕事に責任感と思いやりと敬意を注ぐ道を辿る限り、前途には広大な未来が広がっている。

Camille Okhioは、ライターであり、アートおよびデザイン研究者。ニューヨーク在住
- インタビュー: Camille Okhio
- 画像/写真提供: Botter
- 翻訳: Yoriko Inoue
- Date: June 25, 2021

