ジェリット・ジェイコブはセレブに大人気

ドイツ出身の新進デザイナーが子供時代の思い出、エアブラシ アート、ブランドづくりを語る

  • インタビュー: Chris Danforth
  • 写真: Francesca Allen

ベルリンの北寄りのヴェディング地区に、東ドイツ時代に建てられた住居ビルがある。入口にブザーが並び、そのひとつの上に「有限会社Gerrit Jacob」と書いた薄緑色のマスキングテープが貼り付けてある。

1階のアパートのがジェイコブのスタジオだ。塗料の瓶が散乱しているデスクは、明らかに、カーニバル風のエアブラシ アートで有名になったジェイコブの作業スペースだ。キッチンの棚には巻いた布地が雑然と積まれ、あちこちに作品をぶら下げるラックがある。椅子を勧めてくれたジェイコブに、どこでもいいよ、なんなら床の上でも、と冗談交じりに言うと、「僕も、エアブラシは床に座ってやることが多いんだ」という答えが返って来た。

察するに、ジェイコブがハンブルクで過ごした子供時代は、いわゆるファッションの世界とはかけ離れていたようだ。トラック運転手だった父は、しばしば夜明け前から始める仕事に幼い息子を連れていった。ハンブルクで年3回開催される北ドイツ最大のお祭り「ハンブルガー ドーム」に、小さい頃は大人に連れられて、大きくなってからは友人たちと足繁く通ったのも懐かしい思い出だ。遊園地のようなライドがたくさんあって、立ち並ぶ屋台はエアブラシで派手に飾り立ててあった。だからジェイコブにとってエアブラシ アートは馴染みが深いし、それが今ではブランドを支える「大黒柱」になった。「初等教育から上へ進んだのも、大学へ行ったのも僕が最初なら、外国暮らしをしたのも僕が最初。僕の周りでは、国を出る者はひとりもいなかったし、今もいない」

現在30歳。すでにデザイナーとしての技量を高く評価され、ファンには エイサップ・ロッキー(A$AP Rocky)ロザリア(Rosalía)といったセレブが名を連ねる。でも今はまだ、2022年に自分の名前で立ち上げたブランドを育て、形にしようと奮闘中だ。「僕が作った服を着て、良さをわかってもらえるのは、いつだって感激だ」とジェイコブは言う。「セレブの場合は、単なるスタイリングなのか、好きだから着てるのか、本当のところはわからない」。シグネチャとなったオーバーサイズのレザー セットは、牙をむいたトラや長い首の白鳥がエアブラシで大きく描かれ、トロンプルイユのような効果がある。セレブたちがステージやミュージック ビデオ用の服を注文するのも、もっともだ。Gucciにいた頃、ハリー・スタイルズ(Harry Styles)をはじめ、セレブ顧客の特注品に直接関わった経験もある。でも目下の課題は、何よりも先ず、ブランドの基盤作りだ。ビジネスとして確実に成功させるのは、独創的であり続けるより難しいと言う。

「子どもの頃、アイスホッケーをやりたかったけど、母さんには道具を買う余裕がなかったから、BMWのX5で送り迎えされてるハンブルクのおしゃれな子どもたちを羨ましく思ったものだ。それから数年後、アイスホッケーのゴーリーを具現化したゴーリーのマスクの画像を見つけたんだ。それが今日まで使ってる動物のモチーフの最初のリサーチになったんだ」

クリス・ダンフォース(Chris Danforth)

ジェリット・ジェイコブ(Gerrit Jacob)

クリス・ダンフォース:もともとクリエイティブな家庭だったの?

ジェリット・ジェイコブ:母さんはとてもクリエイティブ。フローリストだし、いつも家の中を飾りつけてた。父さんの家系は、お祖父ちゃんがデッサンや絵を描いてたよ。僕の兄さんも前はそうだった。今はみんなが応援してくれてる。僕自身が絵を描き始めたのは、12か13の頃だったと思う。いつも自分の手や腕の上に描いてた(笑)。ファッションに興味を持ち始めたのも、絵がきっかけなんだ。最初にファブリックを描き始めて、次に人物を描くようになって、その後人物に服を着せるようになった。

「トラックからは、幼稚園へ給食を配達してた父さんを思い出す。まだ学校へ行く前の小さい頃から、一緒に仕事へ連れていってくれたよ。午前3時半とか4時とか、すごく朝が早い仕事だから、僕はいつも座席の後ろにあった小さい寝台で寝てたけど」

2022年2月のセントラル セント マーチンズ卒業コレクション ショーは、君がトップバッターだったね。自分のブランドの始まりみたいな気持ちだった?

いや。卒業した後は翌月の家賃を払えるだけの金しかなくて、「とにかく仕事を見つけなきゃ」って感じだった。それまでに、高級ブランドで雇ってもらうのに有利になりそうなことは、全部やってたんだ。学校時代はフリーランスをしたし、研修も10か所くらいやった。それに、準備が整ってるというか、ブランドで仕事をできる自信もあった。希望先はいくつかあったけど、上位志望先だったGucciがOKをくれたから、ローマへ引っ越した。

Gucciでセレブの特注品を作ってた時期にとても経験を積んだと思うけど、今自分のブランドで特注品を作るうえで役立ってる?

確かに僕のブランドは、おそらくみんなの目に見えてる以上に、セレブの存在が大きい。ステージ用の特注もたくさん受けるけど、そういうのは一般の人の目には触れないから。

セレブ専用のチームがあるブランドは少なくて、せいぜい5つくらいかな。普通とはプロセスが違うんだ。どの程度セレブ側の要求をとり入れて、どの程度デザイナー自身のアイデアを活かすか、双方のフィードバックを繰り返す。そういう非常に特殊な作業をGucciで2年経験できたことに、とても感謝してる。

セレブからの特注は、大抵の場合、「こういう感じ。期間は2週間。サイズはこれ、色はこれ。概要はこれ」みたいな形でリクエストされるんだ。仕上げて納品した後は、ひたすら最高の結果が出るように期待する。

ただね、ステージ衣装のブランドにしたくないってことは、いつもすごく意識してる。コスチュームを作る気はないよ。あくまでファッション ブランド。だけどファッション ショーをやらない。となると、口コミにはセレブの力が大きい。

「僕は馬の置物や陶器の白鳥やマグみたいな物に囲まれて大きくなった。場所は母さんの家だったり、父さんの家だったり、お祖父ちゃんやお祖母ちゃんの家だったり、大叔母さんの家だったり。みんなコレクターの気があって、色んな物が家のあちこちに置いてあった」

エアブラシを始めた動機は?

修士課程のあいだに温めてたテーマがいくつかあって、そのひとつがハンブルガー ドームだった。エアブラシでペイントした屋台がたくさんあったのを思い出して、自分でやってみよう、と。それまで描画一筋だったから、「チキショー」ってくらい難しかったよ。

だけどGucciを辞めた後、いつか自分のブランドを立ち上げたら絶対にエアブラシを使うとわかってたから、練習するしかなかった。道具を買って、ひたすら練習に明け暮れた。今でも覚えてるけど、道具を買ったのが8月で、最初のコレクションを撮影したのが12月。そのコレクションを発表した当日に、最初の特注品の注文が来た。

今後の数年で、君のブランドはどう成長してると思う?

僕が今模索しているのは、どうやってブランドを大きくするか、同時に、どうすれば常に新鮮なブランドであり続けることができるか。クリエイティブとしての僕にとって大切なのは、新しいアイデア、新しいもの。すべてにおいて、常に斬新でありたい。だけど今は、ブランドの基盤を作る段階だ。Gucciが毎シーズンまったく新しいバイブスを表現できるのも、モノグラムとバッグの基盤があればこそだ。

基盤を作るには、「Gerrit Jacobはこういうブランドだ」ってことをはっきりと見せる必要がある。ファッションというと、エキサイティングな瞬間の連続みたいに思われるけど、何であれ、現実の形にする段階はほぼ真逆だね。

フットウェアに関してはどんなアイデアを持ってる?

自分の靴は自分で作るし、必ずカスタマイズする。どのコレクションでも、先ず最初、プリントより先にフットウェアを決める。マルタン・マルジェラ(Martin Margiela)も「何はともあれ、シューズとショルダー」と言ってただろ。

ドイツの子供は例外なく、Birkenstockを履いて大きくなる。それとadidas。判で押したように誰もがadidasのフットボール ジャージ、adidasのシューズ、ありとあらゆるadidas。圧倒的な存在のブランドなんだ。だからあの3本ストライプをデザインに使えたら、ものすごく楽しいだろうな。

「父さんはよく、トラックの運転手仲間と一緒にハンブルクの港で時間を過ごしてた。あそこには思い出がたくさんある」

製品を作るうえで、いちばん苦労するのは何?

僕みたいな服を作るブランドが少ないのは、高くつくうえに、すごく作りにくいからなんだ。プレイスメント プリントとかエンジニアード プリントと言ってね、先ず服のパターンに合わせて柄を配置してからプリントしなきゃいけない。裁断に時間がかかるから、普通はやらないよ。工程がかなり面倒だし、機械の加減でうまくいかないことも多い。僕が生産を依頼してるメインのメーカーなんか、今は僕のデザイン専門のスタッフを決めてるくらい。

反対にプラスなのは、同じような物を作る人が少ないことだ。僕のコレクションで人気のあるトラウザーズは、特にそう。生産がすごく面倒だから、他所にはない、だからよく売れる。技術は要るし、最小ロットは全然最小じゃないし、K-POPがなかったらまったく商売にならない(笑)

K-POP アーティストたちとのコラボはどんな感じ?

K-POPからはかなり頻繁に注文が来る。大抵は派手で大胆な服。楽しいよ。セレブにしては珍しく、必ず、少なくとも2週間前にきちんと連絡してくれるんだ。もうひとつ違うのは、K-POPはグループが多いこと。だから、服でも何でも数が要る。西欧のセレブは大抵ソロのアーティストだから、そこが最大の違いだな。

K-POPのアーティストが僕のデザインしたものを着ると、スタイリストの目に留まるより先にに、ファンが画像が送ってくれるんだ。K-POPは今後、Gerrit Jacobの大きなマーケットになれると思う。Gerrit Jacobを始めて、ポップ カルチャーとマーケットの関係を僕なりに理解できるようになったのもすごく良かった。ポップ カルチャーは、マーケットによって動き方が違うんだ。例えばラテン ポップで大人気のマル―マ(Maluma)は、店で僕の服を買って、それをメキシコのショーで着た。そこからマスコミや会場にいた観衆のあいだで話題になった。一種の波及効果だね。これなんかも、マーケットによって、アーティストとファン集団の動き方が違うことを教えてくれた。

「色んな記憶が混然と混ざり合ってる。特定のことが起こった特定の時の記憶より、そういう漠然とした遠い思い出に、僕は興味がある」
  • インタビュー: Chris Danforth
  • 写真: Francesca Allen
  • アート ディレクション: Bianca Batson
  • スタイリング: Philip Ellis
  • ヘア: Lachlan Mackie
  • メイクアップ: Phoebe Walters
  • キャスティング: Gemma Dolan
  • モデル: Barnaby、Archie
  • リタッチング: Studio Eerie @studioeerie
  • 翻訳: Yoriko Inoue
  • Date: August 24, 2023