香港のクリエイティブ シーンにファッション界が熱視線
脚光を浴びるLouis Vuitton2024年プレフォール ショーやArt Baselの外側で逞しく育つ地元クリエイターたち
- 文: Arthur Bray
- 写真: Elton Fung

中国語で、凹凸は平坦ではないことを意味する。香港という都市生態系のなかで、地元のクリエイターたちが辿らざるをえない起伏の道のりにぴったりだ。無料、賃貸、空きを問わず、空間は香港でもっとも乏しいリソースのひとつであり、法外な料金を払える人しか使えない。それは香港の階級制度をさらに強め、障壁となってアイデアと創作のあいだに立ちはだかる。「最初に何かが始まるのは、みんなで集まってあれこれアイデアを出し合う場所だからね」と、香港の音楽集団YETI OUTのスベズ(Subez)は言う。「どうすればそんなことができる? お客が最後のひと口を口に入れたときには、もうウェイターがテーブルを片付けてる場所よ」。そのとおり、高額な賃貸料と止むことのないストレスの結果、香港は呵責のないスピードで押し進む。
だが今夜ばかりは、場所を心配する必要がない。ヘルツォーク&ド・ムーロン(Herzog and de Meuron)が設計した現代アート ミュージアム「M+」の3フロアを、YETI OUTが占領できるのだ。一夜限りとは言え、アート界とストリート カルチャーの出会いは珍しい。地元クリエイターたちが認められ、評価された証しだ。香港のクリエイティブ界は急速に変容しつつあり、多様なカルチャーを股にかけて最先端を突っ走る多くのクリエイターたちが、今夜のイベントに集合している。音楽プログラムに参加するのは、広く知られるインディー レーベルWildstyle Records所属のラッパーであり、ファッション ブランドBOYS’ CHOIRも立ち上げたN.O.L.Yだ。ラップの難解な言い回しとメインストリームに反逆する実験的ビジュアルの結びつきは、熱狂的なファン集団を得ている。「オレらはやりたいことをやってるだけ。シェキップメイから世界へ、ってこと」とN.O.L.Yは言う。彼が心のふるさとと呼ぶシェキップメイ団地は、自らデザインするウェアと歌詞のあちこちに登場する。

N.O.L.Y、M+ Museumで開催されたYeti Out Takeoverにて

冒頭の画像:Boys Choir、M+ Museumで開催されたYeti Out Takeoverにて
N.O.L.Yと同じく、香港のクリエイターたちは、それぞれの商業環境に応じて道を切り拓いている。アジアの金融を支配する中心でありアートの世界でも重要な中心である香港は、長年にわたって創造性を商品化し、新製品と新トレンドを貪り尽くす市場へ注ぎ込んできた。ファレル・ウィリアムス(Pharrell Williams)によるLouis Vuitton 2024年プレフォール ショーの開催で、香港はスポットライトを浴び、カオルーンのプロムナードは高層ビル群を見晴らすランウェイに変えられた。もうすぐArt Baselが開催されるし、その後にはComplexConが続く。ロサンゼルスのストリート カルチャーから誕生したComplexConが国外へ進出するのは、これが初めてだ。大勢のコレクターや投資家が押し寄せて、アフターパーティを駆け巡り、スポンサー付きの自由な交流のなかでクリエイターたちと出会うだろう。
騒然とした抗議活動とゼロコロナ政策によって海外からの観光は冷え込み、ほぼ5年にわたって休止状態に陥った香港は、これらのイベントで再び注目の的になる。
返り咲きはランニング マシンの復活を意味する。小売りから飲食業にいたるまで、さまざまな形態のクリエイティブ業界が重なり合い、果てしないサイクルに参加する。新製品の発売、ブランドのイベント、香港のマーケティング用語であるKOL(key opinion leaders、すなわちインフルエンサー)の登場、等々。マシンは高速で回転し続けるから、スピードに追いつけない部品や性能に居場所はない。すさまじい商業的な食欲は、マルチタスクのクリエイター世代も生み出した。Z世代のノウハウを駆使して、どんな関心も収益性のあるビジネスに変えてしまうクリエイターたちだ。

Offgod、M+ Museumで開催されたYeti Out Takeoverにて
アート、デザイン、ファッションの交差点に立つのが、ドリュー・モック(Drew Mok)という19歳のアーティストだ。ソーシャル メディアのハンドルネームOffgodのほうが有名かもしれない。ヴァージル・アブロー(Virgil Abloh)のOff-Whiteと万能の神を合体して、Offgodと名乗った。「利用できるツールを使って体験を積み重ねていくうちに、アートとデザインに対する視点が生まれた」とモックは言う。Instagramよりわずか数年前に生まれたモックは、Instagramを最大限に利用してきた。最初は好きなラッパーのアニメ的なイラストを描いてDMしていたが、まったく返信がない。そこで13歳のときに戦略を転換した。「イラストを僕のページに投稿して、フォロワーたちに絵の人物をタグ付けしてもらった。Instagramのユーザーやインフルエンサーに作品を見てもらうには、このほうがずっと手っ取り早かった」。その後、ついにザ・キッド・ラロイ(The Kid LAROI)と今は亡きジュース・ワールド(JuiceWRLD)のシングル「Reminds Me of You」のカバー アートを任された。次に村上隆が作品をシェアすると、ファレルがお墨付きをくれた。ソーシャル メディア時代では、才能と自信と怖いもの知らずの姿勢さえあれば、創作と尊敬するヒーローからの評価を隔てるのはテキスト1本の距離でしかない。とはいえ、モックは力説する。「欠かせないのは一貫性。常に目標を視野に置いて、地道に進み続けること」

Lousy、M+ Museumで開催されたYeti Out Takeoverにて
2024年の現在、アイデアを広めるきっかけとしては、インターネットが最速の方法かもしれない。だがストリートがプラットフォームになりうることも見落としてはならない。アーティストたちは自己を表現し、社会問題を問いかけ、香港の複雑なアイデンティティを映し出すために、いつも斬新な方法を見つけ出す。ストリート アートやグラフィティは社会に向けて発信するパワフルな媒体となり、アーティストに声を与え、コミュニティとの関わりを生み出す。「カオルーン生まれのただの香港ガイ」を自称するアーティストのラウジー(Lousy)には、閉じられたシャッターや脇道に並ぶ新しいタイプのゴミ箱がキャンバス代わりだ。鮮やかなピンクとグリーンを使い、数本の曲線だけで描いた「キス フェイス」は、今やひと目でわかるラウジーのシンボルだ。Little Red Bookや本土版TikTokのDouyinなど、中国ソーシャル メディアのプラットフォームでも広まり、老朽化したコンクリート建築を乗っ取り、古臭い外観に弾ける喜びを与えている。「世界や社会の問題に取り組みたがるアーティストは多いだろ。だけどオレは楽しいものを作りたいね。良いほうに目を向ける方法で対話に貢献したい」。公共空間へ向かうラウジーの取り組みは、退屈な逆境をユニークな表現に変容しうる、アーティストのパワーを示している。同時に、権威に承認されることへの無関心も明らかだ。香港にはパリのGalerie Perrotin、ロサンゼルスのGagosian、ロンドンのWhite Cube ギャラリーの支店があるが、「洒落た白い壁の外側に、表現の場はいくらだってある」とラウジーは請け合う。
反抗精神が充満したストリート アートには、異なる側面があり得る。最近では、シャムスイポーなど、労働者階級の居住地域にカフェが軒を並べる区域が出現しているが、辺りの壁に書き散らされた気紛れなスローガンは、ジェントリフィケーションの兆候と考えることもできる。あるいは、かつて「アジアの世界都市」を謳歌した地位への返り咲きを目指し、観光局が後ろ盾になって次々と設置される、派手な巨大看板への対抗なのかもしれない。

N.Y.P.D.、M+ Museumで開催されたYeti Out Takeoverにて
疲弊した都市空間は、実は、新しい発想を育む場である。その証拠に、カオルーンや新界の高層産業ビルは、オルタナなサウンドやミュージックを模索する集団のシンクタンクだ。すでに閉鎖されたアンダーグラウンド空間「XXX Gallery」やライブ ミュージック会場「Hidden Agenda」など、密かに活動していたビルの中から飛び出したのがN.Y.P.D. 南洋派對だ。5人編成のポストパンクなエレクトロニック バンドN.Y.P.D. 南洋派對は、1970年代の広東で広まった阿片フォーク ミュージックにテクノとメタルの要素を融合する。「オレたちが歌うのは、近所の店で甘いもんを食うとか、古着屋へ行くとか、そういうこと」と言うのは、ベース担当のチャウ(Chau)。グラフィック デザイナーで、インディー専門のミュージック バー「Bound」もオープンしている。
リード シンガーのジョン(Jon)は、Instagramの発見タブに押し寄せる「自力で出世したセレブたち」の成功指南にうんざりだから、平凡な暮らしを歌詞にしてやり返す。「何を買うか、誰に認められたか。そんなこと誰が気にするかっての。げんなりさ」。香港は資本主義を忘れさせない。ショッピングセンターの壁にぶら下がるキャンペーン広告には、空疎な提案が輝いている。そんな賑々しいメッセージに嫌でも関わらざるを得ない地元民が、N.Y.P.D. 南洋派對の忠実なファンだ。Clockenflap フェスティバルのモッシュピットや古いレストランの宴会場で開催したパーティは、憤懣の捌け口がない香港の若者たちの不安を映していた。みんなめかしこんでいるが、行くところはない。

JessとVictoria、M+ Museumで開催されたYeti Out Takeoverにて
アートを発表しようにも、クリエイターたちの手に届く料金で、正式に認可された会場を使うことは難しい。香港が抱えるフラストレーションを理解して草の根イベントを主催するケイト・ウーン(Kate Woon)は、実験と自由なダンスを表現できるイベントで算盤ずくの音楽会場に対抗する。「地元のコミュニティ、DJ、プロデューサーが成長して、新しい可能性を探れる場を提供したい」と語るウーンは、週毎のイベントをプロデュースし、地元のダンスクラブ「Mihn」や非営利のミュージック スペース「Twenty Alpha」でパフォーマンスを行ない、同時にコミュニティのラジオ局「FM BELOWGROUND」に出演するという活躍ぶりだ。「旺盛な好奇心と創作だけを目標にすれば、新しいものが期待できる。そういう条件でこそ、最大の自由とインスピレーションを感じることができるのよ」。又、多様性に賛同し、開催するイベントでは「安全な空間」の理念を徹底する。「あらゆる背景、ジェンダー、民族の人が、自分自身であることにも周囲の人との交流にも安心感を持てる場所にしたいと思ってる」。スベズも同じ考えだ。「今みたいな変化の時に、あらゆる人を同じ屋根の下でひとつにまとめるのは、本当、特別なことだよね」音楽は、多様なクリエイター集団を結びつけるだけでなく、香港の長年にわたるサブカルチャーを繋ぐ糸でもある。かつては英国の植民地として豊かな歴史を刻んだ香港は、多くのカルチャーが混ざり合う坩堝だ。「オレたちのイベントは、タイのモーラム ファンクも、ソウルのソウルも、珍しいところではネパールのグルーヴや、広東が黄金時代だった頃のディスコも使う」と言うファーガス(Fergus)は、YETI OUT クルーのDJだ。 広くアジア全域から、一部のファンにしか知られていないディスコ レコードを発掘することで有名なパーティ「South Canton Soul Train」のプロモーターでもある。

Arthur、Fergus、Subez、Tom、M+ Museumで開催されたYeti Out Takeoverにて

M+ ミュージアムのパティオの向かいには、200年以上の歴史を持つオークション会社Phillipsが新たにアジア本部をオープンしたばかりだ。目と鼻の先には、中国の宝物を所蔵する香港故宮文化博物館がある。それらを目の当たりにすると、香港のアート界は依然として権威的なエリート層に保護されている気がする。だが、M+ ミュージアムの大広間は2千人の香港の若者たちに埋め尽くされた。地元のデザイナーやコミュニティのイベント主催者による公開討論会を聞きにきた者もいるし、シンコペーションの効いた広東ハード ロックのリミックスに酔いしれる集団もいる。ひと目でもその光景を見れば、香港のクリエイティブ界を支配しているのは、今も間違いなく地元の若者たちのムーブメントであることが確信できる。

Offgod、M+ Museumで開催されたYeti Out Takeoverにて
- 文: Arthur Bray
- 写真: Elton Fung
- 翻訳: Yoriko Inoue
- Date: March 22, 2024

