悩めるフットウェア業界とイノベーション

3Dプリントがフットウェアにおけるパフォーマンスとライフスタイルの不均衡を露呈する

  • 文: Fabian Gorsler

フットウェア業界は問題を抱えている。イノベーションの問題だ。そう聞くと、素人や無頓着な傍観者は意外に思うかもしれない。ひょっとすると、最新スニーカーの発売に備えて週末毎にバーチャルの行列に並ぶ人たちの大多数も、首を傾げるかもしれない。絶え間ない進化が前提の業界なんだから、それでは筋が通らないと思うだろう。だが事実、フットウェア業界は何十年も前からこの問題を抱えている。

イノベーションが皆無なわけではない。3Dプリントはここ数十年で最大の進展だ。過去2年を見ても、複数の有名ブランドが3Dプリント シューズの先端企業と提携して、トレンドに乗ろうとしている。3Dプリント シューズを代表するドイツのZellerfeldも、数々のブランドからコラボを求められ、斬新でエキサイティングなデザインのシューズを誕生させている。すべて単一の素材を使用し、履く人に合わせてカスタマイズしたプリント シューズだ。Louis VuittonのLV COBRAS、Heron Prestonの HERON01など、多くは従来のスニーカーと似ても似つかない。多くの意味で、ここがフットウェア業界の戦いの最前線だ。画期的なデザインで競争を勝ち抜き、ますます移り気になっていく消費者の関心をとらえるために、熾烈な争いを繰り広げる最新のフロンティアだ。

だが3Dプリントは、おそらくは逆説的に、フットウェア業界を長らく寝たきり状態に縛りつけてきた、イノベーション欠如という病の症状でもある。3Dプリント革命は、大衆消費者のレーダーにはほぼ映っていないのだ。大手スポーツウェア ブランドも、大掛かりなキャンペーンを展開してはいない。adidasの4DテクノロジーやASICSの3Dプリント スライドなど、少数の新製品はあったが、どちらもさほどの反響はなかった。新発売の日程や出版物が年末に挙げる「トップ テン商品」は、3Dプリント シューズではなく、今だにクラシックなスニーカーに占領される。Complexが選んだ2023年ベスト商品は、10点中9点までが、1980年代後期から1990年代初期にかけて登場した商品だった。唯一の例外はNew Balance 990v6だが、これも同時期のスニーカーの新バージョンだ。

「3Dプリントのおかげで、フットウェアをプロデュースするための門戸が開かれた。以前はスタートに何十万ドルも必要だったが、今なら百ドル単位で済む」

画像提供:Joey Khamis。冒頭:画像提供:Taylor Prince Fraser。

3Dプリントがもたらす恩恵は、主として2つに分けられる。ひとつは、生産面で重要な意味を持ち、消費者との接点があること。もうひとつは、サンプルの作製に役立つこと。後者の3Dプリントは、明らかに業界の流れを変えている。以前はReebokのデザイナー、現在はバーチャル リアリティ フットウェアのデザイナーとして有名なジョーイ・カミス(Joey Khamis)によると、「3Dプリントのおかげで、フットウェアをプロデュースするための門戸が開かれた。以前はスタートに何十万ドルも必要だったが、今なら百ドル単位で済む」

カミス自身、身近になった靴づくりの恩恵を受けたひとりであり、独立デザイナーとして自分がデザインしたスニーカー2点をリリースしている。モデルとサンプルの制作に要する資金が低下したから、初挑戦のデザイナーが直面する障壁は低くなり、その結果、フットウェア業界の民主化も始まった。

「現在も将来も、物理的なプロトタイプとサンプルの作製がデザインの極めて重要な部分であることは変わらない。その点、バーチャル リアリティのようなデジタル ツールを使えば、ソリューションを見つけるまでの時間が大幅に短縮される」とカミスは言う。デザイナーやブランドが3Dプリントを利用できる点は、基本的に、フィードバックの完結、何万ドルあるいは何十万ドルという費用の節減、デザインから販売までの迅速なプロセスだ。

画像提供:Joey Khamis。

だがこれらの利点は言うなれば業界の内側で作用するものであり、フットウェア業界人との関連が強い。そのまま最終消費者に見てとれるものではない。3Dプリントによるメリットが、スニーカーの最終的なデザインに反映するわけでもない。そして結局、飛ぶように売れるか、在庫セールの棚に並ぶかは、スニーカーの最終的なデザイン次第だ。

ここで登場するのが、3Dプリントがもたらすイノベーションの別の側面、消費者と接点を持つ側面だ。現在、Zellerfeldほどの規模でこの側面を実践している企業は、他にない。ZellerfeldはHeron Preston、カニエ・ウェスト(Kanye West)、Louis Vuitton、Moncler、PANGAIA、KidSuperと提携する一方、フィン・ラッシュ=テイラー(Finn Rush-Taylor)キティ・シャクマン(Kitty Shukman)カミスなど、才能豊かな独立デザイナーたちのデザインが直接消費者に届くプラットフォームを提供している。

「目指すのは、フットウェア業界を民主化して、サステナブルな製造方法を確立すること」。そう語るのはZellerfeldの創設者、コルネルウス・シュミット(Cornelius Schmitt)だ。「そのためにうちが開発しているフットウェアに特化したプリンターは、3Dプリント フットウェアの業界標準だ。誰もが貢献できるから、多種多様なイノベーションが生まれる。そのなかで最高の製品とデザインを提示するのは、必ずしも、いちばん資金の豊富な会社とは限らない」

Zellerfeldのショップは「printed, not made(製造ではなく、プリント)」を謳い、すべてのデザインが単一素材のため100%リサイクル可能、工場不要、顧客の足に合わせた精確なプリントを明言している。サイトを閲覧してみると、マシュー・シュツ(Matthew Schuetz)のユニフォーム ローファーのようにクラシックなデザインもあるが、Lotus 1Rainsのパファー スニーカーなど、3Dプリントでなくては到底ありえない複雑なディテールのスニーカーがある。

「去年のベスト シューズに選ばれたのはadidasのSambaだ。1970年代のスニーカーだぜ! プリント シューズがなかったら、フットウェア業界が今ほど退屈だったことはないね」

スニーカー業界で3Dプリント以外のイノベーションとなると、「去年のベスト シューズに選ばれたのはadidasのSambaだ。1970年代のスニーカーだぜ! プリント シューズがなかったら、フットウェア業界が今ほど退屈だったことはないね」とシュミットは笑う。

上述した3Dプリント スニーカーのすべてに共通するのは、全面的にライフスタイル志向か、そうでなくても、パフォーマンスの選択肢ではありえないことだ。ここにフットウェア業界の抱える難題がある。つまり、イノベーションは通常、そして当然、パフォーマンスと関連している。なぜなら、パフォーマンスを向上させるためにはイノベーションが必要だからだ。そしてパフォーマンスのイノベーションがジワジワと浸透していく結果、間接的に、ライフスタイルが影響される。パフォーマンス面でのイノベーションが、ライフスタイル面のデザインに作用するわけだ。Nike Air、adidas Boost、ASICS GELなどが最たる例だろう。だが3Dプリントがパフォーマンスにもたらすメリットは、当初から認識されたとおり、フィードバックの簡略化、サンプル作製の費用削減と時間短縮、迅速なリリースでしかない。現在のところ、3Dプリントの真の可能性を解き放ち、消費者に手渡せる高パフォーマンス フットウェアの生産手段になしえたブランドはないのだ。

つまるところ、過去数十年でフットウェア業界最大のイノベーションである3Dプリント技術は、ライフスタイル市場に貢献しているだけ。パフォーマンス面でのイノベーションはほぼ停止状態で、秤の針はほとんど動かない。

画像提供:Joey Khamis。

Nike、adidas、PUMA、New Balanceといったブランドの本質は、パフォーマンスだ。ライフスタイル スニーカーは、歴史とストーリーを通してパフォーマンス スニーカーに繋がっているに過ぎない。今もNikeでいちばん人気のAir Maxが1980年代と1990年代のOGなのは、それなりの理由がある。大半のスポーツウェア ブランドにとって、実証済みのシルエットを復活させるより、全面的に新しいデザインをローンチするほうがはるかに困難なのも、それなりの理由がある。それは今でもパフォーマンスが意味を持つからだ。ところが、主要ブランドは、イノベーション欠如のために、力を失っている。パフォーマンスの画期的なイノベーションが市場に現れなければ、消費者が過去の名品を求め続けるのも当然だ。

だがBoostはどうだ? NikeのAlphaFly Next%は? ランニング シューズ ブランドは、スーパーシューズを作り出しているではないか? 残念ながら、Boostは華々しくデビューしたものの、以後は100%ライフスタイル テクノロジーに定着している。adidasがパフォーマンスを書き換えるという主張も比較的早い段階で打ち消され、ランナーたちのパフォーマンス向上に必要なエネルギーをもたらすテクノロジーではないという意見が一般的だ。

スーパー ランニング シューズ全般を見渡せば、確かに、それらを履いたランナーが新記録を達成してはいる。しかし、そのことと普通の消費者にどれほどの関連があるというのか? オーストラリア発のハイエンド スニーカー ブティック「Sneakerboy」の共同設立者であり、フットウェアの独立ブランドAthletics FTWR®️の設立者でもあるクリス・カイヴトス(Chris Kyvetos)は、NikeのBreaking2や世界最速を争うブランド間の競争に消費者が惑わされる必要があるのか、と疑問を呈する。「カーボンプレート搭載のランニング シューズがここ10年でもっとも有力なイノベーションだとしても、恩恵を蒙るのは誰か?ってことだよ。週に2回以上16kmを走るランナーに聞いてみたって、カーボンプレート入りのスーパーシューズが効果を出すほど速いランナーは10%足らずさ」とカイヴトスは言う。「2018年以降近年までブランドが利益を上げてるのは、ストーリーが売れたからだ。だが現在は、ストーリーやテクノロジーに依存しないブランドのほうが、ランニング シューズの売上を伸ばしている」

1kmを5分以下で走る俊足ランナーでない限り、スーパーシューズには安定性がほとんどない。危険とは言わないまでも、平均的なアスリートには無用の長物だ。ほんの一握りのエリートに役立つだけのテクノロジーなら、不毛のイノベーションでないだろうか。

「僕たちはもっと先へ進んだ。明らかに、スーパーシューズはレース用の装備なんだよ。フォーミュラ1のレーシング カーと同じ」だとカイヴトスは続ける。「ちょっとばかり『日常的』なイノベーションが欠けてたんじゃないか。それが今復活しつつある。大多数のランナーにとっては素晴らしい朗報だ」

画像提供:Chris Marsden。

確かに、パフォーマンスにもイノベーションがないわけではないが、コア消費者の大半には関係ないとカイヴトスは繰り返す。そのうえ、スーパーシューズは素材のイノベーションでもないし、テクノロジーのイノベーションでもない。現在市場で販売されているパフォーマンス シューズの大多数は、デザインのイノベーションだ。大手スポーツウェア ブランドが使っている素材はほぼ同じだし、実のところ、生産する工場も同じ。HOKAのマキシマリズムとOnのブルータリズム建築的デザインは外見も違うし、感触も違うし、走りも違う。だが消費者と接点を持つ3Dプリントがライフスタイル市場を変革しているのと同じ意味で、フットウェア業界を変革してはいない。

パフォーマンス面での本物のイノベーションは、欠如したままだ。これまではずっと、パフォーマンスのイノベーションがライフスタイルのイノベーションへ繋がったのに、その流れは途切れてしまった。そしてこれまでで初めて、ライフスタイルのほうがパフォーマンスよりイノベーションで勝っている。

「大体において、フットウェア業界はここ20年間、みんなが思ってるほど進歩していないからね」と語るダニエル・ベイリー(Daniel Bailey)は、CONCEPTKICKS®の創設者兼クリエイティブ ディレクターだ。CONCEPTKICKSは、斬新なフットウェアのデザインを歓迎するプラットフォームであると同時に、adidas OriginalsやZEGNAなど、有名ブランドとコラボを行なうプロダクトデザイン スタジオでもある。

「ブランドがレトロしか売らないことを消費者が受け容れる必要も、絶対にないんだ」

ベイリーが提供したプラットフォームを基盤に、フットウェア デザイナーたちは透明性と支援を期待できるコミュニティを築くことができた。外側から思うほどフットウェア業界にイノベーションはないと認めるベイリーだが、今後に対しては非常に肯定的だ。大躍進が近づきつつあると確信している。「現在は、僅かずつの『進歩』に、大衆受けする販売キャンペーンを被せたものが多い。それはそれとして、僕には、業界が大きな変革を迎える角口に来てるような気がしてならない」

大抵の場合、イノベーションの有意義な前進には周期がある。休止状態の後に、躍進が生まれる傾向がある。今は休止状態だ。ブランドは既存のテクノロジーを売り、ベイリーが言うところの「微調整」に終始し、それらを基にして顧客にアピールするストーリーを作り出している時期だ。そう考えると、ベイリーやカイヴトスが予想する明るい未来も、それほど先のこととは思えない。

だがその時が来るまで、勝利を手にするのは常にマーケティングだ。現実より、ストーリーがものをいう。肝心なのは、マイケル・ジョーダン(Michael Jordan)のAir Jordan 1がNBAから禁止処分を受けたことではなく、NikeがAir Jordan 1のストーリーを止めるどころか、さらに強化したことだ。Nikeにとって最大の利益を意味したからだ。かくして神話は伝説になり、カルチャーの大半が受け容れる絶対的な真実になる。パフォーマンスでのイノベーションが躓いた原因は、おそらく、そのようなブランドの姿勢にある。

消費者と接点を持つイノベーションは費用がかかるうえに、リスクを伴う。その事実を避けて通ることはできない。もしイノベーションに効果がなかったら? あるいは、効果はあっても、消費者に無視されたら? このほうが、もっとたちが悪い。かくして、フットウェア業界もブランドも消費者も、同じサイクルに嵌まり込む。過去を復活させるばかりで、現状に満足する。これからも生涯adidasのStan SmithとNew Balanceの990を履き続けたいのなら、別にそれでも構わないのだ。文句を言う者もいないだろう。

「スニーカー カルチャーがレトロばかりに執着しても、それでイノベーションが難しくなるわけじゃない。ただ、イノベーションの意欲が弱まる」と、Complexのブレンダン・ダン(Brendan Dunne)は言う。「レトロからの収益を資金に研究を進めて、開発したデザインを新しいシューズに反映する。それが理想だ」。そして付け加える。「スニーカー ブランドがレトロの販売を止めることは、絶対にないと思う。だが、ブランドがレトロしか売らないことを消費者が受け容れる必要も、絶対にないんだ」

これから10年、20年、50年先を考えれば、フットウェア業界はイノベーションなしに勝ち抜くことはできない。今は、数十年前から歩みを止めてしまった大手のスポーツウェア企業の沈滞を、Zellerfeldのような企業とライフスタイル面のデザイナーたちが引き受け、上向かせつつある。

「3Dプリントも3Dプリントがフットウェア業界にもたらしうる可能性も、まだ生まれたばかりだ」とベイリーは語る。「3Dプリント製品のユニット当たりの製造コストが下がりさえしたら、業界は劇的に変わるだろう」

「パフォーマンスでも3Dプリント技術が全盛期を迎える時は来るだろう。ユーザーの足と個々の戦略に合わせてカスタマイズしたフットウェアが、運動能力を書き換えるだろう。ただそこまで進展させるのは色々と複雑だから、今のところ、3Dプリント技術は、いちばん手っ取り早く応用できるライフスタイル フットウェアから手をつけてるってことだよ」

画像提供:Daniel Bailey。

ライフスタイルでもパフォーマンスでも、3Dプリントはまだ始まったばかりという意見に、Zellerfeldのシュミットも同意する。将来、3Dプリントがパフォーマンスに応用される可能性も否定しない。「パフォーマンスでも3Dプリント技術が全盛期を迎える時は来るだろう。ユーザーの足と個々の戦略に合わせてカスタマイズしたフットウェアが、運動能力を書き換えるだろう。ただそこまで進展させるのは色々と複雑だから、今のところ、3Dプリント技術は、いちばん手っ取り早く応用できるライフスタイル フットウェアから手をつけてるってことだよ」

やがて3Dプリント技術は確実にフットウェアの製造状況を変革し、消費者行動に多大な影響を及ぼすだろう。それまでは、今の状況のままに楽しもうではないか。現在の3Dプリント スニーカーは、長い歴史で初めてライフスタイルがパフォーマンスの先に立ち、フットウェア業界におけるイノベーションの応用方法を180度転換した、画期的なアート作品なのだ。

  • 文: Fabian Gorsler
  • 翻訳: Yoriko Inoue
  • Date: April 18, 2024