何にでもなれるマヤ・ゴリシュキナ
モスクワ生まれの奔放なクリエイターは日常を可愛く、醜く、美しく、セクシーなアートに変える
- 文: Alex Kessler
- アートワーク: Maya Golyshkina

ロンドン東部の街ハックニーを流れる運河にほど近い「カフェ セシリア」で、マヤ・ゴリシュキナ(Maya Golyshkina)は溢れんばかりの魅力に輝いている。マックス・ロシャ(Max Rocha)がオープンしているこのレストランカフェは、日頃から多くのクリエイターが集まり、セージで挟んだアンチョビのフライをつまみながら盛んにアイデアを語り合う場所だ。若きアーティストのひとりとして世界を虜にしつつあるゴリシュキナは、店内の雰囲気にすっかり溶け込んでいる。
「モスクワで育つのは...ひとつの経験ではあったわね」。ドリンクをかきまぜながら、ゴリシュキナは話し始める。「大きな都市だけど、私みたいな人間には狭い気がした。押し付け、決めつけ、特定の在り方を要求するプレッシャー。特に女性にはそれが強くて、すごく疲れる」。ゴリシュキナはモスクワで成長しただけでなく、モスクワに反発した。「子供のころから規則は大嫌いだった。みんなが私に目をつけて、みんなと同じようになれって言うのよ。『いいから、私のことは放っといて』って感じ。自分の部屋でアートをやり始めたのも、ただ逃避するためで、別に計画なんてなかった。っていうか、妹と一緒の部屋だったから、自分だけの場所すらなかった! ともかく、それが始まり」
ロシアとウクライナ間の紛争が激化した2022年、ゴリシュキナはロシアを離れることを決意した。「ロンドンでキャスティングディレクターをしてる友達のマドレイン・オストリー(Madeleine Østlie)が助けてくれたの。ビザはすごく高くついたけど、とにかく『ロシアを出なきゃダメ』って。それでロンドンへやって来たわけ」。新しい都市での生活ですべてが変わった。「ようやく私のことをわかってくれる人たちに出会えた。コラボとか展示とか、まったく新しい世界が開けたの。モスクワにいる頃は、何もない真空に向かって金切り声を上げてる気がしたけど、ロンドンの人たちは私の声を聞いてくれる」


2022年『Walk of shave』。冒頭の画像:2022年『I love cats not you』。

2023年『The pasta』、『Luncheon magazine』 no.16より

2022年『Sad clown』。
ゴリシュキナが着ているのは、Juicy Coutureのホットピンクのトラックスーツ。ジャケットの下のNφdressのTシャツには、おそらくふしだらな行為中らしい半ばアへ顔のアニメが描かれている。ゴリシュキナに関してよく知られている点をひとつ挙げるとすれば、それは一癖あるユーモアのセンスだ。大勢を向こうに回すタイプなのだ。「アーティストとしてのメッセージ? そうね、『苦痛から自由になるには、笑い飛ばすのが一番』。ほとんど私のことだけど」と悪戯っぽく笑う。陽気で、おかしくて、皮肉っぽくて、非常にプライベートな作品群には、そんな精神が顕著に表れている。「お洒落なスタジオと大金がなかったらアーティストになれない、っていう考え方をいじるのが大好き。みんなが『え、何? じゃ、これは居間で作ったの?』とか驚くから、『そう。見ればわかるでしょ?』って答えてる」
「私の体がキャンバス」と言うとおり、ゴリシュキナのアートは、ほぼ文字通りに彼女自身だ。「可愛い、醜い、美しい、セクシー。何でも、なりたいものになれる。全部が私だもん」。安易な分類を拒絶するアートだ。粉飾のない素のエモーションから、衝撃を与えると同時に深く人間性を感じさせる作品が生まれるなんて不思議だ。だけど、ゴリシュキナのアートを見ると、どうしても笑いが込み上げてくる。『Walk of Shave』では、段ボールを切り抜いて作った巨大な脚の一部になっている。毛深い脚はシェービングクリームに覆われて、半分毛を剃り落とした状態。ゴリシュキナもクリームまみれだ。『Grab Me』では等身大のオモチャになり、同じく段ボールで作ったクレーンゲーム機の中で、縫いぐるみに埋もれている。『The Pasta』では、スパゲティに見立てた細長いフェルトに絡まれて、ミートボールと一緒に大きな皿からこぼれ出ている。目で見るギャグに説明は不要だ。
ゴリシュキナ自身、「良いアートに長ったらしい説明は要らない」と言う。「見る人が見たいものを見ればいい。大切なのはそこよ。何を考えるか、私が教えることじゃない。見る人が自分にとっての意味を見つければいいの」。ゴリシュキナは見る人を笑わせ、考えさせ、思いがけない方法で繋がりを作り出す。


2023年『The stripes』。

2021年『Grab me』。
ルーツはアートだが、ファッションの世界へも少なからぬ侵入を果たしている。Marc JacobsやCamperとのコラボは、独特な美学が広く世界の目に触れる機会を意味した。驚くことに、Marc Jacobsとの最初の広告プロジェクトは、ロンドンへ移るよりずっと前、モスクワの自室で撮影したそうだ。今では、クリエイティブ界に欠かせない存在になっている。アダン・ホドロフスキー(Adán Jodorowsky)とモン・ラフェルテ(Mon Laferte)の「Aline」など、ミュージックビデオに参加し、アメリカ版『Vogue』や『Luncheon』にも登場した。一方で、ユニークな作品の創作も続けている。「ファッションは、手っ取り早くて楽しいのがいい。創作とビジネスのバランスをとれるしね。だけど、ファッションしか頭にないわけじゃない」とゴリシュキナは言う。「ギャラリーには自由があるのが、すごくいい。時間がかかるし、舵取りが難しいけど」
将来を尋ねると、目が輝きを増す。「もう、色んなことをやり始めてる。コラボ、新しい展示会、それからカレンダー プロジェクト。今年中にそんなに詰め込むつもりはなかったんだけどね。2年間で3回の展示って、クレージーじゃない?」 と言いつつも、スピードを落とす気はない。「何でも全部やってみたい。ミュージック ビデオ、セット デザイン、実際のインスタレーション。いいじゃない? 境界を作るんじゃなくて、境界を壊すのがアートなんだから」
対話が落ち着いたところで、ゴリシュキナは椅子の背にもたれ、皮肉っぽい笑いを浮かべる。「ほとんど何も持ってないのに、すごく色んなことをやれたのはどうして?っていつも聞かれる。ぶっちゃけ、自分を深刻に考えないからだと思うわ。ただ楽しんでるだけだし、なぜかそれでいいみたい」
超リッチなチョコレートトルテをシェアするまでにわかったのは、ゴリシュキナが今いるべき場所にいることだ。ゴリシュキナは自分のやり方で存在している。差しあたっては、もっとデザートを食べることが彼女の選択らしい。「ギネスとブラウンブレッドのアイスクリームを食べようよ。絶対気に入るから」。いいね、食べよう。
- 文: Alex Kessler
- アートワーク: Maya Golyshkina
- 翻訳: Yoriko Inoue
- Date: February 10, 2025

