BAPE徹底解剖

創立30周年を記念して、
ユニークな日本ブランドを
AからZで振り返る

  • 文: Sam Trotman
  • アートワーク: Gavin Park

デザイナーのニゴー(NIGO)が1993年に誕生させたBAPEは、以来、押しも押されもせぬストリートウェア ブランドであるばかりか、紛れもないカルチャー現象であり続けた。マントラのように繰り返される「アベイシングエイプを手に入れたぜ」が耳から離れないソウルジャ・ボーイ(Soulja Boy)の「I got me some Bathing Apes」(2007年)から、さまざまな限定カラーのコンビネーションで華々しくSSENSEに復帰しているBAPE STA™まで、BAPEは今も30年前と同じように強く時代と結びついている。近年それでなくても広範囲な肩書にKenzoのアーティスティック ディレクターを追加したニゴーは、どのようにBAPEの世界を構築したのか? その道のりで、同じく独創性豊かなコラボ パートナーや有名人ファンがどのように貢献したか? BAPEのA〜Zを振り返ってみよう。

A:APE ヘッド

ブランドには必ずロゴが必要だ。謎多き日本人グラフィック デザイナーのスケートシング(Sk8thing)は、ニゴーが愛する古典的名画『猿の惑星』(1968年)を考慮すると同時に、アメリカの典型的なワークウェア ブランドへの称賛を込めて、猿の頭部のロゴを考案した。Ben Davisを始めとし、アメリカのワークウェア ブランドはBAPE初期のデザインや生産方法に大きく影響している。その後、APEヘッド ロゴはおよそ考え得るすべての製品に登場し、ストリートウェアを象徴する世界的シンボルになった。

B:BAPE STA™

BAPEは数々のスタイル生み出してきたが、中でもいちばん代表的な製品は、2000年に新発売され、今なお注目を浴びるBAPE STA™だろう。アッパー部分の両サイドに配置された強印象の星形ロゴが名前の由来だ。大胆な色調と高級素材を使用したロートップ スニーカーのデザインは豊かなレガシーとなって展開し、2000年代中頃にBAPEが大躍進を遂げるきっかけとなった。これまでに何百というカラー バリエーションが発売されたが、おそらく最大の羨望の的は2007年にカニエ・ウェスト(Kanye West)と行なったコラボ作だろう。

C:CLOUD カモ

スケートシングのデザインで有名なクラウド カモは、フィールド ジャケットからトイレットペーパーに至るあらゆる製品にプリントされ、BAPE史上もっとも広く知られるシンボルのひとつになった。アメリカで鴨撃ちに着用されるハンティング カモをベースとしながら、ニゴーがアイドルと崇めるポップアーティスト、アンディ・ウォーホル(Andy Warhol)風の多様な色使いが定期的に登場する。いわゆるファースト カモの発表以来、トライバルなASATプリントやロシアのベリョーズカ風デジタル カモなど、軍隊やハンターに使用された昔ながらの迷彩柄が独自のデザインへ発展している。

D:ダイヤモンド

2000年代中頃のニゴーはふんだんにジュエリーを使い、ポスト ミレニアムのアイデンティティを打ち出した。2000年代初期にも、友人であるJacob & Coのジェイコブ・ザ・ジュエラー(Jacob the Jeweler)の力を借りて、ジュエリーで覆い尽くした特注のエイプヘッド ペンダントをデザインしている。また、多才なクリエイティブ仲間として影響を受けたファレル・ウィリアムス(Pharrell Williams)との出会いを機にビジネス パートナーとなり、BAPEコラボやBillionaire Boys Clubブランドのかたちで、華美なスタイルに新たな次元を切り拓いた。

E:エクスクルーシブ

ストリートウェアの成功を保証するのは、「エクスクルーシブ — 限定」を設ける手法だ。BAPEは、当初から限定数の商品を数少ない取り扱い店舗で販売することで、カルト的成功への道を固めた。インターネット以前は、クリプト マーケティングと選択的なシーディングによって、1990年代のヒップなアングラ層との繋がりを図った。西欧世界のファンはほぼ輸入に頼るしかない状況だったから、ブランド熱はさらに高まった。

F:フットウェア

拡大を続けるBAPEフットウェアの展示と販売を目的として、2001年に直販店FOOTSOLDIERがスタートした。BAPEのスニーカー ショップは、並みのシューズ ストアとは違う。代官山店のユニークなベルトコンベア式陳列、京都店のエレベーターによるスニーカー移動など、インテリア デザインは実に未来的だ。BAPE STA™シリーズの名作アーカイブも保管されている。

G:G-SHOCK

BAPEとG-SHOCKの提携は、優れた摩耗性を誇るCasioの人気ライン初のコラボレーション企画であり、BAPEにとっても早期に行なったコラボに数えられる点で、大きな意味を持つ。コラボ第一弾は1998年に発売され、2000年代中期以後は、BAPEのキュレーションによるG-SHOCKが毎シーズンの主力となり、形状のマイナーチェンジや文字盤の多様なデザインが登場している。2009年には、ファレル・ウィリアムスに捧げる1点ものとして、ジェイコブ・ザ・ジュエラーの手によるゴールドに煌めくウォッチが誕生した。

H:(BAPE)ハウス

2000年代に入ると、BAPEにまつわる神話はますます拡大し、BAPE ハウスと呼ばれるニゴーのかつての自宅まで取り込むに至った。BAPE ハウスはBAPEのすべてが詰まった宝庫であり、ニゴーの個人的なアート コレクションのほか、地下階には超レアなビンテージのアーカイブが保管されている。2000年代には多数のドキュメンタリーが作られ、ニゴー自身が多数の部屋を案内しながら、ビンテージのLouis Vuitton スーツケースからCoca-Colaの記念品、『スターウォーズ』フィギュア、発売されなかったBAPE ギア、そして高級ミッドセンチュリー家具などを紹介している。BAPE創立20周年を迎えた2013年、BAPE ハウスはBAPELANDとして公開され、アーカイブが展示された。

I:IN LUKEWARM WATER

自ら監修した小売店NOWHEREに合致するブランド コンセプトを模索していたニゴーは、アイデンティティの立案にスケートシングの助けを求めた。5時間ぶっ続けで『猿の惑星』を観たスケートシングは、猿の頭部のロゴと「a bathing ape in lukewarm water — ぬるま湯に浸かる猿」というブランド名を提案した。だらだらと風呂に浸かり、ぬるま湯になったまま満足している人になぞらえて、日本の裕福な若者たちの無気力を皮肉ったフレーズだった。自分のブランドを購入する消費者を考えたうえで、ニゴーはスケートシングのアイロニーを気に入り、「A BATHING APE」に短縮した。

J:ジェームス・ラヴェル

英国が誇る伝説のDJ、トリップ ホップのパイオニア、そしてニゴーの友人のジェームス・ラヴェル(James Lavelle)は、ブランド設立から間もない段階で、BAPEの認知度を高める大きな助けとなった。特に当時の英国では、Stone Rosesのシンガーおよびソロ アーティストとして活動したイアン・ブラウン(Ian Brown)と並んで、ニゴーがいちばん頼りにできるシーズだった。DJ シャドウ(DJ Shadow)とUNKLE ミュージカル プロジェクトに携わった1998年頃のラヴェルは、カモ プリントのAPESTA ロートップ スニーカー、数えきれないほどのBAPE Tシャツなど、全身BAPEブランドの姿がしばしば見受けられた。2000年にはラヴェル自身のレーベルMo’Waxのインプリントから、ニゴーのLP『APE SOUNDS』までリリースしている。

K:BAPE キッズ

2000年代中期から後期にかけて、BAPEの人気は世界中でかつてない高まりを見せ、新たに BAPE キッズがローンチされた。新マスコットとして誕生したベビー マイロは、ファレル・ウィリアムスが2006年に発表したソロ アルバム『In My Mind』のカバー同様、線太短躯のイラストだ。BAPE キッズは子供たちに喜ばれるグラフィック Tシャツ、遊び心満載のアクセサリー、その他を提供し、2010年代初めには香港で大ヒットした。

L:ライフスタイル

ライフスタイル ブランドへの拡張は、2002年、青山のBAPE CAFE?! オープンで頂点に達した。食とデザインに傾けるニゴーの情熱がひとつになったレストランは、若者に人気の原宿と千駄ヶ谷商店街の中間にあり、エイプヘッドのテーブルやカモ柄の椅子が配置されている。BAPE CAFE?! のほかにも、BAPE CUTS ビューティ サロンなど、ニゴーはファッション以外のベンチャービジネスを手掛けている。BAPE京都店内のBAPE GALLERYでは、BAPEの後援によるイベントや展示が開催される。

M:MR. BATHING APE

英国式フォーマルウェアに対するニゴーの敬愛から、2011年、BAPEのディフュージョン ラインとしてMr. Bathing Apeがローンチされた。ヴィヴィアン・ウエストウッド(Vivienne Westwood)、プリンス チャールズ、サヴィル ロウの正統テーラリングを構想の中心に据えたと言うニゴーは、BAPE誕生時からの忠誠なファン層が高齢化するにつれ、整ったスタイルが歓迎されるだろうと確信している。ビンテージから着想したドレッシーなアイテムとは言え、カモ プリントのスカーフやネクタイ、シャツのAPEヘッド アップリケなど、いかにもBAPEらしいエキセントリックなトレードマークは健在だ。

N:NOWHERE

BAPEの物語はNOWHEREで始まった。藤原ヒロシのアドバイスを受けて、ニゴーと友人であるUndercoverの高橋盾が1993年にオープンした独立小売店舗だ。店名はビートルズの「Nowhere Man」からとった。当初は高橋がUndercoverでデザインした商品、ニゴーが選んだビンテージのほか、西山徹とスケートシングが立ち上げたFORTY PERCENT AGAINST RIGHTSを扱った。これは、後に西山徹のWTAPSや高橋と藤原のAFFAが誕生する地盤になった。NOWHEREはカルチャーの空隙を埋め東京の若者に大評判となり、同年、ニゴーにBAPEの立ち上げを思い立たせた。

O:オリジナル ビンテージ

BAPE初期のデザインの多くは、今や引っ張りだこだ。オークション サイトや転売ストアで、古いものには必ず3桁から4桁のドル値が付く。特にレアなのは、BAPEブランドが生まれる前、1990年代初めから中頃にかけてのTシャツで、まだHanesやOneitaの襟タグがついた厚目の白地にプリントされている。Grailedでは、1998年のSupreme x BAPE ブルー カモ ボックスロゴ Tシャツが1万ドルで出品された。1990年代のカモ フィールド ジャケットなら300〜500ドル。BAPE ピンでさえ、新品の状態なら200ドルはする。

P:ピープル

BAPEの原動力の中心がニゴーであったことは確かだが、ブランドとして現在の地位を築くまでには、ニゴーとビジョンを共にした若きデザイナーやアーティストたちの強力な支援があった。スケートシングとカズキ・クライシは早い段階でニゴーのコンセプト表現に手を貸したグラフィック デザイナーだし、ジェームス・ラヴェル、コーネリアス(Cornelius)、シェリー(Cherie)など、時代を牽引するレコーディング アーティストたちは、音楽界との繋がりをもたらした。ブランド マネジャーのダン・ドイル(Dan Doyle)、コンサルタントからCav Emptのディレクターに転身したトビ―・フェルトウェル(Toby Feltwell)、anon*のクレイグ・フォード らもまた、特にヨーロッパ市場でのBAPE台頭に大きな役割を果たした。

Q:クオリティ

ますます飽和度の高まるストリートウェア業界でBAPEが健在なのは、生産手法に鍵がある。製品の生産にあたり、ニゴーは最初からワークウェア ブランドに特化した工場を選んだが、これは品質に定評のあるブランドを確立する非常に賢い選択だった。同じく、伝統的に高水準の技術を誇る日本の製品であることも、プレミア価格を正当化した。コラボ パートナーも、SupremeやPorterなど、いずれも同じ姿勢のブランドばかりなので、高品質ブランドとしての立場はいやが上にも強化された。

R:ラッパー

BAPEとヒップホップの関係は、ブランド誕生の頃まで遡る。1996年、最初のカモ ジャケットを肩に羽織ったノトーリアス・B.I.G.(The Notorious B.I.G.)の写真が出てからというもの、BAPEはラップ カルチャーと切り離せないブランドになった。2000年代初めに生まれたファレル・ウィリアムスやN.E.R.D.との繋がりは有名だが、これによってヒップホップ界での影響力も確立され、ついにはカニエ・ウェストらも着るようになった。2000年代後半には、リル・ウェイン(Lil Wayne)やソウルジャ・ボーイのミュージック ビデオにも登場している。このような関係は現在も続き、21サヴェージ(21 Savage)を含む新人アーティストに着用されている。

S:シャーク パーカー

BAPEは大胆なビジュアルで知られるブランドだが、代表的なスタイルのひとつであるシャーク パーカーは、グラフィックの配置も意表を突いた。長いジッパーで顔部分まで覆うフーディには、フード前面にサメの目と歯がアップリケされている。BAPEファンに大人気なのはもちろんだ。中でもいちばん有名なのは、発売と同年の2004年、ファボラス(Fabolous)の「Tit 4 Tat」ミュージック ビデオにシャーク パーカーを着て出演したファレル・ウィリアムスだろう。

T:Tシャツ

ストリートウェア ブランドに絶対欠かせないのが、グラフィック Tシャツだ。BAPEも例外ではない。グラフィック Tシャツは、ブランドの姿勢と精神を端的に伝達する。当初、東京のスタジオで自ら2色スクリーン印刷をしていたニゴーにとって、BAPEのシンプルなロゴは理想的だった。現在も、BAPEらしい大胆なグラフィック デザインへのアプローチは不変だ。

U:裏原宿

ストリートウェアは、総じて、ワークウェア ブランドのリメイクおよびアメリカのブランドやアーティストの美学から派生したスタイルだが、新鮮な息吹を吹き込む追い風となったのは1990年代の裏原宿カルチャーだ。裏原宿では、急速に芽吹いた若者のムーブメントからBAPE、Undercover、WTAPSAといった斬新でエキサイティングなブランド群が開花した。その発信源となったのがNOWHEREであり、『asayan』、『relax』、『smart』などのストリート マガジンだった。

V:VERY APE

BAPEは1997年にVery Apeをローンチした。英国製プリント Tシャツのカプセル コレクションは、Slam City Skatesなど、ロンドンなヒップなブティックで販売され、Beastie Boysのアドロック(Ad-Rock)などが着た姿も見られた。Nirvanaを投影したグラフィック Tシャツは、それまで輸入でしかBAPEを入手できなかった英国での販売に重要な役割を果たし、ついに2002年、ロンドンでBAPEストア第一号がオープンする引き金となった。

W:WONDERWALL

BAPE店舗のデザインを担当しているWonderwallは、崇敬を集める日本のインテリア デザイン スタジオだ。パートナーシップは1997年、Wonderwall創設者の片山正通がNOWHEREの改装業者を探していたニゴーと出会ったときに始まった。無条件にデザインを託された片山は、販売手法を一新し、アート ギャラリーを思わせる空間を創造した。60年が経過した今も、BAPEとWonderwallの繋がりは弱まる気配がない。

X:コラボレーション

BAPEはコラボレーションと同義のブランドであり、BAPEのデザインより有名なコラボ デザインもあるほどだ。活発なコラボレーションはBAPEの歴史の早い段階から顕著で、初期には同じ裏原ブランドのWTAPSなどと組んだが、1990年代後期には、SupremeやStüssyといったストリートウェアの大御所ブランドがパートナーになった。BAPEが目を向けたのはウェア ブランドだけではない。村上隆、カウズ(KAWS)、スタッシュ(Stash)、フューチュラ(Futura)など、時代を代表するアーティストとも限定アイテムを創作している。いちばん驚かされたコラボレーションは、2001年のペプシ缶ではないだろうか。1ドル以下で買えるのだから、最安値のBAPEアイテムであることは間違いない。連綿と続くコラボ リストには、今も続々と新しいパートナーが追加されていく。Marvel、adidasPorterComme des Garçonsといった強力パートナーとのコラボレーションは、今という時代におけるBAPEブランドの立ち位置を明確に示すものだ。

Y:30イヤーズ

創立30年を迎える今年は、BAPEが大手ストリートウェア ブランドの地位を築いた証だ。30年前に誕生したときから、BAPEは常に大多数のアパレル ブランドが遵守する基準から脱却し、グローバルなカルチャー現象となった。BAPEの成長は、デザインと大量消費主義の境界を押し広げる道のりにほかならなかった。

Z:ツァイトガイスト

BAPEは、過去30年、世界を席巻するに至ったストリートウェアの最前線を走り続けた。オルタナとメインストリーム双方のカルチャーに及ぼした影響は明白だ。Mo’Waxのような新進気鋭のレコードレーベルと結びついた1990年代から、BAPEストアの常連として初期のBAPEブランドを応援した故ロビン・ウィリアムス(Robin Williams)などのセレブ ファン、そしてヒップホップと絡み合って人気を維持した2000年代まで、BAPEは常に新世代を魅了するブランドであり続けた。

  • 文: Sam Trotman
  • アートワーク: Gavin Park
  • 翻訳: Yoriko Inoue
  • Date: February 10, 2023