サローネ デル モービレを飛び回った5日間

数えきれないほどの展示、パーティ、名作と疑問作、そして「ウンチ」が飛び出す講演

  • 文: Emilia Petrarca

2018年からミラノ ファッション ウィークを取材するようになって以来、エディターやパブリシストから聞かされる決まり文句は「ファッション ウィーク、おもしろい? サローネへ来てごらんよ」

サローネ デル モービレ、別名ミラノ サローネはミラノ デザイン ウィークとしても知られ、毎年春に開催される国際展示会だ。1961年にイタリア家具の見本市として始まったこの展示会だが、今ではおびただしい数の小規模な個別展示、派手なパーティ、ブランドやショールームや店舗などが主催するフェアの総称になった。毎年訪れるライターやエディターのなかには、イベントの中心であるサローネのパビリオンには1度も足を踏み入れたことがないという人が、ひとりならずいる。「どこにあるのか、場所も知らない」と言った人さえいる。私も後になって知ったが、サローネ パビリオンはミラノから25分の郊外にあった。

Loro Pianaのインテリア(画像提供:Loro Piana)。 冒頭の画像:Thom BrowneとFretteのコラボレーション(画像提供:Thom Browne)。

毎年何十万という見学者が訪れるサローネは、ラグジュアリーファッション ブランドやファッション メディアが注目するようになった。Bottega Veneta、Gucci、Prada、Versace、Fendi、Dolce & Gabbana、Loro Pianaなどのイタリア ブランドにしてみれば、サローネへの来場者を引き込み、たとえ小規模であっても自社のホーム関連商品を紹介するチャンスだ。ちなみに、私のこの世で最後の食事は絶対にPradaの磁器のお皿で、と決めてある。それはともかく、サローネに関心を寄せるのは、今やイタリア ブランドだけではない。今年は、Hermès、LOEWE、Saint Laurent、Balenciaga、RIMOWA、Moncler、Stone Island、Off-White、Acne Studios、Ralph Lauren、MCM、Diesel、Thom Browneが、何らかのデザイン イベントを催した。そう言えば、コスメ ブランドGlossierを立ち上げて大ヒットさせたエミリー・ワイス(Emily Weiss)の姿も見かけた。

サローネがどういうものかと言うと、LOEWEのクリエイティブ ディレクターのジョナサン・アンダーソン(Jonathan Anderson)がサローネの展示とカクテルパーティに出席するために、ロサンゼルスでの『チャレンジャーズ』のプレミアを諦めてミラノに来たと聞いて、私も来て正解だったと思った。問題はここまで来て、果たして私は家具を目にするのか、それともスパークリング カクテルを飲むだけで終わってしまうのか、ってことだ。

BalenciagaとAndew J. GreeneのArt in Stores (画像提供:Balenciaga)。

Mario BelliniによるTacchiniソファは、Gucciの新シグネチャ色バーガンディで登場(画像提供:Gucci)。

ファッション ウィーク同様、パーティはニューヨーク JFK空港のデルタ ラウンジから始まった。顔なじみが沢山いて、みんな景気よくワイン グラスを傾けた後、ミラノ行きの夜行フライトに搭乗する。業界の暗黙の決まりは決して変わらない。つまり、機上で起こることは機上で終わる。たとえ私が大口を開けて涎を垂らしながら寝ているところを誰かが見ても、見なかったことにしてくれる。

ミラノに到着したのは日曜日だった。先ず最初に、Bottega Venetaの内覧へ行った。Cassina、Fondation Le Corbusierとコラボした木材とイントレチャートの限定版スツールは、この前のランウェイ ショーで観客席に使われていたものと同じだ。

Bottega Veneta、CassinaとFondation Le Corbusierのコラボレーション(画像提供:Bottega Veneta)。

私が内覧会場に入ると直ぐ、カラフルなカットアウト パンツ姿の常連が近づいてきて「教えておいてあげるけど、サローネでは本気でドレスアップしないのよ」と言われた。善意のアドバイスには感謝だけれど、急に自意識過剰になる。それに意味がわからなかった。会場にいる誰もがお洒落にキメていたからだ。「つまり、見え見えのお洒落はしないってこと」と、重ねて前言を解説される。わかったような、わからないような…。要するに、アート界とファッション界の「見え見え」の境界線はかなり違うということらしい。この会場に馴染むには、Pleats Please Issey Miyakeあたりを着て、玄人好みのギャラリーか参加者限定イベントで手に入れたステータス トートを持つ必要があったようだ。何にせよ、デザイナー ロゴが付いたものはご法度のようだ。メモメモ。次は、数ブロック歩いてGucciの旗艦店へ向かった。コラボによるデザイン作品の発表を祝い、カクテルパーティが開かれているはずだ。そのなかには、艶々として曲線がセクシーなMario BelliniのTacchini ソファも含まれている。カラーは、クリエイティブ・ディレクターのサバト・デ・サルノ(Sabato De Sarno)が新たなシグネチャにした「Ancora」バーガンディだ。とは言うものの、とにかく人で溢れて、入口さえ定かではない。ミラノのファッション イベントでも目にした記憶がないほどの、大群衆だ。それでもどうにか人混みをかき分けていった先には、警備員が立ちはだかり、みんなが文字通り「マンマ ミーア!」と絶望の声を上げている。この時点で私は撤退を決めた。別の日に出直そうと。

LOEWEに出品したAnthea Hamiltonの作品(画像提供:LOEWE)。

LOEWEの参加アーティストNicholas Byrne(画像提供:LOEWE)。

適切な服装以外に、ファッション ウィークとサローネの大きな違いのひとつは、サローネのほうが少しばかり民主的で自由ということだ。メディア向けの内覧後は、展示を一般公開するブランドも多く、フロントロウを奪い合うこともない。報道によると、昨年は、Bottega Venetaのミラノ旗艦店で展示されたガエターノ・ペッシェ(Gaetano Pesce)のインスタレーションに、1万1千人が見学を申し込んだ。今年行列が取り囲んだのは、Gucciの店舗がある区画とLOEWEの会場だ。LOEWEが展示した24点のコラボ ランプは、アート的で、奇妙で、楽しかった。オープニング イベントですでに赤いステッカーが貼られていたから、おそらく完売だ。Loro Piana本社の入館を申し込めば、イタリア建築と家具デザイナーのチニ・ボエリ(Cini Boeri)に捧げたオマージュを見学することさえできる。だけど、レザーのシャンデリアやカシミヤで覆ったソファーを買いたいとなると、事態は俄然民主的から反転する。

特大サイズのアペリティーボで有名な「Bar Basso」は老舗の素敵なカクテル バーで、サローネの期間中は、真夜中を過ぎても街路まで客が溢れる。いわば、サローネの非公式拠点だ。私の初日の10時30分、一緒にディナーのテーブルを囲んだデザイン業界人はサローネの常連で、「招待状がなくても、最高の一週間を楽しめる」と言う。食事が終わる頃には、私が飲んだネグローニ カクテルの数のほうが、その日に見た家具の数よりはるかに多い。でも、誰よりもデザイン ウィークを謳歌しているのは、パロアルト在住の裕福な顧客に代わって買い物三昧のインテリア デザイナーに違いない。その顧客は「何でも買う」のだそうだ。

Gae AulentiとPiero CastiglioniがGucciとコラボレーションしたA FontanaArteのランプ。

Bar Bassoで大好評だったバッグは、数年前にお土産店で5ユーロで買った「I♡3 Milano」。

カクテル Spritz numero uno。

T magazineパーティのプール。

最終日、ミラノ郊外にあるAlcovaのサテライト会場でようやく家具を見た。

夜10時30分開始のディナーは、深夜1時まで続いた(画像提供:Emilia Petrarca)。

2日目はPrada Framesからスタートした。プレスリリースによると、Prada FramesはPradaが毎年開催するシンポジウムで、3回目の今年は「自然環境とデザインの複雑な関係性」をテーマに、多様な学者や専門家によるエキサイティングなトークと講演が行なわれる。会場のバガッティ ヴァルセッキ美術館は、権力と富を誇るミラノの家族が1974年まで暮らした大邸宅だ。私が申し込んだ集会は、大理石の壮麗なバスルームで開かれ、満席だっだ。このバスルームは、おそらくミラノで最初に室内トイレや当時の最新流行だったシャワーを完備した先例で、20人程度が入れるほど広い。「Bar Basso」で夜更かしした私は、Pradaのイベントで、建築家・研究者のマリーナ・オテロ・ヴェルジエ(Marina Otero Verzier)が大真面目に「ウンチ」という言葉を口にするとは思いもかけず、笑いをこらえるのに必死だったことを認めておこう。その後は、トイレの表示を見るたびに、展示なのか本当のトイレなのか、考えてしまった。

夜は、毎年ヴィラ ネッキ カンピリオで恒例となった、『T』マガジンの盛大なパーティへ出かけた。会場はミラノで見学が可能なブルジョワ邸宅美術館のひとつだ。とても美しくて、ルカ・グァダニーノ(Luca Guadagnino)が『I Am Love』のセットに選んだほどだから、デザイン ウィークで一番人気のパーティの会場にふさわしい。ただし過去にどんちゃん騒ぎが度を超したことがあり、『T』マガジンは今年創刊20周年を祝うというのに、招待客を厳選する必要に迫られた。なんと言っても、会場は美術館なのだ。それでもなお、有名な大理石のバスルームでは、「どうぞ止めてください」という警備員の懇願にもかかわらず、セルフィーの撮影を思いとどまらせることはできなかった。夜更けには、服を脱いでプールに飛び込んだ人もいるらしい。私はその時間まで長居しなかったから、自分の目で見たわけではないけれど、おそらくサローネ中に開かれるパーティではあり得ることなのだろう。それが証拠に、次の日にはまったく話題に上がっていなかった。

3日目にはニューヨーク ファッション ウィークでよく知る顔を見つけて、嬉しかった。Thom Browneが今回初めてサローネに参加し、イタリアのリネン ブランドFretteとコラボしたシーツ、タオル、バスローブなどの最新コレクションを発表したのだ。パラッツィーナ アッピアーニで行なわれたプレゼンテーションでは、ブランドのアイマスクをしたモデルたちが、豪華に設えたグレーのベッドの上でのんびりとうたた寝を楽しんでいた。それを見て、疲れた様子のエディターが言った。「羨ましい」

シンポジウムPrada FramesのNatalia Grabowska(写真:Lorenzo Palizzolo/Getty Images for Prada)。

Browneの通常のショーに比べれば、はるかに規模が小さく、シンプルで、文字通り眠気を誘ったけれど、それにもかかわらず見学者にはとても評判が良かった。或るイタリアのホテルマンは「素晴らしい!」という感動の言葉と共に会場を後にした。今後もファッション ブランドはサローネへの参加を継続すると思うが、もしそうなら、回転する台座にステンレス スチールのシュリンプ カクテルを載せて見せる以上の心構えでなくてはいけない。そう、あなたのことよ、Balenciaga。もちろんレザーのソファを作るのは、レザーのハンドバッグを作るよりはるかに難しいし、高くつく。でも、今回のサローネで最高だったのは、ファッション界の大規模な基盤とビジュアルへの情熱を梃子にして、思いがけない斬新な視点をサローネにもたらした展示だ。

サローネが終わる頃、皆の頭にあったのは、Bottega Venetaの1万2500ユーロのスツールを買うべきかではなく、 ベニスで開かれるリック・オウエンス(Rick Owens)のレイブに行くべきか? だった。ヴェネチア ビエンナーレも始まるから、サローネを早く切り上げて、次の目的地へ向かった人も多い。それでも私は、サローネを徹底的に味わいつくそうと思った。そして4日目と最後の5日目は、たくさんの展示を見て、映画に出てくる壊れた人みたいになってしまった。「私はランプが好き。私はランプが好き? 私はランプが大好き!」などと口走りながら、あちこち彷徨い続けたのだ。

  • 文: Emilia Petrarca
  • 翻訳: Yoriko Inoue
  • Date: April 25, 2024