成長する内面、
変化する環境

エフライム・アシリ監督デビュー作『継承』に
人物と背景の変容を見る

  • 文: Lovia Gyarkye
  • アートワーク: Gavin Park

エフライム・アシリ(Ephraim Asili)監督の『継承』は、エリン・ロックリー(Erin Lockley)演じる主人公のジュリアンが大きな木箱の中味を選り分けている場面で始まる。楽天的で無邪気な様子の彼は、無頓着に本のページをパラパラめくっていく。擦り切れた『Education and Black Struggle: Notes From The Colonized World(教育と黒人の葛藤:植民地世界からの覚書き)』。『Malcolm X On Afro-American History(マルコムXによるアフリカ系アメリカ人の歴史)』。ジェームズ・ボールドウィン(James Baldwin)の『ジョヴァンニの部屋』。アリス・ウォーカー(Alice Walker)の『カラーパープル』。

レコードが入っているもうひとつの箱は、オレンジ色のスツールの上にのせて、ターンテーブルの右に置かれている。全篇を通じて、アシリのカメラはそれぞれのアルバムを見つめていく。1960年代のウィスコンシン州マディソンで、W・E・B・デュボイス(W.E.B. DuBois)がウィスコンシン社会主義クラブに向けて行なった講演の録音『Socialism And The American Negro(社会主義とアメリカの黒人)』。クワメ・トゥレ(Kwame Ture)が、投獄されていたブラックパンサー党創設者ヒューイ・ニュートン(Huey Newton)の釈放を要求して1968年に行なったスピーチの録音『Free Huey(ヒューイを自由の身に)』。黒人女優ルビー・ディー(Ruby Dee)の朗読による黒人女性たちのスピーチ『What If I Am A Woman?(私が女でも)』。マックス・ローチ(Max Roach)による1960年代のジャズ アルバム『We Insist!(ウィ インシスト! 俺たちは主張する)』。

すべては、木箱が置かれていたウェスト フィラデルフィアの長屋作りの家まるごと、先頃亡くなった祖母がジュリアンに残した遺産で、小さなものも大きなものも、個人的なものも政治的なものも、彼が受け継いだ遺産の一部だ。2021年3月公開のデビュー作で、アシリ監督は遺産を手渡されたジュリアンのその後を追う。パリで暮らす若き毛沢東主義者を描いたジャン=リュック・ゴダール(Jean-Luc Godard)のダーク コメディ『中国女』とアシル自身の人生を下敷きにして、友人たちと急進的な黒人集団を作ろうとする若者を印象主義文学のような手法で物語っていく。場面は総じて平凡な集団生活のスケッチであり、面白味のない会話、居心地の悪い力関係と緊張、その一方で発露する真の歓びと閃きがある。同時に、過去を記録した遺物、ゆるい人間関係、心の拠り所の形成が、コミュニティの変化を招き、成長を促しうることを描き出す。

物語の一人称であるジュリアンは、ノジフォ・マクリーン(Nozipho Mclean)演じる、ガールフレンドであるようなないようなグウェンに祖母の家への引っ越しをもちかけるが、誠実なグウェンにしてみれば悪い冗談だ。藪から棒に同居を言い出したジュリアンに「いい? 私たちが最後に会ったのはもう1か月位前のことなのよ」と、しっかり釘を刺す。「近頃は連絡もとりあってないんだし、ことによると、私はほかの人と付き合ってるかもしれないでしょ」。過激な言動があるとはいえ、いまだにジュリアンには抜けたところがある。にもかかわらず、グウェンは最終的に引っ越しを承諾する。

やがて、「ウブントゥ ハウス」と名づけられるグループが少しずつ形を成していく。グウェンが越してきてほどなく仲間になるのは、家の修理修繕を手伝っている近所の顔なじみオールド ヘッド(ジュリアン・ロゼル・ジュニア/ Julian Rozzell Jr.)。最初に登場する場面で、彼は薄いイエロー ホワイトのペンキでキッチンの窓枠を滑らかに塗り直している。続いて、グウェンの友だちのステファニー(アニヤ・ピコウ / Aniya Picou)、喋り方のソフトなジャネット(オーリエル・アケレレ / Aurielle Akerele)、トランペット吹きのジャメル(ティモシ―・トランペット・ジュニア / Timothy Trumpet Jr.)、グループに語学授業をするパトリシア(ニアベル・ルーアル / Nyabel Lual)など、その他のメンバーも集まる。

確とは示されない時の流れの中で、グループが大きくなるにつれ、家の中も変化を遂げていく。家具が増え、以前はシャーリー・チザム(Shirley Chisholm)の写真しかなかった場所にダイニング テーブルが現れる。そこに座ってメンバーたちは、家の中で土足を許可するか否かを話し合って「絶対禁止」を決め、掃除の日程を考える。要は、家庭を作るときの細々とした意見のやりとりだ。リビングは教室として使われ、パトリシアの語学教室のように、新しい技能を教え合う場になる。また、片隅にあるドラム セットが示唆しているとおり、音楽を演奏する場にもなるし、アシリがアーカイブ映像で語っている黒人解放グループMOVEの元メンバーなど、年長者の話に耳を傾ける場にもなる。

実際にウエスト フィラデルフィアの長屋作りの家で撮影を行なう資金はなかったから、アシリはレンセラー工科大学実験メディアおよび舞台芸術センターからの申し出を受け、ニューヨーク州トロイのスタジオを使うことにした。「本物」の家みたいに、アシリは見取り図を作り、色々と手を加え、まとめ、グループに相応しい住空間を作り出した。「スタジオ撮影という条件を受けいれてしまえば、真っ黒い箱は真っ白いキャンバスに変わりました。そこにひとつずつ選んだ色や物を付け足して、セットを作り上げていきました」と、2020年9月、アシリは『Artforum』で語っている。「本、ポスター、絵、布、家具。全部、ひとつずつ選んだものばかりです」。観客にとって、その家と内部の様子は過去と現在の対話を繋ぐ橋の役目を果たす。

『継承』を2度目か3度目に観たときに初めて、私は、母国を離れた黒人が好む「ケンテ」や「アンカラ」の模様、壁のあちこちやテーブルの上に散在する『Ebony』マガジン、家のそこら中にあるポスターとアートに目を留めるようになった。それらはアシリが語るストーリーに雰囲気を醸し出し、ウブントゥのメンバーたちを引き寄せた影響を強調すると同時に、多くの映画と同じく、それまで見過ごしていたものを認識し、掘り下げる喜びを誘いかけているように思えた。最初の場面でジュリアンが箱の中から選び分けた本は、ウブントゥ グループにとって重要なイデオロギーを明示していたし、後の場面で展開する対話と行為も含め、彼らと黒人インテリゲンチャの初期世代を結びつける手段だった。集団の中でイデオロギーの相違と向き合うことは、何を意味するのだろうか? グループのメンバーそれぞれの体験を尊重すること? 他者を見下さないこと? 共感こそが目標だと理解すること? たとえ現実の日々では、その規範を実践できなくても?

キッチンでは、ケンテ風の布がカーテン代わりだ。メンバーたちがコーヒーを淹れ、野菜や果物でグリーン ジュースを作るキッチンのカナリア イエローの壁に、赤、黄、青緑の鮮やかな模様がよく似合う。祖国から遠く離れた者同士の繋がりを目にして、私の母が教えてくれたケンテ織りの由来を思い出す。言い伝えは、ガーナの大都市クマシの東にあるケンテ織りの中心地、ボンウィレ村に遡る。「ケンテ」の呼び名は「編んだ籠」を示すトウィ語に由来し、その昔ふたりの兄弟が神話に伝わる蜘蛛の神「アナンシ」が張り巡らす蜘蛛の巣に魅せられて、その模様を勉強し、真似たという。ケンテは常に王族のための布であり、アシャンティ王国の選ばれたメンバーが特別に織らせて身に着けたが、近年、ケンテの様式はリメイクされ、国外へ持ち出され、転用されている。

アシリのカメラがリビングを見渡すと、ソファに掛けられたアンカラ織りのキルトが目に留まる。別名ダッチ ワックス プリントともアフリカン ワックス プリントとも呼ばれるアンカラは、ろうけつ染めから発展したプリント地で、私の子供時代を過ごした家には、この色鮮やかで印象的な模様のコットン地が戸棚や引き出しに詰め込まれていた。若い頃お針子だった母は、ガーナへ旅行するたびに大量のアンカラを持ち帰り、気分が向くと、シンプルなシャツ、裾が広がったマーメイド ラインのドレス、立体的なアプリケをあしらったペプラム スカートと、自分の好きなものに仕立てるのだった。

ウブントゥ ハウスには『Ebony』もある。1949年にジョン・H・ジョンソン(John H. Johnson)が創刊したこのマガジンは、真実の代わりにブルジョワのスタイルと富に関心を向けていると、社会学者E・フランクリン・フレイジャー(E. Franklin Fraizer)に痛烈にこきおろされたのだから、最初は、急進マルクス主義の黒人が集団生活する家にしては奇妙な選択だと意外だった。だけど、『Ebony』は黒人のイメージを作り出したレガシーでもある。学者のアダム・グリーン(Adam Green)やメディア史家のブレナ・ウィン・グリア(Brenna Wynn Greer)らが書いているように、もっぱら黒人セレブの暮らしや成功したアフリカ系アメリカ人だけを紹介しているようであっても、同時に、アフリカ系アメリカ人のアイデンティティ形成に役割を果たした。こうした印刷物や織物と並んで、その他の民芸品や黒人に関連した折々のものがある。例えば、1973年に公開された『The Spook Who Sat By the Door』のポスター。これは作家サム・グリーンリー(Sam Greenlee)がシカゴで執筆した同名小説を基にした映画だ。フェイス・リングゴールド(Faith Ringgold)が1970年代に描いた革命的ポスター「All Power to the People」もある。そこには、自由を象徴する赤、緑、黒で家族が描かれている。

でも、どれほどふんだんにシンボルに囲まれていようと、グループの理想を実現する作業に置き換わるわけではない。ヒエラルキーのない横並びの組織を目指すウブントゥ ハウスのはずだけど、グウェンとジュリアンの視点に引っ張られがちだ。若く、純真な目のままで、柔軟性に欠けるふたりは、時として、他のメンバーたちの視点やモチベーションをうまく理解できない。激したやりとりは、オールド ヘッドが憤然と対話の席を立ってお終いになる。立ち去り際にオールド ヘッドは言う。「冗談じゃないんだ。お前ら全員、オトナになれ」

どういうふうに、どの方向へオトナになればいいのか。それが『継承』に流れる底流だ。成長は他者との交わりによってもたらされる。相違する欲求に取り組み、総意を図り、耳を傾け、意見の交換に応じて見方を修正することで、人は成長する。ウブントゥが企画し、メンバーとフィラデルフィアのアーティストが出演するイベントのシーンで、カメラがパンして室内の様子を見せる。新しい椅子があり、大きなキルトがステージの背景幕代わりに使われている。ウブントゥ ハウスの内部も確かに成長を遂げた。

成長のメッセージは、もうひとつ、それほど単純明快ではない変化も暗示している。イベントの集まりから近所の人たちが立ち去り、メンバーたちがどこかへ行ってしまった後、ジュリアンはひとり、過去の遺物に囲まれ、現在の名残りに包まれて、祖母のリビングに立っている。そして闇の中、驚くべきプラグマティズムで板敷の床を掃き、彫刻を本棚のあるべき場所へ戻し、ドラムのセットを部屋の隅へ片付けながら、溜息をつく。突如、祖母から受け継いだ遺物に別の意味が重なる。それらは単にアシリが綿密に選んで配置した物体ではなく、ジュリアンの恣意的な性格を象徴する小道具の様相を帯びる。ウブントゥ ハウスは失敗したのか、成功したのか? 良い考えだったのか、悪い思いつきだったのか? 問いへの答えが何であるにせよ、ジュリアンは変わった。おそらく成長した。そうアシリは仄めかしているようだ。

Lovia Gyarkyeはニューヨーク在住のライター

  • 文: Lovia Gyarkye
  • アートワーク: Gavin Park
  • 翻訳: Yoriko Inoue
  • Date: January 18, 2022