口元に咲くヒップホップの夢
世界の名だたるラッパーが東京で向かう先、グリルズ職人・秋山哲哉
- 文: Hyunji Nam
- 写真: Sue Kwon

東京・秋葉原の路地裏に、ひっそりと掲げられた緑色の看板には「Grillz Jewelz」と記されている。2011年のオープン以来、客足が絶えないこの店で、秋山哲哉はグリルズ(歯に装着するジュエリー)を作り続けてきた。職人としての確かな腕に加え、飾らない佇まいで知られる秋山は、東京に立ち寄る世界のラッパーたちにとって信頼できる存在――セレブ御用達のアーティザンであり、静かなるアイコンでもある。
「少し前までは、グリルズに興味を持つのはヒップホップ好きだけだったんです」と秋山は語る。「でも今は、グリルズが広く浸透し、身近な存在になったことを肌で感じています」
ヒップホップに夢中だったひとりの日本人少年が抱いた夢——いつか憧れのラッパーたちの口元を、自らの手で飾る——その夢は、本人も想像し得なかったスケールへと広がっていった。今では、若手からレジェンドまで、さまざまなアーティストが彼のもとを訪れる。ファレル、RZA、リル・ウージー・ヴァート、スティーヴ・レイシー、A$APロッキー、ミーガン・ジー・スタリオン…。
それでも秋山は、日々訪れる一般のお客さんたちも同じように大切にしている。
「メディアやお客さんからあたたかい言葉をもらえると、本当にうれしいんです。そのひと言ひと言が、この道に進んでよかったと思わせてくれるんですよね」
伝説的なフォトグラファー、スー・クウォン(Sue Kwon)が秋山のショップを訪れたのは、東京のヒップホップカルチャーを記録するという個人的なプロジェクトの一環だった。De La Soul、N.E.R.D.、メソッド・マン、モブ・ディープ、N.W.A… 1990〜2000年代のラップシーンをリアルに切り取ってきた彼女は、秋山の仕事に、日本発で独自に育ち始めた新たなヒップホップの芽を見出した。
クウォンは、これまで数々のレジェンドたちを撮ってきたのと同じように、秋山をファインダーに収めた。
「Grillz Jewelzの精巧なグリルズは、単なるジュエリーじゃありません。ヒップホップへの深い愛情とリスペクト、そしてそれを身につける人たちの本質が、見事に融合しているのです」と、クウォンはSSENSEに語る。「伝統と革新が交差する場所で、秋山さんはひとつひとつの作品を通して、ヒップホップのレガシーを豊かにしているんだと思います」
だが秋山が奢ることはない。あくまで職人としてのマインドを持ち続けている。
「今の目標は、待ってくれているお客さんに、少しでも早くグリルズを届けることです」と彼は言う。
「ひとつひとつ心を込めて作っているので、どうしても時間がかかってしまう。でも、なるべく効率よく作って、長く待たせないようにしたいんです」
グリルズに惹かれたきっかけを教えてください。また、ヒップホップやサブカルチャーからの影響についても聞かせてください。
2002年頃だったと思います。『The Source』という雑誌で、グリルズを専門に扱うショップの広告を見たんです。それで、ゴールドティースの専門店なるものがあることを知り、自分もいつかグリルズの店を開こうと真剣に考えるようになったんです。
当時はまだ「グリルズ」という言葉は使われていなくて、むしろ「ゴールドティース」と呼ばれていました。ウータン・クランやスリック・リックがゴールドティースをつけているのを見て、「なんてかっこいいんだろう」と思っていました。
ただ、今のようにネットが普及していなかった時代ですから、ゴールドティースの実態や入手経路は謎に包まれていました。その頃、自分の主な情報源は、地元のレコード屋に積まれていた洋雑誌や、ミュージックビデオでした。それらを通じて、音楽だけでなく、ファッションやジュエリー、立ち振る舞いなんかもマネしていました。

秋葉原にある秋山の店「Grillz Jewelz」(写真:Sue Kwon)。冒頭の画像:「Grillz Jewelz」の店先に立つ秋山(写真:Sue Kwon)。
初期にジュエリー工房で働いていたと聞きましたが、その経験はより創造的なグリルズを作る助けになったのでしょうか?
自分の店を開く前は、ジュエリー工房で働いていました。約3年くらい、朝から晩まで週6日間、ほぼ単純な作業の繰り返しでした。1日何百回も同じ作業の繰り返し、それが毎日続いてたんです。思い描いていたジュエリー作りの華やかな世界とは程遠いものでしたね。
当時は、創造性とはかけ離れた仕事だと感じていましたが、今振り返ると、その経験が自分の目を養い、今の基盤を作るために重要だったのだと思います。ジュエリーの専門学校には通ったことがなく、まったくの未経験者だったので、それでもチャンスをくれたあの工房には本当に感謝しています。あの場所で、ゼロからすべてを学びました。
最初に担当したヒップホップアーティストは覚えていますか?
最初のアーティストのお客様は、ラッパーのYOU THE ROCK★さんでした。彼の注文は、007の「ジョーズ」がつけていたようなグリルズでした。歯が超合金の壁のように見えるスタイルです。最近ではカニエ・ウェストが似たスタイルものを着けていますが、間違いなく元祖はYOU THE ROCK★さんだと思っています。

(左)秋山とRihanna、A$AP Rocky(画像提供:Grillz Jewelz)。(中央)秋山とRZA of Wu-Tang Clan(画像提供:Grillz Jewelz)。(右)秋山とLil Uzi Vert(画像提供:Grillz Jewelz)。
A$AP RockyやSteve Lacyといったアーティストたちがグリルズを注文していますが、他のグリルズショップと比べて、自分のデザインの強みは何だと思いますか?
正直、自分の作品を客観的に見て「ここが強みです」と言い切るのはなかなか難しいです。でも、僕のグリルズはブラックカルチャーへの強い憧れから生まれたもので、出発点はあくまで模倣でした。そういう意味では、本場のブラックカルチャーそのものではないと思っています。ただ、それがアジアの国で、日本人の手によって作られると、自然とこれまでにない感覚やニュアンスが加わるのかもしれません。結果として、どこか日本人ならではの視点が反映されたグリルズになっているのだと思います。あとは、どんなときも丁寧に、一つひとつ心を込めて作ること。それだけは常に意識しています。
A$AP Rockyのためにいくつものグリルズを制作されていますが、その中でも特に手間や時間がかかった印象深い作品について教えてください。
一番印象に残っていて、なおかつ一番手間がかかったのは、彼のために初めて作った“フラワーグリルズ”だと思います。実際に押し花をグリルの中に埋め込み、クリアダイヤにイエローやピンクのダイヤモンドをミックスして仕上げました。
僕にとってRockyという人は、ストリートとエレガンス、その両方を体現している存在です。だからこそ、あえてグリルズのようなハードなジュエリーに花を閉じ込めたら、彼ならではの優雅さを表現できるんじゃないかと考えたんです。
2012年にRockyが「Goldie」をリリースしたとき、音楽もファッションも、そしてグリルズも、本当に衝撃的でした。あれには大きな影響を受けましたね。当時、僕はお店を始めて7年目くらいでしたが、まだお客さんも少なくて、夜はアルバイトをしながら何とか生活しているような状況でした。でも、いつかA$AP Rockyにグリルズを作るんだ、という無謀とも言える夢だけはずっと持ち続けていました。
その彼のために作った「フラワーグリルズ」は、僕の中で今も一番忘れられない、意味のある一作です。

A$AP Rockyのために作成したフラワーグリルズ(画像提供:Grillz Jewelz)。

店内で作業をする秋山(画像提供:Hawk Kim)。
グリルズができるまでの工程を教えてください。
基本的な流れは、実は一般的なジュエリー制作とあまり変わりません。まず最初にワックスで型を作り、それがベースになります。その型を金属に鋳造し、磨きや装飾の工程を経て、ようやく一つのグリルズが完成します。
制作にかかる時間はデザインの複雑さによって異なりますが、作業時間だけで言うと、だいたい7時間から20時間ほどが平均ですね。もっと繊細なデザインになると、それ以上かかることもあります。
価格も、カバーする歯の本数や使用する素材によって大きく変わります。一番シンプルなものであれば6,000円くらいからオーダーできますが、フルカスタムでハイエンドなものになると、数十万円から数百万円台までいくこともあります。
世界的なラッパーたちが東京に来てグリルズを作ったあと「このあとどこに行けばいい?」と聞かれたら、どこをおすすめしますか?
自分の店のすぐ裏にある「久保田」という鰻屋さんをおすすめしています。そこに行ったお客さんは全員「美味しかった!」って言ってくれます。
日本のラッパーが注目され、独自のヒップホップが育ってきたように感じます。今の日本のヒップホップシーンをどう見ていますか?
その通りだと思います。さんピンCAMPの時代から現在まで、日本は世代ごとに少しずつ、独自のヒップホップ文化を築いてきたと思います。昔に比べるとシーンはとても大きなものになっています。
いま、日本のアーティストが海外のミュージシャンとコラボしているのを見ると、素直に感動します。日本ならではの感性をもったヒップホップが、これからももっと広がっていってくれたらいいなと、心から願っています。

(左)ラッパー Yuki Chiba、(右)Megan Thee Stallion(画像提供:Grillz Jewelz)。

村上隆さんの『LV MURAKAMI』のミュージックビデオにタクシードライバー役でカメオ出演されましたね。その時の経験について話していただけますか?
JP THE WAVYさんから「村上さんとルイ・ヴィトンのMVで、ギラギラのタクシー運転手役が必要で、秋山さんしかいないから是非お願いしたい」って連絡が来たんです。楽しそうだったし、WAVYさんにはいろいろお世話になってたので、即答で「やります」と返しました。
撮影は、村上さんのフラワーモチーフが一面に施された本物のタクシーで、僕が運転してWAVYくんが後部座席に乗るシーンでした。とても楽しかったし、今でもすごくいい思い出になってます。
最近よく聴いている音楽を教えてください。
お店では基本的にヒップホップのラジオチャンネルを流しています。昔はずっと「Hot 97」をストリーミングしてたんですけど、今は聴けなくなっちゃったので、他のネットラジオに切り替えました。
個人的には、やっぱり自分が育ってきた ’90年代〜2000年代前半のヒップホップをよく聴いてます。特にイーストコースト系の音が好きで、NasとかMobb Deepは今でもずっとプレイリストに入ってますね。もちろん最近のアメリカや日本のアーティストの新曲もチェックしてますけど、結局はあの時代の音に戻っちゃうんです。あの頃のヒップホップには、やっぱり特別な魅力がありますね。
あなたにとってヒップホップとは何ですか?
ヒップホップの本質は「マイノリティを自分のやり方でビッグにすること」だと思っています。たとえ不利な場所からスタートしても、自分のスタイルや哲学を武器に、自分だけの世界をつくっていく。その姿勢こそがヒップホップなんじゃないかなと感じています。
- 文: Hyunji Nam
- 写真: Sue Kwon
- 制作: Hawk Kim / WCS.inc
- Date: April 25, 2025

