ヘアブローに讃えあれ
不滅のヘアスタイルを試した
ペイジ・K・ブラッドリーの自問自答
- 文: Paige Bradley
- アートワーク: Gavin Park

「カット、どうだった?」と彼が尋ねる。
枝毛というより、もはや破滅状態の毛先を抱えた誰かがヘアカットに行くのは当たり前のことだから、これは誠意から出た悪気のない質問だった。1、2度のブリーチを含め、誰からの助けもなしに7か月を過ごした私だった。定期的に生じる髪に関するコメディドラマで、私がアドバイスに耳を傾けるのはRyann Bosettiのスタッフのひとりなのだが、彼女はまだロサンゼルスにいた。年末休暇で感染が再燃したオミクロン株を警戒して、慎重を期し、移動も控えるというわけだ。賢者の深慮は、利口であると同時に、美容にとって最大の障害でもある。新年を迎えるためにニューヨークへ戻った私は、寄生的に繁殖する髪に対してなんら対策を持たない宿主だった。できることと言えば、裂けて細くなった毛先を1本ずつ切り取る応急処置だけ。これではいつまでたっても終わらない。信頼するスタイリストはほぼ5000kmの彼方。私はグローバルに物事を考えていたが、ローカルな行動を起こすべき時だった。
罪なき人の身元を保護するために精確な位置情報は控えるが、ニューヨークの5つの地区のどれかとだけ言っておこう。Bosettiは別として、美容室で私の希望を説明することはとっくに諦めている。本気でそんなヘア スタイルにしたいなど、誰も信じないらしいのが主たる理由だ。悲しいかな、私の話の起承転結は往々にしてこれと同じ道筋を辿る。『The Vision』を観ない人たちなのだから、仕方がない。そこで私は開き直る。日頃の態度の悪さの証かもしれないけれど、「もう大人なんだから、好きなようにしていいはずよ」と考え、同じ心意気で、なされるがまま、完璧に普通なヘアカットを受け容れる。予約時間の大半はブローに費やされ、剛毛が配置された円柱形のブラシで、多くの女性の憧れらしいバネみたいなカールが作られていく。私にとっては、足を踏み入れたこともない異国の習慣と変わらない。毎日夜明けからヘアアイロンで髪を整えることを事実上強制されたカトリック学校時代だけが例外だけど、その話はまた別の機会にしよう。
ヘア スタイリングを毎日の趣味的行為に変えようとする女性の衝動は、今に始まったものではない。彼女たちの決意は、戦略作戦とは言わないまでも、政治的時代に大衆が抱く目的意識よりもっと強固だ。そして、カルチャーに生じた新たな傾向は、願望の謙虚な形態とも言うべき「きちんとまとまった」ヘアスタイルを推しつつあるらしい。昔ながらのヘアカーラー、DysonのSupersonicやAirwrapといった高額器具、ボリュームを出すT3のヒートブラシ、女性をコードから解放するLunataのコードレス カールアイロン、等々への関心が復活して、ヘア製品はよりどりみどり。シルクのピローケース、マスク、シュシュが揃ったGood Sideのエッセンシャル セットなんてものもある。ダイアナ・ヴリーランド(Diana Vreeland)の有名なコラム「Why Don’t You(どうしてしないの)?」流に、「私たちの暮らしには、上品で、安心できて、衝撃を和らげる要素が必要よ。再度起き上がるにしても、きちんとセットしたスタイルを守って、倒れたときの衝撃を和らげるほうがいいわ」と提言しているようだ。「ホット ガール サマー」に別れを告げた「クリスチャン ガール オータム」にこそ、縦ロールはふさわしい。
私の新しいヘア スタイルを見て著しい改善だと思った人も多いだろうけど、成人してからこのかた、私は常にそれとは逆へ向かう道を地ならししてきたのだ。確かに傷んだ毛先はなくなったし、頭は軽くなった。ふわりと持ち上げられたばかりのカールを冬の突風がヒューと音を立てて吹き抜けるときは、なおさらだ。ブランチに似合うスタイル。限りなくミモザを連想させるスタイル。「今夜は一緒に『バチェラー』を観ましょうよ」的スタイル。平穏な反復と季節毎の繰返し。要するに、どう逆立ちしても、私に向いているとは絶対思えない生き方だ。
ブローされたスタイル自体がひとつの個性であり、それが私にしっかりと固定された気がした。果たして、私に友好的な親善大使が務まるだろうか? 私は主なのだから、お客様である新しいヘア スタイルに敬意を表すべきではないだろうか? ブロースタイルはおそらく、「仲間」であることを宣言し、「共存」の気持ちを伝達するバンパー ステッカーと同じなのだ。捉えどころのない都会のオルタナ女たちと郊外暮らしの普通の女性たちのあいだに、強力な連立を作り出す必要があるのかもしれない。美しくあることが進化の原則なのかもしれない。私の頭上に出現したスローガンは、例えばティーバッグの持ち手に印刷された禅の公案以上に、私を上等な女性にしてくれるのだろうか? 残念ながら、私の本来の姿とメチャクチャな生き方は称賛の対象ではなかったのだから、反対の方向へ歩み寄ってもいいのかもしれない。それは積極的に自らの高慢を減じるようで、たとえ短期間上辺を壊すだけにすぎなくても、適切な態度に思えた。

ウェイン・ケステンバウム(Wayne Koestenbaum)の「何かを避けることで、結局それに近付く」原則にしたがい、かくも私の手綱が緩んだ理由をここで告白しなくてはならない。実はその1週間前に祖母が亡くなった。祖母の死以来、会話の大半は小さく始まり、さらに小さくなって終わる言葉のあてどない繰り返しのようだった。私はもっと活気があって楽しい話にしようとしてみたけど、認めざるを得ないことがひとつあった。祖母はいつもちゃんとジュエリーを身に着け、きちんと髪を整える女性であり、それ以外の姿を私は見たことがなかった。祖母は、セットした髪が疑う余地のない意図を表明した時代の女性だった。それは守り抜くべきものであり、軽々しい変更は認められなかった。私はと言えば、現代の落とし子だ。無頓着なヘアスタイルで1日中駆け回り、1時間毎に形を変え、調節する。サンドペーパーでパネルのジェッソにやすりがけするときは、邪魔にならないように、髪をお団子にまとめる。原稿を書くときは、一度にたくさんのテーマを追いながらついつい頭を掻きむしらないように、5つ編みにしてしまう。徹底的にブラッシングするか、バラクラバを被ってしまうか? セラムかドライ シャンプーか? 3.8cmのストレッチャー バーを使ったキャンバスと書いても、5cmのストレッチャーバーを使った大きめのキャンバスと同じくらい、可愛くて、お茶目で、おもしろい感じがするだろうか? といった判断も含め、私にはあまりに選択が多くて、天秤にかけることすらできない。私の事細かな関心事は冷徹であり、曲がったり、丸まったり、飛び跳ねることはしない。当然ながら、共感を得られない。
パトリシア・ブラッドリー(Patricia Bradley)、旧姓パトリシア・マーフィ(Patricia Murphy)としてこの世に生を受けた祖母も、私と同じくらい厳格な美の基準を持っていたが、彼女の配慮はもっと社交的に周囲の人たちに降り注いだ。彼女の人生にヘアやネイルを整えずに過ごす1週間があったとは思えないが、虚栄とは感じなかった。周囲の人たちはあなたを目にしなくてはならない、というか、どうしたってあなたが目に入るのだから、常にそれなりの身だしなみを整えていることには親切心のようなものがある。かつてはサンディエゴの四つ星ホテル「ラ ホラ ビーチ&テニス クラブ」で魅力をふりまく女性として賛美の的だったらしいけれど、彼女が育んだ美しさは寛大さの延長だったような気がする。1980年代の祖母は、雪のような純白の髪が後光のように輝き、アップに巻き上げた様子はまるで柔らかな紗を被っているようだった。
自然にそうなるんじゃなくて、作り出すヘア スタイルなんだろうと私は想像していたが、やり方は謎に包まれたままだった。マリリン・モンロー(Marilyn Monroe)と同じヘア ドレッサーを使っていたという話もあるが、そこにも神聖にして侵すべからずの気配があった。決してつついたりしてはならない王冠のようなものだ。でも、祖母に対して冷たいイメージを持ったとしたら、間違っている。祖母は、蔑ろにされない限り、ほぼすべての人に暖かい気持ちを持っていた。不運にして誤った道を選んでしまった哀れな間抜けたちは、やることなすこと全部まとめて、彼女が呼ぶところの「だから何なの課」へ送られ、埃まみれのまま放置される窮屈なフォルダから抜け出すには幸運を祈るしかなかった。もしかしたら私は祖母が嫌な女だったような印象を与えているかもしれないし、それ自体は別に悪いことじゃないけど、ベティ・デイヴィス(Bette Davis)が演じたキャラクターやデイヴィス自身を描写したいわけではない。デイヴィスは優れた女優であったがゆえに誤った警戒心を招き、誤解は最高温度に設定したブロー ドライヤーよりも耐えがたい熱風となって彼女に吹きつけた。デイヴィスではなく、まだ旧姓だった頃の祖母が会ったという、無名時代のグレース・パトリシア・ケリー(Grace Patricia Kelly)を想像してほしい。ついでに言うなら、祖母もケリーもアイルランド系だ。

死の1週間前にも、祖母はきれいにネイルにグロスを塗り、両手にはグリッターが煌めいていた。私のネイルがあれほどきれいだったことはかつて一度もなくて、わずかに湾曲した先端が奇妙に艶やかさを感じさせた。私の頭に蘇るのは、ピーター・ハジャ(Peter Hujar)が1973年に撮った、病床に横たわるキャンディ・ダーリン(Candy Darling)の写真だ。プリントの日付は私が生まれた年だが、デイビット・ウォジャローウィッチュ(David Wojnarowicz)がハジャを撮った写真もそうだ。それらは、必ずしも魅惑の教訓ではなく、現実の教訓だった。「死」の顔だった。だけど、それ以外にも伝えたい祖母のイメージがある。例えば壁にかかっていた水彩画、浴室にあった明るいピンクや珊瑚みたいに赤い口紅、Revlon、Chanel、MACのウォーム ソウル ミネラライズ ブラッシュ、ヘアスプレー。多分私のスタイルとは違うけど、人生を通じて経験を積んだ人からヒントを貰うのも悪くはないんじゃないだろうか? これまでだって私は、展示会へ行けば決まって材料をチェックして、「ああ、こうやって作ってるのか」とアイデアを学んできたじゃないか。ちなみに、パーティーでバスルームへ姿を消すときも、これが私のしていることだ。
「カット、どうだった?」 よかったよ! どっちでもよかった。私の家族の樹から1本の枝が切り取られたばかりなのだから、私の好みとは真逆のスタイルでも構わなかっただろう。その後、少なくとも1週間はブローのスタイリングを崩さないことが肝心なのも忘れ、洗髪ですっかり跡形も失くして2か月が経過した。ほどなくDIYへ突き進み、キャンディ ピンク、ピーチ、オレンジ、茹でたロブスターのミックスカラーに染めた。頼りになるBumble and bumble サーフ スプレーのおかげで、波に揉まれなくても、いかにも海からあがったようなスタイルに固まっている。わかってもらえるだろうか、私はそうやって他の人たちのために場を明るくし、ディスクールをコスプレしているのだ。まったく違うスタイルだけど、祖母はきっと面白がってくれたんじゃないかと思う。
髪を染めると、「どこでやったの?」とよく聞かれる。「自分で」と私は答える。事実その通りの簡便な答えだが、真実のすべてを語ってはいない。女性にヘアの質問をするのは「何もかも教えて」と水を向けるに等しいから、ひとつかふたつの子音だけで答えるのが最善の方法なのだ。さもなければ、周囲の状況から直近の成り行き、将来への夢まで、あまりに込み入った話になってしまう。聞き手がどれだけ退屈しても、解放することはないだろう。だから今度、私が目にしたものとそれが何を意味すると思うかを洗いざらい喋りそうになったら、大量の言葉を吐き出す代わりに、美容室でたっぷりヘアを膨らませてもらうことにしよう。
Paige Katherine Bradleyはロサンゼルス出身のアーティスト、ライター、エディター。『Artforum』でアソシエイト エディター、『GARAGE』でアート エディターを務めた経歴があり、2013~2021年にかけて多くの記事を執筆した。最近では『frieze』、『VISCOSE』、『Spike Art Magazine』、『Montez Press Radio』、その他に執筆している。スエレン・ロッカ(Suellen Rocca)のアートに関するエッセイが、今年、Matthew Marksから出版された。近年の展示には、ニューヨークのThetaにおけるグループ展、同じくニューヨークのLubovにおけるソロ プロジェクトがある。
- 文: Paige Bradley
- アートワーク: Gavin Park
- 翻訳: Yoriko Inoue
- Date: April 4, 2022

