セージ・エルセッサーの
シェイズ オブ ブルー

いくつもの顔を持つラッパーの最新アルバム、本当の自分、今への感謝

  • インタビュー: Jordan Coley
  • 写真: Eric Johnson
  • スタイリング: Romany Williams

ブルックリンでセージ・エルセッサー(Sage Elsesser)とピットブルのミックスである彼の愛犬ウェンズデーの散歩に出かけ、カフェに立ち寄ってアイスコーヒーを調達し、偶然彼の馴染みの鍼灸師カミラ(Camila)に出会う。気がついてみたら、午前の写真撮影に予定されていた1時間をはるかに超えて、僕は午後の時間をずっとエルセッサーと一緒に過ごしている。ロサンゼルスで生まれ、現在はニューヨークを拠点とするセージ・エルセッサーがネイヴィー・ブルー(Navy Blue)の名前で出しているラップは、しばしば悲しげで、時に哀調を帯び、常に深い洞察が表現されている。でも会ってみたら、彼はとてもつき合いやすい人物だった。

エルセッサーが注目を集めるようになったのは、2018年、子ども時代からの友人アール・スウェットシャツ(Earl Sweatshirt)と発表した「The Mint」からだ。その後、ネイヴィー・ブルーとして3枚のフル アルバムをリリースし、リヴ(Liv.e)、マクソ(Maxo)、マイク(MIKE)、前述のアールらとコラボした深みのある世界は現代ラップのどこにも属さないニッチ分野となり、熱烈なフォロワー、高い評価、ヤシーン・ベイ(Yasiin Bey)を始めとするヒップホップ界名士の太鼓判を得た。今年の3月にDef Jamからリリースされた4枚目のアルバム『Ways of Knowing』が、大手レーベルでのデビュー アルバムだ。ラッパーでありプロデューサーでもあるエルセッサーの歌は、これまでと同じように内省的だが、『Ways of Knowing』には、何年もかけて魂を掘り下げ、苦悩を追いやった挙句に見つけた心の充足がある。

僕と同じように、最初にエルセッサーを知ったのは、スケート ブランドから世界的な巨大アパレル企業へ変容したSupremeのビデオに出ていたライダーとしてという人もいるだろう。2014年のスケート動画『Cherry』には、仲間と一緒に滑りまくるひょろりと背の高い10代のエルセッサーの姿がある。この動画はストリート スケートの一大ブームを生み、正真正銘のパンクにとっても単なる目立ちたがりにとっても、憧れのスタイルになった。だが、チャックテイラーと丈の短いDickiesの日々は去った。戸外のベンチに寄りかかってカミラと喋っている26歳のエルセッサーは、Stone Islandの洒落たザナドゥ グリーンのウィンドブレーカーとそれによく似合うトラック パンツを着ている。ウェンズデーのリードを握る手は、小指に分厚いゴールドのリングをはめている。手首でキラリと光ったのは、文字盤にエメラルドがセッティングされたゴールドのRolex Day-Dateだ。ひっつめて団子にまとめた髪、ふさふさのヒゲ、窪んだ目、オリーブ色の肌は、どことなくギル・スコット・ヘロン(Gil Scott-Heron)に似ている。もしギル・スコット・ヘロンがStone Islandの広告に出たら、きっとこんな感じだろう。

その日のもっと早い時間、写真家エリック・ジョンソン(Eric Johnson)のスタジオで撮影を待っているあいだ、エルセッサーと僕は片隅のソファに坐ってアルバムの話をしていた。成長の過程で逃れられない居心地の悪さを受け容れること、誠実であることのパワーを信じること。近くにある2個のスピーカーからは、ビートナッツ(Beatnuts)の「World Famous」が大音量で押し寄せる。僕の録音を気遣ってそれを止めたエルセッサーがYouTube動画から選んだのは、「432 Hz - 体と心をリラックスさせるヒーリング ミュージック」だった。

ジョーダン・コーリー(Jordan Coley)

セージ・エルセッサー(Sage Elsesser)

ジョーダン・コーリー:『Ways of Knowing』が表現していることのひとつに、自分が20代になって、ようやく、歳をとった人たちを生身の人間として理解し始めたときの気づきがあると思うんだ。あのアルバムを作ってるとき、特に君の家族について、初めて気づいたことはあった?

セージ・エルセッサー:昔、コマーシャルの仕事だかオーディションだか、キャスティングの面接に行ったことがある。部屋に入ったら、ダンスと側転をするように言われてね。父さんは黙って僕を見てたけど、僕はすっかり固まっちゃってさ。で、正確には覚えてないけど、父さんが「帰りたいか?」みたいなことを尋ねたとき、僕は「うん」と答えた。そしたら「よし、帰ろう」。そういう場合、「いいからとにかく側転してみろ」って無理強いする両親もいると思うんだ。けど僕の父さんは「息子はやりたくないようなので、失礼します」」と言ってくれた。

両親は色んな音楽と食べ物も教えてくれた。僕自身も「うぇ、何だよソレ!」って子どもじゃなかったしね。色んな種類のカルチャー、色んな種類の音楽。それから、僕が受け継いでいるもの、僕という人間に繋がっている先祖たちについてもたくさん教えられた。父さんは両親がチリ人とスイス人で、チリ生まれだけど、まだすごく小さい頃にイギリスへ引っ越したんだ。だから、世界の多様な文化に対する理解がある。偏見も体験してるし、チリでクーデターが起きたときは難民になった。だから逆境をとても深く理解している。

子どもの頃は嫌だったけど、今では感謝していることはある?

僕のきょうだいは姉と妹が3人だから、本物の取っ組み合いの喧嘩は一度もしたことがないんだ。いつも守る立場みたいに感じてた。そのうえ、完璧でなきゃいけないと思い込んでた。だから音楽では、僕はすごく不完全な人間で、自分の不完全さを受け容れてることを伝えてるつもりだ。

時々、本当のことを表現して褒められるのが引っ掛かる。自分の気持ちを口にしたら「素晴らしい!」って褒められるとか、僕たちは一体どんな後向きの社会で暮らしてるんだ? なんでそんなにクレージーなんだろうな? 僕はただみんなと同じようにラップしてるだけ、ただ自分の経験を表現してるだけ。いい意味で褒められてるんだから、誇りにしていいんだろうけど。

「スケートボードにもエネルギーを注ぐけど、音楽には僕のハートと僕という人間が込められている」

自分自身を否定するところがあると言ってたけど、『Ways of Knowing』には、できるだけ自意識なしに感情を表現するというコンセプトが一貫してるような気がする。これは、ティーンエージャーの頃からずっと注目されて、評価されてきたせいだと思う?

有名だか何だか、そんな立場になるのとは別に、僕にはいつも恐怖心があった。本当のことを口にすること、例えば「これが僕だ。ネイヴィー・ブルーという名前で音楽を作っているセージだ」と公言することのパワーがわかってなかった。作った音楽を、僕だと分からないようにSoundcloudにアップロードしてたのも、そのせいだよ。そのほうが楽だったから。

もちろん今でも、「スケートだけやってろ! もう滑らないの?」みたいなコメントをつけてくる人はいるけどね。スケートは大好きだ。でも、音楽に注ぐエネルギーも大切にしたい。スケートボードにもエネルギーを注ぐけど、音楽には僕のハートと僕という人間が込められている。

スケーターの自分とラッパーの自分という両面を隠さずに結びつけるのは、難しかった?

そこには、僕の手の届かない部分が沢山あると思う。僕は自分自身でありたいだけなんだ。本当の自分でありたい。もちろん僕だって人間だから、自分をこう見せたいとか良い印象を与えたいってのはあるけどさ。

子どもの頃を思い出してみたら、今やってることが全部大好きだった。だから、子どもの頃からの積み重ねで今のセージがあると思う。嫌なことだって沢山あるよ。僕の音楽は退屈だとか、薄っぺらいとか、あれこれ言う人もいるけど、単にそれがその人の経験なだけ。

自分本位な言い方だけど、僕は自分のために音楽を作る必要があるんだ。これのいいところは、自分のために作るけど、作ったものを他の人たちに差し出せることだ。ハグするみたいな感じ。それが嬉しい。これまで耐えてきた辛い経験が無駄じゃなかったと思える。僕の経験を分かち合うことで誰かを助けられるのは、素晴らしいと思う。

『Rolling Stone』のアンドレ・ジー(Andre Gee)のインタビューで、今のキャリアへ辿り着くには、確かに最終的には必要だったんだけど、当時の自分にはやる必要がないと思えたこともやらなきゃいけなかったと言ってたろ。例えばどんなこと?

10代で鬱を経験したり、恋人や気になる人に夢中になったり醒めたり。僕たちはいつも変化してるのに、渦中にいるときは「これが僕の人生だ。こういう人生が続くんだ」と思い込む。自分が成長し続ける存在だってことをわかってない。「経験したくなかった」と思うこともたくさんあるけど、実はそういうことが自分のためになるんだよね。

君にとっては憧れだったに違いない人たちと仕事をしてるよね。例えば『Song of Sage』にはヤシーン・ベイ、『Àdá Irin』には伝説的なアングラ ラッパー、カー(Ka)の名前がある。どうやって知り合ったの? 一緒に仕事をして、どんな感じだった?

最高なのは、ヤシーンやカーが僕の音楽のファンでいてくれるところ。もちろん間をとりもってくれた友達はいるけど、初めてカーと会ったときなんか、音楽をやってるのかって聞かれても、やってると答える勇気がなくてさ。そしたらTwitterで、電話番号と「電話しろよ」ってメッセージをくれたんだ。その後で彼のほうから電話をくれて「曲を作ってるって、何で言わなかったんだよ」って。

本当、僕は幸せ者だ。ヤシーンとカーは大好きなミュージシャンだったから、一緒に仕事をできるのはまさに天の恵みとしか言いようがない。そのうえ、仕事を超えて、長いあいだ尊敬してたふたりと友達になれたんだから。

それは珍しく特別な体験だったね。

絶対そう。がっかりするのがオチだから「憧れの的とは絶対に会うな」とか言うけど、僕の場合は、会って感動したもんね。ふたりとも考え方が似てるし、意識が高くて、何かあったら相談できる。ただ歌を作るよりもっと大きい。僕の音楽は今その状態なんだ。人との繋がりがあるときは、必ずいい音楽になる。

10歳の頃のセージが今のセージを見たら、「いいじゃん。嬉しいよ」って言うと思う?

絶対言う。それを覚えておかなきゃいけないんだ。「靴の数が多すぎる、服を持ちすぎてる」って自分で自分を非難するけど、大切なのは、今の生活に感謝してることだ。10歳の僕は「上出来だ」って言うだろうな。

  • インタビュー: Jordan Coley
  • 写真: Eric Johnson
  • スタイリング: Romany Williams
  • グルーミング: Rachel Polycarpe / The Canvas Agency
  • 写真アシスタント: Malcolm Sales
  • スタイリング アシスタント: Shannon Gorman
  • 制作: Starkman & Associates
  • 翻訳: Yoriko Inoue
  • Date: June 2、2023