新生トロイ・シヴァンの
ホットな自信
チャーリー・XCXとの合同ツアー、ライフスタイル ブランドTSU LANGE YORの国外展開で、オーストラリア出身のシンガーソングライターが熱気を巻き起こす
- 文: Trey Taylor
- 撮影: Anton Gottlob
- スタイル: Clare Byrne
- 撮影監督: Michael Quinn

5月のある日の午後、最新アルバム『Brat』をブルックリンのグリーンポイント地区でプロモートしたチャーリー・XCX(Charli XCX)は、黒いSUVの屋根に上がり、スピーカーから大音量で流れる新曲「360」に合わせて踊っていた。ところが、TikTokでライブ配信されていたパフォーマンスの最中、頭に血がのぼったクレイジーなファンが、チャーリーの真後ろのグリーンの壁面に自分の排泄物をなすりつけたのである。そうとは知らず聴衆のために踊り続けたチャーリーは、図らずもXで「ブシュウィックのプリンセス D」という称号を贈られ、少人数ながら姦しいゲイ集団が賛辞を競い合う始末だった。こんな文字通りの「シット ショー」が繰り広げられていた場所から、地下鉄で数駅。ブルーム ストリートとモット ストリートが交差するマンハッタンのソーホー地区の一角では、小綺麗な場所でお洒落なZ世代が列を作っていた。オーストラリア出身のシンガーソングライターで俳優のトロイ・シヴァン(Troye Sivan)と一緒のセルフィーを撮るためだ。ここは、彼が立ち上げるライフスタイル ブランド「TSU LANGE YOR(ツー ラング ヨー)」のポップアップだ。大地を感じさせる落ち着いたインテリアの中を、ファンたちが歩き回っている。モーターで作動する長いチェーンからザクロがぶら下がり、フルーツ ボウルに入ったり出たりしているのが、店内で唯一のパフォーマンスだ。
「僕が自分をセクシーに感じてるから僕はセクシーだと思う」
今年の秋、シヴァンとチャーリーが同じステージに立つ合同ツアー『Sweat』では、ふたりの対照的な世界がひとつに溶け合う。セクシュアリティやジェンダーを肯定する大胆不敵な音楽とクィアなファン集団が共通項だから、ファンの構成を示すベン図は完璧な円形になりそうだが、実のところ、ふたりが重なり合う部分はそれほど大きくない。活動のペースが違うのだ。例えば2020年、チャーリーはコロナ禍の隔離で引きこもっていたファンたちへの贈り物として、スタジオ アルバム『how i’m feeling now』をリリースした。シヴァンはメルボルンで家を買い、内装をほどこし、そのプライベートな隠れ家を『Architectural Digest』の動画シリーズ「Open Door」で視聴者に公開した。チャーリーは毎週Zoomを使い、デモや歌詞やアートワークのアイデアを「エンジェルズ」と呼ぶファンたちと共有した。シヴァンは、植物との共生で睡眠薬より心が鎮まるというBenji(plant)にDMを送り、窓に植物を吊るすときのアドバイスを求めた。また、定期的に食料品の買い出しに出かけ、「ボーイズ」のために新しいレシピを作る。「ボーイズ」とは、家をシェアしている弟のタイド(Tyde)とその友人たちだ。今秋正式にスタートする『Sweat』ツアーに先駆けてヨーロッパをツアー中のシヴァンは、大きく生まれ変わった。内向的だったクリエイターは溢れんばかりのエネルギーを充電し、グラミー賞にノミネートされ、セクシーな魅惑でポップの世界に衝撃を与える。
TSU LANGE YORのポップアップ会場は、永遠に夕暮れ時の世界だ。ドアを閉じた屋内なのにそよ風が吹き、ゆったりした服装のスタッフがオーストラリア訛りの英語で喋っている。あちこちに置かれた台座には、TSU LANGE YORの3種類のフレグランスとその他のホームウェアが巧みに展示されている。例えば610ドルのボウル。凡人の目には、ボウルではなく、ブラス製の巨大な指輪に見える。オンラインでは「底のないボウル」と紹介されているが、理由は明白だ。空中にはササフラス キャンドルの芳香が漂っている。
シヴァンがニューヨークに滞在している大きな理由はこのポップアップだが、そのほかにも、「Prada(プラダ)」2008年秋冬コレクションのルックでMETガラに出席するし、直前になって、『サタデー ナイト ライブ』でゲスト ミュージシャンのデュア・リパ(Dua Lipa)を紹介することになった。リパは以前のツアーで前座を務めてくれたことがある。さて、今回のインタビューのためにアッパー イーストサイドのカーライル ホテルにあるレストラン「Dowling’s」へ赴くと、最初は支配人から「一般人の入店お断り」を申し渡されて気分を害したが、その後無事にグレーのベルベットのカーテンを抜けて、奥まった一室へ通された。ギャラリー ウォールに有閑階級を描いたアンディー・ディンキン(Andie Dinkin)の絵画が並び、シヴァンの向かい側の鏡に映っている。マーク ホテルでの写真撮影を終えたばかりのシヴァンは、車の座席のようなレザーのボックス席に座っている。紅茶から優しく湯気が立ち昇っている。比較的に静かなひと時だが、目まぐるしい一週間だったから、喉が不調になるのを確信しているそうだ。

Sivan 着用アイテム:ポロ(VAQUERA)、ショートパンツ(ADER error)、ブーツ(Soulland)、帽子(VAQUERA)
シヴァンは『Architectural Digest』で放映された「Open Door」動画への反響を語る。それはとりもなおさず、イディッシュ語で「長い年月」を意味する「TSU LANGE YOR」が誕生したときでもあった。「視聴者からあんな反響があるなんて、まったく思いがけなくて、ビックリした」とシヴァンは言う。「素晴らしい趣味」を指摘して、「文字通り、内向的な人にとっての天国」と書いたコメントには最多の高評価がつき、「Open Door」カタログでもファンの人気を博した。「あのとき、これは暇なときの趣味でなくてもいいのかも、と思ったんだ」
兄のスティール・メレット(Steele Mellet)は、法律関係のキャリアを捨てて、TSU LANGE YORブランドに参加してくれた。何らかの分野で成功した人は大抵の場合、スキンケアやノンアルコール飲料など、PRを考慮した新領域に進出するものだが、TSU LANGE YORは純粋な独創の発露だとシヴァンは断言する。事実、TSU LANGE YORをセレブ ブランドと呼ぶと、見るからに居心地が悪そうだ。
「僕がやるブランドという意味ではセレブ ブランドなのかもしれないけど、そんなつもりはまったくないし、運営も僕の家が拠点だ」と言い、果てしないレコーディングとツアーの繰り返しからの息抜きだと説明する。多くを要求される音楽活動には、シヴァンもチャーリーも「ちょっとためらいがある」そうだ。一方で、ポップアップのためにシートモスを使って植物を植え替えた話をするときは、瞳が輝く。「あれなんだよ、ああいうのがすごくワクワクする。今取り掛かってるアルバムは3枚目だろ。やることのほとんどは前にやったことだから、ときめきを感じるのがだんだん難しくなっていく。そういうこともあって、TSU LANGE YORに魅かれるんだと思う」
トロイ・シヴァン・メレット(Troye Sivan Mellet)は現在28歳。西オーストラリア州のパースで成長した。『ウルヴァリン:X-MEN ZERO』に出演した後、俳優業からYouTubeへ転向し、2012年に開始したビデオブログでかなりのフォロワー数を得た。そして2015年にデビュー アルバム『Blue Neighborhood』をリリースすると、400万人の登録者をそのまま、音楽のファン集団として取り込んだ。『Blue Neighborhood』から生まれたヒット曲「YOUTH」は、ビルボード ホット100の23位を記録した。2枚目のアルバム『Bloom』は2018年にリリースされた。公然とモデルのジェイコブ・ビクセンマン(Jacob Bixenman) と付き合い、映画『Boy Erased』に出演した年でもある。コロナ禍に突入してビクセンマンと別れたシヴァンは、本当の自分を受け容れる道を歩み始め、懸命に努力して、生きることへの渇望を形に変えた。ジャケットに穴をあけた限定Glory版EP「RUSH」に熱い思いを刻みつけ、ブラス製のボウルを作り出した。HBO局ドラマ『THE IDOL/ジ・アイドル』で犬の首輪で感電させられるザンダーを演じたように、肉体も使って表現した。ザンダーは怖ろしく極端な例だが、ボディガードや関係者に包囲される瞬間があると、シヴァンは言う。「あのドラマはドキュメンタリーだ」
2023年は、大きな成功を達成した良い年だった。3作目のスタジオ アルバム『Something to Give Each Other』もリリースした。「Rush」のクラブ賛歌、セクシーな「One of Your Girls」の耳から離れないサウンドと目に焼き付くビジュアルなど、熱っぽいシングルを通じてシヴァンがやったことは、大衆パワーを支えとする多くのシンガーたちには為しえない。シヴァンは既定の枠組みから180度方向転換し、アルゴリズムによってフィードされるサウンドを捨て、自信に溢れ、軽やかで逞しく、セクシーな時代を体現したからだ。

Sivan 着用アイテム:シャツ(Prada)、ショートパンツ(Prada)
「音楽を始めて10年になるけど、今もすごく楽しんでる。自分にとって大切なこと、別のやり方でも音楽のキャリアを続けられことがわかったばかりだし、それですごく安心感がある。
最新シングル「Honey」では、「Give me the courage to say all the shit I mean, yeah(本気のこと全部ぶちまける勇気をくれ)」と歌う。セラピー的なセルフトークかもしれない。だがシヴァンは、そんなセルフ エンパワメントを明白にすることで、大多数のシンガーたちの「ベスト アイデア」を潰してしまう制作陣を突破することができた。新生トロイ・シヴァンのサウンドはジャネット・ジャクソン(Janet Jackson)に触発されている。ビジュアルは混じりっ気のないクィアの歓びを表している。「どこが違うかというと、最初のアルバムのときは、『自分が何をやってるか見当もつかないから、誰彼構わず聴こう』って感じ」だった。「自分がもっと気分良くなることをやる自信がなかった。2枚目のアルバムは、それよりもう少し自分のものになってたけど、ものすごく、ものすごくプレッシャーだった。だけど今回は、『アルバムをリリースする前に、2本か3本、ミュージック ビデオを完成させておく。プロセスを把握しておきたい。こういう人たちと一緒に仕事をしたい』と決めていた」
「My! My! My!」の撮影を監督したスチュアート・ワインコフ(Stuart Winecoff)に紹介され、シヴァンはゴードン・フォン・シュタイナー(Gordon von Steiner)とタッグを組んだ。クリエイティブ ディレクター・ファッション フォトグラファーのフォン・シュタイナーは、「Got Me Started」、「One of Your Girls」、「Rush」のミュージック ビデオを監督した人物だ。「Rush」は、シヴァンが自分の尻をひっぱたく接写の4K映像で始まる。コンセプトを考えていたとき、「『これで行こう』って僕が選んだんだ」とシヴァンは言う。「みんなもそういうパーティに行ったことがあるはずだし、僕もそういうパーティに行ったことがある。なのに、誰に遠慮してるんだ? 別にディズニー チャンネルじゃないんだ。遠慮する必要なんかない」
新アルバムでは、メタファーとしてもそれ以外でも、シヴァンが自分自身を感じていることは明白だ。自分をセクシーだと思うだろうか?
「もちろん!」とシヴァンは即答する。「One of Your Girls」のミュージック ビデオを例に挙げてみよう。ドラァグのシヴァンがTSU LANGE YORの「LoveShine」リップオイルを唇に塗り、魅せられて唖然としているシャツ嫌いのロス・リンチ(Ross Lynch)に跨り、ラップ ダンスをしてみせる。この相手役には、同じくオーストラリア人のジェイコブ・エロルディ(Jacob Elordi)やタトゥーだらけのTikTokパーソナリティ、ヴィニー・ハッカー(Vinnie Hacker)も候補に挙がったらしい。もっと露出度の高い「Rush」は、1990年代に禁止処分を受けた「Calvin Klein(カルバン・クライン)」の2024年版に等しい。ステージでは、腰の位置にマイクを持ったダンサーの前にシヴァンが跪き、「Got Me Started」を歌う。今にもフェラチオを始めそうだ。
「僕が自分をセクシーに感じてるから僕はセクシーだと思う」とシヴァンは続ける。「内側から出てくるものなんだ。インターネットに自分を晒すのは、僕の体についてみんなが言うかもしれないことを、僕が全部わかってるって部分が大きい。僕にはセックス アピールがないと言う人たちがいることも、全部わかってる。そのことを十二分にわかってるし、そのことに価値があると思ってる。だけど、自分の体とセクシュアリティと自分の表現を愛するようになったことは、すごく誇りに思うし、大きな喜びも感じる」。そして魔法の杖を一振りするように、「みんながホットに感じられたらいいね」と付け加える。

Sivan 着用アイテム:ドレス(Molly Goddard)、ベール(Molly Goddard)
そんな自信へ簡単に辿り着けたわけではない。アンドリュー・トビアス(Andrew Tobias)が自らのセクシュアリティを隠し、1973年に偽名で出版した回顧録『Best Little Boy in the World』には、ひとつの仮説が提起されている。その仮説によると、ゲイであることを隠している若い男性は、学問、スポーツ、キャリアなど、人生のあらゆる面に秀でようとする。多くの場合、本当の性的指向を隠す必要によって損なわれた自尊心を作り出すためだ。シヴァンは、臨床心理学者アラン・ダウンズ(Alan Downs)の自己啓発本『The Velvet Rage』で、トビアスの仮説を知ったと言う。そして、達成や理想のペルソナは、内面化された恥を過剰に補償しようとする行為であり得ることを知った。
「自分が存在する意味をほとんど見失いそうだった。『そんな! これまでやってきたこと全部も、成功させたことも、自分が恥ずかしかったから? すべてはそこから始まった?!』と思って、本当に足の下の地面が無くなったような気がした。 『いや、いつも、やりたいことだからやると自分で決めてきたはずだ』とも。だけど一歩退いて、そういう野望はどこから生まれたのか、常に一定の水準に達する必要を感じるのはどうしてかを、自分に問いかけてみた。仮りに恥から生まれたんだとしても…第一に、そのことで自分のなかのインナーチャイルドを責めたりはしない。『生き延びるために、しなきゃいけないことをしろよ。当然だ。わかるよ』ってこと。それに自分では変えられないことなんだから、そのまま受け容れるしかない」
そして一瞬口を噤んだ後、「今から2~3世代後には、クィアのキッズたちが生まれたその日から恥もなく、本当に自由に育てられてほしい。もしかしたら、みんな出来が悪いかもしれない」と、無表情に言う。「でも自分たちが望むなら、出来が悪くたっていいんだ!」
『GQ』のマン オブ ザ イヤーを受賞し、「Rush」でベスト ダンス ポップ レコーディングとベスト ミュージック ビデオの2部門でグラミー賞にノミネートされ、オンラインには肯定のディスクールが溢れて、シヴァンの前に開かれた道は歩きやすくなりそうだ。だが母国で『Something to Give Each Other』がナンバーワン アルバムに輝いても、彼に相応しいヒット チャートの成功はまだ訪れていない。ビルボード 200では20位からスタートした。

Sivan 着用アイテム:ポロ(VAQUERA)、ショートパンツ(ADER error)、ブーツ(Soulland)、帽子(VAQUERA)
「今から2~3世代後には、クィアのキッズたちが生まれたその日から恥もなく、本当に自由に育てられてほしい。もしかしたら、みんな出来が悪いかもしれない」
「ビルボード1位みたいな目標がまだ残ってるのは、ちょっといいことなんだ」とシヴァンは認める。「音楽を始めて10年になるけど、今もすごく楽しんでる。自分にとって大切なこと、別のやり方でも音楽のキャリアを続けられことがわかったばかりだし、それですごく安心感がある。一度もナンバーワンに届かなくても、別に構わないよ」
シヴァンは作りたい音楽を、自分の流儀で、聴きたい人のためにだけ作る。長年にわたる経験で名声の階段を昇ったし、お茶を啜る合間にゆったりしたブラウンのセーターに手を通すのと同じように、心地よく名声を纏っている。考えてみれば、多くのミュージシャン仲間より経歴は長いのだ。2016年の『Suburbia』北米ツアーで前座を務めたデュア・リパとは、今も親しい。最近では、2014年にシヴァンが投稿したツイートが浮上した。「2か月間、繰り返し聴いてる16歳」として紹介したケイリー・ローズ(Kayleigh Rose)は、その後チャペル・ローン(Chappell Roan)に名を変え、ヒットチャートでセンセーションを巻き起こすシンガーソングライターへと成長した。彼女の素晴らしさをシヴァンは10年も前に発見し、応援していたのだ。
チャーリーとシヴァンの引力が結合して相乗効果を生む『Sweat』ツアーは、シヴァンさえ望めば、さらに遠くまでシヴァンを運んでいくだろう。チャーリーがスティーヴ・ルベル(Steve Rubell)なら、シヴァンはイアン・シュレーガー(Ian Schrager)だ。スタジオ54の運営にはふたりが欠かせなかったし、グリッターが煌めき熱気でむせかえるクラブ魂が続くとすれば、それはチャーリーとシヴァンのパワフルな合同ツアーを置いて他にない。マディソン スクエア ガーデンをはじめ、各地の伝説的な会場で大群衆の前に立つツアーの日々に、シヴァンは早々と思いを馳せる。「もし成功したら、すごく強烈で汗まみれの体験になるよ」
会場に行く人は、ショーが始まる前に、予めトイレを済ませておくことをお勧めする。
Trey Taylorは広告代理店のシニア エディトリアル ディレクター。セントラル セント マーチンズ校でファッション ジャーナリズムの修士号を取得し、現在はニューヨーク シティでポップ カルチャーに耽溺して、『The New York Times』、『The Face』、Interview』、『Dazed』、『InStyle』、その他多数で、次世代を担う俳優やミュージシャンを紹介している
- 文: Trey Taylor
- 撮影: Anton Gottlob
- スタイル: Clare Byrne
- 撮影監督: Michael Quinn
- ヘア: Charlie Le Mindu
- メイクアップ: Rommy Najor / Forward Artists
- プロダクション: The Morrison Group
- 撮影アシスタント: Collin Elliot, Isaac Schell
- デジタル技師: Kylie Coutts
- スタイリング アシスタント: Silvia Lee, Alicia Liu
- ヘア アシスタント: Natalia Borges
- メイクアップ アシスタント: Yanni Peña
- プロダクション アシスタント: Jordan Santisteban, Francisco Serrano
- 撮影場所: The Mark Hotel
- 翻訳: Yoriko Inoue
- Date: July 3, 2024


