エリカ・バドゥは
さらなる高みへ

30年にわたってファッション界のムードボードに君臨したミュージシャンが今、正当な対価を要求する

  • インタビュー: Elena Bergeron
  • 写真: Nick Sethi

エリカ・バドゥのような出で立ちで世界を動き回るのは、どんな体験なのだろう? バドゥはしばし考える。

デビュー アルバムから29年。彼女の視線は常に、聳え立つヘッドウェアの高みを目指し、現在に至るまで連綿と続く布と数々の魔除け、アンク、お守りが散在する足元を見下ろしてきた。

「空港へ行くときはちょっと不便ね」という答えが戻ってくる。「大抵はその日のスケジュールを考えてスタイルを決めるんだけど、時々、途中で金属探知機みたいな場所を通過しなきゃいけないのを忘れちゃって。おまけに色んな物を着けてるでしょ。不便だから、今はジュエリー類を全部小さいバッグに入れといて、セキュリティを通過した後で着けるようにしてる。学習したのよ。ええ」

バドゥというブランドはパワフルだ。それも当然な気がする。1997年、26歳の誕生日のほんの数日前にリリースしたデビュー アルバム『Baduizm』に、ユニークな発想が表れていたせいかもしれない。新人アーティストでありながら、彼女の音楽は彼女のルックと同じように斬新だった。今も変わらない。エリカ・バドゥは慣れ親しんだものの上に新鮮な視点を重ね合わせ、巧みに全体を作り変える。そこから生まれる新しい美しさは、真実を探し求める目と耳を捉えて離さない。「On & On」、「Orange Moon」、「Honey」などに耳を傾ければ、何世紀もかけて堆積した黒人音楽が、絶妙な煌めきを放つ。

私が心地よく感じるのは自分で作ったもの、自分で作った形とシルエットだけ

Erykah 着用アイテム:コート(Thom Browne)ポーチ(Simone Rocha) 冒頭の画像 Erykah 着用アイテム:クルーネック(Rick Owens)ピアス(Y/Project)、Erykahのリング、バングル、ハット

「何であれ、要は形とシルエットよ。私が心地よく感じるのは、自分で作ったもの、自分で作った形とシルエットだけ」とバドゥは言う。「あらゆるものに対してそうなの。私の家もそうだし、私の料理もそう。ファッションについてのツイートも、ヘアメイクも、曲作りもそう。どれにも同じ要素がある。私を形作っているもののエッセンスがあるわ。ええ」

ここまで質問を続けるうちに、私はバドゥの「ええ」に気づく。電話の向こうの彼女は、ヒューストン ロデオで公演するため、馬に乗る叔父のマイクと一緒にテキサスのハイウェイのどこかを疾走中だ。電波は途切れがちで、私の質問はスムーズに伝わらないが、バドゥの答えははっきり戻って来る。そして「ええ」が無意識に挿入される口癖ではないことがわかる。彼女の「ええ」は文章の終わりを示す句点であり、画家がキャンバスから一歩離れてもうひと刷毛が必要かどうかを見極めるのと同じだ。その結果、言いたいことを言い終えて、満足したときに「ええ」が出る。

さまざまな試みに挑戦してきたバドゥだが、一貫しているのは、力強い考え方とそれが彼女のものだとはっきりわかることだ。ラジオ番組「Badubotron」は2021年の「Badubotron」ツアーへと発展し、2020年に立ち上げたE-コマース サイトの「Badu World Market」では「Badu Pussy」と名付けられたインセンスが瞬く間に売り切れた。男性を虜にするというバドゥ神話に因んだこの製品は、「バドゥの下着を燃やした灰で作られている」。3月には、さらに多くのマリワナ製品と一緒に、バドゥが作り出したマリワナの品種「That Badu」が発売された。ドゥーラとして出産のアドバイスやサポート行なううちに気づいた、女性ならではのニーズに応えるためだ。

Erykah 着用アイテム:ワンピース(Pleats Please Issey Miyake)コート(Thom Browne)、Erykahのジュエリー

52歳を迎えた現在、バドゥのユニークなビジョンはファッション界の重鎮から関心を寄せられている。『Vogue』創刊130周年を記念する2022年のファッション ショーでは、ランウェイを歩いてくれるようにアナ・ウィンター(Anna Wintour)自らが依頼した。同年のMETガラには、Marniのクリエイティブ ディレクター、フランチェスコ・リッソ(Francesco Risso)と連れ立って現れた。以来ふたりはミームやアイデアを共有する仲だし、今年はほぼ40点のコラボ コレクションがMarniから発売される予定だ。

だが、高級ファッション界での出没は今に始まったことではない。遡って2008年には、Tom Fordのフレグランス「White Patchouli」の顔として起用された。2016年にはPyer Mossショーのスタイリングを引き受けた。このときの出演は、カービー・ジーン=レイモンド(Kerby Jean-Raymond)がデザインしたシアリング オーバーオールを貰うのが交換条件だったという。 R&B大ファンのリカルド・ティッシ(Riccardo Tisci)は、Givencyの2014年春キャンペーンに続き、Burberryの2021年秋キャンペーンの顔にバドゥを起用した。2021年MDTガラでのルックを共同で考案したトム・ブラウン(Thom Browne)は、彼女を「まさにアメリカの創造性の化身」と呼び、今年2月のランウェイ ショーでは最前列にバドゥの姿があった。

Erykahのリング

バドゥによると、ファッション ウィークにはスターの仲間入りをした当初から招待されていたが、実際に行くことにしたのは近年のこと。戦術的な心変わりだ。というのも、「私の独創性が注目を集めることはわかってるの。みんなのインスピレーションになってるのも、みんなのムードボードに使われてるのも、知ってる。その対価を受け取ってもいい頃よ」

自称Bガール、時々DJのバドゥがファッション界に正面から向き合うことにした今は、折しもヒップホップの直接的な影響が認識され、高く評価され、綿密に吟味されているときだ。ダッパ―・ダン(Dapper Dan)がGucciから当然の対価を支払われ、adidasがイェ(Ye)への依存脱却を探り、ヴァージル・アブロー(Virgil Abloh)亡き後、Louis Vuittonメンズウェアのトップの座にプロデューサーでありソングライターであるファレル・ウィリアムス(Pharrell Williams)が任命された。

ウィリアムスの任命は、アブローの切れ味の良いキュレーションとマルセル・デュシャン(Marcel Duchamp)的な規範の打倒を継承するとして歓迎する声もあったが、一方で失望を表明した批評家も少なくなかった。「独創性を表現するだけでなく、技術面にも真剣に取り組んだ純然たるデザイナーが、企業の要望に答えられなかった」証拠だと、ロビン・ジヴハン(Robin Givhan)は『The Washington Post』に書いている。

『黒人であること』があらゆるアートの共通項

Erykah 着用アイテム:ラウンジパンツ(Marni)スニーカー(Nike)、Erykahのベル

「理論を勉強するのはすごく良いことよ、興味のあることならね」。アートの正式な訓練に関するバドゥの見解だ。「でも必要だとは思わない。私は楽譜は全然読めないけど、楽器も演奏できるし曲も書ける。だからね、音楽の理論っていうのは、私みたいに内側から自然に生まれてくることをやってた人が基本なんだと思う。ケニアで、マサイの人たちの村へ行ったことがあるの。何もない、茶色い地面しかない所だった。なのに遠くから、クリエイティブなジュエリーやすごく手の込んだビーズ細工の鮮やかな色彩が目に入ってくる。アフリカの人たちは、ぬかるみの中から創造するのよ」

「世界が私たちに興味を持たないときもあったけど、今はとても関心が集まってる。あらゆることの分母が『黒人』だからよ。『黒人であること』があらゆるアートの共通項。黒人コミュニティのなかのクリエイターたち、必要に迫られてクリエイトする人たち、アーティストたち、彼らが困難から立ち直る力…」

だが、バドゥのように一貫してキャリアを継続しているアーティストであっても、創作活動が誤解されるリスクはある。原因がアーティスト側の力不足であれ、受け取る側の偏見であれ、伝えようとしたメッセージの歪曲は大きな難題だ。今や、バドゥは伝説的なブランドになった。前面に押し出されたスピリチュアリティ、身に纏うマキシマリズムな衣裳、おまけに列をなして後にしたがう男性崇拝者たちのせいで、ともすれば血肉を備えたひとりの女性ではなく、精神世界の祭司のごとく受け取られることが多い。

だから、昨年スイスで開催されたフェスティバルで、ミーガン・ジー・スタリオン(Megan Thee Stallion)の出番中にステージへ上がり、ちょっとしたトゥワークを披露したところ、「Savage」で有名なラッパーは「度肝を抜かれるくらいビックリした」そうだ。18歳になるバドゥの娘プーマ・カリー(Puma Curry)が母娘でお揃いのレギンスを穿いた後姿を投稿すると、コメント欄は大炎上した。

「どうして特別あの写真が話題になったのか、不思議でしょうがない」とバドゥは言う。「『Window Seat』をやった私なのに、なんで大騒ぎするの?」

バドゥ自身はいとも簡単に片付けるが、2010年にあのミュージック ビデオが公開されたとき、ジョン・F・ケネディ(John F.Kennedy)大統領が暗殺されたダラスのディーリー プラザで服を脱ぎ捨てた真意は、ヌードへの反響にほぼ掻き消されてしまったのを思い出す。バドゥのアイデアは、1972年に「集団思考」という言葉を誕生させたアーヴィング・ジャニス(Irving Janis)を念頭に、パフォーマンス アートを行なうことだった。オノ・ヨーコがやったように、裸体になることで、「集団の意見という鎧を脱ぎ捨てる者は、それゆえに標的にされる」という考えを視覚的に表現しようとした。

「意図したことより、私の体のほうが大きく取り沙汰されるとは思わなかったわ」とバドゥは回想する。「撮影してるときは、私のお尻がそんな影響を及ぼしてるなんて思いもよらなかった」

Erykah 着用アイテム:クルーネック(Rick Owens)ピアス(Y/Project)、Erykahのバングル、リング

その後で収録アルバム『New Amerykah Part Two (Return of the Ankh)』をリリースすると、インタビューはほぼヌードになったことの説明に終始した。視界に入るすべての男たちを魔法で虜にするという風説に関しては質問を笑い飛ばしたが、男たちの視線を集めるためのパフォーマンスではないことは明言した。完璧主義の曲作りから遠ざかり、恐怖がテーマの『Part One』(2008年)と愛がテーマの『Part Two』を、初めて手にしたコンピューターとGarageBandで制作したことには、印刷媒体もデジタル媒体もさほど触れなかった。

第一子を出産する傍ら、すでに複数のグラミー賞とプラチナ アルバムを獲得していたキャリアにおいて、『New Amerykah Part Two』と『New Amerykah Part Two』の二部作は大きな位置を占める。だがバドゥは時間とピッチを模索し、「ネオソウルの女王」というイメージからさらに大きく脱却を図った。そんなレッテルは新しい作品を過去に縛りつけるように感じていたからだ。

以来、バドゥは曲を作り、出産を重ね、毎年8か月におよぶツアー日程をこなしている。私生活とキャリアの両立に加え、テヤナ・テイラー(Teyana Taylor)やサマー・ウォーカー(Summer Walker)など、ドゥーラとして出産をサポートしたアーティストとも電話で話す。

「彼女たちもそうだけど、女友達と音楽について話したり一緒にアートを創作することは、まったくないの。話すのは毎日の生活、目の前にあることだけ。どうしてかと言うと、私たちのような立場のアーティストには、心から正直に話せる人が少ないから。それぞれの人生は違っていても、同じような制約を背負っていて、人生のあらゆることを気軽に話せる人はなかなか見つからないもんよ。ええ」

Erykah 着用アイテム:コート(Thom Browne)ポーチ(Simone Rocha)シューズ(Thom Browne)、Erykahのハット

ハイウェイを移動し続けているバドゥとの対話は、1990年代後半に彼女やローリン・ヒル(Lauryn Hill)が出産したことで、ヒット曲を飛ばしながら家族を持つことの概念が変わったという話題に移る。新しく母親になった女性アーティストたちと話すなかで、母親であることに対する音楽業界の許容度は変わっているだろうか?

「出産は病気じゃないわ」とバドゥは答え、彼女がステージの上やツアー途上で第一子のセヴン(Seven)に授乳して育てたずっと前から、多くの女性アーティストたちが出産していた事実を挙げる。「チャカ・カーン(Chaka Khan)がいつ赤ちゃんを産んだのか、私、知らなかったわ。デニース・ウィリアムス(Deniece Williams)やミニー・リパートン(Minnie Ripperton)が出産したのも、知らなかった。だけど当たり前でしょ? みんな成熟した女性だし、生み出す人たちなんだから。ダイアナ・ロス(Diana Ross)の出産も知らなかったな。気づかなかったわ」

それは、レコード会社やマネジャーやツアー主催者が隠したかったからじゃないだろうか? かつて、母親を売り込むのは、セックス シンボルを売り込むより空怖ろしいことだった。

「その点は大きく変わってる。前より、もうちょっと母親アーティストが目につくようになったから。『現代女性』って言葉が広まるにつれて、視覚の面でも変化が生まれるしね。男には欲しくないことが沢山あったようだけど」

ここから、固定概念を拡大しつつある女性たちについて話が進む。「1998年か1999年に出てきたインディア・アリー(India Arie)が、そうだと思う。私が型にはまらなかったように、彼女も型にはまらなかった。だけど彼女はもっと先まで進んだわ。黒い肌や縮れた髪や、美しいとは思われていないその他諸々を前面に出して、アフリカへ回帰した。女性アーティストの場合、男性を楽しませるエンタテイメントの体を成してないと、レコード会社は売りにくいんだと思う。だけど今は、女性のライターや歴史研究者やエグゼクティブがたくさん、そういう分野やポストに進出してるからね。それにつれて状況も変わってる。他にはどう? 誰か思いつく?」

私はリゾ(Lizzo)を挙げる。

「その前にジル・スコット(Jill Scott)がいるね。リゾがもう一歩先まで進んでるのは、時代の変化の表れよ。みんなが彼女に感謝してるし、彼女の自由と勇敢さを素晴らしいと思ってる。大勢の人から特定のエネルギーを向けられると、ひしひし感じるし、その結果自分の光が弱まったりひょっとしたら自分が潰されかねない、っていうのは怖いもんよ。常識や偏見に逆らって、本当の自分を表現して、正当な理解と評価を求めるアーティストは、すごく英雄的だと思う。 美しい行為だわ。私の娘たちにも、そういうことを見せたい。ええ、たしかにリゾも概念を変革してるアーティストのひとりね。ラプソディ(Rhapsody)は?」

異議なし。

「ええ、彼女は声だけじゃなくて、振る舞いも…。イメージじゃなくて、音楽で勝負してる。そこが違う」

「歌のテーマに関しては、アリ・レノックス(Ari Lennox)もユニークな方向へ進んでる気がするけど」と、私の意見を言ってみる。

「ああ、アリね。好きなシンガーのひとりよ」。俄然、バドゥに熱が入る。「『Whipped Cream』が大好き。あの曲の4つ打ちリズムを聞くと、大きな声で叫んだり、お掃除したり、いつだって何だって出来ちゃう」

Erykah 着用アイテム:クルーネック(Rick Owens)ピアス(Y/Project)、Erykahのリング、バングル、サングラス

この時点で目的地まで後何キロなのか、どれくらいの速度で進む必要があるのか、私にはわからない。遅れているのか、早く着きそうか。広報スタッフが時間を確認しているあいだ、ドキュメンタリー『The D.O.C.』のエグゼクティブ プロデューサーとしての仕事と出演について話し始める。ザ・ディー・オー・シー(The D.O.C.)は、1990年代のラッパー、ゴーストライター、そしてプーマの父だ。次に、人工知能に関する難しい話になる。

バドゥは、陳腐な日常と難解な思想を辿りながら、2015年にリリースした『But You Caint Use My Phone』のテーマでもあったテクノロジーの広まりを指摘する。バドゥでさえ、細々とした道具や機械を避けて通るわけにはいかない。私たちの対話だって、携帯とヘッドフォンと高速で移動する車のおかげなのだ。

「私も間違いなくみんなと同じ世界にいるわ」

Elena Bergeronはブルックリンを拠点とするライター、エディターとして、『Fast Company』、『GQ』、『Complex』、『ESPN The Magazine』、その他に記事を執筆。ほぼ毎日、『The New York Times』のNFL報道を指揮している

  • インタビュー: Elena Bergeron
  • 写真: Nick Sethi
  • スタイリング: Becky Akinyode
  • クリエイティブ ディレクション: Erykah Badu
  • メイクアップ: Michelle Dick
  • ヘア: Yasmin Amira
  • 写真アシスタント: Paige Labuda
  • スタイリング アシスタント: Chas Chevonne
  • 制作アシスタント: David Velez
  • 写真監督: Michael Quinn
  • 制作: The Morrison Group
  • キャスティング: Greg Krelenstein
  • 翻訳: Yoriko Inoue
  • Date: April 6, 2023