新・トレンド解剖

文化やスタイルの変遷に関する私たちの体験はインターネットに作用されている

  • 文: AJ Lacouette
  • アートワーク: Gavin Park

世界の新たな秩序へようこそ。型にはまったトレンド予測の時代は終わった。もはや釣鐘曲線から真実の音は響いてこない。私たちの生活にインターネットが不可欠になる前は、予測専門家がカウンターカルチャーから囁きを聞き取り、動向の情報を企業に売り、トレンドのシャワーが大衆の上に降り注ぐという図式だった。私たちはMTVの「トータル リクエスト ライブ」にチャンネルを合わせ、レジ待ちの列に並びながら、近くに置いてある雑誌をめくって最新流行に目を通したものだ。1990年代は人形の服のように幾重にもレイヤードされたドレスとコンバットブーツの組合せ、2000年代初期はラッパー御用達の体からぶら下がるほどオーバーサイズなウェア。だが今や、トレンドが復活するはずの20年周期説は通用しない。ソーシャルメディアはすべてを民主化し、すべてを撹乱した。

そんな状況でのトレンドとは、シーズンの新色や人気商品ではなく、これらの要素を生み出した大衆心理と社会的な意味を指す。つまり、「何」ではなく、「なぜ」なのだ。実例を挙げてみよう。2021年後半は肌を露出するボディコンが歓迎され、Miu Miuのクロップド丈のスタイルがバイラルになり、至るところで目についた。これは、コロナによる隔離生活の閉じこもりから解放され始め、ラウンジウェアに飽き飽きした人々が逆方向へ向かったからだ。

トレンドは、考え方次第で、現在の文化意識の反映でもありうるし、大量消費を継続する束の間の幻想でもありうる。とはいえ、「クロップド トップスが決め手」などという一見浅薄な宣言を深く考察してみれば、私たちが認めたい以上に私たち自身を物語る要素が潜んでいることは否定しようがない。今の時代のトレンドは、根付く間もなく一変する。オンラインに登場した数日後には、姿を消している。ひと握りの「通」にとってはこの上なく崇高だが、残念ながらそうではない人々にとっては害でしかないのだ。

視覚イメージ主導のソーシャルメディア以前は、まず最初に心に引っ掛かる発見があって、興味を刺激され、ほぼ体系的ともいえるリサーチが続き、トレンドの理解やトレンドの起源に関する知識が育っていった。ロンドンのストラテジー ディレクター、ポール・シモンズ(Paul Simmons)が考察したように、かつては「映画、雑誌、本、ビンテージ ショップなど、さまざまな情報源から必要な知識を得たものだ。だが現在はインターネットによって即座にデジタル化されたアイデアのコラージュが与えられる。そもそもアイデアと美学が結びつくに至った文脈が非常に希薄、あるいは完全に欠落している」。シモンズはこれを「平板効果」と呼ぶ。アイテムがカートに入るとき、何らかの背景あるいは探究に割かれた時間が完全に一掃されているからだ。

優れた洞察力で文化を分析するレイチェル・リー(Rachel Lee)はさらに一歩踏み込んで、文化には「曖昧なサブカルチャーや社会周辺部の集団から盗用する」悪い癖があると考察する。そして社会主流のトレンド予測は盗用されたものを囃し立てることしかしない。リーは情報源の「判断と批判が重要」だとし、「サブカルチャーのメンバーと実際に話してみることであれ、歴史を正確に参照することであれ、情報の出所へ遡る適正な評価」を実践するように釘を刺す。現在の混沌とした集団的変遷のさなかで、私たちはどのようにして自分の立ち位置を見極め、思慮深い認識を保てるのだろうか?

ベルリンで活動するクリエイティブ ストラテジスト、アルフレド・メヒア(Alfredo Mejia)の説によると、現在、トレンドおよびトレンドに対する私たちの反応は二種類に分かれている。一方に、数量限定の短命な「クイックストライク」がある。その一例が、Marc Jacobsが今年の初めに復活させた懐かしきデフトーンズだ。この種のトレンドは「ブランド理念を文化の時代精神の中に位置づける効果はあるが、短期間で他のトレンドに取って代わられ、現実世界で目にすることはほとんどない」。もう一方はそれより長期的なトレンドで、「明らかな傾向」がデジタル世界で始まり、「現実世界で再現される可能性がある」。例えばバービーコアは、Valentinoやグレタ・ガーウィグ(Greta Gerwig)の映画『バービー』や現実世界の大衆が子供時代に抱く純粋な郷愁のおかげで、1年以上前から盛り上がりを見せてきた。この種のトレンドが長命なのは、「オンライン集団とオフライン集団が意見交換を繰り返すことによって、効果を増幅するフィードバック ループが形成され、トレンドを採り入れる期間が延長される」からだ。

オリジナル デザイン:Alfredo Mejia

「つまるところ、トレンドというのは、どこかに属して安心したいという人間の欲求の反映だ」とメヒアは言う。「トレンドは、自分のアイデンティティを表現して他者と繋がる手段になる」。確かに私たちは何かの一部であると感じたいし、切り離された生活であればあるほど繋がりの要素が重要性を増す。

インターネットがもたらした集団的混乱と変化のスピードのせいで、私たちは「これまででいちばん真実の自分」探しへと向かわされており、そのためにマイクロニッチを利用しているのか? それとも、絶え間なく押し寄せる変化と情報に辟易した私たちは、トレンドという名のゲームから完全に離脱し、シンプルなベーシックに向かっているのか? 大衆がこぞって最新トレンドを追いかけるのを止めたら、一体どうなるのだろう? 次のレベルの新たなノームコアが始まるのか? 大仰なロゴやブランド名を必要としないクワイエット ラグジュアリーや、一見地味だがその実高額を注ぎ込んだステルスウェルスは、すでにその表れなのだろうか? あるいは「何でもあり、何でもトレンド」の状況だからこそ、本当の自分を探し始めることができるのだろうか?

私たちは今、トレンドの再定義を余儀なく迫るソーシャルメディア時代の頂点を、目の当たりにしている。スタイル、生活様式、さまざまな形態の影響が果たす役割の交差が描き直されているのだ。当然のことながら、混沌の最中のどこに居場所を見つけるか、混沌に目を瞑るかは、各人の選択にかかっている。だが、トレンドの新たなあり方は、今後に長い作用を及ぼす。離脱して単調な同一性に浸りつつ、相違と複雑さに満ちた世界を観察するのか? それとも、独自性の栄光を余すところなく賛美し、流行のどこかに特別な調和を見出すのか? いずれにせよ、ともかく誰しもがトレンディであるだろう。

  • 文: AJ Lacouette
  • アートワーク: Gavin Park
  • 翻訳: Yoriko Inoue
  • Date: May 16, 2023