シモーネ・ロシャの
ハードコアな時代の幕開け
ファッション通に熱愛されるデザイナーが
技術と新たな衝動を語る
- インタビュー: Steff Yotka
- 写真: Davit Giorgadze

実用主義と奇抜な発想は対立することが多い。スプレッドシートに紐づいた生活と、預言者に紐づいた生活が滅多に重ならないことは、容易に想像できるだろう。そんななか、たっぷりのひだ飾りで独特の寓話的磁力を作り出すアイルランド出身のデザイナー、シモーネ・ロシャ(Simone Rocha)は、メンズウェアへ進出し、緻密の度を徹底的に高めることでエキサイティングな新方向へ向かいつつある。ただし、元来の謎めいた美しさと柔らかさは失われていない。2023春シーズンのランウェイ コレクションに「ペチコート ボーイ」を登場させたロシャは、華やかな新しい領域と圧倒的な新しいエネルギーを引っさげて、キャリアの11年目へ突入する。


ロシャがロンドンの自宅からZoomのコールをかけてきたのは、ランウェイショーから4日後のことだ。ギンガムのブラウスを着て、頭の天辺のお団子にリボンを付けているのはいつものとおり。見た目はこれまでと同じく愛らしいが、悪戯っぽい笑みを浮かべて「ハードコア」の時代に入りつつあると断言し、今後のすべてのデザインに人間工学に適った機能性と優美な変容を込めると確約する。
「私がやることはすごく独特だし、それが私にとっては自然だとずっと思ってきたわ。万人向きじゃないと思ったけど、それでまったく問題を感じてなかった。ところがとても幅広い人たちが共感してくれるのを知って、すごく嬉しいの」
ロシャの熱烈なファンは至るところにいる。数日前に2023春シーズンのコレクションをランウェイに上げたばかりとあっては、力作への称賛があらゆる方面から押し寄せる。
「とにかくシモーネは最高」とダイレクト メッセージを送ってきたのは、ニューヨーク ファッションの首長とも言うべきLuarのラウル・ロペス(Raul Lopez)だ。
「シモーネが作る服は、美しくて、守ってくれて、着て見せるのが誇らしい。そういう気持ちを全部同時に感じさせてくれる。本当に同じことをやってるデザイナーは、他に思いつかないわ」とテキスト メッセージを送ってきたのは、レイチェル・タシジャン(Rachel Tashjian)。『Harper’s Bazaar』のファッション ニュース ディレクターであり、受信者限定のニュースレター『Opulent Tips』を発行しているファッション エキスパートでもある。
完璧なスタイリングで知られる写真家キル・レモンズ(Quil Lemons)からのテキスト メッセージは、「シモーネのファッションを理解して、シモーネの服を着ることは、女性であることや自分を愛することとのロマンスだ。Simone Rochaはそういう女性たちにふさわしい」




さまざまな感想を聞いて、ロシャはZoomで微笑む。「私のところへも、まったく思いがけない人たちからメッセージが来てる。あのコレクションは、私を超えたはるかに大きい存在になりつつあるね」
ロシャを超えた存在になるとしても、彼女の本質であることに変わりはない。「どれも、すごく自然な人間としての感情の部分から生まれてくる。そして、女性であることだけじゃなく、男性であることも必ず表れる。ともかく、時期が到来したって感じがしたの。私に見えるのは男性か女性かの区別じゃなくて、両極の関係性」
ロンドンの刑事裁判所、別名オールド ベイリーを会場としたランウェイでは、ロシャの言う関係性が自由と厳密のせめぎ合いとなって繰り広げられた。フローラル柄のファブリックは肌色のメッシュのビスチェの下に窮屈に押し込められ、くすんだ色のアーミー調のボンバージャケットの下は、ジッパーが長く走る丈夫なナイロントラウザーズだ。メンズウェアへの進出は「自然な成り行きの気がした」とロシャは謎めいた表現をするが、他のデザイナーたちの動向が何らかの指針だとするなら、ジェンダーの境界線は急速に薄れつつある。1年早くメンズウェアを開始したモリー・ゴダード(Molly Goddard)は、キルトで大きな評判を呼び、あらゆるジェンダーの人々が競って愛用するようになった。ロシャのショーより数日前にロンドン ファッションウィークでデビューを飾ったChopova Lowenaは、ありとあらゆるジェンダーをモデルに起用した。「私たちは『人』のために服を作ってる」のだからと、共同デザイナーのローラ・ロウェナ・アイアンズ(Laura Lowena-Irons)は『Vogue』のサラ・モワー(Sarah Mower)に語っている。



ロシャにとってのメンズウェア導入は、ファッション界の慣習的分類に従うことではなく、自分の中の新しいエネルギーを大きく育てることだった。「テクニカルな視点にすごく刺激を感じて、メンズウェアのデザインには全部、本格的な専門技術を持ち込んだの。そこからほとんど軍隊みたいな統一性が生まれたのよ。つまり、厳密な規則と境界線の遊び。それがとても自然な気がした」
だが、ロシャの長年のファンなら覚えているだろう。2011年、ルル・ケネディ(Lulu Kennedy)が主宰するファッション イーストのデビュー ショーでロシャがランウェイに上げたのは、シアでスポンジみたいなスーツばかりで、スカートやドレスはほとんど見当たらなかった。ショーの最後の挨拶にも、ブレザー姿で現れた!
ウィメンズウェアだって、ドレスに付いているハーネスは見かけだけの要素ではない。どれもストラップから吊るされており、ドレスをくしゃくしゃと短く巻き上げたり、最大限の長さまで伸ばすことができる。「かなり人間工学的なのよ」とロシャは悪戯っぽく笑う。「人間工学」だなんて、Simone Rochaブランドのスタンディング デスクが誕生しそうではないか! 「物理的に確かに存在する物を作りたかったの。そういう物は、人に触られて、要求に応えなきゃいけない。機能を実行できなきゃいけない」。ロシャは続ける。「ショーではランウェイにふさわしい長さにしてあるからわかりにくいけど、どのドレスもかなり変身するのよ」。数日後、ロシャの大口顧客のひとりがパーソナル ショッピング中の動画を送信してきた。長さを変えるにつれて大きく表情を変えるドレスに対して、彼女の口から洩れた言葉は「オー、マイ ゴッド」の3語に尽きた。
それこそがシモーネ・ロシャの究極の秘密だ。すべてのエネルギーと緊張感を孕んだファンタジーを支えているのは、実のところ、慎重かつ冷静な計算なのである。「私たちは科学的よ」とロシャは断言する。「細部までこだわって、十分に準備する」。スタイリストのロビー・スペンサー(Robbie Spencer)、ヘア スタイリストのシンディア・ハーヴェイ(Cyndia Harvey)、メイクアップ アーティストのトーマス・デ・クレイヴァ(Thomas de Kluyver)との協同作業によって、モデルの下瞼でキラリと光るグリッターに至るまで、ルックのすべてをコーディネートして仕上げた。偶然が入り込む隙間は皆無だ。黒髪をラッカーで固めたようなオリーブ・オイル(Olive Oyl)風カールは、ショーの何週間も前にテストを繰り返して精密に完成された。モデルたちは白のビーズ チェーンが付いたアセテート製の卵形バッグを小脇に抱えていたが、真珠の光沢を放つ硬質な球形のアクセサリーを折り曲げた肘の内側に持たせるのは、Simone Rochaの顧客が現実にバッグを抱えるときの様子を研究した結果だ。新しくデザインしたメリージェーン パンプスのヒールの高さは、ロンドンの街路で実際に履いてテストした。美しさのすべては精密な人間生理に根差している。





鋭利な剃刀の刃のように機能するデザインとビジネスを基に、ロシャは豊かに発展を続け、将来の新たな手法を開発する。「前のふたつのコレクションは、2番目の子供の誕生、子供たちの語り、逃避…、つまり私のプライベートな語りの要素がすごく強かった。ふたつともかなりダークなショーだったし、私的にはひとつの巻の中のふたつの章の感じだったわ。その点今回のショーは、新しい巻の始まりみたいだし、新しいチャレンジの準備は整ってる。もう一度、何かテクニカルな可能性を秘めたものをやりたいの。すごく直観的で野性的な何か」
2023春シーズンのショーが終わった後、ロシャと出演者たちは約1.6kmを歩いて、近隣のパブへ繰り出した。蛇口がついたギネス ビールの樽の上には、エリザベス1世時代のひだ飾りを首に巻いた黒猫が鎮座している。「ネコ版のシモーネだ」と誰かが声を上げて、軽食とビールの祝宴が始まる。蛇足ながら、筆者は立場をわきまえて8時半にパブを後にした。「白状すると」と、ロシャはアイルランド人らしくあけっぴろげな笑い声を立てる。「パブの後はみんな私の家へやってきて、お開きになったのは午前3時。私は途中で寝ちゃったりしたけど、みんなが私のためにお祝いをしてくれたんだから。でもやっぱり、来年は我が家はナシだな」。もう一度明るい笑い声。「けど、すごく嬉しかった。パブにいるみんながギネスのパイントジョッキとパールのバッグを持ってるのを見て、すごく楽しかった」。この言葉を最後に、ロシャはZoomの通話を切る。ザ・マーダー・キャピタル(The Murder Capital)のライブを聴きに、ロンドンへ行く時間だ。このポストパンク バンドのメンバーは友達だとか。チュールの下には、確かにハードコアのビートが脈打っている。

- インタビュー: Steff Yotka
- 写真: Davit Giorgadze
- モデル: Bilal / Rock Men Paris、Lee / M Management Models
- 翻訳: Yoriko Inoue
- Date: October 18, 2022

