読書家の
ニコラス・
デイリーは
構想の達人
英国に登場した
メンズウェア デザイナーは
語り、歴史、人物像、
職人技を考える
- 文: Simran Hans
- 写真: Ollie Adegboye

ニコラス・デイリー(Nicholas Daley)のスタジオで先ず目についたのは、大量のファブリックでもなく、作業場の背後にぶら下がっている型紙でもなく、壁に沿って積み上がった透明な収納ケースでもなく、本だ。おびただしい蔵書がきちんと分類され、それぞれの棚に印刷したラベルが貼ってある。ディテールに至るまで配慮を怠らないデイリーは、エレガントで、クールで、僅かばかりエキセントリックなメンズウェアを創作する英国デザイナーだ。優れたテーラリングを加味したストリートウェアには、パンク、レゲエ、ジャズといったジャンルの刺激が息づいている。コレクションのインスピレーションは人物像だ。例えば、ツイードを多用した2018年秋冬コレクションは、フレディ・ハバード(Freddie Hubbard)のソウル ジャズLPに因んで「Red Clay」、2021年春夏コレクションは、ピーター・トッシュ(Peter Tosh)が1977年に出したレゲエ ソング「Stepping Razor」に因んで「Stepping Razor」と命名された。トッシュは空手の有段者なので、「Stepping Razor」コレクションには武道着のスタイルが組み込まれている。蔵書がただの飾りでないことは確かだ。
デイリーは1989年にイングランドのレスターシャ―州で生まれた。父はジャマイカ人、母はスコットランド人。10代にはストリートウェア専門店「Wellgosh」でアルバイトに励み、ロンドンのセントラル セント マーチンズ校へ進学した。ファッションの学生なら、ムードボードにミューズと崇めるセレブの写真を貼ったりするものだが、デイリーはさらに先を行き、2013年の卒業制作ショーにパンクとレゲエの帝王とも言うべきドン・レッツ(Don Letts)を登場させた。2015年にNicholas Daleyを立ち上げてからは、adidas、Fred Perry、Mulberryなど、多くの老舗ブランドとコラボレーションを行なっている。
ロンドンのジャズ界に目と耳を向けている人なら、シャバカ・ハッチングス(Shabaka Hutchings)と彼が率いるSons of Kemet、テオン・クロス(Theon Cross)、ヌバイア・ガルシア(Nubya Garcia)など、ミュージシャンたちがNicholas Daleyのクロシェ編みビーニーや手編みのノースリーブ ベストを着ていることに気づいたかもしれない。これらのアーティストたちと同じように、デイリーの仕事には緻密な技術があり、過去の智慧を活かしつつ未来へ突き進む集団の一員であることを感じさせる。そんなデイリーが、サブカルチャーの魅力、家族の歴史と現在、デザインに影響を及ぼした人物について語った。

シムラン・ハンス(Simran Hans)
ニコラス・デイリー(Nicholas Daley)
シムラン・ハンス:先ず、両親について教えて。あなたの仕事には両親の影響がある?
ニコラス・デイリー:英国海兵隊にいた父さんは、スコットランドに駐屯してるとき、ダンディーで母さんと出会ったんだ。その後ふたりでエディンバラへ越して、1978年から1982年までレゲエ クラブを経営した。英国ルーツのレゲエ専門で、母さんがレセプションをやって、父さんがDJ。Aswadみたいな人気のレゲエ バンドをたくさん招いてライブもやってた人たちだから、僕の今の仕事にも必ず音楽が織り込まれてる。音楽に対する情熱を植えつけたのは両親だよ。
クラブでライブをやったり客を集めたりするには、当然、難しいことを切り抜ける必要もあるけど、両親は音楽でみんなを結びつけた。そうやって作り出したものへオマージュを捧げるつもりで、ふたりがほぼ30年前に作った「Reggae Klub」Tシャツを復活させることにしたんだ。
あなたは、生まれも育ちもレスターでしょ。どんなところ?
両親が暮らし始めた頃のレスターは、西インド諸島と東南アジアの移民コミュニティが活発で、僕の家にも強く影響してた。ヒンドゥー教のディワリやイスラム教のイードにも参加してたよ。僕自身の家族はそういう宗教と直接の繋がりはなかったけど、両親が友だち付き合いをしてたコミュニティでは大事なことだったから。レスターは、色んなカルチャーのまさにメルティング ポットだったな。今の僕の信念と考えが形作られたのは、レスターのおかげだ。
僕がスタジオを置いてるノース ロンドンのハーリンゲイも、ロンドンの中でいちばん多様性に富む地域のひとつだ。僕は、そういうカルチャーの豊かな環境に身を置いていたい。
初めて自分の服を選んだときのことを覚えてる?
多分、「Wellgosh」っていうストリートウェアの店で、初めてアルバイト店員をしたとき。16歳の頃。当時ナズ(NAS)のアルバムを聴くと、ジャズのトラックをサンプリングしてるんだよね。それがジャズとの最初の出会いだった。マイルス・デイヴィス(Miles Davis)やジョン・コルトレーン(John Coltrane)を知ったのも、ヒップホップから。僕の10代の前半は、ストリートウェアのカルチャーが大きな場所を占めてた。着るものにもっと個性を出したくて、軍から放出された古い軍服を買ったり、それに手を加えて自分らしく変えたりしたもんだ。

映像監督でありDJでもあるドン・レッツ(Don Letts)が、あなたの卒業制作コレクションのミューズだったよね。その後も何度かコラボしてるでしょ。彼にしても、あなたのムードボードに顔を出して、それからニコラス・デイリーの仲間になるなんて、思ってもいなかったんじゃないかな。
ドンのメールアドレスをうまいこと友だちから聞き出してさ、「セントラル セント マーチンズで勉強してる学生です、あなたについて、それからレゲエとパンクが重なり合う部分について詳しくリサーチしました」って内容のメールを出したんだ。レゲエとパンクの関係は、後の世代のために基盤を築いた年長のミュージシャンにまで遡ると思うから。ドンはすぐに親しみを感じる人物だったよ。「僕の卒業コレクションでランウェイを歩いてもらえたらどんなにいいだろう」って話を切り出したら、本当にそうしてくれた。僕の父さんだと勘違いした友だちもいたし、教授陣はあのドン・レッツが学士修了のショーに出演してるのを見て唖然。ファッションは、色んなストーリーを語れる最高の手段のひとつだと思う。僕は、常に、ファッションという創作を通して語りを表現したい。
2022年秋冬コレクション『Dark Haze』は、何を語ってるの?
あのときは、パンク、ハード ロック、ダブのジャンルをもっと探りたい気持ちがあったし、ギターにもすごく興味があった。フィアンセが弾き方を教えてくれたけど、今でも弾けるのは「Redemption Song」と「My Heart Will Go On」だけ(笑)。
2022年春夏コレクションの『Blue Quilt』は、フォーク、アコースティック、ブルースに目を向けて、キルティングの要素と歴史を表現した。その反対に、冬はポストパンク ロックやグランジをテーマにしたくてね。スラッシュ(Slash)、ジミ・ヘンドリックス(Jimi Hendrix)、Bad Brains…みんな、黒人アーティストの輝けるスターだ。
僕が大好きなウー・ルー(Wu-Lu)ことマイルス(・ロマンス=ホップクラフト / Miles Romans-Hopcraft)は、2月のロンドン ファッション ウィークで、僕のショーにライブ出演してくれた。彼は、僕たちの世代の苛立ちと感情を見事に代弁してくれる。ありったけのエネルギーを叫ぶときのマイルスは、すごいよ! ジャズも好きだし、スピリチュアルも好きだけど、とにかくモッシュできる音楽が欲しいときもあるじゃない。あれは間違いなく、ロンドンのファッション ウィーク会場に初めて出現したモッシュ ピットのひとつだろうな。

以前、あなたのショーはファッション界の形式を打ち壊す試みだと言ってたね。
2018年のロンドンファッションウィークに出した『Red Clay』は、見てて首の後ろに鳥肌が立った。シャバカ・ハッチングス(Shabaka Hutchings)、ユセフ・デイズ(Yussef Dayes)、マンスール・ブラウン(Mansur Brown)…出演してくれたアーティストたちの世界に浸って、自分のショーだってことを忘れそうだったよ。みんな僕と同世代で、ロンドンのジャズ界の錚々たる面々だからね。
僕にとって大切なファッション、音楽、カルチャーを全部ひとつのプレゼンテーションに結集して、称賛を送ったのが『Red Clay』だった。ランウェイのショーも素晴らしいけど、僕の場合は、色んな創造媒体の境界を打破するプレゼンテーションで、もっとパワフルな何か、観衆が繋がりを持てる真の体験を作り出せる気がする。
あなたのデザインを着て踊れることは、あなたにとってどれくらい重要?
僕の作った服を着ると、ミュージシャンやアーティストがもっとハードに演奏できる、もっと高揚する、もっとリラックスできる。そう願いながら、作る。優れたデザインのいちばん大事な目標は、着る人の目的に適うことだ。
あなたの家系には物づくりの伝統が流れてるの?
父方のひいじいちゃんはジャマイカで地元の教区のために棺を作ってたし、じいちゃんは靴職人。父さんはレゲエ クラブを経営してたとき、自分でサウンド システムを組み立てた。父方の家系には自分の手を使うDIY精神、職人気質っていうのかな、それがはっきり流れてて、僕に引き継がれたわけだ。
母方の女性は、ばあちゃんもひいばあちゃんも含めて、全員編み物。編み物がカルチャーの一大要素で、母さんの生い立ちにもすごく影響した。19世紀初頭のダンディーはジュート地の輸出が盛んで、母方の女性はほとんどがジュート工場で働いていたから、僕の家族史はテキスタイル、編み物、織り物の伝統と絡み合ってるんだよ。僕の仕事でもその伝統を探っていきたい。Nicholas Daleyから出してる手編みやクロシェ編みのアイテムにはジュート糸を使ってるし、英国各地の編み物グループとも連携してる。

ロンドンのジャズ界とは、どんな関係?
シャバカ・ハッチングスやリアン・ラ・ハヴァス(Lianne La Havas)みたいな同年代の一流ミュージシャンとコラボしてみると、改めて、みんな楽器の職人だと思う。同じような職人技を、僕のコレクションでも表現したいね。今年の初めにローンチしたMulberryとのコラボ プロジェクトは、サックスやギターのストラップとかギターのピック用ポーチとか、ミュージシャンのためのレザー製品をプロデュースできた。Mulberryのアトリエで、僕のデザインに職人の技術が注入されて、出来上がったものを使ってシャバカが演奏する。なんせ8歳のときから吹いてるんだから、サックスの職人だよ。そうやって、色んな要素がひとつに結晶するのは感激だ。ロンドンにはTomorrow’s Warriorsという草の根音楽チャリティがあって、次世代のジャズ ミュージシャンを応援する活動を30年以上にわたって続けてるんだが、そことも連携して支援した。
僕の仕事を見てもらえばわかるけど、同じ人物が違う立場で何度も再登場してくるだろ。ランウェイを歩いたり、ミックス テープを作ったり、写真を撮影したり、インタビューを受けたり。独創的なコラボ パートナーと仕事をするときは、必ずそうするように心掛けてる。一発だけの打ち上げ花火じゃなくてさ。
僕は自分に「3つのC」という方針を課してる。コミュニティ(community)、クラフトマンシップ(craftsmanship)、そしてカルチャー(culture)。これからもずっとこの「3つのC」の精神を浸透させて、大切にしていくつもりだ。
Simran Hansはカルチャーをテーマとするライター。ロンドン在住
- 文: Simran Hans
- 写真: Ollie Adegboye
- 翻訳: Yoriko Inoue
- Date: July 12, 2022

