ローラ・アンドラシュコの
パーティーガール
アルプスへ行く
噂のデザイナーは既存のルールに従わない。例えば、ウィメンズウェアのデビューコレクションをパリ ファッションウィークのメンズウェア期間中に発表する。
- 文: Alex Kessler
- 写真: Thaddé Comar

想像してほしい。時は2010年に遡る。場所は、高級スキーリゾートとして知られるスイスのサン モリッツだ。アフタースキーの人々が集うシャレ―のひとつで、ミンクのジレとスキーブーツでキメた娘が颯爽と歩いている。見るからにパーティーガールだが、他人の目は一向に気にする風がない。彼女から発散されるバイブスが2025年秋冬コレクションのコンセプトだと、ローラ・アンドラシュコ(Laura Andraschko)は説明する。ベルリンのカオス、ウィーンの繊細、アンドラシュコ自身の反抗精神がぶつかり合い、混ざり合った創作だ。「繋がりから生まれる動きを大切にしたいの。ホワイトノイズを遮断して、集中して、プロセスの展開を信頼する」。この理念を貫いて、アンドラシュコはナイトライフと伝統に色濃く影響された自分の道を切り拓く。
アンドラシュコはオーストリア人の両親のもとに、ベルリンで生まれた。まさに『二都物語』的な生育環境だった。「ベルリンの過激なナイトライフと、ウィーンの古風で遮蔽された感じの雰囲気。そのあいだを行ったり来たりしながら成長した」とアンドラシュコは回想する。双対的な環境は彼女の創作に深く跡を残している。「私のなかには、まったく違うふたつの影響がある。両面性は、間違いなく私を形作ってる要素のひとつよ」
生育環境に負けず劣らず、ファッションとの出会いにも多彩な刺激があった。両親はオーストリアでレストランを経営しており、夜遅くまで賑わう店内では音楽の催しが開かれることも多く、個性的な客との出会いに事欠かなかった。そのひとりだった衣装デザイナーの素晴らしいファッションは、アンドラシュコの「憧れの的」として、強く記憶に残った(それから何年か後、ふたりは再び巡り合い、なんとコラボが実現したそうだ)。そのようにしてファッションに目覚めたアンドラシュコは、ご多分に漏れず、最初は舞台衣装を思わせるジョン・ガリアーノ(John Galliano)時代のDiorに夢中になったが、次第に、リック・オウエンス(Rick Owens)やキャロル・クリスチャン・ポエル(Carol Christian Poell)など、ゴシックのダークな影響を表現するデザイナーへ関心が移った。




一方で、アンドラシュコはベルリンのナイトライフへ飛び込んだ。「いくらなんでも、早過ぎだったと思う!」と笑う。「KitKatやBerghainやRenateみたいな有名クラブだけじゃなく、もっとマイナーなアングラのゴスクラブも含めて、あらゆるクラブへ出入りしてた。強烈だったわ」。快楽主義、大音量のエレクトロビート、大胆不敵な自己表現に浸った夜の影響は、微妙にアンドラシュコのブランド理念に忍び込んでいる。
セントラル セント マーチンズ校への道のりは短距離の直線ではなかった。著名な大学で学ぶことは13歳のときからの夢だったが、気後れして願書を出すことができず、遠回りをする。先ずベルリンでファッションを勉強し、次にアントワープでAnn Demeulemeesterの見習いをやり、ロンドンで夏期講習を終えた後に、ようやく意を決することができた。そして2021年、ウィメンズウェアの学位を習得して同校を卒業し、デザイナーとして成長の一歩を踏み出した。
だがコロナ禍の只中に卒業を迎えたせいで、通年なら本格的なランウェイショーをやれるのに、各自ひとつのルックをデジタル形式で提出することしか許されなかった。最後のコレクションの発表が制限されたことに、アンドラシュコは満足できなかった。だから、「きちんと発表できるコレクションに作り直したら、その作業がすごく楽しくて、そのままブランドになった」というから、個性的なデザインと同じく、ブランドが誕生した経緯もユニークだ。

作り直したコレクションでは、長く伸ばしたシルエットとMySpace時代のセルフィーから着想した視覚の錯覚を使い、2008年のエモ カルチャーを表現した。以後、アンドラシュコの美学は成熟の度を増しているが、遊び心を取り入れることは変わらない。遊びの精神でトレンドを超越するデザインを目指す。「愛されて、いつまでも着てもらえる服を作りたいから」。ロンドンでデビューを飾った2025年春夏コレクション「Sloane Ranger」では、乗馬服をヒントに、スマートなウエストロンドン風イットガールにひねりを加えた。オフビートでありながら、デザインの成長は明らかだ。
オーストリアのルーツに遊び心を持ち込んだ2025年秋冬コレクション「Après-Ski」は、パリ ファッションウィークで発表した。冒頭で描写したシャレー ガールのバイブスと由緒正しいオーストリア的テーラリングが混じり合ったコレクションは、エッジィでゴージャスなレンズを通して表現したサン モリッツだ。ジャカードのスキースーツ、シグネチャの大仰なトリミングをほどこしたシックなイブニングウェア、フーディドレス、ニットパンティ。ベビーTシャツでは、胸に「Chalet slut (シャレーのあばずれ)」の文字が躍る1枚が目を引く。深みのあるブラウン、ブラック、ホワイトに鮮やかなレッドやグリッターを散らした色調は故郷の山景に捧げるオマージュであり、オーストリア産のウールやツイード、フェイクファーなどの素材で、野趣に富んだラグジュアリーを呼び起こす。

コレクションのストーリーをさらに増幅するのが、セットデザインだ。「パリのレストランをオーストリアかスイスの素敵なシャレーに作り変えてしまう」というアンドラシュコの脳裏には、束ねた乾草、剥製、心温まるアルプスの魅力が蘇っている。だが、チーク材の会場内には強烈なリズムが鳴り響く。クラブに通い詰めた日々を忘れるわけがない。今シーズンのミューズは「今が2010年みたいに、威勢よく肩で風を切ってる、見るからにお行儀の悪そうなパーティーガール」なのだから。
アンドラシュコは、ウィメンズウェア コレクションの「Après-Ski」をパリ ファッションウィーク メンズの日程中に発表した。巧妙な戦略だ。「新進ブランドはそのほうがよく見てもらえる。メチャクチャ混み合ってないし、観客の焦点ももっと絞られてる」からだ。そういう計算は、新進デザイナーにつきもののプレッシャーを巧みに乗りこなすアンドラシュコの才覚を、的確に示している。「焦点のぶれない展望を持ち続ける、自分を信頼する、すべての人を喜ばせようとしない。それが鍵よ」
タイトなスケジュールや止やむことのない比較など、厳しい条件を課されてはいるが、デザインに寄せられる称賛がアンドラシュコに充実感をもたらす。ぷっくり膨らんだ唇と信じがたいほど長い脚で2000年代に一世を風靡したスーパーモデル、リンジー・ウィクソン(Lindsey Wixson)は最近アンドラシュコのドレスでイベントに現れただけでなく、フェイクファーのトリムをほどこしたブラックのオフショルダーミニドレスで「Après-Ski」ショーのオープニングを飾ってくれた。「夢が現実になった」と語るアンドラシュコの声には、いまだに茫然とした感激が滲んでいる。
最高度に斬新な独創は異なる世界のぶつかり合いから生まれることを、アンドラシュコの道のりは証明している。異なる街とサブカルチャーと自己発見がぶつかり合うアンドラシュコのブランドは、テクノのビートと精密に研ぎ澄ましたアナーキーでアルプスへの郷愁をリメイクし、恐れることなく自らの反逆精神を表現する。常に次のヒットを追い続けるファッション業界に身を置きながら、トレンドを追わず、自分の道を進み続ける。アンドラシュコのファッションは、ただ着るだけではなく、体験し、朝まで踊り明かすファッションだ。

- 文: Alex Kessler
- 写真: Thaddé Comar
- 翻訳: Yoriko Inoue
- Date: January 27, 2025

