クリエイティブ ディレクターの
去就を読む
目まぐるしい人事交代が続くなか、
ファッション界に予測される3つの方向性
- 文: Ana Andjelic

Balenciagaでの新たな任務について、「僕はジャケットへ回帰した」とデムナ・ヴァザリア(Demna Gvasalia)は明言している。2022年度後半にふたつの広告キャンペーンで論議を巻き起こした後、初めて公表されたインタビューでの発言だ。2023秋冬のコレクション ノートには「(ファッションの本質は) 形状とボリューム、シルエット、人体とファブリックとの関係を作り出す手法にある」と記されていた。招待状で強調されていた魅力的なアームホールも「完璧なジャケット」を作り出すためにカットされたパターンであり、おそらく招待客が体に合わせて誂えるものだ。
Louis Vuittonのメンズウェアでは、逆の動きが進んでいる。新たなクリエイティブ ディレクターに迎えられたのは、レコード プロデューサーで、ラッパー、シンガー、ソングライター、ハイプの達人として絶大な影響力を持つファレル・ウィリアムス(Pharrell Williams)だ。
これらふたつの異なる現実、そしてファッション評論家と巷の喧しいゴシップ屋から向けられた懐疑の視線は、かつては紛れもなくデザインに関わる職業であったクリエイティブ ディレクターの複雑な展開を示している。鳴り物入りの発表と憶測の狭間で、誰がどこへ落ち着いたのか、なぜそうなったのか、なぜ私たちがそのことを気にかける必要があるのか、筋道だって理解するのは難しい。昨年の新たな就任だけでも、Ann Demeulemeesterのルドヴィック・デ・サン・サーナン(Ludovic de Saint Sernin)、Wolfordのナオ・タケコシ(Nao Takekoshi)、Off-Whiteのイブ・カマラ(Ib Kamara)、Gucciのサバト・デ・サルノ(Sabato de Sarno)、Ballyのルイージ・ビラセノール(Rhuigi Villaseñor)、Nina Ricciのハリス・リード(Harris Reed)、ETROのマルコ・デ・ヴィンチェンツォ(Marco de Vincenzo)、等々。氷河のように遅々とした歩みの業界として知られたファッションの世界で、突如、矢継ぎ早の動きが燃え盛っている。

冒頭の画像:Getty / 写真: Swan Gallet、Marc Piasecki、 Victor Virgile
「今や、クリエイティブ ディレクターの役割はミームだ」と言うクリス・ブラック(Chris Black)は、コンサルタント会社Done to Death Projectsの創設者。軽妙ながら、的を得た要約だ。クリエイティブ ディレクターはどんどん入れ替わるし、その実、同じ集団が大手一流ブランドを定期的に移動しているからだ。ファッションデザインの分野では、世界的に優れた人材が不足しているのではないかと思ってしまう。例えば、エディ・スリマン(Hedi Slimane)、ダニエル・リー(Daniel Lee)、キム・ジョーンズ(Kim Jones)の3人は、短期間のうちにLouis Vuitton、Burberry、Saint Laurent、CELINE、Diorを移籍している。
ニューヨーク タイムズのベストセラーに選ばれた『Anna: The Biography』の著者であり、ニュースレター「Back Row」のライターであるエイミー・オデル(Amy Odell)によると、「ブランドがリポジションニングを考慮するにつれて、クリエイティブ ディレクターの在職期間は短くなっている。飽和状況で、頻繁に立ち位置を移行しようとする」という状況だ。
過去の才能あるデザイナーたちが文字通り現在の私たちの装いを形作ったとすれば、「現在のクリエイティブ ディレクターたちは、目新しくて売れるアイデアを思いつくのが仕事だ」とブラックは言う。「そこには、以前にはなかったビジネス志向の部分が含まれている」
オデルは「メディアに注目され、商品が売れるという理由から、ファッション ビジネスのあらゆる分野にセレブが侵入してきた」と言う。例えば、バッグと皮革製品が基盤のLouis Vuittonで、メンズウェアが占める割合は微々たるものに過ぎない。昨年は200億ユーロを超えた年間売上からすると、あってないようなもの。要するに、ウィリアムスが任命されたのは、ハイプを維持するためだ。
「売れるアイデア」は、必ずしもファッション界に新しく生まれたパラダイムではない。ただ、ソーシャルメディアの時代に、著しく露骨になっただけだ。ジョン・ガリアーノ(John Galliano)やアレキサンダー・マックイーン(Alexander McQueen)やトム・フォード(Tom Ford)が花形だった1990年代、華麗で挑発的なファッションショーの背後に同じ意図が隠されていたかもしれないが、今ではそれが前面に押し出され、インフルエンサーの隆盛やインターネット内外を問わずセレブを勝者とみなすイメージ経済とぴったり重なり合っている。
大ヒットするバッグやバイラルになるシューズは、InstagramとTikTokで作られる。ブランド イメージも同じだ。Coperniは、前回のシーズン、ベラ・ハディッド(Bella Hadid)にスプレーペイントしたドレスで話題をさらった。モデルでさらに大きな話題を作り出すのは難しいから、今回のショーではロボット犬を登場させた。ファッションショーは今や、わずか5分のために大金を投じる大掛かりな見世物だが、その5分でさえ、注意が持続する時間の平均より長いのだ。
にもかかわらずラグジュアリー ブランドは、世界的にピークに達した視覚カルチャーに参加するにはショーという半ば閉じられた見世物が欠かせない、そのようなショーを続けていくにはデザイナーではなくエンタテイナーが必要だ、と信じているらしい。
だが果たして、本当にそうだろうか?
「いちばん金をかけて、いちばん売るのは誰か?」を競う狂騒は、過ぎ去ったカルチャーの時代の戦略を指している。テレビをつけ、高評価の映画をストリーミングしてみれば、今や弱者や負け組の時代であることは明白だ。富、名声、権力の集団を嘲る時代だ。
『逆転のトライアングル』、『パラサイト 半地下の家族』、『イカゲーム』、『ホワイトロータス 諸事情だらけのリゾートホテル』といった映画やドラマ番組は、ニュアンスや辛辣さの度合いに違いこそあれ、いずれも社会を風刺している。冷淡で堕落した不快な人物として描写される富裕階級や特権階級は、目指すべき役割モデルから程遠い。伝わってくるのは、富者を打ち負かせないなら、せめて嘲笑し、騙し、裏をかいて、人間性の根本が欠けた存在であることを暴露しようとする意図だ。

ファッション界では、テルファー・クレメンス(Telfar Clemens)が自らのブランドを核に、徹底したエンタテイメント プラットフォームを築いている。年中無休のテレビショー、コミュニティ主導のInstagramアカウント、「若者のバーキン」神話、等々。実際、カナル ストリートやブロードウェイで売られているパチ物を除けば、ニューヨーク シティのダウンタウンで「若者のバーキン」はどの高級ブランドよりも目につく。
あちこちで受賞が発表されるシーズンを迎え、一躍スポットライトを浴びたのがジェニファー・クーリッジ(Jennifer Coolidge)だし、大衆も惜しみなく拍手を送る。なぜなら、彼女は負け組だからだ。すでに長年のキャリアを持っているミシェル・ヨー(Michelle Yeoh)でさえ、ハリウッドではまだ負け組だ。ヴァージル・アブロー(Virgil Abloh)もファッション界の負け組だった。だが、なんといっても究極の負け組はZ世代だ。若者特有の反抗心が骨身に染み込んでいるばかりか、破壊された惑星、社会と経済の不平等、地理的かつ政治的な不安定を手渡されたのだから、社会のメインストリームに対する抵抗も頷けると言うものだ。「文化を前へ前へと押し進めるのが若者文化」と語るのは、デジタルコンテンツ クリエイター、インフルエンサー、コンサルタントビジネス「papergirl」共同設立者のアトランタ・デ・カディネット・テイラー(Atlanta de Cadenet Taylor)だ。「CELINEの売上は伸びてるし、Marc Jacobsの売上も伸びてる。どちらも、変化をもたらす若年層の顧客に焦点を合わせてるからよ。カルチャーは、若者の行動の中にあるの」
ファレル・ウィリアムスも負け組だったが、今は堂々たる勝ち組だ。その意味で、彼を抜擢したLouis Vuittonは文化の潮目を読み誤ったかもしれないが、ビジネスの観点からそうするだけの大きな理由があった。高級ファッションが例外なく斬新で独創性に溢れ、リスクを恐れなかった日々は昔の話だ。Schiaparelli、Chanel、Balenciaga、Saint Laurent、Diorは時の流れを超えるルックを創造し、人々の装いに影響を及ぼし、ラグジュアリー ファッションの基盤を形作った。だが、Louis Vuittonでマーク・ジェイコブス(Marc Jacobs)がメンズウェアとウィメンズウェアをスタートして以来、ラグジュアリー ファッションの分野に革新と刺激は見られない。もう一世代前の話なのだ。
高級ファッションの現状にはふたつの力が作用している。ひとつは、常にブランドの立ち位置を調整し続けるプレッシャー、もうひとつは収益を上げる必要性だ。現在の大手ブランドが設立された当時はどちらの力も存在していなかったし、伝統を培ったラグジュアリー ブランドの大多数は2000年代までに倒産するか、でなければ、ベルナール・アルノー(Bernard Arnault)率いる巨大ファッション グループや中国人投資家、その他の企業体に呑み込まれてしまった。先頃、アレッサンドロ・ミケーレ(Alessandro Michele)が7年間にわたって貢献し、ブランド リポジショニングを成功させたGucciを去ったのは、斬新さと収益の両方を達成できなくなったクリエイティブ ディレクターを待ち受ける運命にほかならない。
常にブランディングの再調整を迫られるせいで、高級ブランドは2〜3年毎に新しいクリエイティブ ディレクターを探し、ファッションショーはより大掛かりで、より見応えがあり、より多額の金をかけた見世物へと変わり続ける。しかし、この戦略にはふたつの問題がある。ひとつ目の問題は、関心を競い合う戦いは「ゲーム オブ スローンズ」であることだ。つまり、誰がトップの座につこうと、長くは続かない。高価なファッションの見世物に「一体何の意味があるのか?」とブラックは問いかける。「そんなショーが続けられるのは、同じ穴のむじな的な一握りの消費者がいるおかげだ」
ふたつ目の問題は短期思考だ。消費者が感じるラグジュアリーの魅力と普及の度合いは逆相関にある。つまり、消費者の関心を喚起してプレミア価格を納得させるには、簡単に手に入るファッションであってはならない。「クリエイティブ ディレクターがランチに何を食べたかなんて、知りたくもない」とブラックは言う。「消費者は知り過ぎている。音楽業界も同じ。ソングライターとして20人の名が挙がって、曲を書いたのは誰かを討論してる有様だ」
業績を上げる必要性から、ラグジュアリー ブランドは安全優先の選択に追いやられる。社内のクリエイティブ ディレクターを喧伝する方法は、国際的なエンタテイナーを雇うのと同程度の安全策だ。前途に安定した道筋が見通せることほど、株主が喜ぶものはない。もっとも大きな収益を達成しているブランドは、もっとも安全なコレクションを提供しているブランドだ。
デ・カディネット・テイラーの言うとおり、「株主への対応を考慮すれば、独創性でリスクを冒すのは難しい。老舗ブランドが思い切ったデザインを打ち出しても、ビジネス的には何の効果も出なかったから、すぐに元の」安全な選択へ戻った。「でも、どっちつかずはすごく退屈なのよ。選択して、全力で取り組んでほしいわ。ともかく、選択すること。大金が絡んだ巨大ブランドは、必ずしも何が求められているかを把握できないのね」

今後の道筋は、片やきっちりとした型紙起こしを重視する正統派、片やイメージメーカーの狭間で進行するのかもしれない。クリエイティブ ディレクターも、キュレーター、伝統派、耽美派に分れる。
キュレーターは、人と商品とアイデアを繋ぎ合わせて、斬新であると同時に馴染み深いものを作り出す。Nike x Diorが好例だ。両者のコラボレーションは、嗜好の異なる集団のギャップを埋め、相互の出会いを促した。また、デザインチームがキュレーションの対象となることもある。抜群のキュレーターであったヴァージル・アブローは、IKEAのラグからEvianのウォーターボトルまで、幅広い商品の新しい意味と目的を消費者に提示した。「アフリカ系アメリカ人がクリエイティブ ディレクターに任命されたのは、ヴァージルが最初だった」とオデルは言う。「とても難しい仕事だったけど、ヴァージルは独特なやり方で音楽とファッションを結び付けてみせた」。デ・カディネット・テイラーは「今クリエイティブ ディレクターとして成功するには、優秀なキュレーターであることが条件。別々の技能だけどね」と言い、模範例としてマーク・ジェイコブスを挙げる。ジェイコブスは「若者たちがこれをやってる。私にそれはできない。だから誰かできる人を探してみよう」というやり方なのだ。Marc Jacobsの「Heaven」シリーズを誕生させたアヴァ・ニルイ(Ava Nirui)を思い出してほしい。
伝統派は、品質の観点からラグジュアリーを考える。例えば、ブラックが挙げるHermèsは「名前にもトレンドにも縛られることなく、優れた品質を約束する」ブランドだ。ナデージュ・ヴァネ=シビュルスキー(Nadège Vanhée-Cybulski)や故カール・ラガーフェルド(Karl Lagerfeld)のような伝統派が指揮するブランドにはスピーディな変化がなく、話題になることを追いかけない。こういうブランドは収益が安定している。事実、他の高級ブランドと異なり、Hermèsの売上にはパンデミックの影響が表れなかった。意図して数量を限定した垂涎のシグネチャ製品が、着実な収益を確保する。
耽美派は独自のブランド世界を構築する。ダニエル・ローズベリー(Daniel Roseberry)は、優れた技術、理解力、シュールなビジョンによって、Schiaparelliのストーリーを見事に織りあげてみせる。独創と斬新を特徴とする耽美派のコレクションは、細部まで拘りがある。ショーは過剰で大仰な仕掛けに走らず、それでいて深みのあるストーリーを語る。テルファー・クレメンス、トム・ブラウン(Thom Browne)、Margielaのジョン・ガリアーノ、Loeweのジョナサン・アンダーソン(Jonathan Anderson)、リック・オウエンス(Rick Owen)らは、いずれも耽美派だ。
すべての負け組がそうであるように、キュレーター、伝統派、耽美派が指揮するラグジュアリー ブランドはいずれも、商業的に大きな成功を収めることはないだろう。だが、私たちの想像力の手綱を握るのはそんなブランドだ。
Ana Andjelicは『ESPRIT』のグローバル チーフ ブランド オフィサー。Banana Republicの業績を好転させた経歴があり、『The Business of Aspiration』の著者でもある。The Sociology of Businessからニュースレターを購読できる
- 文: Ana Andjelic
- 翻訳: Yoriko Inoue
- Date: March 31, 2023

