Leaving Recordsの
オールインクルーシブな信念
独自のコンセプトを貫くインディレーベルから
ジャズ、エレクトロ、アンビエントの新風が吹く
- 文: Nathan Reese
- 写真: Yasara Gunawardena

カリフォルニアは雨を必要としている。過去1200年で最悪の干ばつだから、どれほどささやかな救済の気配であろうと、ガラガラヘビも消防士も大歓迎だ。サンディエゴ郡からハンボルト郡一帯にかけての誰もが同じ思いだろうが、マシュー・デイヴィッド・マックイーン(Matthew David McQueen)だけは違う。「寒いし、濡れるし、そこら中電気だらけ」なのがその理由。空を見上げながら、「公園に降る雨は嫌だね」と言う。
パンデミックの状況が許す限り、毎月第1土曜日は、ロサンゼルスのコミュニティ アート パーク「La Tierra de la Culebra」がLeaving Recordsのライブ会場に変わる。ステージネームのマシューデイヴィッド(Matthewdavid)で通るマックイーンは、Leaving Recordsレーベルのオーナーであると同時にエンジニア、プロデューサー、ミュージシャンであり、当日の催しを進行する司会も務める。2018年にスタートしたこのイベントの名称は「Listen to Music Outside in the Daylight Under a Tree(午後の木陰で音楽を聴こう)」。その名のとおり、昼間の公園の木陰で音楽を聴くために、何百人ものファンが集い、現在37歳のマックイーンの雨嫌いもエスカレートする。
Leaving Recordsは新レーベルでもなければ、ロサンゼルスに現れた新顔でもない。2008年にブログとしてスタートし、まもなく、マックイーンと当時のパートナーであったジェッセリサ・モレッティ(Jesselisa Moretti)が一緒に運営するレーベルへと発展した。視覚的なアイデンティティ作りは、クリエイティブ ディレクターでありミックスメディア アーティストでもあるモレッティに助けられた。その後、彼女はLeaving Recordsを抜けたが、今も変わらぬサポーターだ。さて、当時マックイーンがハマっていたロサンゼルスのビート ミュージック界では、ゆるく繋がり合ったDJとプロデューサーのグループが、ヒップホップ、ジャズ、エレクトロを混ぜ合わせたサウンドを作り出して、熱狂的なファンを獲得していた。マックイーンはフライング・ロータス(Flying Lotus)やダイデラス(Daedelus)といった奇才のプロデューサーたちと親しくなり、毎週「Low End Theory」に通った。今はもう開催されていないこのパーティーは強い影響力を及ぼし、同好のアーティストたちにとって、大きな飛躍台の役割を果たした。ロサンゼルスに来た当初を思い出しながら、マックイーンは興奮した様子で、伝説のジャズ サックス奏者マーシャル・アレン(Marshall Allen)に会ったことを教えてくれた。無理もない。俳優志望の若者が、デンゼル・ワシントン(Denzel Washington)と一緒にコーヒーを飲む機会に恵まれたようなものだから。
マックイーンは最初から、フライング・ロータス(Flying Lotus)の「Brainfeeder」など、地元で知られたインディー音楽よりもう少し風変わりで形の定まらない音楽をリリースする手段として、Leaving Recordsを考えていた。「今でも、ビートやインストルメンタルやエレクトロ ヒップホップが大好きで共感する聴衆が、多少なりともいるんだ」とマックイーンは言う。「アングラのヒップホップで音楽歴をスタートした、僕自身のルーツとも言える」
Leaving Recordsは、元々、大いに愛されたアウトサイダー版ヒップホップ レーベルStones Throwの一部だった。マックイーンはStones Throwと共同事業および提携の契約を結び、A&Rとしてアーティストの発掘と育成を行なっていたのだ。だが、やがて本業より副業的プロジェクトのニーズが大きくなったことから、Stones Throwを辞めてLeaving Recordsに専念する。
Leaving Recordsが完全に独立した2020年12月以降、マックイーンはLa Culebraでの月例シリーズのようなイベントを拡大し、以前には不可能だった規模で音楽をリリースできるようになった。そして、Leaving Recordsの成長につれ、あえてアーティストとレーベルの公平な関係を目指し、昨年@leavingrecordsで「ハロー、アーティスト諸君。Leaving Recordsが君たちのマスターを所有することはありません。良い1日を」とツイートした。さらに、独自のクリプトトークン「$GENRE」とマニフェストに基づいて「GENREe」と名付けた分散型自立組織(DAO)を立ち上げ、NFTとWeb 3.0の世界へ歩を進めた。
Leaving Recordsがリリースするサウンドは複雑極まりないが、アルバムやライブ パフォーマンスの命名は単純明快だ。チラシやTシャツに描かれたベン図は、多様なスタイルの相互関係を示している。大学のラジオ局のDJが「お気に入り」に挙げるようなニューエイジ、アンビエント、エクスペリメンタル、エレクトロ、コラージュ、ロック、ファンク、フォーク、ワールド、ジャズ、ヒップホップ、テクノが重なり合う円で示され、Leaving Recordsのキャッチ コピーである「all genre(全ジャンル)」をわかりやすく視覚に焼き付ける。




Leaving Recordsがもたらしたルネサンスといちばん緊密に結びついているミュージシャンは、サックス奏者のサム・ゲンデル(Sam Gendel)だ。その奏法は、『The New Yorker』の常勤ライターであるケレファ・サネ(Kelefa Sanneh)から伝統的なジャズの信奉者に至るまで、幅広く絶賛されている。音楽サイト「Pitchfork」を創設して2019年まで編集長を務めたライアン・シュライバー(Ryan Schreiber) は、先頃、2021年にSpotifyで愛聴したアーティストをツイートし、ゲンデルを1位に挙げた。僕が受け取ったTwitterのダイレクト メッセージには「非常に着実に向上しているように思う。ともかく、キュレーションがとても確かなものになっている」と書かれていた。「モダン クラシック、エクスペリメンタル、アンビエント…、そういう従来の音楽のアカデミックな形態を吸い込んで、ルールを投げ捨てる。それと一緒に、伝統的なジャンルに纏わりつく堅苦しさも飛び去ってしまう」
Leaving Recordsには正式に音楽教育を受けたアーティストが多く、新しいスタイルに対して複雑な感情があるのも頷ける。一方で、独学のアーティストも多い。オリーブ・アルディゾーニ(Olive Ardizoni)がプロジェクト「Green-House」として作るアルバムは、直観的なコラージュ的サウンドだ。「メチャクチャすごいスキルなんかない」とアルディゾーニは自認する。
特に近年、文化批評がスタイルおよびムーブメントとして再評価しているニューエイジについて、マックイーンに質問してみた。サイモン・レイノルズ(Simon Reynolds)は次々と枝分かれしていく音楽カテゴリーを考察するライターだが、アンビエントとニューエイジへ回帰する動きをパンデミックが始まる1年前まで遡って突き止めた記事で、Leaving Recordsを大きく取り上げている。Leaving Recordsが過去の作品をリリースしたララージ(Laraaji)は、ニューエイジの開祖だったが、今や天才アウトサイダーとして称賛されている。エンヤ(Enya)も再びクールな存在になった。
だが、マックイーンがニューエイジのサウンドに出会ったのはそれよりはるかに古く、およそ15年も前のこと。当時はまだ故郷のフロリダにいて、非営利団体Goodwillで社会奉仕活動をしていた。「ロサンゼルスへ来る前の年、ニューエイジの奇妙なテープが古道具屋にたくさんあったんだよ」。中には「つまらない」ものもあったが、サンプリングやフリッピングに使って、ミュージシャンとしてのレパートリーを広げたいと思い立った。「そのときから、処分されたり放置されたテープを集め続けた。その頃、ニューエイジはほとんど見向きもされてなかったね」。間もなくマックイーンの良き指導者となったダグラス・マクゴーワン(Douglas McGowan)を通じてララージ本人に紹介され、繋がりはさらに固まった。だがニューエイジの奥深くへ進み、瞑想や代替療法といった馴染みの薄い世界に浸ってみると、必ずしも同感できる発見ばかりではなかった。
「敵意とか毒気みたいのがあったんだ。僕たちは生きることの価値を感じてないとか、真の価値からズレているとか…」と、マックイーンは振り返る。今ではニューエイジの世界から、自分に必要なものだけを取り込む。選民思想的な要素や瑣末な部分は避けて、良いところだけを受け容れる。「その扉と文化を開いたのがララージだよ」。マックイーンは続ける。「潜在意識のアファメーションとか笑い瞑想とか、ララージはニューエイジそのものだ! でも彼には、とても繋がりを感じさせる何か、すごく面白くてユーモラスな楽しい面があると思わない? 自分を大袈裟に考えないところがすごい」
一方で、Leaving Recordsの他のアーティストたちは、ニューエイジとほぼ無関係だ。例えば、サンフランシスコを拠点とするプロデューサー、ザイラ(Xyla)が作り出すクラブ ミュージックはダークで、レイブ向きだし、数学的なまでに緻密だ。ニューエイジの要素に影響を受けたアーティストも、必ずしも全面的にニューエイジに心酔しているわけではない。アルディゾーニは、ニューエイジの思想を打ち立てたとされるブラヴァツキー夫人(Madame Blavatsky)に関して、他の文化の思想を行き当たりばったりに盗用したり流用したに過ぎないと言う。「ほら、典型的な植民地化よ」
おそらく「パンクとノイズ系だった」経歴のせいだろうが、マックイーンの悪戯っぽいブランディングは挑発的だ。「Leaving Records(レコードを後にして)」なんて、まるでマインドフルネス瞑想の場でサウンドトラックを流す主宰者みたいだ。そのユーモアが彼らのアートの重要な部分だと、アルディゾーニは言う。「私の歌にはどうしようもなく笑えるのがあるけど、皮肉な笑いじゃない! ヒマワリが咲く野原で踊ってるハムスターを頭に思い浮かべて書いた曲もあるしね。もちろん、もっと切なくて、悲しくて、怒ってるのもれっきとしたアート」

La Tierra de la Culebra(ヘビの土地)は、ロサンゼルス北東部のハイランドパークにある。米国西部で最初に開通した州間高速道路110号線のアロヨ セコ パークウェイから、数分の距離だ。段状の地形にはカリフォルニアの瑞々しい植物が茂っているが、名前の由来であるおよそ140メートル長のコンクリート製大蛇も、教育プログラム用のニワトリも、普通の公園では見かけない代物だ。近所のティーンエージャーたちがこっそり缶ビールを持ち込む隠れ家を想像するかもしれないが、実はメキシコ系アメリカ人「チカーノ」の社会的活動とコミュニティ組織の伝統が豊かに根付いている場所だ。元々は放置されていた土地だったが、1992年に発生したロサンゼルス暴動の後、ハイランド パーク地区住民の教育およびアートの拠点に生まれ変わった。マックイーンはこの歴史を真摯に受け止め、最近では彼のイベントが大きくなり過ぎたことを危惧している。今後、規模の小さい催しはLa Tierra de la Culebraに残すとして、もっと広い場所を探すつもりだ。パーク内の手描きの看板には守るべき規則が書かれている。「パークを楽しんでください。アートを大切にしてください。岩や木にペンキを塗らないでください。パークを守る一員になってください」
コロナ感染が増大したせいで、一連の屋外コンサートはしばらく中止されていた。ライブに代わって、「Listen to Music Safely in Your Home Next to a Fern(自宅の鉢植えの横で安全に音楽を聴こう)」と名付けたバーチャル イベントを何回か行なったものの、やはり久しぶりとあって、ようやく3月中旬にパークで再開されたショーには過去最大の聴衆が押し寄せた。ヘビの上には鱗1枚も見えないほどに人が座り、ベジタリアン ドーサやお茶や薬用チョコレートを買おうとする人が長蛇の列を作った。毛布の上にすし詰めに座ったファンも、辺りにひしめいているファンも、高級スパに流れていても不思議ではない音楽に熱狂した。
雨が降り始めたが、ペッパーツリーの枝が巨大な格子状に絡み合わされているから、群衆は濡れずに済む。前部で演奏しているミュージシャンたちは、オークの大木に守られている。植物が素晴らしい音響効果を倍増して、仮設のパフォーマンス会場は天然の野外音楽堂に早変わりする。濡れても正常に作動して誰も感電死する恐れのない特殊なサウンド システムをMobius Acousticsから借り出しているから、聴衆は安心してバイブスに酔える。とは言え、やはり雨は厄介だ。
今日のイベントの顔ぶれは、ゲンデルともしばしばコラボすることでよく知られるジャズ ベースのサム・ウィルクス(Sam Wilkes)。一緒に演奏するピアニストのジェイコブ・マンがバンド リーダーも務める。The Growth Eternalとして作品をリリースしているバイロン・クレンショー(Byron Crenshaw)は、ボコーダーとベースで表情豊かなグルーブを聞かせる。シンセサイザーのサウンドスケープでショーの幕開けを飾ったのはRaaysだ。マルチプレーヤーでありソングライターでもあるジューン・ウェスト(June West)は、伴奏がドラム マシンでもスペア ギターでも変わりなく落ち着きのある声で、1970年代のロサンゼルスとローレルキャニオン地方のフォークソングをメロディに編み込んでいく。ウィルクスの確かなベースは、柔らかなバイブスとなって聴衆のあいだを通り抜けていく。
ウィルクスはグレイトフル・デッド(Grateful Dead)に多大な尊敬の念を抱いており、時としてサイケデリックな演奏はGrateful Deadとの精神的な繋がりを感じさせる。だが、このことは多言しない。「デッドヘッズ」と呼ばれる熱烈なファンにとっては、かの名バンドにまつわる神話や文化的な背景が非常に大きな意味を持つが、それを知らないコンテンポラリー ジャズのメソッド志向プレーヤーには真の魅力が伝わりにくいからだ。「The Deadのおかげですごくたくさんの名曲を知ることができた…。ロックンロール、カントリーウェスタン、アパラチア地方の音楽。ゴスペルもそう」。Grateful Deadのベース、フィル・レッシュ(Phil Lesh)のインタビュー記事は、ドイツの前衛作曲家カールハインツ・シュトックハウゼン(Karlheinz Stockhausen)へ目を向けるきっかけになった。「11歳の頃の話。本当だよ」
「ロッキズム」やパラダイムを別物に作り変えた「ポプティミズム」などの観念論がTwitter Musicで盛大に繰り広げられるに至って、カテゴリーやジャンルの価値は内輪の冗談に近くなった。Leaving Recordsが掲げる「全ジャンル」の信条は、そういう状況の一環とも考えられる。種類は分類するが、排他的な分別は拒絶する。「色々なサウンドについて話したり書いたりするには、分類が必要だ」とシュライバーは言う。「『ジャンル無し』じゃなくて『全ジャンル』がいいのは、分類を否定しないから。ただ、特定のスタイルを特定のレッテルで決めつけない、ってこと」
そのように自由なアプローチからは、刺激に満ちた多様性が生まれる。例えば、譜面で見る限り、アルディゾーニのGreen-Houseには、ゲンデルやウィルクスの進歩的なジャズ奏法との類似点がほとんどない。だが明るい未来を思わせるタイトルのデビュー アルバム『Music for Living Spaces』は、同じようにLeaving Recordsの精神を象徴している。「今に大変なことになるぞ、って予言するみたいな気持ちで作ったわけじゃない。だけど労働者で、ノンバイナリーで、自閉症の私にとっては、パンデミックであろうがなかろうが、生きていくのはすごく難しい。そういう私自身が聴いて力を貰えるような曲を作ったんだ」と語るアルディゾーニは、食べ物と同じように音楽をとらえる。どちらも健康な生き方の要素だ。アルディゾーニの考え方に共鳴するファンも、歯の治療中や、飛行機に乗っているときや、出産のときにGreen-Houseを聴くという。


アルディゾーニとコラボレーションしたハープ奏者のナイラ・ハンター(Nailah Hunter)は、ちょうどパンデミックが始まった頃にLeaving Recordsからデビューした。「私が作るサウンド空間を、みんなが待ち望んでたわ」とハンターは言う。「困難な時期に聴いてもらえてよかった。ライブのショーだったり屋内での演奏だったり、色々と状況が変わる現状で、音楽が必要なわけを考えるの。すると、Leaving Recordsがパンデミック以前からやってたことに戻るのよ。Leaving Recordsがやろうとすることは、ちっとも変わってない。それが、パンデミックのあいだはとても求められていたし、これからもずっと求められると思う」
Leaving Recordsから初リリースされる作品が主としてカセットテープの形態で販売されるには、理由がある。ひとつはDIY的流通に適していること、もうひとつは独特なリスニング体験であること。カセットテープで曲を飛ばすときの面倒を覚えているだろうか? カセットテープは「もっと辛抱強く、信頼して、いじりまわすのは止めなさい」と諭すフォーマットなのだ。Leaving Recordsのカタログやイベントを楽しむのに忍耐は必要ないが、あるに越したことはない。パンデミック中の単調な日常を乗り切るにも役立つ。ロックダウンは、世界中が自分自身と向き合う奇妙な状況で、穏やかな音楽に耳を傾けて不安を和らげ、頭に這い込んでくる思考を鎮める場所と時間を連れてきた。
音楽的な素地や演奏のスタイルがどうであれ、最終的にはマックイーンの人となりだとゲンデルは考えている。マックイーンの関心や活動は多岐にわたりながらも、人としての親しみを失うことがない。「マシューは常に誠実だし、同じように誠実な人たちを引き寄せるんだ。一緒に仕事をする者は誰でもマシューと個人的な繋がりを持つだろうし、その繋がり方は一人ひとり違う。僕にとっては、それこそがLeaving Recordsだ。マシューは完全に相手を信頼するし、僕もマシューに全幅の信頼を置いている。Leaving Recordsとの関係は、言い替えればマシューとの関係そのものだ」
結果的に、残念な天候は、パークに集まった人々の士気にほとんど影響しなかった。聴衆の大半は、マックイーンを始めとするスタッフが楽器や装置を雨から守るために駆けずり回った苦労を知らない。午後も終わりに近づくと、辺りは都会と長閑な田舎が混じり合った一幅の絵画になる。親はヨチヨチ歩きの幼児と遊び、ヒッピー風の連中はマリワナを回しながら至福の笑みを浮かべ、犬は犬のすることをしている。僕たちの前では、20代と思しき若い女性のグループが、代わる代わるスプレー缶から笑気ガスを吸っている。ひとりの男がピクニック テーブルに上り、最低時給25ドルの賃金を要求する陳情書へ署名を呼びかける。ウィルクスのつま弾くベースが樹々の葉を震わせながら響いたところで、イベントは終了した。新たな試みを厭わない自由、穏やかな癒し、あらゆる分類の融合は、ロサンゼルスのこのパークでしか体験できないものかもしれない。
Nathan Reeseはロサンゼルス在住のライター、エディター、クリエイティブ ディレクター。『Interview』、『Pitchfork』、『Complex』、『The New York Times』などに記事を執筆している
- 文: Nathan Reese
- 写真: Yasara Gunawardena
- 翻訳: Yoriko Inoue
- Date: May 6, 2022

