トレンドはファッションの未来予知?

華麗なドレープや官能的なレザー、ランウェイのリズムに耳を傾けて

  • 文: Max Berlinger
  • 写真: Eva Losada

『New York Times』は「 トレンドが多すぎる」と言うが、トレンド記事を飯のタネにしている僕にしてみたら、そうであってほしくはない! 適切な数はさておき、トレンドがひとつの目的を果たしていることは確かなのだ。ファッションというカオスを整頓し、体系的に分類するという目的だ。まさにファッションは混沌たる現状だ。ちょっと見渡してみればわかるだろう。消費者は買わない、値段はうなぎ上り、誰もがサステナブルになってるつもり、おまけにブランドが繰り広げるクリエイティブディレクターの交代劇。惨憺たる有様じゃないか!

そもそも分別のある消費者なら、次から次へと登場するxxコアのトレンドに、片っ端から飛びつくだろうか? 無論、そんな真似はしない。だが、ファッションデザイン界でもっとも明晰な頭脳の持ち主たちが時代の風潮から似たような感触を持ち、それをトレンドとして予測するのなら、検証の価値はあると僕は思うのだ。さて、ファッションウィークの興奮も収まり、頭の回転が速い人たちが予測するシーズンが見え始めてきた。半年ごとに、デザイナーたちの勘に頼って非常に現実的な商業的波及をフラグするのは、非常におかしな慣習ではある。しかし、それがファッション界の現実だ。では、角を曲がった先に何が待っているのか、覗いてみよう。

過剰に波打つファブリックの挑発

Undercover(写真:Eva Losada)。冒頭の画像:Dilara Findikoglu(写真:Eva Losada)。

過去数年間、ファッションの首をぎりぎりと締め付けてきた言葉がある。「クワイエット ラグジュアリー」だ。余分な要素をとことん排除する禁欲の美学で、市場は飽和状態だ。たったふたつの合言葉で、世界中が「シンプルこそ美しい」という言質に囚われてしまった。富裕な人々が、一見何の変哲もないTシャツを有難がる。Hanesの量産品かと思いきや、手触りのいいそのTシャツの値段は1か月の家賃と同じ。そういうのが「クワイエット ラグジュアリー」であるらしい。

だがパリやミラノ、ニューヨークでさえ、長かったトンネルの先に光が見えてきた。今年のコレクションは、豊かに波打つロココ調の襞に埋もれた。存在を主張し、センシュアルで、おそらく何よりも先ず「過剰」に折り重なるファブリックの波だ。マーク・ジェイコブス(Marc Jacobs)は華麗な膨らみに覆われたドレスを皮切りに、川久保玲(Rei Kawakubo)の名作「Lumps and Bumps」(1997年)を彷彿とさせるComme des Garçonsチックなショーを繰り広げた。同コレクションのドレスで今年のアカデミー賞アフターパーティに現れたサラ・ポールソン(Sarah Paulson)は、退屈なドレスばかりのなかで、たちまち注目を集めた。ドナテッラ・ヴェルサーチェ(Donatella Versace)は、美しくしなやかなモデルたちに掛布団を連想させるスカートを穿かせて、ショーの幕を開けた。まさにロココの雲だ。高橋盾(Jun Takahashi)のUNDERCOVERショーは、パファージャケットをウエストに巻き付けたようなドレスで幕を閉じた。Balmainのショーでは、オーバーサイズなジャケットが盛大に波打っていた。

ボリューミーな過剰は、放埓だった1980年代を思わせる。コカインやシャンパン、そしてクリスチャン・ラクロワ(Christian Lacroix)のデカダントなプフドレスに、拝金主義が恥ずかしげもなく誇示された時代だ。では、現代の過剰には思考の跡が見られるか? 答えは、間違いなく「イエス」。では、どんな思考か? トレンドを予測するショーン・モナハン(Sean Monahan)は、1980年代の「Boom Boom」美学を考察し、ひとつの視点を提起している。つまり、現代に復活した過剰の美学は、貪欲を善とみなすらしい現代のカルチャーを、暗黙のうちに認めているのではないか? おそらく、そうなのかも。

永遠のレザー

HODAKOVA(写真:Eva Losada)。

レザーは「温かい」という当然の理由で秋冬シーズンの定番だから、トレンドと呼ぶには若干の躊躇がある。だが、どうしようもなく魅力的なレザーアンサンブルの数々を無視するわけにはいかない。代表は、TOM FORDのクリエイティブディレクターとして初めてのコレクションを発表したハイダー・アッカーマン(Haider Ackermann)だ。

ショーのオープニングに登場した正統モーターサイクルジャケット、ちらりとヒップをのぞかせるTシャツ、ラペルが美しい曲線を描く細身のロングコート、パンツ。それらすべてが、バイカーに愛される漆黒のレザーだ。トム・フォード(Tom Ford)は セックス、アッカーマンは浪漫のデザイナーだが、今回のアッカーマンは多少の宗旨替を見せているようだ。

Dialara Findikoglu(写真:Eva Losada)。

アッカーマンだけではない。Givenchyからデビューを飾ったサラ・バートン(Sarah Burton)は、アワーグラススタイルのアンサンブルを登場させた。大ぶりなラペルと引き締まったウエストのジャケット、スリムなペンシルスカートは、ランウェイ ショーの数日後にケイト・ブランシェット(Cate Blanchett)が着用していたから、明らかにヒット作だ! レザーの王者たるリック・オウエンス(Rick Owens)はグロメットの並ぶスラウチーパンツ、レザーライニングのボンバー、レーザーカットのフリンジが揺れるレザーのチェーンメールのドレスを披露した。渡辺淳弥(Junya Watanabe)は奇妙なひし形、スパイク、キューブを多用して、Perfectoジャケットを幾何学的にリメイクした。ここでHermèsをとり上げるのを忘れたら、撃ち殺されても文句は言わない。比較的に控えめなコレクションではあったが、ルック1のラップ式レザーエプロンスカートは、特にルースリブ編みのトップとの組み合わせが抜群だった。HODAKOVAのフリンジレザーベルト? 何という素晴らしいインスピレーションだろう! Marine Serreのショーを開けたMugler風のボディスーツも、頭に焼き付いて離れない。

タイム トラベル

Thome Browne(写真:Eva Losada)。

ファッションは未来志向を装いたがるが、実際はバックミラーを覗く業界だ。今シーズンも例外ではない。次のシーズンのヒントを探して、デザイナーたちはそれぞれのタイムマシンに飛び乗った。未来が絶望的なんだから、責めることはできない。

例えば、Diorが何世紀もの時を遡ってデザインしたラッフルのカラー、当時ブリーチズと呼ばれた半ズボンやルダンゴートと呼ばれたトップコートは、ヴァージニア・ウルフ(Virgina Woolf)の小説『オーランド』に触発されている。美少年の詩人がある日目をさますと女性に変身していることに気づいて、それから何世紀も女性として生きたというファンタジーだ。ちなみに、映画化に際しては、当然ティルダ・スウィントン(Tilda Swinton)が主役を演じた。浪漫漂うコレクションだったが、ラッフルは取り外し可能という具合に、実用性も配慮されていた。我が道を歩んだドン・キホーテのごとく、Diorは潔く「曖昧」 を否定した。ショーン・マクギアー(Seán McGirr)はチャールズ・ディケンズ(Charles Dickens)の『夜歩き』から着想して、ヴィクトリア朝の怖ろし気な魔女を呼び出した。細身のロングジャケット、エンパイアウエストのドレス、大きく膨らんだポエットスリーブ、ケープ、高く持ち上げたショルダー、コルセットで締め付けたウエストが棲むゴシックの世界だった。

Simone Rocha(写真:Eva Losada)。

今は嫌な時代だ。どこか遠くへ行くなら、どうか僕を連れていってくれ。

資本主義に挑むオフィスコア

Comme des Garçons(写真:Eva Losada)。

認めよう。オフィスコアとは、僕らを極小空間へ追い戻し、日がな一日キーボードを叩かせるために商売熱心な不動産業界が仕組んだ攻撃だ、と僕は考えている。なんというディストピア、なんという隔絶だろう! それはそれで良しとしても、ワクワクするオフィス勤め? 絶対にあり得ない。不動産業界だけじゃない。オフィス家具ブランドのBig Office™までがファッション業界を動かしてオフィスコアの浸透を目論んでいる、と僕は信じて疑わない。ひとつ、いいことを教えてあげよう。今もこれからも、労働は決して「クールにはなりえない」。第一、そこらじゅうがオフィスになった今、デザイナーたちだって、少なくとも「オフィス」へ「戻る」という考えには納得してないんじゃないか?

Sandy Liang(写真:Eva Losada)。

だから、コンピュータやデスクを取っ払ったオフィスで発表されたステラ・マッカートニー(Stella McCartney)のショーには、ゾクゾクした。ラインバッカー並みにショルダーの張り出したダブルブレストスーツも、近未来的なペンシルスカートも、昔ながらのオフィスウェアとはプロポーションが別物だ。ヴィクトリア・ベッカム(Victoria Beckham)のモデルはダサいフォーマルシューズを履いて登場したが、フーディは驚くほど短くクロップされているから、ブレザーを着ていなかったら乳首が丸見えだろう。Balenciagaのデムナ(Demna)がランウェイへ送り出したスーツはチーズの細片が付いてるみたいで、「こいつは仕事へ行くのが大っ嫌いなんだろうな」と思ってしまった。ミウッチャ・プラダ(Miuccia Prada)からは、一晩中遊び明かした後の通勤姿が登場した。大急ぎでオフィス用のスカート スーツを着たのはいいが、下はランジェリートップのまま。ブラのストラップも見えてるのに、重い足取りで会社へ向かう。頭はまだ現実へ戻っていないんだ。わかる、わかる。それから、The Rowのショーに出演していたのは、君の会社の支離滅裂な実習生かい? ブレザーの下はボタンを閉めていないボタンアップ、タイツをはいて、靴はなし。川久保のComme des Garçonsは、出だしから茶目っ気のあるオフィスの精霊が見え隠れしていたな。お堅いはずのバンカーストライプが、大きく波打っている。サイケデリックでキメてたら、きっと往時のArmaniのパワースーツがあんな風に見えるんだろう。とにかく、秋が来たらこのトレンドを振り返ってみようじゃないか。カレンダーをチェックして、Zoomミーティングを設定しよう。

滴る果汁カラー

Diesel(写真:Eva Losada)。

Kiko Kostadinov(写真:Eva Losada)。

Pantoneが今年の色に選んだ「モカムース」は、土臭さがさまざまな記憶を喚起するダートブラウン系の色調だ。趣味がよく、洗練され、落ち着きがある。ところが今シーズンに顕著なのは、目が覚めるように濃厚な果汁色だった。安定のオレンジ、刺激的なライム、キスしたくなるレッド、等々。

モカムースは現実の象徴だ。泥にはまり込んでいる。汚れた豚たちが土にまみれて転げまわっている。しかし柑橘系のフルーツは美味しく、希望に満ちている。新しい1日のエネルギーをチャージしてくれる朝食、ハッピーアワーの割引マルガリータ、陰気な時代の希望的観測だ。

Collina Strada(写真:Eva Losada)。

ジュリアン・クロスナー(Julian Klausner)が初めてDries Van Notenから発表した素晴らしいウィメンズコレクションには、魅力的なオレンジ カラーがあった。Miu Miuにはライムやレモンの色合いがあった。Saint Laurentは鮮やかなヴァーミリオンとタンジェリンで幕を開けた。アッカーマンのチェリーレッドのコートとシトロンのドレープドレスには、思わず唾液が湧き出た。バートンのGivenchyは、豊かに流れ落ちるレモンカラーのチュールドレスでコレクションの最後を飾った。思わず口角が上がったのは、酸っぱかったからじゃない。

ミニマルなノーマルが新しいノーマル

Marie Adam Leenaerdt(写真:Eva Losada)。

レザーと同じく、ミニマリズムがトレンドだとは言い難い。ミニマリズムは、いつの時代にも存在する生き方だ。時を超え、美学を超える。ファッションが呼吸する酸素であり、ファッションに流れる血液である。

それでもなお、情熱的なデザイナーたちがミニマリズムを探ったのは、僕らの不必要に複雑な世界に対する反動なんだろう。リック・オウエンスのコレクションを突き詰めると、誇り高き異才にしてはかなり明快だった。飾り気のない長いシルエット、ハイカラーの地味なコート、床に引きずりそうなドレス、垂れ下がるトップス、デカダンスを放散するトラウザーズ。オウエンスに言わせると「基本への回帰」であるらしい。デムナのBalenciagaコレクションにはすごく平凡なルックがあった。わざわざパリのランウェイに出す価値があるのだろうか? 「スタンダード」を謳ってはいたが、眠気を誘うようなスーツ、ありきたりのデニムやトラックスーツなら、ちょっと高級なストリート&アスレジャーの店へ行けばどこでも手に入る。一方、メアリー=ケイト&アシュレー・オルソン(Mary-Kate and Ashley Olsen)のThe Rowは、これまで同様、徹底した禁欲の理念を貫いた。ショー会場にはパリのカーペット敷きアパルトマンが選ばれ、ゲストは床に座るように求められたから、フロントロウ争いの心配もない。写真も撮影禁止。コレクションで特記すべきは、凹凸のあるテキスタイルを使い、テーラードとドレープを組み合わせた細長いシルエットだ。ああ、それから、長い前髪が覆いかぶさって、顔がよく見えないモデルもたくさん目にした。秋ともなれば、The Rowを信奉する忠実なファン集団が必ずバズらせるんだろう。Saint Laurentのアンソニー・ヴァカレロ(Anthony Vaccarello)は、近年、成功の方程式を見つけた。ひとつかふたつビッグなアイデアを提示して、繰り返し繰り返し突きつけるのだ。今シーズンもそうだった。ビッグアイデアのひとつは、肩幅の広いジャケットからスリムなスカートへと先細りになるシルエット。言うなれば、昔懐かしい三角定規を逆さにしたシルエットだ。ビッグ アイデアのもうひとつは、レザー ジャケットとボールルーム スカートの組み合わせ。シンプル、簡潔にしてわかりやすいデザインは、まさにソーシャル メディア時代向けのメッセージだ。

Coperni(写真:Eva Losada)。

Coperni(写真:Eva Losada)。

元来手の込んだハイブリッド的デザインを好む阿部千登勢(Chitose Abe)でさえ、枝葉を刈り込んだ秋冬コレクションを発表した。強調されていたのは「包み込む」感覚だ。一体式のスカーフがドレープしたり体に巻きついたルックは、「おくるみ」を連想させる。LEMAIREはデカダントなトラウザーズ、スリムなシューズ、そしてトレンチからレザージャケットに至る完璧なアウターウェアを披露した。紛うことなく、パリ風エレガンスが大全開のコレクションだった。

ヒップは嘘をつかない

HODAKOVA(写真:Eva Losada)。

脚であったり、あるいは胸、腹、肩であったり、ファッションはいつも新しいセクシーゾーンを見つけ出す。今シーズンはヒップに熱い視線を注ぎ、それぞれに趣向を凝らしたペプラムで誘惑した。Balmainでは茶目っ気たっぷりに飛び跳ね、Chloéではマキシスカートのレイヤードや軽やかなフリルになった。アレッサンドロ・ミケーレ(Alessandro Michele)のValentinoコレクションでは、スリムでシンプルなドレスに巻き付いて、ちょっとばかり意外な表情を付け加えた。TOM FORDは、相変わらずセクシーだ。シルクのマキシは、か細いベルトでかろうじて腰骨に引っ掛かっているだけ。今にも落ちそうに、挑発する!

Dilara Findikoglu(写真:Eva Losada)。

真偽を問わず、毛皮

HODAKOVA(写真:Eva Losada)。

Anna Sui(写真:Eva Losada)。

数週間前、『New York Times』と『Wall Street Journal』に似通った趣旨の記事が掲載されていた。どちらも、大きな恥だったはずの毛皮が復活しているという。するとどうだろう、街中で俄然、毛皮姿の女性が目につき始めた。確かに身を着るような寒さだったのは認めるが、政治的公正は去り、同じく、背中に動物を背負うことの不名誉も消えたということか。

前述の記事を書いたライターたちは後悔するしているに違いない。次の冬には、書かなきゃいけない記事のネタが山ほど待っているからだ。Miu Miuでは、沢山のモデルの腕にフェイクファーがかけられていた。Rabanneでは、ヘムラインにシアリングのライニングがほどこされ、テールが飛び跳ねていた。Chloéのストールには毛皮のボールがぶら下がり、Schiaparelliに至っては毛皮のトラウザーズがお目見えした。HODAKOVAはアップサイクルした毛皮の帽子で丸い塊状のジャケットを仕立て、ガブリエラ・ハースト(Gabriela Hearst)はテディベアみたいなコートをジグザグ模様にし、Marine Serreは毛皮をパッチワークしたノースリーブコートにテールをぶら下げた。挙げればきりがない。果たしてアップサイクルなのか、フェイクなのか、あるいは本物なのか、どれとも言い難い時代だ。それを言うなら、何であれ、本物を見分けるのは難しい時代なのだ。

野生の王国

Vaquera(写真:Eva Losada)。

動物というなら、アニマルプリントも推しのトレンドだ。シマウマやチータやレオパードが闊歩するランウェイはさながら『ライオン キング』の世界だが、「シック」なところが違う。Driesはダルメシアン、Valentinoはレオパード、Gabriela Hearstはスネークスキン、Balmainはシマウマ、Balenciagaはチータ…みんなして、一歩外に出ればジャングルだと思い出させてくれる。用心しよう。

Max Berlingerはブルックリンを拠点とするフリーランスライター。ファッション、テクノロジー、カルチャーが重なり合う領域をテーマに執筆し、『ニューヨーク タイムズ』、『GQ』、『ロサンゼルス タイムズ』などに寄稿している。InstagramTwitterでフォローできる

  • 文: Max Berlinger
  • 写真: Eva Losada
  • 翻訳: Yoriko Inoue
  • Date: March 17, 2025