POST ARCHIVE FACTION、最終形態へ向かう
韓国発のカルト的人気を誇るローカルブランドから、ピッティ・ウオモのランウェイへ。 POST ARCHIVE FACTION(PAF)のイム・ドンジュンは、「良いプロダクトは人生を動かす」という揺るがぬ信念のもと、ブランドのビジョンを拡張し続けている。
- 文: Hyunji Nam
- 写真: Luca Grottoli


PAFのプロダクトに初めて出会った瞬間を、今もはっきりと覚えている。あれはコロナが始まるずっと前のこと。ソウルの街角で偶然再会した友人が、劇的なボリュームとラバーストリングのディテールが印象的なパデッドジャケットを羽織っていたのだ。
「どこのブランド?」と尋ねると、彼はこう答えた。「PAFだよ。友だちのドンジュンがやってるんだ」


当時のPAFは、まだ一部のファッション通のあいだで密かに語られる存在に過ぎなかった。PAFはもともと、弘益大学で工業デザインと空間デザインを学んでいたイム・ドンジュンが、海外の美術学校進学の資金を稼ぐために始めた小さなサイドプロジェクトだった。その後すぐに、建国大学でファッションデザインを学んだチョン・スギョが加わり、2018年に共同創業者として本格的に始動。確かなプロダクトデザインに裏打ちされたブランドとして、徐々に熱心な支持を集めていくことになる。
韓国のインサイダーだけが知る存在だったPAFが、国境を越えて国際的な注目を集める契機となったのは、ケンドリック・ラマーが「サタデー・ナイト・ライブ」でPAFのアイテムを着用した瞬間である。ちょうどブランドのローンチと重なったこの出来事を皮切りに、PAFは数々のマイルストーンを刻んでいく。2021年にはLVMHプライズのセミファイナリストに選出され、ヴァージル・アブローとのコラボレーションではOff-Whiteの2022年秋冬コレクション内で「EQUIPMENT」ラインを展開。また、今でこそ話題のスイスのランニングブランド「On」とも、早い段階で共同プロジェクトを実現させている。ここ1年で、韓国のファッション大手やベンチャーキャピタルからの出資も実現。2人ではじまったプロジェクトは、今や20名以上のチームを擁する組織へと成長した。
パリでの最新コレクション発表を終えたPAFは、2026年春夏シーズンのピッティ・ウオモにゲストデザイナーとして招かれ、フィレンツェの地へと向かった。その歩みは、もはや“新人の幸運”と片付けられるものではない。静かに、しかし確かに信じ続けてきたひとつの信念「良いプロダクトは人生を変える力を持つ」が、ここまでの軌跡を導いたのである。
ショーまで残すところ8日。混沌とした準備の渦中にいたイム・ドンジュンに話を聞くことができた。始まりの物語と、その先にある未来について。

ヒュンジ・ナム(Hyunji Nam)
ドンジュン・イム(Dongjoon Lim)
現在はピッティ・ウオモの準備の真っ最中とのことですが、今日の時点で直面していた課題を教えてください。
ショーまで、あと8日。最初はフロア一面に砂を敷き詰める演出を考えていたのですが、予算の都合で断念することに。結局、朝6時まで会議が続いて、コンセプトと演出の再構築を迫られました。 (最終的には、ランウェイの上から砂が降り注ぐ演出に変更された)
思い返せば、2回目のパリでのショーのときも、3日前にコンセプトを変えて、IKEAでマットレスや小道具を買って場をしのいだことがありました。
今回のショーのコンセプトは?
普段、明確なテーマを立てることはあまりしないのですが、今回は「漂流者(drifter)」というアイデアが核になっています。直訳すれば「流される人」。最近、自分自身がまさにその状態で、ブランドとしてもどこか漂っている感覚があります。視覚的な演出というより、もっと流動的で、感覚的なもの。行き先すら見えないまま、ただ流れていくような。
「drifter」という言葉は、「迷子」や「目的を見失った存在」とも取れるけれど、僕にとってはむしろ、人生そのものが漂流の連続です。今季は、これまで試してこなかったことに多く挑戦しました。なかでも象徴的なのは、テーラリングの導入。ピッティ・ウオモはメンズウェアをルーツに持つ場なので、クラシックなフォルムへの接続を試みるには、ちょうどよいタイミングだと思いました。
具体的に、どんなアプローチでテーラリングに挑戦したのでしょうか?
注力したのは、いわゆるクラシックなスーツ。PAFではこれまであまり手がけてこなかった、テーラードジャケットのような構築的なアイテムに踏み込みました。とはいえ、伝統的なフォーマルウェアをそのまま模倣するのではなく、あくまでも自分たちらしい再解釈を試みています。
PAFのこれまでを振り返って、転機となった瞬間はなんだと思いますか?
やはり、LVMHプライズに選ばれたことと、ヴァージル・アブローとのコラボレーションでしょうか。あの時期はちょうどCOVIDの影響もあり、本当に特別なタイミングでした。そして、スイスのブランド「On」とのコラボレーションも大きな転換点でしたね。
LVMHプライズのセミファイナリスト入りが決まった知らせを受けたとき、実はかなり落ち込んでいた時期で…正直なところ、ブランドを畳むことも真剣に考えていました。


その時点でブランドをやめようと考えていた理由は? 多くの人はむしろ、そこが始まりだと思っているのでは。
これは単に服をデザインする仕事ではないからです。デザイナーであれば誰しも直面することですが、売上、運営、外部とのやりとり、やらなくてはならないことは尽きません。コレクションの準備で手一杯の中でも、インタビュー対応はあるし、すべてを全力でやりたくても、時間が圧倒的に足りない。
燃え尽き症候群というよりは、「すべてをうまくやりたい」という気持ちと、あまりに多くのタスクの間に挟まれた精神的な重圧に、苦しくなっていたんだと思います。
たとえば、韓国的な考えかもしれませんが、クラスで一番になったら、今度は学校全体でも一番を取らなければならない、というような。うまくいっていても、さらに上を目指さなければというプレッシャーが常にある。
ナショナルチームからプレミアリーグへ、というような?
そう、そしてプレミアに行ったら行ったで、「優勝しなければ意味がない」となる。銀メダルや銅メダルだって十分すごいのに、それでは満足できないような感覚です。
ソウルにあるPAFの旗艦店は、いまやファッション関係者がこぞって訪れる場所となりました。A$AP Rocky、キム・ジョーンズ、藤原ヒロシなど、数多くの著名人が足を運んだと聞いています。なかでも印象的だった来訪者は?
キュレーターのハンス・ウルリッヒ・オブリストが訪れて、実際に何点か試着したうえで、ひとつ購入してくれました。元フランス文化・通信大臣のフルール・ペレランも立ち寄ってくれたことがあります。ファッション業界に限らず、本当に幅広い分野からさまざまな方が来てくれるのが面白いですね。
PAFを着た人に言われた、印象に残っている言葉はありますか?
「着心地が良かった」という言葉がいちばん嬉しい気がします。服というのは、やはり着る人が気持ちよく感じられるものであるべきだと思っているので。「PAFを着ていて気分がよかった」と言ってもらえる。それが心からの言葉であれば、それ以上の褒め言葉はない。僕は服を、頭で考えるものではなく、もっと直感的なものとして捉えているので。良い服とは、良い食事のようなものだと思うんです。もちろん、ミシュラン三つ星や著名なファインダイニングも素晴らしいけれど、時にはもっと素朴な食事のほうが心に沁みることもある。服も同じで、必要以上に難しく考える必要はないはず。

海外から誰かが韓国に来たとき、必ず連れて行く場所はありますか?
金豚食堂(クムテジシッタン)で焼肉を食べるか、ウレオクで平壌冷麺を。あと、昔、一度だけ友人を慶州に連れて行ったことがあって、それもいい思い出になりました。
いま、ファッション業界全体が停滞しているようにも感じます。そうした中で、PAFはどのような戦略をとっていますか?
「漂っている」感じですね(笑)。でも、結局はプロダクトをより多くの人に届けて、実際に手に取ってもらうこと。それがいちばん大切だと思っています。
これまではテクニカルファブリックを多用してきましたが、最近気づいたことがあるんです。合成繊維の機能性は確かにすごいけれど、日常的に手に取るのは、やはりコットンやウールのような自然素材だなと。時間が経つほどに馴染んでくるような、そういう素材。
この気づきが、いま私たちが「エッセンシャル」と呼ぶラインのアプローチを変えるきっかけになりました。前のシーズンあたりから、ブランドの基盤となるアイテムを、素材の面からも再構築し始めています。
以前、カジュアルラインの立ち上げについて話していましたが、その進捗は?
すでに展開しています。PAFのプロダクトは、現在ふたつのラインに分かれています。ひとつは「ARCHIVE」。もうひとつが「POST ARCHIVE」です。
POST ARCHIVEは、より実験的で、コレクションベースのプロダクト。アイデアを押し広げるための器のようなラインです。一方でARCHIVEは、時代を超えて着られるような、地に足のついた、持続性のあるアイテムで構成されています。言わば“記録されるべき服”。真にアーカイブたり得る服です。
最近のライン構成については、特別な発表をしたわけではありませんが、実はすでにタグなどの仕様を変更し、二つのラインを差別化しています。
影響を受けた、あるいはリスペクトしているブランドはありますか?
Our Legacy、AURALEE、Comme des Garçons、Y/Project、Rick Owens、ISSEY MIYAKE、Balenciaga、Kiko Kostadinov…。まだまだ学んでいる途中なので、偉そうなことは言えませんが、これらのブランドは僕だけでなく、同時代の多くのデザイナーに影響を与えてきた存在だと思います。


そうした影響力のあるブランドでさえ、経済的な理由でクローズしてしまうことがあります。このような現実をどう受け止めていますか?
ブランドが永続することだけが正解ではないと思います。もちろん長く続くのは素晴らしい。でも、短命だったからこそ強く記憶に残るブランドもあります。
たとえば「Final Home」。あのブランドは今でも深く印象に残っています。私はブランドを“プロジェクト”のようなものと捉えています。Y/Projectなんかは、その名の通り、ブランド名にプロジェクトが入っている。プロジェクトには始まりがあり、終わりがある。そして時に、それは進化を遂げて、まったく新しい最終形態へと変貌することもあるのです。
たしかに、それこそが「Final Form(最終形態)」なのかもしれませんね。
そのとおりです。私たちがよく使う「form(フォーム)」という言葉も、実は“uniform(ユニフォーム)”の中の「form」から来ています。この概念は、ブランドにとって非常に大きな核になっている。つくっているのは“ユニフォーム”だという意識があるんです。はっきりと分かるような区別はあまりしていないんですが、コンセプトとしては、常に「ARCHIVE」と「POST ARCHIVE」の二軸で考えています。
最近、よく考えているのはどんなことですか?
ファッションというよりは、「会社」そのものについて考えることが多くなりました。組織として、人の集まりとして、コミュニティとして。“company”という言葉は、ラテン語の “com(共に)” と “pan(パン)”、つまり、「共にパンを食べる人々」が語源だと聞いたんです。その言葉の持つイメージが、最近ずっと心に残っています。誰かと一緒に何かを築くこと。その意味と重みについて、考えるようになりました。
仕事のなかで、もっとも喜びを感じる瞬間は?
良いデザインに出会ったときですね。それが社外であっても、社内であっても。デザインチームのミーティング中に、何か本当に素晴らしいものが生まれる瞬間があるんです。そういうとき、自分でも驚くほど自然に笑っていて。まるで子どものように。そのとき気づきました。ああ、自分は本当にこの仕事が好きなんだなと。この感覚を、ずっと追いかけていたい。それは昔からずっと変わらないし、これからも変わらないと思っています。
- 文: Hyunji Nam
- 写真: Luca Grottoli
- Date: June 26, 2025

