今年はこんな男になりたい
2024年秋冬メンズウェア コレクションで注目した20のルック
- 写真: Lukas Wassmann
- スタイリング: Thom Bettridge
- 文: Thom Bettridge

1か月にわたる2024年秋冬メンズウェア コレクションのショーが終了したところで、SSENSEクリエイティブ&コンテンツ チームを率いるトム・ベットリッジ(Thom Bettridge)は、ランウェイ、ショールーム、プレゼンテーションでもっとも魅了された20点をパリの街へ連れ出した。彼にはメンズウェアの進む方向がどう見えたか?
正統の雪辱

左から右へ: AURALEE、The Row、032c. 冒頭の画像: Rick Owens.
『メディア王 〜華麗なる一族〜』の最終シーズンが完結して以来、メンズウェア界のデイトレーダーたちはクワイエット ラグジュアリーの売上に苦戦している。とは言え、GameStopと違って、当惑するほどにバイラルなクワイエット ラグジュアリーの風潮が簡単に消滅するわけもない。僕でさえ、世界の洒落男たちに提案された2024年秋冬コレクションを思い返すと、クワイエット ラグジュアリーという言葉が今なお時代の声に聞こえる。
クワイエット ラグジュアリーは「歴史の終わり」を思い出させることに、僕はパリで気づいた。「歴史の終わり」は、1989年、政治学者フランシス・フクヤマ(Francis Fukuyama)が冷戦後の世界を指して作った新語だ。無論1989年後も歴史は続いたから、「歴史の終わり」もフクヤマも容赦ない嘲笑の的になったが、僕は称賛の気持ちを持ち続けた。『歴史の終わり』には気概があったし、当時色濃く存在していた感覚を明確に捉えていたからだ。その意味で、クワイエット ラグジュアリーと「歴史の終わり」は、ノームコアも思い出させる。「ノームコア」という呼び名も、作られたときは確かに手応えを感じたのに、その後の年月で惨めに年老いたテーマのひとつだ。1989年の僕たちは歴史が終わったと思い、2013年にはジェリー・サインフェルド(Jerry Seinfeld)みたいな身なりが慣習に対する反抗だと思い、2023年には、ラグジュアリーとは、実際に金を持ってることと同義ではないかと思うわけだ。クワイエット ラグジュアリーの精霊は簡単なことではランプの中へ戻らない。
抑制された正統スタイルで肝心なのは、多種多様な形をとりうることだ。普通と違うからこそ高価になるのだが、正統スタイルが雪辱を果たすには、普通の感覚ではちょっと風変わりなディテールを要する。例えば、AURALEEのピーチカラーのオーバーシャツのように、ボタンダウンではないし、かといってニット ポロでもセーターでもなく、なぜかその全部を兼ね合わせたようなデザイン。あるいは、不可解なほど深いVネックのカーディガンと組み合わせた、The Rowのトラウザーズのわずかなフレア。まったく予想もしなかったところに現れて勝負することもある。例えば、正統とは無縁の032cは、テーラリングを打ち出した初のランウェー コレクションで、BDSMで使われる上質のレザーを使用した完璧なトレンチコートを登場させたが、これなどは、おそらく本物のクワイエット ラグジュアリーだろう。
至高のレイヤード

左から右へ: HOMME PLISSÉ ISSEY MIYAKE、LEMAIRE、Rier.
2024年秋冬コレクションのショールームをつぶさに見てまわるうち、90年代育ちが喜んだ「服が好きだから、服に服を着せた」という他愛ないジョークを思い出して、僕は笑いが止まらなかった。だが冗談は抜きにして、レイヤードについてぜひとも知っておきたいことがある。すなわち、レイヤードは…
ほぼ例外なくカッコいい
防寒に最適
理屈抜きが一番うまくいく
3つ目の点を説明するために、津々浦々の洒落男たちが熱愛するに違いないRierのグレーのアンサンブルを例に挙げよう。このルックは、ベストが普通の長さだったら、セーターはセーターにならない。スカートじゃなかったら、パンツはパンツにならない。上にブランケットを羽織らなかったら、スタイルはスタイルにならない。つまりレイヤードはちょっと量子物理学みたいなもので、単純に考えるやつだけがわかったつもりになるんだ。
その他には、LEMAIREやHOMME PLISSÉ ISSEY MIYAKEEといった名ブランドがレイヤードに加勢している。これらのブランドの信奉者がレイヤードに励むのは、揺るぎない忠誠心の証しでもある。数多の人がLEMAIREやISSEY MIYAKEでクローゼットを埋め尽くそうとするのはなぜだと思う? 何枚レイヤードしようと絶対に失敗しないからだ。
ジーンズは天才

左から右へ: Acne Studios、Eckhaus Latta、Junya Watanabe.
長時間にわたって服を見ていると、改めてデニムに対する尊敬の念が深まる。楽しいとかカッコいいとか、いろんな服が沢山あるけど、慎ましいジーンズほどセクシーで、融通が利いて、実用的で、その他生活に求めるすべてを全部一度にやってのけるものはない。Junya Watanabeのすばらしい2024年秋冬メンズウェア コレクションは、僕のそんな自説を立証するルックで最後を飾った。オーケストラの指揮者にふさわしいタキシードが、下方は色褪せたブラック デニムのパネルに変わっているのだ。タキシードとデニムが完璧に調和している様は、理想主義のふたつの観念が激しく出会ったようだった。
同じく形而上学的に考察するなら、Acne Studiosを挙げなくてはならない。Acne Studiosはジーンズにジーンズの写真をプリントする新手法を継続しているが、その結果、リチャード・プリンス(Richard Prince)とリーヴァイ・ストラウス(Levi Strauss)の私生児を作り出した感がある。Acne Studiosが提示したコンセプトの謎を、僕は頭の中であれこれと転がし続ける。まず、僕らがデニムを愛するのは、僕らの行為の真実がデニムの外面に反映されるからだ。ところが同時に、僕らは実際に行為することなく、即時に行為の痕跡を求めるんじゃないか。Eckhaus Lattaのパープルとグリーンがかったウォッシュ加工のダンガリーは、クロッチ部分のジッパーでふたつに分かれる。これ以上の説明は不要だろう。
ふわふわのフェイクフレンド
パターンとトレンドの違いは何か? 多分、トレンドは動きの感覚があるのに対し、パターンはなんら特定の方向へ向かわないことだろう。今回のメンズウェア コレクションでは、トレンドではなく、パターンではないかと思われるものがふたつあった。ひとつはとてつもなく大きいフェイクファーのコート、もうひとつはネコのトップスだ。ところがこのふたつのパターンを結びつけると、何やらトレンドのようなものが形を成してくるのだ。キッチュ趣味、残酷な世界で優しい柔らかさを感じたいという人間らしい欲求、男性としての自意識を対極のおばあちゃん要素で表現しようとする若者の反抗心…、それらが繋がり合って浮上してくる。さて、キティコアとでも名付けようか。
シュールの雪辱

左から右へ: Rick Owens、JW Anderson、Kiko Kostadinov.
クワイエット ラグジュアリーですごく気になるのは、コンセプトが今という時代をがっちり支配している一方で、非常に不誠実な現れ方をしていることだ。僕らは騒々しい時代を生きている。破綻した時代を生きている。その両方を否定する欲求は不安から生まれており、スタイルや創造力から生まれてはいない。最悪の場合、ファッションは現実には起こらなかったことへのノスタルジーとして作用する。最良の場合には、発明と現実のカタルシスをもたらす。その度合いは甚大かもしれないし、JW Andersonがローファーにあしらった大きめタッセルのように、わずかな匙加減程度かもしれない。何よりも先ず、タッセルという平凡な装飾から出発している点で、現実へ向いたシュールなのだ。巨大にして何が悪い? 偉大なるシュールレアリスト、アンドレ・ブルトン(André Breton)も「想像は現実になる傾向がある」と言ってるじゃないか。
その他には、現代シュール デザインの名手が腕の冴えを見せた。Kiko Kostadinovは独自のテーラリング宇宙へ明るい色彩と布製の王冠を持ち込み、Rick Owensは自宅を会場にして、文字通り現代の空気を吹き込んだグロテスクなプロポーションのシルエットを展開した。そんな斬新な発想が可能だからこそ、僕たちはあらゆるメンズウェアの間にファッションを探すんだ。
- 写真: Lukas Wassmann
- スタイリング: Thom Bettridge
- 文: Thom Bettridge
- ヘア & メイク: Michael Delmas
- キャスティング ディレクター: Monika Domarke
- モデル: Andrew Ohawa、Alexander Tesini
- スタイリング アシスタント: Cléo Lacroix
- 写真アシスタント: Sebastian Mittermeier
- 制作: Anna Schef
- クリエイティブ プロデューサー: Fiona Torrens
- 制作アシスタント: Gabriel Franco
- 協力: Sam Rhodes、Justinian Kfoury
- 翻訳: Yoriko Inoue
- Date: February 5, 2024


