マリー・アダム=リーナエルトのラディカル シック

BalenciagaとGivenchyで経験を積み、LVMH プライズのファイナリストに選ばれたベルギー出身の新進気鋭デザイナーにファッション界の期待が高まる

  • 文: Eileen Cartter
  • 写真: Eva Losada

マリー・アダム=リーナエルト(Marie Adam-Leenaerdt)の記憶にある限り、母もそのまた母も、一家の女性はすべからくハイヒールを履いていた。「超がつくほどパワフルな女性」だった祖母のシューズ コレクションは、アダム=リーナエルトが人生で初めて心を奪われたもののひとつだった。その祖母は100歳まで生きて、高齢で体が言うことを聞かなくなるまでハイヒールを履き続けたそうだ。

「すごくユーモアのある人だった」と、ブリュッセルの自宅から、Zoomの画面越しにアダム=リーナエルトは言う。「とってもあか抜けてお洒落なくせに、なぜかいつも、変ちくりんな帽子みたいなものを混ぜてるの。私、そんなお祖母ちゃんが大好きだったし、沢山インスピレーションを貰ったわ」。今や、アダム=リーナエルトのデザインにはアクセサリーが欠かせない。「シューズとバッグを抜きにしたルックなんて、とても作れない」

アダム=リーナエルト自身も、以前はハイヒールを履いていた。自分の名前でブランドを立ち上げる前の話だ。

「もう履いてないわ。今はBirkenstock一辺倒」と、笑いながら認める。

現在29歳。今日はゆったりしたブラックのフーディというラフなスタイルで、茶色がかった蜂蜜色のヘアは短くボブに切り揃えてある。パリ ファッション ウィークで発表する5回目のランウェイ ショーを仕上げている真っ最中だ。会場には、常に「平凡な日常」をテーマにするアダム=リーナエルトらしく、家具展示場を選んだ。前シーズンのショーを行なったのは、通勤者で賑わうパリ北駅近くのビアホール「Terminus Nord」だった。ファッション ショーを企画するのは、演劇を上演したり映画を作るのに似た感じだと言う。「いつも6か月間はてんてこ舞いだけど、デザイナーの仕事で最高の部分だわ」

1週間後に開催するショーは、ケイト・ブッシュ(Kate Bush)のトリルが効いた「Wuthering Heights」をバックに、数々のフェミニンなテーラード ルックで幕を開ける。モデルたちのヘアは風で乱れたようだし、丸みのあるショルダーのオーバーコートもジャケットもドレスも、グレーの厚いウール地が引っ越し業者の養生マットを連想させる。一方で、軽やかなドレスもある。壁紙にあるような花柄プリントのドレスにはクリノリン スタイルのフープが付けられ、風を切るグレーのアノラックはフーディの紐を引き絞り、トロンプルイユで小粋なツイード ジャケットに見せかけたジャンパーは大粒パールのネックでスタイリングされている。アダム=リーナエルトは、過去と現在の女性の普段着に目を向け、現実によって必然的にゆがめられる女性性を、捻りと変換で映し出す。

「こうあるべきという規範にチャレンジすることが、私にはすごく大切なの」とアダム=リーナエルトは言う。「かっちりしたテーラードも好きだけど、ドレスも大好き。テーラードの明確なラインとドレスの柔らかさの中間で、両方を組み合わせる。そういうすべての要素を混ぜ合わせて、私たちがよく知ってるアーキタイプを保ちながら、何かを変えて、これまでと違う姿を与える。私がやろうとしてるのはそういうことよ」
多機能に関する関心は、デザイナーの道を考え始めたときからあった。当時18歳のアダム=リーナエルトはアントワープでフランドル語を学んでいたが、アントワープ ファッション ミュージアム(MoMu)で、同じくベルギー生まれのマルタン・マルジェラ(Martin Margiela)やアン・ドゥムルメステール(Ann Demeulemeester)のデザインに触れた。「デザイナーになりたいと決めたのは、そのとき。ビジネスを勉強しようか、デザインを勉強しようか迷ってたけど、今はちょっとずつその両方をやってる気がする」

ブリュッセルのラ カンブル国立美術学校で学んだ後は、短期間GivenchyBalenciagaにいたが、どちらも、大手ブランドのビジネスを知るうえで、上級課程に等しい経験だった。Balenciagaでは、デムナ(Demna)の下で働いた。強い影響力と謎を持つジョージア出身のクリエイティブ ディレクターは、アントワープ王立芸術アカデミーで学んだ経歴があり、自分の中にある「ベルギー的DNA」と重なり合うコンセプト志向を感じたと言う。

「デムナはベルギーの学校へ通ったせいで、ものの見方や作り方が私と共通してる気がしたわ。現実のものからスタートして、新しいものを作り出すの」

その感性をもう少し説明すると「ファッションのためのファッションじゃなくて、もっと思考が関わったプロセス。イメージの前に、アイデアから始める。本当に美的なものを見つけてから、そのアイデアをデザインへ転換する方法を考える。つまり、常にスタートはアイデア。デザインの背後に、必ずアイデアがある」

ありふれたものをシュールなものへ、あるいはシュール的なものへ作り変えるのは、デムナが指揮するBalenciagaの顕著な特色であり、アダム=リーナエルトの創作理念でもある。鮮やかなイエローグリーンのコラム ドレスをラッピングされた長方形のギフトのように誇張したアイデアもあれば、抽象的に楽しませるアイデアもある。最新コレクションで目を奪われたルックのひとつに、シンプルで着やすいコバルトカラーのセーターがあった。Vネックなのだが、ジッパー開閉のタートル部分が編み込まれている。一緒に登場したのは、ロールトップ部分が口を開けたままのように見えるショルダー バッグだ。エネルギー効率を誇るヨーロッパの先進都市で地下鉄へ急ぐ通勤者たちの、もはや制服的スタイルが脳裏に浮かぶ。

アダム=リーナエルトの感性は、パリのとあるホテルの会議場で開催されたデビュー コレクションから一貫している。目障りなほどの照明に照らされ、味気ない椅子を積み上げた彫刻作品の前で披露されたショーは、野暮ったい企業合宿でお目にかかる陳腐なカクテル テーブルが始まりのアイデアだ。仕出しに使われるテーブルクロスから着想して、ミニドレスとアシンメトリーなスカートもデザインした。

2023-2024年秋冬ショーで観客に挨拶するアダム=リーナエルト(写真:Antoine Flament/Getty Images)

アダム=リーナエルトの創作は日常を中心に展開し、私たちが目にするありきたりなものを取り上げ、揺さぶり、挑む。ファッション界が本当に休息の時間を許すなら、シーズンの合間にはブリュッセルの自宅に戻って心と体を休めるのではないだろうか?

家では、料理、庭仕事、愛犬にエネルギーを注ぐ。シンプルだ。沢山の種類のトマトを育て、それを使ってピザやパスタを料理する。常にそうであったように、自然体で生活し、観察する。

「デザインを見たとき、関連性のあるものはわかる。だけど、オブジェなのかファッションなのか、わからない。そういうのが好きなの」とアダム=リーナエルトは言う。「オブジェとファッションは短い線で分かれてるだけ」

Eileen Cartterは『GQ』常勤ライターとして、スタイルとトレンド、名声とセレブ、その他の文化現象に関する記事を執筆している。ブルックリン在住

  • 文: Eileen Cartter
  • 写真: Eva Losada
  • 翻訳: Yoriko Inoue
  • Date: March 12, 2025