Lựu Đạn:
アジアの男たちの
危険な香り
デザイナーのハン・ラーが
先祖との繋がり、共鳴するイメージ、
アイデンティティの癒しを語る
- インタビュー: Gaby Wilson
- 画像/写真提供: Lu'u Dan

「アイデンティティを隠すことに目を向ける」とハン・ラー(Hung La)は答える。私の質問は、新たに立ち上げたLựu Đạnのメンズウェアで迷彩柄が果たしている役割だった。Lựu Đạnというベトナム語にはたくさんの意味があり、文脈次第で「手榴弾」や「激昂」、あるいは「危険な男」を指す。「周囲に混じり合おうとすること、混じり合わざるをえないことも考えさせると思う」
メリーランド州郊外で成長したラーは、ハイスクール内の力関係を切り抜けていくベトナム系アメリカ人1世のティーンエージャーとして、衣服の伝達力を理解するようになった。アジア人の男子生徒にとっては、一握りのお粗末なポップカルチャーだけが、他のクラスメートたちと共有できる接点だった。そこでラーが選んだ「かっこいいバギー ジーンズとライブTシャツ」というスタイルは、そうした数少ない接点と一線を画す、最初のカモフラージュとなった。ベトナム人はほぼベトナム戦争との関連でのみ捉えられてきた。残虐な体験を経て成長していくアメリカ兵の物語の背景に配役される、子沢山なその他大勢の存在だった。西欧人によるそんなベトナム人の位置付けを変革することがラーの狙いではないかと、私は予想していた。特に心を奪われたのは、デビュー コレクションに登場したパーカーとトラウザーズのルックだ。リップストップ ナイロン素材のパーカーはグリーン、ブラウン、ブラック、タンが絡み合った迷彩柄で、タフタ地のワイドレッグ トラウザーズはトロンプルイユ的な木のプリント。だがラーにとって、カモフラージュの意味はそれほど直截ではなかった。それは男らしさを表す視覚コードであり、潜在的な暴力性の暗示であり、カルチャーに同化して標的にされることを避けようとする生存本能のメタファーでもある。
Lựu ĐạnのInstagramには、ラーのデザインとデザインを刺激したイメージ、青春時代には知らなかった美学の系譜が混在している。暴走族のボンタンをイメージしたトラウザーズと渡辺克巳のポートレート写真が並んでいる。渡辺克巳の写真を通してラーは未知であったスタイルと出会い、過去と未来を混ぜ合わせ、Lựu Đạnが描く「危険な男」の視覚表現を作り出した。「初めて自分を丸ごと表現するためにデザインした気がする」とラーは言う。
19歳になったラーは、メリーランドからロンドンへ渡ってコンピューター エンジニアリングを勉強し、次にイタリアのマランゴーニ学院とニューヨークのパーソンズ美術大学でファッション デザインを学び、さらにベルギーのアントワープ王立芸術アカデミーで4年を過ごした。卒業後は、Balenciagaのニコラ・ジェスキエール(Nicolas Ghesquière)、Célineのフィービー・ファイロ(Phoebe Philo)の下で経験を積んだ。2016年にパートナーのレア・ディックリー(Léa Dickley)とKwaidan Editionsを立ち上げると、熱狂的なファンが生まれた。高級ウィメンズウェアのKwaidan Editionsにはディックリーのスタイルが強く反映され、キリスティン・ダンスト(Kirsten Dunst)、モード・アパトー(Maude Apatow)、シモーネ・バイルズ(Simone Biles)、フィービー・ブリジャーズ(Phoebe Bridgers)など、セクシーで恐れを知らないセレブたちに愛されている。ふたりが2020年夏に構想を練り始めた現代的なメンズウェアLựu Đạnでは、ラーの生い立ちを基にしたキャラクターを打ち出す。
ロックダウン、家族との隔離、人種に対する意識の拡大の最中で、ラーは新ブランドにもうひとつの役割を託すことを決意した。特に祖国を離れて生きるアジア人男性のために、より深く多元的なアイデンティティをもたらす媒体となることだ。創造性の発露、疎外に対抗する活力となり、自分の基準で自分を定義する流儀を提唱することを、ラーは等しくLựu Đạnに託す。ラーは自分を、危険だが、同時に繊細な感性を持ち、センシュアルで、情熱に溢れ、内省的な男でもあると思う。外側の世界が内的な生活に支配力を及ぼす過程が同化であるなら、Lựu Đạnが創造する過程は逆方向の生成を目指す。これまで蔑ろにされてきた内面を外面化する方向へ修正し、道を切り拓き、爆発的な反作用となって均衡を求める。
ギャビー・ウィルソン(Gaby Wilson)
ハン・ラー(Hung La)
ギャビー・ウィルソン:会話では「lựu đạn (ルー ダン)」って言葉をどういうふうに使うの? 「ルー ダン」という言葉から、どんな人が思い浮かぶ?
ハン・ラー:ベトナム語は単音節の言語だから、ふたつの言葉を組み合わせることが多い。「lựu (ルー)」はザクロの実、「đạn (ダン)」は弾丸で、ふたつを繋げた「ルー ダン」は手榴弾。男を「ルー ダン」と表現したら、ちょっと危ないやつという意味だ。少したちが悪くて、酒も飲むし、煙草も吸う。家族に紹介したいようなタイプじゃない。からかうのに使うこともあって、子供の「ルー ダン」はトラブルメーカー、悪戯好きで癇癪持ちの子供だ。そういうふうに色々な意味に使えるけど、ブランド名にすることを思いついたのは父さんとの話がきっかけだったと思う。おそらくこれまでベトナム語が使われたことがなかった場所に、「ルー ダン」と形容されるキャラクターを置いてみたかったんだ。
Lựu Đạnには、あなた自身やあなたが世界を生きてきたやり方を認識して、それに反発してると感じられる部分がとても多いわ。以前のあなたはどんな人物だったの? メリーランド州ロックビルで成長するのは、どんな体験だった?
アメリカの典型的な1世の体験だったね。両親は1970年代にベトナムから来て、アメリカの大学で出会って、僕はアメリカで生まれた。祖父はアメリカとベトナム間の大使を務めた人で、僕の人生にとってもベトナムの歴史にとっても、かなり大きな影響を及ぼした。ブランド名を考えたときに候補のひとつだったHoài Namは、祖父のペンネームで、ベトナムを忘れないという意味がある。そういう具合に、僕の成長はベトナムの伝統に強く根差していたんだ。
僕が最初に使い始めた言葉もベトナム語だったし、週末には地元でアジア系だけのかなり閉鎖的な集まりがあった。ビーチに行ったときの写真を見ると、アジア人が150人くらいずらっと並んでるよ。でも学校ではもっと色々なカルチャーが広範囲に混ざり合ってたし、まさに「アメリカの郊外」的環境だった。ガレージ付きの家に住んで、自転車を乗り回して…。移民家族が夢に見る暮らし、アメリカン ドリームだよね。だけど、アジア的な価値観を失くすことはなかったな。旧暦の正月を祝って、ベトナム料理を食べる。家の外で目にすることと家の中とでは常に矛盾があったけど、ちょっとずつ両方の世界を持ってた僕は、かなり恵まれてた。
確かに断裂と言えるような影響が現れてる。あなたは両方を持っているけど、そのふたつにはとても隔たりがある感じ。移民の子供にはすごく馴染みのある感覚だと思うわ。
そしてティーンエージャーになった僕は、一方を選んだ。アジアの側にはつかなかった。音楽を聴いて、出かけて、飲んで、パーティーを楽しむことで自分を表現したい。そういう気持ちが強くて、ほとんど、ベトナムの伝統的な価値観に対する反抗になった。アジア系アメリカ人の多くが通る道だと思う。白人に媚びるホワイトウォッシングだと言う人もいるけど、つまりは内在化した人種差別だ。ダサいという理由で、両親の持つ文化を拒絶する。
音楽はどんなジャンルが好きだったの?
う〜ん、ガンズ アンド ローゼズとか、ニルヴァーナ、レッド ホット チリ ペッパーズ。グランジが多かったな。その前は、ヘビメタを少し。
絶対レイヴ好きだろうと思った!
そういう時期も確かにあった。20代になってからだけど。
すごくワイドなボンタン トラウザーズを見て、そうじゃないかと…。
実を言うと、ふたつ目のコレクションでレイヴ パンツをやるよ。JNCOのワイドレッグ デニムみたいな感じで、僕たちは「ファット レッグ(phat leg)」と呼んでる。パンツのデザインについて話すのは楽しいな。Lựu Đạnはパンツでたくさんのことを表現するからね。コレクションには必ず、バギーなパンツや股上の浅いパンツ、ワイドレッグ パンツ、スリムなストレッチ パンツが登場する。ベルボトムもある。そういうのを全部まとめて、「ファン パンツ(fun pants)」。70年代にはスリーピースのスーツでクラブに行ったように、外出やレイヴが好きなLựu Đạnのイメージ キャラクターにぴったりのデザインなんだ。特に日本の暴走族が穿いてたボンタンは、反体制の制服だった。一応はそっちのやり方に従うが、ふざけんじゃねえよ。そっちの制服は着てやるが、オレたち流に着るからな。

写真:Jimi Franklin、スタイリング:Jason Rider
そういう話を聞くと、1930年代に北カリフォルニアへ移民したフィリピン男性たちを思い出すわ。「マノング」と呼ばれた人たち、知ってるかしら? 農場労働に雇われたんだけど、当時の移民法と異人種間の結婚を禁止する法律のせいで、ほぼ全員が未婚男性に限られてたの。で、働いてないときは、故郷の家族に仕送りをして残ったお金をありたけはたいて、賭け事をする。タクシー ホールといって、お金を払えば一緒に踊ってくれる女性がいるダンスホールへ繰り出す。そういうマノングたちの写真を調べてみたら、ものすごくお洒落で素敵なの! 重労働をして、貰った賃金のほとんどは故郷へ仕送りして、なおかつ、誂えたスーツをビシッときめて、髪を撫でつけて、葉巻を吸ってるのよ。
その写真、ぜひ見たいな。僕は、Lựu Đạnで、見るからにセクシーなアジア人の男を前面に押し出すつもりだ。写真家のピーター・アッシュ・リー(Peter Ash Lee)と話したんだが、メディアは、強さやセックス アピールに関連してアジア人男性をとりあげることがあまりない。そういう面を大きく育てることが、僕らの何より重要な仕事だと思う。僕らのムードボードを見ればわかるよ。橋口譲二や渡辺克巳が撮ったアジアの男たちには、とてもクールで自然な男らしさがある。そういう語り口やキャラクターを押し出すことが大切だと思う。アジアの男たちにはもっともっと深みがあることを示すんだ。
これまでの描写には見落とされた側面があるし、これから進むべき段階があると思う。まず最初は、存在を認識させること。次に、もっと微妙で複雑な理解を促すこと。あなた自身をもっと全体的に見るうえで、助けになったのはどんなこと?
いちばん大きく僕を変えたのは、精神修養の習慣だと思う。僕がやってる瞑想では、自分の両手は母の両手、背中は父の背中、髪は祖母の髪、足は祖父の足だと想像する。僕にとっては、これが家族との繋がり、あるいは家族と共にあることを自覚させてくれる。アジアの文化って、よく祖先に語りかけるよね。20歳になった年の旧暦の正月に、香を焚いて、祖先に言葉をかけるように言われたけど、当時は意味がわからなくてさ。どうして死んだ人たちに話しかけるんだ?って。でもさっき言ったような瞑想を始めて、家系をそういう目で見るようになったら、祖先がいたからこそ僕が今ここにいることを理解できた。繋がってるんだよ。祖先が人生を全うしたから、僕が全うすべき人生を与えられた。祖先がいなければ、僕も存在していない。仏教のもっとも素晴らしい修練のひとつは、祖先のトラウマを癒して、自分が祖先から受け継いだマイナス面を理解することだ。それによって自分の中の傷を癒すことができるし、ある意味で祖先も癒される。
Lựu Đạnは、あなたの何を癒してくれる?
僕の過去。僕の逸脱、と言えばいいかな。Lựu Đạnのおかげで、そういう過程の環が閉じると思う。多くの恥も怒りもあったけど、それを善悪として判断するんじゃなく、僕の歴史の一部として受け容れさせてくれるのがLựu Đạnだ。コミュニティやトライブ、帰属意識を生み出すうえで、ファッションには大きな力がある。言葉で語るだけでは語彙が限られるが、視覚的なアイデンティティは、最速で自分を表現できるもっともパワフルなツールのひとつだ。
ユニークな個性を受け容れる行為を通じて仲間を探し出せるって、すごく美しいものがあるわね。奇妙なものに夢中だったり、奇妙なものが自分の一部だと感じる。それに対して正直であることで、仲間ができるんだもの。
僕が辿ってきた道筋を振り返ると、自分を受け容れることで自分の文化を尊重できるようになった。10代や20代は、文化の成り立ちや価値のすべてに対する反抗だった。僕に訪れたような自己受容を、Lựu Đạnが他の人たちにも促すことを願っているよ。たとえ僕らのやってることがそういうこととまったく結びつかなくて、「このスタイル、好きだな」みたいな本当に基本的なレベルでも、託されたストーリーを耳にしたとき、ブランドの真意を理解してくれるかもしれない。
Gaby Wilsonはニューヨークで活動するライター、ジャーナリスト。HBO局の「VICE News Tonight」、MTV、『Elle』、その他多数に記事を執筆している
- インタビュー: Gaby Wilson
- 画像/写真提供: Lu'u Dan
- 翻訳: Yoriko Inoue
- Date: March 25, 2022

