左は舞台
右はランウェイ
バレエコアを越えて、先端ファッションは肉体の躍動美を謳い続ける
- 文: Natalie Guevara

「ファッションショーを観たいんだったら、890で毎日やってるよ」と、嬉しそうに話すメルヴィン・ラウォヴィ(Melvin Lawovi)はアメリカン バレエ シアター(ABT)のメンバー、890はマンハッタンにあるABT拠点の番地だ。
ダンサー特有のスタイルは、ファッションデザイナーにとって、インスピレーションの尽きせぬ源泉であり続ける。生気溢れるABTダンサーと私は、その理由について考えを巡らせているところだ。
ダンスとファッションの密接な繋がりを、ラウォヴィほど体現しているアーティストは多くない。フランスで裁縫師の母に育てられ、パーソンズ美術大学でファッションデザインを学んだラウォヴィは、ABTのメンバーであると同時に、オリジナルのダンスを創作する振付師でもある。後者の場合、後付けで衣装を考案することは決してない。「僕の全部の世界が衝突する感じ」だと言う。
「振付師は何にもない状態で参加する場合があるんだ。まだ音楽も無い、無音の状態で始める。あるのは動きだけ」とラウォヴィは説明する。「それって、ファッションデザイナーの仕事とまったく同じだよ。何もない、ただ四角い布地でスタートする。そこから何かを作り出す。僕らから作り出す。僕らの肉体だ。でも最後は、僕らの外側の何かが誕生する」
同じくABTのダンサーであり、『Vogue』でも紹介されたカイラ・ココ(Kyra Coco)は、ファッションデザイナーだけでなく、写真家やクリエイティブディレクターがダンサーの肉体に魅了される理由を、明瞭に指摘する。「ダンサーは自分の体をよく知ってる。完璧な絵になるために、1日中鏡とにらめっこしてるんだから」

Coperni(写真:Eva Losada)。冒頭の画像:リハーサル中の米国人バレエダンサー Mikhail Baryshnikov(写真:Brownie Harris/Corbis via Getty Images)
ほぼ2世紀にわたり、ダンスとファッションは複雑なパ ド ドゥを踊ってきた。デザイナーたちはいつも、クラシックバレエとモダンダンスというふたつの異なる伝統に目を向けて、構造と適応、精密とエモーションを融合するコンセプトを模索した。
そして今、クリエイターの新世代は、肉体の動きと結びついた斬新なファッションを振り付けようとしている。
慣習からの脱皮
20世紀には、セルゲイ・ディアギレフ(Sergei Diaghilev)が初のダンスカンパニーであるロシア バレエ団を創設し、ポール・ポワレ(Paul Poiret)やココ・シャネル(Coco Chanel)といった一流デザイナーたちとコラボしたことから、クラシックバレエの舞台衣装がファッションに浸透した。その後何十年にもわたって、DNAにバレエが刻み込まれた名作ドレスが誕生し、ついに2020年代初頭、「バレエコア」トレンドに結晶した。
「話題になり始めた頃のバレエコアは、どれもすごくクリーンなデザインだったわ。血と汗と涙のバレエとは大違い」と語るディオン・デイヴィス(Dione Davis)は、Condé NastやProenza Schoulerといった企業をクライアントに持つスタイリスト、クリエイティブディレクターだ。そして、アラバマバレエでの実習生としての経験も持つ。彼女の仕事に実際的な沈着冷静が染み込んでいるのは、舞台アートの経歴があるおかげだと言う。
ロバート・アルトマンのバレエ映画『ザ・カンパニー』のあるシーンを引き合いに出しながら、彼女は語る。見習いダンサーたちがひとつの質素な部屋の床で眠っている光景を見て、「ああ、これこそバレエコアだって思ったの」と。
だが著名なデザイナーたちの創作は、ストーリーの抒情性と複雑な肉体性が隣り合うバレエを、ますます讃美する傾向にある。バレエ以外の伝統的なダンスとも対話を始めた。
シモーネ・ロシャ(Simone Rocha)のコレクションは、広く日本舞踊からアイルランドの民族舞踊まで、形式化された儀式としてのダンスに目を向けて、バレエコアの迷路へ踏み込んだ。「どうすれば、伝統になった行為を今の時代に展開して、同時代性を感じさせことができるか? そこに興味があるの」
ロシャにとって、ダンスは常に試金石であり続ける。なぜなら「アスリートと同じように、ダンサーの集中と献身は筋金入りだから、独創的な表現の点でも、ストーリーを語る点でも、すごく刺激される。特定の場面を作り出してみせるところが、とてもファッションに近いわ」

Simone Rocha(写真:Eva Losada)
1960年代から1970年代にかけては、ルドルフ・ヌレエフ(Rudolf Nureyev)がユニークなパフォーマンスで因習を打破し、男性バレエダンサーに課された慣習を粉砕した。ルドヴィック・ド・サン・セルナン(Ludovic de Saint Sernin)の2025年春夏シーズン「BDSM バレエ」コレクションは、肉欲の器としてリメイクされたダンスウェアにヌレエフの影響を感じさせる。「クラシックなコスチュームを反道徳的なほど作り変えて、エレガンスとエロティシズムの境界線をぼかしてみた。ダンスだってそうだろ?」
現在の動向に示されたデザイナーたちの姿勢を、ラウォヴィは評価する。誰が着るかは関係ない。「そこが素晴らしいと思う。本当に大切なことから創作している気がするんだ。肉体のためにデザインする、ジェンダーのためじゃない、ってことをデザイナーたちがようやく理解したのが、すごく嬉しい」
クィアの一員として、新しい流動性が当たり前になることをラウォヴィは切望する。「スカートをはいた男性が舞台に立つことが、普通になって欲しい。『反体制的なところが非常に良かった』じゃなくて、単純に『素晴らしかった』と批評されるようになって欲しい」
形式の解放
モダンダンスは、ジェンダー、体格、動きを制限するクラシックバレエへの拒絶として誕生した。その自由な表現は、いつの時代も、自由な精神を持つ反逆的ファッションデザイナーと共鳴した。
20世紀初頭には、イザドラ・ダンカン(Isadora Duncan)の舞台衣装に触発されたマドレーヌ・ヴィオネ(Madeleine Vionnet)がバイアスカットを考案し、ベル エポック時代の厄介なシルエットから女性を解放した。やがてホルストン(Halston)がこの技術を完成させ、マーサ グラハム ダンス カンパニーの衣裳を作った。
現代のデザイナーもモダンダンスとの相互作用を継続している。ルウィ・チョウ(Rui Zhou)のブランドRUIbuiltは、シェ・シン(Xie Xin)をはじめとするアーティストたちのために、蜘蛛の巣のようなニットを定期的に創作している。「個人的にモダンダンスがとても好きなので、ダンサーたちとのコラボは大歓迎です」とチョウは言う。「RUIbuiltのプレゼンテーション動画のモデルたちも、モダン ダンスの振り付けみたいに動きます」
肉体と動きとファブリックが混ざり合って生み出す魔術は、Kiko Kostadinovのウィメンズウェアを手掛ける双子デザイナー、ローラ & ディアナ・ファニング(Laura and Deanna Fanning)を魅了して止まない。以前はヴィオネやソニア・ドローネー(Sonia Delaunay)、最近ではワリー・マイヤーズ(Vali Myers)というオーストラリアのミステリアスかつ自由奔放なダンサーに注目し、動く女性の魅力を表現した。「歴史的に、ダンスは女性の仕事と才能を許す世界だったのよ」とディアナが言えば、「そして、動ける世界!」とローラが付け足す。

Kiko Kostadinov(写真:Eva Losada)

「盛装が豪華なディナーと結びつくことの多い西欧と違って、韓国ではナイトライフの世界でパワフルなダンス カルチャーが発達しました」と語るのは、OPEN YYを立ち上げた姉妹デザイナーのボヨン&ジョン・キム(Boyoung and Jiyoung Kim)。「多くの韓国女性にとって、自己表現という大切な経験の場を提供してくれるのが、ナイトライフとダンス カルチャーなんです」
「考えてみたら、女性はいつもステージに立っているのと同じでしょ?」とローラは言う。「いつもみんなに見られてる。ファッションについて、外見について、ヘアについて批評される」
「要は、自分をどう見せてるか、ってこと」とディアナが続ける。
ランウェイに登場するヘアとメイクアップは、明らかに、モダン ダンスにヒントを得ている。例えばFerragamoの最新ショーなどで「ピナ・バウシュ(Pina Bausch)との濃厚な関連」に目を留めたデイヴィスは、「ありのままの美しさね。モデルたちはみんな長い髪を垂らして、ほとんどメイクアップをしていないけど、エレガントな魅力はたっぷり注入されてるわ」と述べている。
この影響の土台には、動きのアートを見つめたサルヴァトーレ・フェラガモ(Salvatore Ferragamo)のレガシーがある。現クリエイティブ ディレクターのマクシミリアン・デイヴィス(Maximilian Davis)は、「いつもアーカイブをじっくり研究することから始めます」とコレクションのコンセプトを固めるプロセスを明かす。2025年春夏および秋冬コレクションはどちらも、ダンスが中心になることが「最初からわかっていました。サルヴァトーレは、最初の黒人バレリーナのひとりだったキャサリン・ダナム(Katherine Dunham)を含め、ダンサーたちのシューズを作ったことでも有名です。アーカイブでそれらを目にしたとき、目の前にまったく新しい世界が開けました」
リハーサル ファッション
ファションデザイナーは、新鮮なインスピレーションを求めて、スポットライトを浴びていないときのダンサーたちにも目を向け始めた。「2025年の春夏シーズンでは、リハーサルから本番へ移るときのスタイル、本番の衣装が顔を見せ始める舞台稽古のスタイルをやってみたかったの」とロシャは説明する。「例えば、稽古に行くダンサーたちがチュチュを小脇に抱えてる。それを見てデザインしたバッグもあるわ」
ダンサーたちは、それぞれに思い思いのスタイルでリハーサルに現れる。デビー・アレン(Debbie Allen)も、ゲルシー・カークランド(Gelsey Kirkland)も、アルヴィン・エイリー(Alvin Ailey)も、体の動きを妨げない機能性に個性をミックスしたスタイルだ!
OPEN YYのキム姉妹によると、2023年春夏コレクションが誕生したきっかけは「リハーサルが終わった後、コートを羽織って家へ帰るバレリーナ」の写真だった。カーゴパンツやボレロニットは、「ダンサーたちが、練習中は、ジャージパンツのウエストバンドを折り返しているのを見て着想したんです」。OPEN YYの主要アイテムの多くが、そのようにして誕生した。
HommeGirls マーケットエディターでもあるスタイリストのチェルシー・ザロパニー(Chelsea Zalopany)は、ダンサーの独り言を代弁する。「どうすれば対比が際立つか?」 ニューヨーク シティ バレエの付属校スクール オブ アメリカン バレエを卒業したザロパニーは、期待どおりの幻想を作り出す具体的な行為に精通している。ダンサーにもファッション クリエイターにも共通して求められる技能だ。
「ヒップより高い位置にスカートを履いたら、脚が長く見える。脚の場合は、バレエシューズのストラップを交差させるか、1本にするか? それもこれも、どうすれば最高に見せられるか?ってことに尽きるの」
現代のファッションブランドは、「舞台に立っていないときのダンサー」のスタイルに注目する。代表格はおそらくLive the Processだろう。ロビン・バークレー(Robyn Berkley)とジャレッド・ヴィア(Jared Vere)が2013年にスタートしたアクティブウェア&ライフスタイル ブランドLive the Processは、パフォーマンスウェアの世界を大きく広げた。何気ないエレガンスを作り出す要素は、すっきりしたライン、高品質のファブリック、多様にレイヤードできるデザイン。そもそもLive the Process誕生の発端は、少女時代にダンス教室に通っていたバークレーのシンプルなレオタードだったし、レオタードは今でもLive the Processのベストセラー商品だ。
「私たちが作るのはフィーリング」であり、同ブランドのTribeca スタジオで開かれる成人バレエ教室では、「みんながそれぞれにふさわしいスタイルです」とバークレーは言う。エクササイズに新しいトレンドが生まれても、Live the Processはダンスとダンスに類似した活動を守り続けると決意しているから、「『ハイキングもいいんじゃない?』なんて意見が出ても、私たちは変わりません」と笑う。
市場に詳しいザロパニーは、LEMAIREのスターラップタイツやPaloma Woolのレッグウォーマーなど、ダンスを反映した過去のファッションを難なく挙げることができる。「ミーシャ」の愛称で有名なミハイル・バリシニコフ(Mikhail Baryshnikov)の、ユーモラスなショート パンツもある。

レッグウォーマーPaloma Wool
スクール オブ アメリカン バレエのクラスを訪れたときのミーシャは、ラムウールのウォーミングアップパンツを履いており、「『真夏の世の夢』に出てくるケンタウロスを連想させた」そうだ。ところが、カール・ラガーフェルド(Karl Lagerfeld)が発表した2010年秋冬シーズンのChanelコレクションには、なんとそのケンタウロスルックが登場した。
出番を待つ
バレエコア
1960年代後半から1980年代にかけては、バリシニコフが『Time』の表紙を飾り、 『サタデー ナイト フィーバー』が話題をさらい、鏡張りのダンスホールにはジョン・トラボルタばりのダンスが溢れた。果たして、ダンスブームは再来するだろうか?
「ABTのジャッキー ケネディ オナシス スクールで、ジョン・F・ケネディの孫のジャック・シュロスバーグ(Jack Schlossberg)が大人向けのバレエクラスをとってるのは、すごく喜ばしいことだと思う。望ましい人が参加して、あとは優れた映画さえあれば」ダンスブームは復活するはずだとデイヴィスは確信している。重要なのは、ダンスと時代精神を繋ぐ「新しい道」を作ることだ。1970年代のバレエ界を生き延びたゲルシー・カークランドの衝撃的な回顧録『わが墓上に踊る』を「インディー系のA24が映画にしてくれればいいんだけど」
バークレーは、欠かせないもうひとつの「道」を挙げる。「何事も始まりは音楽です」
将来ダンスをインスピレーションにしたスタイルが誕生するときは、ダンサーであり振付師でもあったボブ・フォッシー(Bob Fosse)とミュージック テレビの人気番組だった『Solid Gold』がいたるところに復活するだろうと、デイヴィスとバークレーは予測する。今のうちに、エドワード·カミング(Edward Cuming)のレッグウォーマーとCoperniのボディスーツを準備しておこう。

『Solid Gold』(1982年)のダンサーたち。(写真:Ron Wolfson/Michael Ochs Archives/Getty Images)

LOS ANGELES - 1987年:『Solid Gold』に出演した Janet Jackson。(写真:Michael Ochs Archives/Getty Images)
米国を含め、各国のダンス拠点ではアートへの資金提供が減少しつつある。だがデイヴィスが見るところ、ファッション界が直感的なインスピレーションを求める姿勢に変化はない。「彼らはみんな、バレエを観に行き、エイリー スクールを訪れ、オペラを鑑賞し、劇場へ足を運んでいます」
「ファッションにはすごく消耗するときがある。特にビジネスの面を考えるとき」と、ローラは含み笑いをする。「だからこそ、ファッションを作ることが本当に文化への貢献になることを理解するのが、すごく大切なの。その意味で、色んな種類のパフォーマンスを味わうは良いことよ。吸収したものが力になるから」
「パフォーマンスを鑑賞するのは楽しいしね」とディアナが続ける。「大好きよ」
「私たちが毎日やってることが注目されるのは、すごく嬉しい。だから、どんなファッションでも大歓迎よ」と胸を張るココは、プロ バレエリーナという職業を理解し、ダンスに幅広いオーディエンスをもたらすファッションに感謝している。「バレエの限られた世界がスタジオの外へ飛び飛び出すのは、素晴らしい」
Natalie Guevaraはライター、マーケティング エグゼクティブ、クリエイティブ コンサルタント。マイアミとドミニカ共和国を行き来しながら暮らしている。サブスタック『Mise-En-Scène』を発行している
- 文: Natalie Guevara
- 翻訳: Yoriko Inoue
- Date: April 10, 2025

