スピーカーとサウンドと聴覚体験

Ojasの創設者デヴォン・ターンブルが音響の完璧な微調整を語る

  • インタビュー: Arthur Bray

ハイファイ オーディオ機器のブランドOjasを立ち上げたデヴォン・ターンブル(Devon Turnbull)にとって、音響システムを作り出すことは、DJやミュージシャン、日々サウンドを楽しむ音楽愛好家と繋がり合うための彼なりのやり方だ。「僕が設計したサウンド システムでレコードが再生されることは、その都度、コラボを意味する」

ターンブルが提供するのは、単なるサウンド システムではない。彼が作るスピーカーには機能と造形が等しく共存している。聴くにも素晴らしく、目にも美しい。音響工学を学ぶ学生からストリートウェア デザイナーへ変身した経歴に相応しく、フォルムと機能を均衡させるやり方を知っているのだ。ビンテージの影響を受けて一切の無駄を削ぎ落としたスピーカーやアンプは、時代を超えた美学を満足させる一方で、新旧の間隙をテクノロジーで埋める。「これまでは、満足のいく重低音と美しい中音域を同時に聴くことはできなかった。それを実現したところが、僕が名乗れる貢献かな」とターンブルは言う。

彼が話を進めるにしたがって、ニューヨークのグラフィティ仲間、優れた音響文化を学ぶために訪れた日本、アンジェロ・バク(Angelo Baque)やヴァージル・アブロー(Virgil Abloh)といった独創的な逸材と一緒に行なったプロジェクトの話が絡まり合ってくる。ターンブルが育んだシナジーはデザインとファッションと音楽の世界を結びつけたが、この偉業を築くには長い年月がかかっている。まず2000年代に、ターンブルはTシャツで熱狂的なファンを獲得した「Nom de Guerre」をファッション ブランドへと成長させて、DIY精神を発揮した。15余年を経た現在、当時と同じDIY精神が音響事業に息づいている。Supremeやエース ホテルなど、有名な顧客が名を連ねるリストは長くなる一方であっても、優れた品質とディテールに対する配慮がひとつひとつの装置を完成させるうえでの中核であることに、変わりはない。ターンブルは完全無欠にカスタマイズされたサウンドを生み出すために情熱を燃やし、作業場を出ていくスピーカーには例外なく彼の手作業の跡が刻まれている。香港のラジオ局「FM BELOWGROUND」にいるターンブルにZoomインタビューを行ない、彼のサウンド システムが装備されたスタジオから、Ojasのサウンド、中音域、DIYのサウンド システム作りについて話を聞いた。

アーサー・ブレイ:ファッションとストリート カルチャーから出発した経歴は、現在の音響の仕事とどう関係してる?

デヴォン・ターンブル:僕は2000年にOjasという名前で服を作り始めて、グラフィティもやってた。このストリートウェアのブランドが成長して2003年に「Nom de Guerre」になったんだが、僕を含めて、メンバーはまだまだ若くて、いろんな面でかなり甘かったし、専門的技能が大幅に欠けていた。デザインの知識を持ってたメンバーは僕ひとりで、どう考えたって、アパレル業界を知ってる者は皆無。おまけに僕たちが活動を始めたニューヨークは、アパレル産業にとって厳しい場所だったからね。そこで日本へ行って、小ロットで高品質な製品を作ってくれるメーカーを探すことにしたんだ。そうやって日本で生産をしてるうちに、日本のハイファイに触れてとても刺激を受けたのが、今の仕事に繋がるきっかけだよ。

「小売店舗で使う理想のサウンド システム」の条件は?

僕が手掛けたSupremeの店舗を例にとると、あらゆる種類の音楽が、昼も夜も、かなり高い音量レベルでプレイされることがわかってた。だから日本へ行って学んだ知識を総動員して、まず調性を大事にしたな。

調性は、音楽を聴く人の体験にどう影響するの?

僕の場合、本気でハイファイを組み立てるようになってから、音楽を聴く習慣がいい方向へ変わったね。耳に入れる音楽の領域が、いい意味で広がった。可能な限り本物に近い自然なサウンドでオーディオ コンポを作り始めたら、可能な限り本物に近い自然なインストルメンタルの音楽を聴きたくなるもんだよ。

僕が作りたいのは、腰を落ち着けて耳を澄ませたとき、正確に再現された音楽を聴いてるんじゃなくて、音楽に浸ってる気分にしてくれるシステムなんだ。ステージの前の列に座ってるんじゃなくて、自分もステージにいて、音楽に取り巻かれてる感覚。

色んな音域を楽しむようになって、音楽の趣味が変わったってこと?

今でも相変わらず電子音楽は好きだよ。だからといって、調性や聴感のある中音域の美しさを見失う必要はないはずだ。90年代以降みたいにサブ ベースを利かせた音楽を聴きたいときは、少なくとも30ヘルツ程度まで再現しないと満足のいく結果は得られない。僕が大好きなビンテージのタイプのシステムは、大抵の場合、それがダメなんだ。アコースティックの音楽はすごくきれいに聞こえるのに、低いサブ ベースは出せない。

そこで僕は、きれいな音域を再生しているスピーカーを増強する方法じゃなくて、システムのほかの機器のハーモニクスの、高音部に合わせてサブウーファーを追加する。反対にシステム設計を変えて低音を再現させる方法もあるけど、別のスピーカーを追加すれば、ヒップホップもダンスもベースも聴ける上に、中音域も忠実に再現されるんだから。

どういうチームでやってるの? Ojasにはどんなネットワークがある?

素晴らしいネットワークができてるよ。それがなかったら、とてもじゃないけどOjasの仕事は成り立たない。ネットワークづくりで大きな割合を占めたのは、20世紀中頃の音響技術を持ってる年配のエンジニアを探し出すことだった。60年代から90年代にかけて、アジアにはまったく惚れ惚れするようなサウンド システムの技術があったんだ。僕が今やってることも、日本の福島にいる若林鋼二と知り合えたおかげ。13年前、会いに行ったときにビンテージのコレクションを見せてもらったけど、ニューロフォニックを再現する音響装置のコレクションとしては世界一、まさにオーディオの至宝だった。そもそもの馴れ初めから数えると、もう20年越しの付き合いになる。

サウンド システムの文化は世代の壁も超えてしまうのがおもしろいね。それだけ文化に占める場所が大きいということだ。

ただし、その流れはずっと続いてきたわけじゃないんだ。かつてハイファイに凝って、豊富な知識と技能を持っていた人たちは今50代になって、音響の世界から姿を消しつつある。一方で、そのハイファイ文化にもう一度関心を向け始めているのが30代だ。だから僕は、自分の仕事として、保存を強く意識している。

パンデミックを受けて、OjasはDIYキットの方向へ舵を向けたようだけど、自分で作るオーディオ スピーカーはずっと考えてたことなの?

ホーム オーディオは前からずっとやりたいことだったから、別に方向転換の必要なんかなかった。たまたま今の時期に僕の関心がそこへ向いたのは、ラッキーというしかないな。DIYキットに関しては、パンデミックが始まった最初の週だったか、ヴァージルが電話してきて「時機到来だ。今なら、世間はお前がやってるホーム オーディオを受け入れる」って言うんだ。そこで「僕は今、何を提供できる何か」を考え始めて、ずっと一緒に仕事をやってるキャビネットのメーカーと話して、知恵を出し合って、最終的に、買った人が自分の家で組み立てられるキットを箱詰めにして出荷する方法を実現できた。

でも、興味を持つのはせいぜい5人から10人止まりだろうと僕は予想してたんだ。ところがInstagramでホーム オーディオのアイデアを発表したら、ほんの数時間で350人から注文が殺到しちゃって。でも僕は今までオンライン ビジネスをやったことがないから、ヴァージルが自分のオンラインサイトに僕用のページを作ってくれた。それが「Canary Yellow」。ヴァージルのところには、最高に才能があって頭のいい連中が揃ってるからね。でも結局、「Canary Yellow」で宣伝するまでもなく、完売だよ。アメリカ国内で手に入るドライバーを完売。その後もう一度在庫を補充したけど、それも1日か2日で売り切れた。

パンデミックのせいで、みんな、家で物作りに励むようになったんだな。

そう、「マイホームブーム」だな。「パン焼き」とか、色んな趣味が流行り始めてるよね。だけどみんな、家から出て音楽を聴きに行くことに飢えてるから、手が届く値段で、かつ家で組み立てられるものに癒される。

君が考える完璧なサウンドとは?

聴き手の耳に心地よく響くサウンド、じゃないかな。腰を据えて、ずっと聴いていたくなるサウンド。僕に言わせると、「いい」とか「もっといい」とか「いちばんいい」サウンドなんてないよ。結局は、自分だけのものを作り出して、自分のサウンドを見つけることだ。

Arthur Brayは、ファッションと音楽に関するカルチャー記事が専門。『HYPEBEAST』の元マネジング エディター、および『THE NEW ORDER』マガジンの寄稿エディター。『032c』、『FACT』、『Highsnobiety』に記事を執筆している

  • インタビュー: Arthur Bray
  • 翻訳: Yoriko Inoue
  • Date: March 12, 2021