螺旋の約束と危険

解放へ向かう上昇か、消滅へ向かう下降か

  • 文: Sam Adler Bell

どうすれば僕は自分の恐怖を知り尽くせるだろうか? 頭の中で裏返し、見る角度を変えては、結局最後に舞い戻る疑問だ。中心へ引き寄せる力に完全降伏することなく、恐怖に近付けるだろうか? 屈することを回避すれば、僕の中で荒れ狂うどんな嵐を防げるのか?

そんなふうに頭で遠慮がちな足踏みを試しているうちに、僕は螺旋の形に奇妙な安らぎを覚えるようになった。僕の恐怖、コントロールの欲求、その両方から逃れる方法を表している気がするのだ。最近は、あらゆるところで螺旋が目につくようになった。STORY mfg.のスパイラル ジャケットMarine SerreのTシャツ、Paloma Woolのセーターサンダル、[Kiko KostadinovとMedeaがコラボしたバッグThierry Muglerのスパイラル カットのデニム。Chopova Lowenaの2021年春夏と秋冬のコレクションには、螺旋形のチャームを使ったブラ、ネックレス、ドレス、スカートがある。これまで流行が去ったことがあるかどうかは別にして、タイダイも復活している。誇張した円形のデザインで有名なブラジルのデザイナー、マルコ・リベイロ(Marco Ribeiro)は、昨年の11月、「螺旋形にとてつもなく興味を持つようになった」とODDA マガジンに語っている。パンデミックが始まる前、彼とアルゼンチンの写真家ナゲル・リヴェロ(Naguel Rivero)は、リベイロの「ビッグ サークル ルック」シリーズをパリの路上で撮影した。ODDAの記事によると、「その後ロックダウンになってから」、リベイロは「イメージの上に黒い塗料で螺旋を描くようになった。すると写真に新しい意味が生まれた。これからは螺旋が僕の円になると思う」と話している。

衣服に現れた螺旋は視覚を混乱させ、その下にある体は曖昧になる。だがどうしたものか、螺旋で体を際立たせることもできる。女性ファッションに革命を起こし、マレーネ・ディートリッヒ(Marlene Dietrich)、キャサリン・ヘップバーン(Katharine Hepburn)、グレタ・ガルボ(Greta Garbo)らを装ったフランスのデザイナー、マドレーヌ・ヴィオネ(Madeleine Vionnet)は、陶芸家がろくろで粘土を挽くようにドレスを造形した。回転式のピアノ椅子の上に人体の1/2サイズのマネキン トルソーを置き、布地を着せかけ、縦糸と横糸に対して斜めに裁断したのだ。この「バイアス カット」によって、デザインは格子状の硬直した構造から解放された。ヴィオネが作るドレスは、女性の体を内側に押し込める代わりに、女性の体の線に沿って流れた。凸と凹、フィットとルース、動きと湾曲を可能にしたバイアス カットは、クチュールへの永遠の貢献になった。

円は輪を閉じるが、螺旋は閉じない。開かれたままで、曲がりながら進んでいくか、上方へ昇っていく。リベイロは螺旋に「成長、変化、動き、進歩」を見たし、ヘーゲル派哲学は弁証法を上昇螺旋的に考える。つまり、歴史は自らの内側と過去へ戻り、新しい概念の視点から古い概念を再検討した後、古い概念の新たな観念を新しい概念に組み込んで再生成する。いくつかの古代文明で、螺旋は生の営み、多産、再生を象徴した。螺旋は静止に抗い、進み続けることを僕たちの目と体に誘いかける。

だがもちろん、途上で僕たちが迷子になってしまう可能性はある。螺旋は成熟と進歩だけに向かう流れではない。下方へ、内側へと、僕たちを弾き飛ばすことだってある。その種の下降螺旋を辿るのは、決して良い兆候ではない。やがて螺旋に取り込まれ、吐き出されるだろう。方向感覚の喪失、催眠術にかかったような無抵抗、抑圧、支配、捕獲へと進む螺旋は、餌食の周囲を旋回する捕食動物と同じだ。

下降螺旋を辿るのは、決して良い兆候ではない

2月のことだが、ユタ州のKSLテレビ局は「スパイラル ジェティ」を訪れる人が大幅に急増したと報じていた。1970年にロバート・スミッソン(Robert Smithson)が制作したこの巨大なランドアートは、グレート ソルト レイクが北側に腕を伸ばした部分のローゼル ポイントにある。急に人気が高まったのは去年の3月。「パンデミックのあいだは見学者が非常に増加しました。その傾向は今も続いています」と現場を監視しているキュレータのひとり、ケリー・キヴランド(Kelly Kivland)は言う。「たくさんの人が広大な湖岸を目指していきます」

長さ457メートル余りのスパイラル ジェティは、6,650トンの玄武岩を運び入れて形成された。湖岸から突き出した直線部分は、やがて時計と反対回りに渦巻き、綿密に計算された螺旋を描く。遠くから見ると、巨大な黒いゼンマイ、自然ならざる場所に出現した自然のフォルムに見える。スミッソンがこの場所を選んだのは、ひとつには孤独で過酷な荒れ地だからだが、もうひとつの理由は、塩分の高い環境で繁殖するバクテリアのせいで、水面がピンク色がかって見えるからだ。彼は「人間と大地のあいだに存在する、恐怖の領域に興味がある」と言った。

スミッソンは、中心へ向かう方向と中心から遠ざかる方向、両方向に螺旋を辿ることを見学者に求めた。少しずつ角度を変えながら、繰り返し繰り返し、同じものを見るのだ。スパイラル ジェティのために書いたエッセイには、コンパス方位の一覧表がある。具体的には、16箇所のクォーター ウィンドと4箇所のカーディナル ウィンド。そして、それぞれの場所で目にするはずの光景も記述されている。「泥、塩の結晶、岩、水」、「泥、塩の結晶、岩、水」。どこも同じだ。

スミッソンは、時間の経過とエントロピーが作品を変化させること、その一貫性が脅かされることを意図した。制作したのは乾水の時期だったから、水位は上下するだろうし、時には水没してジェティの形状がはっきり見えなくなることもあるだろう。ところが現実には、気候変動のせいで、移ろうはずの作品はさほど移ろうこともない。水位が上下する頻度は低くなり、今では、ほとんど常に露出した状態だ。避けがたい崩壊を示すはずだったのに、そのままの姿を保ち続けているジェティは、その他すべての崩壊の姿を考えさせる。

螺旋は自然界の至るところに存在する。銀河系、指紋、貝殻、つる植物の巻きひげ。人間の生命を構成するDNAもそうだし、近年人命を脅かすことが増えた巨大な暴風雨もそうだ。自然界でもっとも一般的な螺旋形は、「驚異の螺旋」と呼ばれ、対数で表すことができる。90度毎の距離が、制御変数によって等比級数的に増加する。かくして、任意の部分を取り出して拡大すると全体像と相似になる「自己相似形」だ。殻を大きくしながら成長する軟体動物を考えればわかるように、自然界では、この法則が空間とエネルギーの消費を最低限に抑える効率性を意味する。獲物に近付く鷹も、光りに集まる虫も、ほぼ対数に基づいた軌跡を描く。黄金比「φ」で広がっていく対数螺旋は「黄金螺旋」と呼ばれる。その美しさでアーティスト、建築家、数学者を驚嘆させた神聖な幾何学で、ヴィオネはドレスをデザインし、サルバドール・ダリ(Salvador Dalí)は後期の宗教画を描いた。そのようなフォルムには「目に明らかなリズム」があると、ル・コルビュジエ(Le Corbusier)は言っている。

スミッソンの螺旋は「アルキメデスの螺旋」、別名「代数螺旋」だ。命名されたギリシャの数学者アルキメデスは、線同士の間隔が等しいこの螺旋形状を、時間の経過を通じて安定したふたつの運動の産物と表現した。ふたつの運動とは、中心を周回する運動と中心から離れる運動だ。精密さには欠けるが、もっとわかりやすい説明に変えてみよう。時計の文字盤の上で滑らかに回転している長針の上を、1匹の蟻が安定した速度で針先に向かって歩いていると想像してほしい。この蟻が長針の動きと共に回転しながら前へ進んだ結果、文字盤の上に描かれる軌跡が「アルキメデスの螺旋」だ。スミソンはかつて「時間はメタファーを具象に変える」と言った。螺旋は時間を具象に変える。

パンデミックの時期にスパイラル ジェティへの関心が高まったことは、いとも簡単に説明できる。みんな時間を持て余していたし、他の場所は閉鎖されて、行ける所がなかったから。だがそれ以外にも理由があるのではないかと、僕は思っている。ハイディ・ジュラヴィッツ(Heidi Julavits)は、2017年に発表された素晴らしいエッセイで、家族と一緒にジェティを見学しに行ったときのことを書いている。ジュラヴィッツは、いかにも母親らしく子供たちを「カラスちゃん」と呼んでからかうのだが、その旅行には、子供たちに関する気懸りと死につつある惑星で彼らが遭遇する未来への不安が暗雲となって垂れ込めた。「ジェティで、インターネットは使えるの?」とカラスたちは尋ねる。そしてジュラヴィッツは「考えた。将来体験するかもしれない壊滅的状況に、この子たちは十分備えが出来ているだろうか? 要するに、この子たちには今からもっと定期的に恐い体験をしていてほしいと思ったのだ」

その通り、螺旋は恐怖への道となり得る。螺旋、コルクの栓抜き、螺旋形のフォルムを作品に使い続けたアーティストのルイーズ・ブルジョワ(Louise Bourgeois)は、螺旋が演じるさまざまな役割を理解し、螺旋は「カオスを制御しようとする試み」だと書いている。彼女にとっては、螺旋のどこに身を置くかが重要だった。外縁か、それとも渦の中か? 外側に向けて回転すればいつか脱出できるが、内側に向けて回転すれば「後退し、圧縮され、最後には消滅する」。ちなみに、クリス・ロック(Chris Rock)が主演する『ソウ』シリーズの最新作も『スパイラル』というタイトルだが、ここで理由を追究するのは止めておこう。

小説家であり批評家でもあるジェーン・アリソン(Jane Alison)は、螺旋形のストーリーがあると主張する。「螺旋形の語りは、登場人物の魂や過去へ深く下降する軌跡を描くこともあるし、回りながら未来へ向かう上昇の軌跡を描くこともある。繰り返しに近いが、常に進行している」。回顧録によくある構成だ。自分の過去に没頭した、あるいはアリソンの言葉を借りるなら自分の過去に「憑りつかれた」語り手は、「回転しながら、もっとも強く影響された過去の瞬間を手の中で転がし、繰り返されたパターンとかたちを凝視する」。亡くなった父を物語る『ミスター・ポッター』で、ジャマイカ・キンケイド(Jamaica Kincaid)は「執拗に物語の撚り糸を引き寄せ、紡ぎ、布地に織りあげて、その布を自分に巻き付けているようだ」

螺旋形の物語は、慎重な糸繰りの作業と同じく、多数の糸で構成される。中心はあるが、固定された中心ではない。周囲で糸が渦巻き、固く締まるにつれて、中心の意味と場所は変化する。

僕はこの数週間というもの、1942年発行のサルバドール・ダリ自伝に書かれたエピソードに頭を捻っている。ジークムント・フロイト(Sigmund Freud)がパリに到着した1938年の6月、ダリはブルゴーニュ地方のサンスで「カタツムリを賞味」していたという。多数のシュールレアリストと同様、精神分析学の祖はダリの崇拝の的だった。不合理は近代的理性の死に手向ける精神からの解答であり、無意識の発掘はシュールレアリストたちを支える基盤だった。

ダリはフロイトに会うことを熱望し、一度ならず機会を掴もうとしたが、果たせていなかった。フロイトの到着に友人たちと歓喜したダリは、「大声で叫んだ」という。「その瞬間、私はフロイトの形態の秘密を発見したからだ!」。興奮したダリは連れの仲間たちの前で断言した。フロイトの「頭蓋はカタツムリだ! 彼の脳は、針で突き刺して引っ張り出すカタツムリと同じ螺旋形だ!」

途方もない記述に僕はびっくりしたが、驚きから立ち直ってみると、この逸話の精確な意味合いに唖然とした。意外なものを並置するのはダリの表現方法であり、夢の論理と客観性の封印を破る手段だった。そして確かに、フロイトにはカタツムリのようなところがあるのだ。超自我、言い換えるなら、親や宗教や当局に要求される専制的な観念が僕たちに植えつける意識は、直線的だ。「私の行為ではなく、言葉に従え」の一言に尽きる。偏執的で、短絡的で、無分別に自己批判的で、抑圧的で、残酷。頭の中の声がお前は「これ」だと告げるとき、「あれ」になる可能性があると、実存の危機を感じさせる。そのように独裁的な直線性に反して、フロイトは旋回軸と揺れを提言した。

それだけではない。気楽な快楽主義者の語り口でダリが書き残した逸話は、なかなか会うことが実現しなかった年月に生じた、不吉な時代背景を完全に無視している。フロイトと彼の家族は、オーストリアを逃れてロンドンへ向かう途中、乗り継ぎのためにパリに降り立っただけだ。フロイトの日記には国外脱出に至るまでの一連の出来事が、驚くほど言葉少なく記録されている。3月13日は「ドイツ、アーストリアを併合」、3月14日は「ヒトラー、ウィーンに到着」、娘がナチス警察に逮捕され、尋問された3月22日は「アンナ、ゲシュタポに連行」

ドラムのスタッカートのようにトラウマがフロイトを襲っている状況で、ダリの記憶に残ったのは、待ちに待った満足を得る自分の快感だ。同時に、フロイトとの出会いの底にあった強暴性を、ダリは無意識のうちに露呈している。ナチスによる人種差別科学がヨーロッパ大陸にはびこり、ユダヤ人が動物のごとく扱われて人間性を奪われているとき、ダリは形態学を持ち出し、真っ直ぐの鋭利な道具で「引っ張り出す」ことを頭に浮かべた。エスカルゴを味わいながら、崇拝するフロイトのカタツムリの殻のような頭蓋に入った螺旋形の脳を想像した。ついに、捕らえ、調理し、味をつけて皿にのせ、味わうことができる。ダリは一時期ヒトラーに心酔したが、この頃には熱も冷め、スペインで台頭した新たなファシスト、フランシスコ・フランコ(Francisco Franco)に長らく傾倒する時期が始まったことを付け加えておこう。

してみればおそらく、何度もフロイトとの会見を試みつつ一度も実現しなかったウィーンの日々を通じて、ダリは鷹のごとくフロイトの周囲を旋回していたに違いない。しかし、フロイトは抜け目のない獲物だ。パリではなく、ロンドンでついにダリの欲求が満足されたとき、出会いは失望に終わった。「私は古典絵画に無意識を探すが、君の絵画には意識を探す」というフロイトの言葉を、ダリは批判と受けとった。ほぼ間違いなく、そうだったろう。

両者の出会いに関しては、ダリの自伝以外に、ふたつの資料が残っている。ひとつは共通の友人シュテファン・ツヴァイク(Stefan Zweig)宛てにフロイトが送った手紙で、ダリを紹介してくれたことに礼を述べ、ダリの「紛れもないテクニック面の熟達」を挙げている。もうひとつは、会見中にダリが描いたフロイトの人物スケッチだ。それは、彼が「発見した」フロイトの腹足類のような頭蓋と螺旋状の脳が「大いに影響している」とダリは説明している。描かれたフロイトは、丸い眼鏡のせいで目が隠れ、がっちりとした額は、厳格そうで、横じわが刻まれている。その上に盛り上がった、髪のない滑らかな頭蓋。螺旋こそ描かれていないが、スケッチを見たツヴァイクは困惑し、「決してフロイトに見せる気にはならなかった。彼の顔の上に、ダリは死を予言していたから」と言った。フロイトがこの世を去ったのは、1年後だ。

無限という約束に引き寄せられ、目が回るほどの距離を辿ってみれば、恐ろしいほど出発点の近くにいることに気づく

螺旋は僕たちを欺くことがある。自己成就的な予言を託し、思いが現実になるはずだった螺旋が、想定した成果を音もなく落下させて終わる。無限という約束に引き寄せられ、目が回るほどの距離を辿ってみれば、恐ろしいほど出発点の近くにいることに気づく。どこへ目を向けようと、同じ光景が目に入る。僕たちはそのことをわかっておくべきだった。

螺旋は開かれているという僕の感覚を、ダリはかき乱す。彼が螺旋に惹かれる背後には、強暴な喜びが潜んで入る。ブルジョワにも同じ飛躍があった。子供の頃の彼女は川岸でタペストリーを「回転させ、捻り、ねじって」いたものだが、その後大きくなってからは、同じ動きで父の愛人の首を「締める」ことを夢見たと回顧している。ブルジョワにとって、螺旋は「捻り」だった。表層の静けさは、内側や下方に内包した暴力の嵐を告げる。僕たちが螺旋で自分を飾るのは、まさしくこの相反した理由のせいだろう。

螺旋は、それ自体、恐怖や苦痛や喪失からの脱出ではない。「A」から「B」へ行くための、不条理な別の道筋を示す地図に過ぎない。一義的な超自我に対してフロイトは、精神分析という、命令ではなく対話に基づいた別のストーリーを提起した。精神分析には過剰な解釈が必要だ。手の中にあるものを何度も何度もひっくり返し、違う角度から、違う時に、違う目で、繰り返し同じものを見なくてはならない。違う声をおびき出し、新しい糸で自分を紡ぎ、包み込む。だが、きつすぎてはいけない。体に合わないもので自分をグルグル巻きにしないように、気をつけなくてはならない。円は閉じることなく、再び回転し、そこには柔軟なゆとりがあるように。

_ Sam Adler-Bellは、ブルックリン在住のフリーランス ライター。『Dissent』マガジンのポッドキャスト『Know Your Enemy』で、共同ホストを務める_

  • 文: Sam Adler Bell
  • アートワーク: Gavin Park
  • 翻訳: Yoriko Inoue
  • Date: July 6, 2021