Stone Islandを紐解くA~Zガイド
卓越した実験ブランドのカルチャー、シルエット、素材の履歴
- 文: Sami Reiss @samisreiss
- Stone Island Archivist + クリエイティブ コンサルタント: Arco Maher

ボローニャに近い小さな町を、スポーツ、ミリタリー、ファッションを繋ぐ橋が貫いている。地図を描き出したのは、ガーメントダイ技法を考案したひとりの男だ。彼はPirelli タイヤのセールスマンだったこともあるし、熱心なイタリア共産党員でもあった。目印は袖につける黒いワッペン。そう、Stone Islandだ。Stone Islandは、定義を拒否すると同時に定義を生み出してきた。マッシモ・オスティ(Massimo Osti)による創設から42年を経て振り返れば、歴史からの学びと染色や素材の絶えざる実験が鮮やかに浮かび上がる。
1982年、古い軍用防水布から作った7着のキャンバス ジャケットで出発したStone Islandは、ビンテージの新たな出発点として目覚ましい売れ行きを示した。オスティは過去の軍装備や軍服を広範なアーカイブに蓄積しており、それらを参考にしたシルエットが新たな解釈や素材を与えられ、非常に異なるものとして生まれ変わった。初期のコレクションは参考資料から発展したが、過去に縛られることはなかった。コートは激しくストーンウォッシュをほどこされ、キャノン ジャケットやセーターはフランケンシュタイン並みに変容した。それにもまして、オスティはStone Islandで膨大な数のスタイルを創作した。それらの半分は伸縮性を備えたファブリックや最先端素材とジッパーやマスクの組み合わせ、半分は地中海、ミニマリズム、繊細の表現に二分される。
Stone Islandが相反する美学を繋ぎ合わせたわけではない。単にそれらをそのままに提示して、隔たりを埋めることは着る人々に任せた。何世代をも魅了する才能を持ち、飽くことのない興味と多様な技能を発揮し続けたオスティは、自由を与えた。そのうちにサブカルチャーが引き寄せられたのは、当然の成り行きだ。大雑把には、先ずファッションに敏感なミラノの洒落男たち、英国の狂信的なサッカー ファン、マンチェスターのアーティスト、グライム ラッパー、そして北米人という順番だった。彼らにとって、Stone Islandは新旧を結びつける可能性をもたらしただけでなく、ファッションの歴史、軍隊の歴史、テクノロジーのすべてが融合してさまざまな形を生み出す場でもあった。
では、服飾界でおそらくもっとも先進的なブランドとしてStone Islandを位置づけることになった、主要な要因と出来事を振り返ってみよう。

左から右へ:2008 Handpainted Camo ゴム化サテン ジャケット、2003 Oltre Ripstop、2007 Marsh Camo。冒頭の画像左上から時計回りに:2001 コヨーテ Ventile、2000 シェニール ニットウェア、1987 ゴム化サテン ジャケット パファー、1980 スキー ゴーグル、1987 Ice ジャケット スキースーツ、1989 パープル Ice Camo、2008 Tyvek Snowflake ジャケット、2000 ケルバー。
Al Panino sandwich shop
「Al Panino」カフェ
Stone Islandを熱烈に愛するファン集団の第一世代は、イタリア国内で発生した。1980年代初頭、オスティの初期の実験的創作に飛びついたのは、ミラノで青春を謳歌していたファッショナブルな若者集団「パニナリ」だ。サン バビラ広場のパニーニ カフェ「 Al Panino」にたむろしていたことから「パニナリ」と呼ばれ、それまではTimberlandやLevi’sなど、アメリカのスタイルを追いかけていた。
Badge
ワッペン
ワッペンは確かにStone Islandの名刺代わりだが、多様なデザインの関連を示す目印でもある。42年間にわたって変わることなく存在してきた黒い小さな布製ワッペンは、何をするでもない。技術面での目的はまったくないのだ。その代わりに、機能的な作品と未来的な作品を近づける役割を果たす。漆黒のテクニカル ジャケットにも、パーカーにも、コーラルピンクのパンツにも同じワッペンがあり、どれも同じStone Islandファミリーの出身であることを教えている。

左から右へ:2000 ブークレ ラムウール、2000 シェニール ニットウェア、2000 ウール モックネック。
Casual
カジュアルズ
Stone Islandと英国の結びつきは、デザイナーもののカジュアルウェアを着るサッカー ファン集団「カジュアルズ」によって作り出された。1980年代から1990年代始めにスエードヘッド以後チャヴ以前のムーブメントの一環として生まれ、Aquascutum、Burberry、Lacosteなどのプレッピー ファッションやデザイナーウェアと、時として暴力沙汰に発展するサッカー ファンが結びついたサブカルチャーだ。流血騒ぎも頻発し、現場には必ずStone Islandが見られた。そのためにStone Islandのワッペンを禁止したスタジアムもあったが、サッカー熱が薄れ、ファン離れが進むにつれて、Stone Islandと暴力の連想も消滅した。

1991 Reflective。
Decay
衰微
Stone Islandは、昔も今も、非常に特殊な機能を提供するテクニカル ブランドだ。とは言え、衰微はある。1990年代後期のダウン ジャケットは、繰り返し着用するうちに、特定のアンダーレイヤーが剥離する。「Ice」は、着用年数に限らず、温度による色の変化が多少後退することがある。セーターによっては、常に薄い小片が剥がれ落ちる。非常に最先端で、確実な立証がなされていない技術の副作用と言えるだろう。ラミネーションしたジャケットは硬くなるため、肘や肩の部分にひび割れが生じるが、それは不具合ではなく特色だ。ジーンズの色褪せと同じだが、年月ではなく、技術が作り出す風合いだ。
Euro ’92
欧州選手権大会1992
サッカーの話に戻ろう。前述のカジュアルズはどのようにしてStone Islandと出会ったのか? きっかけはサッカーの国際試合だ。1980年代中頃から1990年代にかけて、ユーロ トーナメントやワールドカップの選考試合を応援するため、イングランド代表チーム「Three Lions」と一緒に欧州へ渡ったファンたちがStone Islandと出会った。伝えられるところによると、イタリア代表チ―ム「Azzurri」を応援するパニナリたちの背中からStone Islandの存在を知ったらしい。1992年の欧州選手権大会でイギリスが破れたときは、一部のカジュアルズが開催地スウェーデンの衣料品店「Genius」から商品を略奪したという。

左:1980 スキー ゴーグル。右:2001 コヨーテ Ventile。
Function
機能性
長年Stone IslandのCEOを務めたカルロ・リヴェッティ(Carlo Rivetti)は、「僕たちはファッション企業ではない」と インタビューで語っている。『Esquire』のインタビューでは、「スポーツウェアではないし、カジュアルウェアでもない」と語った。おそらく真実だろう。Stone Islandは定義できない衣服を作る企業であり、真似のできない方法で「異なる」ブランドだ。1980年代後期の「Submariner」ロールネック セーターを例に挙げてみよう。外見はケーブル編みのフィッシャーマンセーターと昔の軍隊のジャンパーの中間だ。しかし、機能性を重視したふたつの典型的なデザインを融合させながら、その実、約束事を打破した好例でもある。どんな手法によるものか、ビスコース、ナイロン、アンゴラをミックスした4種類のファブリックは、ウェストに伸縮性を与えているし、オフカラーのロールネックだ。アーカイブ、ランウェイ、ストリートを問わず、単独の衣服を複製することのない進歩的な選択の結晶と言える。
Mussola Gommata
ゴム化モスリン
Stone Islandのアーカイブには、風雨にさらされて平たくなった印象のショートジャケットやロングジャケットが散見する。それらの多くに使用されているのが、ゴム化モスリンだ。コットン モスリンにポリウレタンの薄膜をラミネートしたゴム化モスリンは、Stone Islandが特許を取得したファブリックであり、Stone Islandと同じくらい長い歴史を持つ。仕上がりはナイロンのボンバー ジャケットに近い雰囲気だが、より薄く、より丈夫で、色の種類が多い。つまり、ボンバーとは似て非なるということだ。

2000 ブルー ケブラー。
Paul Harvey
ポール・ハーヴェイ
1996年にオスティがStone Islandを退社]すると、リヴェッティはポール・ハーヴェイ(Paul Harvey)をデザイナーとして起用した。セントラル セント マーチンズ校で学んだ後、一時期はトラック運転手をした時期もあるハーヴェイは、当時、オスティと同じ実験精神を持つドイツのブランドSabotageにいた。そして2008年までStone Islandに在籍した。ハーヴェイの退社後はリヴェッティが統括するデザイナー チームが後を引き継ぎ、現在Givenchyに在籍するジョシュア・ブレン(Joshua Bullen)がリード デザイナーを務めた時期には、コレクションに抑制とディテールがもたらされた。ハーヴェイのテーマはほぼひとつだった。ベルト使いとミリタリー デザインが多く、Stone Islandの作品がパリやミラノにもっとも接近した時期でもある。現在、ハーヴェイは1971年にオスティが創設したC.P. Companyのヘッド デザイナーとして、無駄のないダイレクトなデザインを創作し続けている。

左:1989 パープル Ice Camo。右:1987 Ice ジャケット スキースーツ。
“Ice”
「Ice」
適切なファブリックを使えば、Stone Islandでもっとも歴史の長いシルエットでさえ、新しい注目の的になる。その点、接触や天候の変化に応じて色が変わる「Ice」シリーズほど目を引くものは少ない。ジャケット、パンツ、ニット…どれも熱感応だ。ジャケット第1号は1987年に発表され、初期のアーカイブ アイテムは、今も超人気のコレクターズ アイテムに数えられる。テクノロジーの進歩と共に絶え間なく新しいシルエットが発表されるが、いずれも色の変化には期限がある。
Jackets
ジャケット
根拠はないが、Stone Island以前の男性用ジャケットは機能的かフォーマルのどちらかで、ハイファッションではなかったという説がある。つまり、1980年代以前のジャケットは、田舎や山あるいは街中で着用するものに二分されていた。Moncler vs Burberryの図式だ。オスティとハーヴェイは両者のギャップを埋め、軍服を参考にして、機能性を備えていながら着る人を選ばないジャケットを作った。あらゆる状況に応じるデザインを念頭に、素材によって、用途と外観を多様に拡張した。それまでとは違う種類のアウトドアのために作られたジャケットだ。以来、ファッションはほぼ同じ路線を踏襲している。

2000 ケブラー。
Kevlar
ケブラー
単なる手法としてもファッションとしても、衣服産業はケブラーの染色をなしえずにいた。しかし2000年にハーヴェイが初めて適切な染色方法を考案し、Stone Islandは、ラミネーションとコーティングをほどこした一連のパーカーやデッキ ジャケットを発表した。時には防弾の強度さえ備えたファブリックは、きわめて軽量で頑丈だった。20年あまりが経過した現在も、Stone Islandは最先端を走り続ける。最近では、プロトタイプをリサーチして、まだ未完成のために工場生産を行なわないコレクションを発表したが、その中に含まれているのが「ストレッチブロークン」ケブラーを使用した100点限定のジャケットだ。同じく強度のある繊維だが、防弾ほどではない。
Linen
リネン
Stone Islandの特色は、主として、ライトな素材とヘビーな機能性の対比に要約される。ありえないほど薄く、しばしば傷んだような外見のジャケットでも、体を守ってくれる保温性がある。新コレクション「Shadow Project」に多数登場するラバー加工リネンは、もっとも驚異的な実例だ。
Modena
モデナ
オスティは多くを生み出した偉大なデザイナーであり思索家だったが、その割には英語で書かれた記事が少なすぎる。とは言え、細々とした事実はあちこちから飛び出してくるもので、それらを総合すると、ユニークで、若干出不精な人物像が浮かび上がる。オスティはモデナ近郊のラヴァリーノから離れることを好まず、6万種の染料と無数のファブリックを収容するStone Islandのラボも、ラヴァリーノに建設した。しかし、仕事一筋ではなかった。1990年代初めには、ボローニャの市会議員に選出され、共産党のチケット販売を推進している。アイデアの源泉を明確に説明するのは難しいが、他のファッション中心地から隔絶したラヴァリーノは、オスティの作品にみられる距離感を理解するうえでの手掛かりになる。
Numerical ordering system
数字配列システム
若干の努力は必要だが、Stone Islandの製品を理解し、年代を突きとめる方法がある。製品のタグに記された一連の識別番号だ。普通は9番目の数字の後ろに斜線があり、計12桁で構成されている。最初の2つは製造年とシーズンを示す。偶数は春夏シーズン、奇数は秋冬シーズン。次の2つはブランド、つまりStone Islandか、C.P.か、その他の派生ブランドか。5番目はアイテムの種類、6番目はモデル。例えば「Ice」ダウン ジャケットといった具合だ。次に3つの数字が2組続く。最初が生地、次が染料だ。厄介だが、真剣なコレクターにはこれらの数字を見ることが習性になる。野球カードの裏面と同じく、コードは本物と偽物の特定に役立つからだ。

1996年、NoelとLiam Gallagher(写真:dpa picture alliance / Alamy)。
Oasis
オアシス
Stone Islandは、レイブとサッカーの熱烈なファンが多いマンチェスターで、特に人気があった。おかげで左腕にワッペンをつけて登場したミュージシャンも、枚挙に暇がない。中でも有名なのは、Stone Rosesのイアン・ブラウン(Ian Brown)、グライムMCのカノ(Kano)、Oasisのリアム・ギャラガー(Liam Gallagher)。ギャラガーの好みは幅広く、慣習に逆らった選択も見られる。
“Shadow Project”
「Shadow Project」
いかにしてStone Islandはアメリカに根づいたか? おそらく、音楽を通じて徐々に浸透したこともあるだろう。だが、ベルリンを拠点とするテクニカル アウトドア ブランドACRONYM®と手を組んだ「Shadow Project」の存在も大きい。2008年に設立された ACRONYM®のデザイナー、エロルソン・ヒュー(Errolson Hugh)がかつてハーヴェイの下で仕事をした縁から、コラボは実現した。無駄のない明確なラインのデザインはStone Islandの主力製品ほど実験的な外見ではなく、黒を多用したコレクションは、船乗りより宝石泥棒を連想させる。黒でなくても同じだろう。アーカイブの他のデザインより欧州色が弱まっているのは、イタリアの外の世界に目を向けた証だ。Stone Islandがニューヨークにもっとも接近したコレクションでもある。

1999 ピュア メタル シェル。
Pertex Quantum and Pure Metal
パーテックス クァンタム & ピュア メタル
Stone Islandは先ず最初にファブリック、次にシルエット、最後にシーズンと言われる。又とない実例を2つ挙げよう。ひとつは、先頃新たに誕生したダウン ジャケット「Pertex Quantum Y」。Y形の極細糸が組み合わさった画期的なシェル素材は、薄く、光沢がある。もうひとつは、真空状態で軽量のポリエステルにステンレススチールの薄膜を付着した「Pure Metal」ジャケット。何とも実験的だ。Stone Islandによると、超磁気放射線からコンピュータを遮蔽するために、航空機でも同じ素材が使われているそうだ。「Pure Metal」ジャケットの初期モデルのタグには、落雷時に最悪の事態を回避するため、レザーソールの靴の着用が勧告されていた。黒と白で刺繍されたワッペンは、先進のリサーチによる製品であることを示している。先端技術を応用した他の製品群と同じく、「Pertex Quantum Y」と「Pure Metal」のどちらも一見棚ざらしにされていたような外見だが、勘違いなどありえない。

1987 ゴム化サテン ジャケット。
Raso Gommato jackets
ゴム化サテン ジャケット
Stone Islandと言えど、素材と処理方法が無限にあるわけではない。ただ、それらの組み合わせは無限だ。Stone Islandのウェブサイトによると、「Raso Gommato」は軍隊で使用されていたコットン サテンに薄くポリウレタンを塗布したもので、広範な素材のなかでもひときわ抜きんでたファブリックだ。コットン サテン「Raso」はアーカイブのなかで、おそらくもっとも幅広く使用される重要な素材であり、代表作には加工キャンバスのテント風パファーやシェルが含まれる。メタルやゴムで加工する場合もあり、世界中で広く使用されている。

Serie 100。
“Serie 100”
「Serie 100」
ハーヴェイ時代の2001年にスタートしたウィメンズウェア「Serie 100」は数シーズンで終了したが、大ぶりなデザインが多いStone Islandに、より体にフィットしたシルエットをもたらした。ジャケットはブルゾンあるいはCrombie社のデザインを思わせ、タグは無く、メッシュが使用されていた。どちらも、それまでのStone Islandにはなかったことだ。「Serie 100」は、少数ながら、ハーヴェイのデザイン理念である熟慮とミニマリズムをもっとも純粋な形で表現していた。なかでも名作のメッシュ ジャケットは、PradaやJil Sanderの過去の一時期を彷彿とさせる。

1987 テラ ステラ。
Tela Stella
テラ ステラ
普通ではありえない、だが重要な意味を持つ始まりだった。1982年、トラック用防水キャンバスを手に入れたオスティは、それを使って7着のジャケットを作り、新ブランドStone Islandとして発表した。やがてStone Islandはメイン ブランドであったC.P. Companyから分離し、とめどなく発展することになる。誕生のきっかけとなった素材は「Tela Stella」と呼ばれ、以後も断続的に使用されている。Stone Islandが軍隊から非常に大きなインスピレーションを得ていることを、もっとも端的に示す象徴だ。

タフィー ラッパー。
Toffee Wrapper
タフィー ラッパー
機能性を備えた衣服だからと言って、何から何まで100%機能尽くしなわけではない。例えば1987年に発表されたアウターウェア シリーズ「Toffee Wrapper」のジャケットは、「キャンディの包み紙」の命名にふさわしい光沢が特徴で、濡れたような外見を持ち続け、以後も散発的に生産されている。「Toffee Wrapper」は、程度の差こそあれ基本的に艶出し軽量シルクを加工したもので、Stone Islandのアーカイブのなかでも非常に印象が強い。「Toffee Wrapper」テクノロジーを使いこなして常用に耐える製品を作り出したブランドは、Stone Island以外にない。
Urban Puffer
都会のパファー
1970年代初期に初めてパファー ジャケットをスキー場から都会へ持ち込んだのは、オスティと彼のブランドChester Perry(後にC.P. Companyと改名)だったと言われる。シルエットを考案したのはエディ・バウアー(Eddie Bauer)だとかクラウス・オーベルマイヤー(Klaus Obermeyer)だとか諸説あるが、Stone Islandのパファーに大きく影響したデザインは、1950年代にMonclerが作っていた初期ダウン ジャケットに遡ることができる。現在、ミラノを拠点とするブランドMonclerとStone Islandは公式のパートナーだ。MonclerがStone Islandの株式を買い取ったのが2020年、その翌年に残りを取得して完全子会社とした。Monclerにとっては初めての買収であり、複数ブランドを傘下に置くファッション グループを形成し、更なる成長を遂げる基盤となった。買収に踏み切ったMoncler CEOのレモ・ルッフィーニ(Remo Ruffini)は「Stone Islandは10年前のMonclerを強く思い出させました」と語っている。買収後のStone Islandは、ストックホルム、成都、シカゴ、その他へ店舗を置いて小売り事業と広告を拡大したほか、ランウェイ ショーを開催し、ロサンゼルスで膨大なアーカイブを展示している。

左:1995 レッド Raso Floccato ベルベット。右:1995 Raso Floccato ベルベット。
Velvet
ベルベット
Stone Islandの製品すべてが保護性や機能を備えているわけではないし、複雑な研究の所産でもない。数は多くないが、ベルベットを使用した製品もある。1995年にはフロック加工ベルベット「Floccato」でライニングしたパーカーが登場し、2005年に「Riot Mask」のデザインでリメイクされた。同様に、テクニカルウェアとヨットウェアの中間に位置するオーバーシャツやジャンパーも多いが、再販サイトではあまり見かけないかもしれない。
West Berlin
西ベルリン
Stone Islandのコレクションは、ファッション界のシーズンのスケジュールにしたがって発表される。しかし、2024年初めにミラノで開催された2024年秋冬コレクション以外に、ランウェイで発表されたショーはブランドの歴史を通じてただ1度しかない。1987年、ベルリン生誕750周年と衣類業界の歴史150年を祝い、西ベルリンで開催された記念式典でのことだ。ショーにはオスティの2つのブランドが混ざり合って登場し、ダンスやスモークのほか、オスティによるサウンドトラックが使われた。このサウンドトラックは、レコード盤再販サイトから適正価格で入手可能。
X Marks the Spot: Ground Zero
グラウンド ゼロ向かいのX地点
マンハッタンのグラウンド ゼロから道路を挟んだ向かい側に、ディスカウント デパート「Century 21」がある。長いあいだ、Stone Islandを探せるのは、広いアメリカで唯一この場所しかないようだった。ほかにも若干在庫のある店舗はあったが、Century 21のスポーツウェア売場付近のどこかにある小さい棚こそ、Stone Islandの宝庫だった。間もなく棚は上の階へ移され、スーツの長い列の横に、ニットやTシャツやジャケットが一貫性もなく置かれた。季節外れの品も多く、厚手のパーカーが冬の終わりや夏にあったり、レインコートやニットが春の只中にあったりした。「Ice」は一度もなかった。「Mille Miglia」は時折あった。「Toffee Wrapper」は一度だけあった。ハーヴェイ時代が終わる頃で、彼のデザインは抑制されていたが、Century 21の中でも他の店舗の在庫の中でも際立っていた。僕もCentury 21でStone Islandを10点くらい買ったはずだ。完璧なカットで裾が未処理のカーキ色のパンツは、厚手のコットン ギャバジンで、後ろポケットの近くにワッペンがある。その他にパーカーが数着。濃いカーキ色で、隠れたポケットとドローストリングがたくさんある「Raso Gommato」。秘密の収納ポケット付きで、触ってもわからないほど薄いフィルムの冬用ダウン コート。C.P. Companyのゴーグル付きセーター。 ステッチの効いた厚手のトグル コートは、背中にセリフ体のスクリーン プリントがある。マンハッタンではわずかな数しか売られていなかった当時でさえ、Stone Islandは周知のブランドだった。棚が空っぽの日もあったし、乱暴に扱われ、乱雑に置かれ、ワッペンが剥ぎ取られるのも珍しくない。だから手に入れるには、手持ちの何かと交換する方法に頼らざるを得なかった。Grailedでハーヴェイのデザインに違うワッペンがついていたりするのは、そのせいだろう。Stone Islandの棚があっさり姿を消してから数年後の2020年にCentury 21は閉店したが、その前の2016年にStone Islandはニューヨークに旗艦店をオープンした。
Yachting
ヨット
ワッペンの効用のひとつは、さまざまな脇道へ逸れて多様な美学を追求する自由をStone Islandに与えたことだ。1980年代にローンチされた「Marina」シリーズはヨットウェアに近く、確かにStone Islandであることはわかるものの、他の難解な研究から生まれた実験的アイテムとは非常に大きな隔たりがある。「Marina」を代表するブルトン ストライプのシャツ、印象的なニット、トグル コート、コーラルカラーのデザインは、地中海の美学へStone Islandの足跡を拡大した。同程度の幅の広さを表現したブランドは、Ralph Laurenくらいのものだろう。
Zeltbahn cape
ツェルトバーン ケープ
1982年に発売された「Zeltbahn」ケープは、50%がアバンギャルド、50%が厳格な機能性のアイテムだ。クロード・モンタナ(Claude Montana)的シルエットと軍余剰品の特異な性格に挟まれたデザイン領域と言えるだろう。アイデアの元になったドイツ軍の「Zeltbahn M31」ポンチョはテントに早変わりしたが、「Zeltbahn」ケープでは実用性より美学が重視されたから、テントにはならない。ファッションとして優れている。軍装備との関連はデザインに関する深い知識と技術に覆い隠され、ただ1枚の布にStone Islandを貫くこだわりが見てとれる。

2008 Tyvek Snowflake ジャケット。
Sami Reissは家具やデザインについてのニュースレター『Snake』を執筆し、健康やその他のテーマについて『GQ』、『ESPN』、『Wall Street Journal』などで執筆している。Shining Life Pressから出版された『Sheer Drift』の著者であり、クリエイティブ コンサルタント、パーソナル コーチとしても活動
- 文: Sami Reiss @samisreiss
- Stone Island Archivist + クリエイティブ コンサルタント: Arco Maher
- 翻訳: Yoriko Inoue
- Date: April 5, 2024

