ファッションは発想が命のはず

実用性が独創的なアイデアに道を譲った2025年春夏コレクションにデザイナーの真の資質が示された

  • 文: Steff Yotka

先ずクイズで始めよう。2025年春夏コレクション ショーで盛大な拍手を送られた或るクリエイティブ ディレクターは、ショーの後に大勢のレポーターに取り囲まれたが、広報担当者がセレブ ファンのもとへ連れ去る前に次の言葉を言い残した。「人生、常にビジネスだけじゃないからね」。さてこのクリエイティブ ディレクターが誰か、おわかりだろうか?

現実に着られる服で始まり、実用性に徹した1年は、2025年春夏シーズンのランウェイ ショーによって終止符を打たれた。クワイエット ラグジュアリー、上流階級の美学、売りやすいシンプルな商品を掲げ、非凡な天才をクリエイティブ ディレクターの座から下ろし、実績を立証済みの企業人ーちなみに、この企業人は男性に限られるーを後釜に据える動きが、ファッション業界の基盤を弱体化した1年だった。2025年春夏シーズンのコレクションを見て「ファッションが生き返った」と結論するのは、誇張に過ぎるだろう。だがファッションの振り子は確実に、喜びと刺激を与える発想へ揺れ戻った。ともかく、その方向へ向かおうとしている。

「ファッションの世界が本来のあるべき位置へ回帰しつつある。そう言う人が多いわね」と語ったのは、ポッドキャスト『Fashion People』のローレン・シャーマン(Lauren Sherman)だ。シャーマンはこうも言った。「売上を伸ばすという商業的な発想のデザイナーがクリエイティブ ディレクターに任命されるケースを、私たちはたくさん見てきたでしょ」。だが現実はそうはならなかった。Gucciがアレッサンドロ・ミケーレ(Alessandro Michele)をサバト・デ・サルノ(Sabato De Sarno)にすげ替えてからの期間は、業績が20%下降した時期と一致する。

Comme des Garçons 写真 : Eva Losada。 トップ画像 : JW Anderson 写真 : Eva Losada。

ABRA 写真 : Adam Powell。

『ワシントン ポスト』のファッション評論家レイチェル・タシジャン(Rachel Tashjian)によるレビューはもっと手厳しい。曰く、デ・サルノの2025年春夏コレクションは「ラグジュアリーなベーシックのためのラグジュアリーなべーシックでしかなかった」

事実、ニューヨークでもロンドンでもミラノでもパリでも、主要な2025年春夏コレクションの多くは著しく精彩を欠き、かつてなく退屈だった。一年前、私たちは実用性に魂を売った。でも今、そんなことは露ほども思わない。ファッションには素晴らしい発想を売るデザイナーが必要だし、そのような発想がビジネスのパワーになりうると信じる経営陣が必要だと思う。「素晴らしい作品を作れる、本当に独創的なデザイナーがいるとする。独創的な作品は売れることもあれば、売れないこともある。だけど、売れなくてもほかの商品を売ればいい。必要なのは思考を喚起できるものを提供することよ」と、シャーマンは説明する。

2025年春夏シーズンのショーが幕を下ろした後、改めて思いだす価値があるのは私たちの思考を刺激したデザイナーたちだ。Pradaのミウッチャ・プラダ(Miuccia Prada)とラフ・シモンズ(Raf Simons)は、テーマを打ち出す代わりに、さまざまなキャラクターを舞台へ送り出した。眩いミラー ドレスにアノラックを羽織って、雨をしのぐパーティ ガール。ヒョウ柄のカーコートにスニーカーをつっかけて、近所のコンビニへ飛び込むアップタウン ガール。ケリーグリーンのボディスーツにシアなプレーリー ドレスをレイヤードした駆け出しの女優。全体としての雰囲気は奇妙で混乱さえしたが、大胆に因習を打破する精神は、Pradaというブランドとそんなブランドを愛する忠誠なファンを見事に浮き彫りにしてみせた。

Simone Rocha 写真 : Eva Losada。

VAQUERA 写真 : Eva Losada。

Saint Laurentもキャラクターにデザインを語らせた。ショルダーを誇張したスーツでイヴ・サン=ローラン(Yves Saint Laurent)を彷彿とさせるルックに始まり、豪華なブロケードを纏ったディレッタントへと変化したショーは、二元的なスタイルの謳歌だった。Ballyの自由な発想は、パンクなレザー ジャケットや小粋なジーンズの裾を曲線に変えた。Louis Vuittonは非常に美的な女性群像を創造した。チュニック、今シーズンの意外なトレンドとして注目を集めるワンレッグ トラウザーズ、ゴールドに煌めくフリンジ スカートを纏った女性たちはそれぞれに個性的で、繋がり合う要素は殆どなかったが、Louis Vuittonの幅広い顧客とは多くの共通項があった。Bottega Veneta、Valentino、sacai、Chloéも、新たな発想で女性のスタイルを打ち出した。Bottega Venetaとsacaiは臆することなく型破りだったし、ValentinoとChloéのシックには郷愁が漂っていた。独立ブランドに目を向けると、Kiko Kostadinovは宇宙時代のパイロット、ALL-INはアップタウンのガーリー ガールをテーマに、奇抜な手法で多彩なコレクションを構成した。有機的で挑発的なデザインの数々は垂涎の的だ。

SC103 写真 : Adam Powell。

Kiko Kostadinov 写真 : Eva Losada。

風変わりなキャラクターや素晴らしいキャラクター以外に、もうひとつ印象に残ったのは、これまでとは異なるセクシュアリティの表現だ。Balenciagaのボディスーツ ランジェリーからChopova Lowenaのブルマーをちらつかせるカンカン ガールまで、あらゆるデザイナーがセクシュアリティを他愛無く、可愛く、あるいは勇敢に主張した。Alaïaの厳粛な妖婦もAshley Williamsのカワイイ女子も、必ず罪深いアンダーウェアを覗かせている。代表はMiu Miuだ。クリスタルのベルトをレイヤリングしたボディスーツ、半分だけセーターに隠れたブラレットなど、モデルたちは永遠に着替えの最中に見えた。

これらは、どちらかと言えば、現代に対する楽観的な視点だ。川久保玲(Rei Kawakubo)はComme des Garçonsで恒久的な不安を表現した。移民危機からホラーと見紛うばかりのフォルムへ、さらに白い雲のような膨らみへと突き進んだ圧巻のショーは怖ろしく、緊張感に満ち、この上なく奇妙だったが、大きな塊状のツーピースの間から腹部が見えるルックはなぜかセクシュアリティを感じさせた。これこそがCommeの極意だ。挑戦し、何週間も憑りつき、店舗や発想の神殿に引き寄せる。私たちはそこで問いかけ、自分の体に纏わずにはいられなくなる。来年が創設20周年にあたる「ドーバー ストリート マーケット」は、川久保とパートナーのエイドリアン・ジョフィー(Adrian Joffe)が抱き続けるオブセッションの顕現であり、20年間にわたって発想が販売に転化した場所だ。世のCEO諸氏はこの事実を理解しているだろうか?

ALL-IN 写真 : Adam Powell。

HODAKOVA 写真 : Adam Powell。

時代と共に歩み続けるデザイナーの最たる例は、ジョナサン・アンダーソン(Jonathan Anderson)だ。LOEWEでは、 手作業で繊維を湾曲させたシルクやフェザーにプリントしたポートレートを誕生させて、服作りの技を新たな極限まで押し進めた。今回のショーでは、裾にワイヤを入れたドレスがスニーカー履きの足元で軽やかに揺れ、ジュリア・ノビス(Julia Nobis)がフェザーのブルマーとシャープなポロをフロントで結んだルックで登場した。牧歌的な顔つきでオーバーサイズなブローグを履いたLOEWEのモデルたちは天使を思わせたが、今まさに生まれ出ようとする文明のヒロインみたいで、ふさわしい居場所が思い当たらない。現実のどこに当て嵌めればいいかわからないものを目にするのは、とてもエキサイティングではないだろうか? 何かがまさに始まろうとする場所にいること、芸術とセレブと技とクールを繋ぐ新たな方程式の中心にいることに、胸はときめかないだろうか? だからこそ、アンダーソンは私たちの時代の理想のデザイナーであり、重要なデザインの仕事に応える理想の候補者だ。

ロンドンでのショーが終わった後、アンダーソンは「ショーをするなら、目的が必要だ」とレポーターたちに語った。「人生、常にビジネスだけじゃないからね」

  • 文: Steff Yotka
  • 翻訳: Yoriko Inoue
  • Date: October 11, 2024