コナー・マックナイトが
Connor McKnightに
なるまでに
エンジニアリングから転向し、今シーズン指折りの美しいメンズウェアを登場させた
デザイナーとM・バックマンの対話
- インタビュー: Melvin Backman
- 写真: D'Andre Williams

コナー・マックナイト(Connor McKnight)がConnor McKnightというブランドになるまでの年月には、数本のパンツの大きな存在があった。ハイスクール時代、Tumblrをスクロールし、American Apparelでアルバイトをする合間にほどいてみたパンツ。カレッジ時代、「広告代理店で働く気はなかったし、銀行勤めも嫌だったし、計理士になるのも気が進まなかった。それならビジネスを勉強して、何になる?」と思い始め、専攻したビジネスの勉学に躓いていた頃に、作ろうとして果たせなかったパンツ。その後、パーソンズ スクール オブ デザインで准学士号を取得し、KithおよびBodeで勤務経験を積み、パンデミックによる自粛生活の早期にじっくりと縫いあげたパンツ。
マックナイトは2020年に沸き起こった「黒人の命は大事だ」抗議運動の騒乱を目の当たりにし、黒人の日常について思いを巡らせながら、コロナ禍に襲われた最初の夏にコレクションを制作した。色はすべてアースカラーで、成長期を過ごしたワシントンDC中心部(通称DMV)らしいテック系ストリートウェアの要素と正統派のテーラリングが混ざり合っている。チェスターフィールド、転じてトレンチ、転じてパファーになったコートの裾やトラウザーズのアウターシームにあるゴムの「CM」タグは、Eddie Bauerのビンテージに付けても違和感がなさそうだが、今やConnor McKnightのシグネチャだ。
かくしてマックナイトのビジョンは瞬く間に人気を博した。ニューヨーク ファッションウィークのメンズ コレクションで発表枠を獲得し、モード界の多様性を目指して誕生した新組織「Black in Fashion Council」のシーズン0 デザインコンテストで初代受賞者となった。当初はベッドルームの床で作業したものだが、現在は小さな地下スタジオを持っている。だが、ブランドが成長し、注目と投資を受けるようになった今、新しい空間と新しいバイブスを模索中だ。ブルックリンのアパートでは、本と古いファッション雑誌がコーヒーテーブルを覆い隠し、「DHL」と名付けたペットのカメが暮らす水槽の下にも詰め込まれている。次なるステップははっきりしない。「秘密だよ」とじらす。だがマックナイトは確実に「どこか」へ向かい、「何か」をやる気だ。

写真:Jackie Kursel、スタイリング:Marion Kelly、アート ディレクション:Carolina Vogt

メルヴィン・バックマン(Melvin Backman)
コナー・マックナイト(Connor McKnight)
メルヴィン・バックマン:以前のインタビューで、服にはずっと前から興味があったと話してたね。古着屋で買った服を仕立て直してたんだって?
コナー・マックナイト:ハイスクールに入った頃、ただの趣味として裁縫を始めたんだけどね、先生についてきちんと勉強するわけじゃないから、バラバラにしてみるのがいちばん手っ取り早いんだ。分解したら、どういう具合に作られているのかわかるし、どこをいじればフィットが変わるかもわかる。
ハイスクール時代、いちばんの興味は服だった?
いや、運動をやってた。子供の頃からずっと、1年中野球をしてたよ。ハイスクールの1年生は私立の学校へ通った。
ブレザーとネクタイみたいな制服の学校?
うん、ブレザーはなかったけど。学校によっては毎日パンツやネクタイを変えられるのに、僕らの学校は禁止だったから、みんな手を変え品を変えて工夫したね。例えばネクタイは赤と青と白のストライプだったけど、細いストライプの糸を引き抜けるんだ。すると、違うネクタイになる。見つからず規則をすり抜ける方法を考える。これにはすごく感化されたな。

ちょっと違うことをして、誰か気がつくだろうか?っていうスリルは、ワクワクするよね。
そうそう。で、ハイスクールを卒業した後は、フォーダム大学でエンジニアリングを専攻した。子供の頃は車のデザインのデッサンを山ほど持ってて、大きくなったら何になる? という質問には、それが当然の答えだったから。
車から服へ転向した経緯は?
エンジニアの道を目指して数学と科学を受講したのはいいけど、エンジニアリングは、ある時点でクリエイティブの要素が強くなる反面、解析も多くなる。それが嫌でビジネススクールへ転校したら、こっちも2回生になる頃には心底うんざり。結局正気を保つためにビジュアルアートを副専攻した。
一からパンツを作ろうとしたときのことを覚えてるよ。何も知らないから、すごく難しくてさ。ただ、フィットしないことだけは予想できたんだ。興奮するほどすごくいいところまでいってるのに、どうしても完璧に仕上がらない。すごいフラストレーション。「さて、どうするか?」ってことで、少しばかりLiberty Fashion Fairsの見習いとして働いた。

ビジネスとクリエイティブと、ファッションの両面に関心があるんだね。
ファッションというのは、製品を売るうえで商業的な要素がものすごくあからさまな、ちょっと変わった業界だ。なのに、仕事を続けるうえでビジネスが非常に重要だってことを理解しないまま、キャリアをスタートするデザイナーやクリエイティブがかなり多い。大金持ちなら話は別だけど(笑)。そういう幸運な人は別にして、やはりどうしても何らかの経営モデルを持っておく必要がある。僕はいくつかの組織で働く経験を持てて、幸運だった。それぞれまったく違う経営方法だったけど、確固としたビジネス的視点があるのは共通してたよ。
Libertyはクロスオーバーな展開で、6か月に別物のドロップを20もやってたから、自然と「良いデザイン、成功するデザイン」を考えるようになって、Liberty Fairsの後、Kithでちょっとグラフィックをやった。Kithの後はBodeへ移って、同時進行でパーソンズに入学した。もっと服そのものに関わりたい気持ちが強くなったし、僕には正式な訓練が不足してたから。
デザインだけじゃなくて、実際に服を作れることにはメリットがある?
服を作れなかったら、パンデミック中にやったようなことはできなかっただろうね。例えば、僕は型紙を起こすのが大好きなんだ。何かを実際にやってみて「これは好き、これは嫌い」と言えるのは、車のボンネットを開けて「なんとかこの車をアップグレードしてみよう」と言えるのと同じだ。


つまり、色々な知識を蓄えていた。そしてパンデミックで自宅に閉じ込められた。そこで「何かやりたい」という気持ちから、服作りを始めたってことなんだね。
僕の場合、ひとりで家に閉じこもっているのはすごく良かった。だから最初に1点、次に2点目…、楽しいもんだから、どんどん作り続けたよ。そうやって10点もできあがると、「よし、アイデアはある。じゃあ、どうすればアイデアを完成できるか? どうすれば納得できるかたちにできるか?」が見えてくる。
抗議運動の盛り上がりも、きっかけになった。大勢の人が自分自身と対話した時期だったし、僕は、自分に対して大きな影響力を持つもの、自分にとって大切なものを見つけようとした。黒人のビジネスを支援しようという活動も活発になって、「数か月以内にはこのコレクションを発表できる。それだけで終わったとしても、少なくとも僕のコレクションを作った事実は残る」と思ったんだ。
オードリー・ロード(Audre Lorde)の名言を思い出すよ。「主人の道具が主人の家を壊すことはない」。米国のさまざまな体制の当事者、あるいは体制内で大衆が互いに向ける視線の変化であってもいいけど、そういうものが僕たちを進むべき方向へ導く可能性はあると思う?
僕らがいるファッション業界には、黒人文化が大きな影響を及ぼしてる。仮にトップに立つ人間が、毎度毎度実状にそぐわない決定を下していたら、いつかは、その理解不足が最終的な結果に現れると思う。その意味でも、僕は、僕自身のものとして感じるストーリーを語ることが大切だった。それが出発点。僕の進む道が、僕らが抱えるあらゆる問題の唯一の解決策とは思ってないよ。

現在も、その頃と同じ疑問や考えを持ってる?
これからもずっと、僕の一部であり続けるだろうね。最初に比べたら今はもう少しゆとりができて、僕と同じようなことをやってる人がたくさんいるのが見てとれる。デザイナーのあいだで自己表現や主体性が高まっている裏には、それがあると思う。それぞれが自分自身のストーリーを語る。誰かひとりがあらゆる人のストーリーを語るなんて、ありえないさ。
「黒人」デザイナーという括りの質問はしたくないと思ってたんだけど、ファッション、特にメンズウェアでストーリーを語っているデザイナーには黒人が多いよね。ウェールズ・ボナー(Wales Bonner)、ニコラス・デイリー(Nicholas Daley)、パイアー・モス(Pyer Moss)。黒人が語るストーリーは、集団としての語りの一部だと思う? それとも、あくまで個人的な語り、君自身が辿る道のり?
あくまで僕自身の道のり。ひと言で黒人の体験といっても、その中にはありとあらゆる道のりが含まれている。駆け出しの頃に壁に直面したのは、ひとつには、僕が自分をよくわかっていなかったからだ。だけど、自分を知ることの意味を理解して、自分を正直に表現できるようになってから、僕は何よりも自分に響くストーリーを語ろうとしてることがわかった。ただし、同じひとつの対話の一部ではある。
Melvin Backmanはニューヨークを拠点とするライター、エディター
- インタビュー: Melvin Backman
- 写真: D'Andre Williams
- 画像/写真提供: Connor McKnight
- 翻訳: Yoriko Inoue
- Date: August 8, 2022

