夢見た10代と今とDr. Martens
アメリカ中西部の退屈したキッドとニューヨーク暮らしの小説家デリア・チャイを繋ぐイエローステッチ
- 文: Delia Cai
- 写真: Benjamin Taylor

故郷イリノイ州ダンラップのハイスクールに通っていた頃、友人たちと必ず意見が一致することがひとつあった。日曜日の朝は神様のため、だけど金曜日の夜はライブのためにある。
週末になる。家族全員で家庭料理の夕食をとる。その長ったらしい苦行を乗り切るや否や、私たちは誰かしらの車に飛び乗り、Myspaceで耳にした最新コンサートを目指すのだった。怪しげな会場だったことは一度もないが、小綺麗であったためしもない。ヒップなコーヒーショップを目指して、隣の郡まで延々と車を走らせなきゃいけないことも何度かあったけど、ラッキーなときは橋を渡るだけでよかった。川の向こう側には進歩的な教会があって、使わない時間には、地元の無名のミュージシャンたちに場所を貸していたからだ。いざ会場へ到着してから門限までの貴重な自由時間は、薄汚れたミュージシャンの未熟なベースが発する風変わりサウンドに合わせて、頭の振り方を習得することに費やした。私のチェリーレッドのCanon コンデジは、聖体拝領のトレイのごとく、友だちの手から手へと回された。
そんなふうに中西部のDIYな音楽の世界から2000年代後半までを乗り切った年月が、10代でいちばん楽しい時期だった。ダンラップは鉄道の敷設に伴って生まれた町で、人口は1,500人。土地には肥料がほどこされ、ハイウェイは凍るほど寒い。それなりの数の町民が集まる場所と言えば、地元のフットボールチームのホームゲームか日曜学校しかなかった。それほど退屈だから、「車で走り回る」のがいっぱしの社交とみなされた。シカ猟の始まりを誰もが知ってる類の場所だ。子供たちが父親と一緒に猟に出かけて、学校の出席率が一気に下がるから。
典型的なオタク/生徒会会長/エモだった成長期の私は、町から出る日が待ちきれなかった。家にいるときは家族共有のコンピュータの前に何時間も陣取って、ニューヨークみたいなエキサイティングな都会での暮らしを疑似体験した。MyspaceやYouTubeは、それまで聞いたことがないような音楽を教えてくれた。私とさして歳が違わないようなキッズたちが、ヘアを尖らせ、ギターをかき鳴らし、かれらの故郷から出ていきたいと歌い続けていた。Centralia Mine Fire、The Fastest Kid Alive、Go Radioなどと名乗るバンドがいた地元の音楽シーンを正しく評価すべく、私たちはインターネットのリサーチ情報とガソリン代を貯めるようになった。起きてる時間は音楽について考え、喋ることに専念した。汗をまき散らしながら移動するお祭りに、もっと上手く参加する方法を練った。コンサートは、何もない町に閉じ込められた焦燥とソーシャルメディア初期の可燃エネルギーを結集し、思いもかけない帰属の新鮮な感動を作り出すお祭りだった。イリノイの片田舎で、反抗の選択肢は限られていた。

画像内の着用アイテム:Dr. Martens ブラック Elphie II Virginia レザー フラットシューズ。冒頭画像内の着用アイテム: Dr. Martens ブラック Buzz 5-Eye Milled ナッパレザー ダービー。
コンサートへ行くと、私は名もない観客のひとりの気がしたし、すごく特別な気もした。Hot Topicに占領された頭でピート・ウェンツ(Pete Wentz)を気取る集団とぎこちなくモッシュするのは、聖体受領の風刺みたいだった。みんなのファッションもつぶさに研究した。深く切れ込んだVネック、スパンデックスのジーンズ、シャワーのせいで張りを失ったまま何本も手首にぶらさがるネオンカラーのリストバンド、そしてDr. Martens。コンサート会場で、後には学校で、無数のバリエーションのDr. Martensが繰り返し繰り返し目についた。何より、あの紛れもないイエローステッチがウィンクを送ってくるようだった。コンサートが終わっても、消えることのないシンデレラの靴だ。私は、ダンラップの町でイエローステッチを見つけ、秘密の握手を交わすのがとても楽しかった。
先日のことだが、私が暮らして9年以上になるニューヨークで、真昼間にインディー バンドが観衆の前で演奏するのを目にした。そのときの私は、小説が1冊出版され、有名な雑誌の仕事を本業とする一方でニュースレターを始め、フォロワー数2万7千人という成功を収めていた。若かりし頃の私には、まったく予測できなかった人生だ。ステージに立っていたバンドのメンバーたちは、私がバンドTシャツをボタンアップへ、種々雑多なCDをSpotify Premiumへ乗り替えた時期より、はるか後の世代なのは疑うべくもなかった。ところが突如、私の全身に強烈な欲求が湧きおこった。今このときを10代の私と共にしたい! 彼女は今の私の暮らしをどう思うだろう? グリニッチヴィレッジのバーの奥まった席に腰を下ろす、32歳の私を。
10代の私は、友達とやろうと話していたことを実行した。ダンラップを出て、ビッグシティで暮らし、ミュージシャンにインタビューするライターになり、夜遅くまで出歩き、書きたいことを書いた。満足じゃないだろうか? それとも、ずいぶん遠くまで道を外れてしまったと思うだろうか? 会社勤めの履歴書とSpotifyの変わり映えしないプレイリストを見たら、やれやれとばかりに首を振るだろうか? すっかりおとなしくなった私の身なりに、抗議することは間違いない。ネオンパープルのスキニー ジーンズはどうしたの? メッシュのフィンガーレスの手袋はどこへ行ったのよ?

画像内の着用アイテム:Dr. Martens ブラック Elphie II Virginia フラットシューズ
あの日、ヴィレッジで対決した10代のオルタナガールは、強く私を揺さぶった。だからDr. Martensの最新モデルを試着する機会が持ち上がったとき、私はもう一度夢を体験しないわけにはいかなかった。もっと正確には、夢を最後まで見届けなくてはならなかった。
最初のDr. MartensはElphie IIだ。10代の私と重なり合った新しい私に、果たして似合うだろうか? 2月のある朝早く、足首にシューレースを巻き付けた。毎日の通勤は黒づくめが定番だけど、小粋な女らしさが際立って、気分が上がる。優れもののポインテッドトゥは、足に弓矢を括りつけてるみたいで、堂々と都会を歩かせてくれる。昔、家族共有のコンピュータにかじりついてTumblrに膨大な時間を費したものだけど、そうやって思い描いた夢のなかには、1日平均15,000歩を歩かざるを得ないメチャクチャな忙しさは含まれていなかった。でもそれだって、クッションの効いたソールが和らげてくれる。
それだけじゃない。新しいDr. Martensを履いた私は、通勤列車の中で、皮膚科のクリニックで、コーヒーを待つ行列で、親近感を味わった。あらゆる場所で、周囲の見知らぬ人たちのDr. Martensに気づいたからだ。Dr. Martensはもはや、2010年代中西部の舞台に閉じ込められてはいなかった。それを言うなら1990年代のグランジも1960年代のパンクさえも超えて、存在を「認める」感覚があった。言葉で説明するのは難しいけど、「秘密の地下室で握手を交わす」感覚だ。
週末にはElphieを脱いで、Buzz 5-Eyeを試した。数年前、ベルリンを発つ前の晩に突如クラブ「Berghain」へ繰り出すことになり、友人から借りた、そびえるほど高いブーツを思い出す。10代の私に言いたい。ほらね、私だって捨てたもんじゃないでしょ! 車を持たないニューヨーカーにとって、分厚いプラットフォームはパワフルなフットウェアだ。優れた実用性で、あれこれの雑用をこなす昼間も、リッジウッドの倉庫で開かれるコンサートへ出かける夜も、頼もしくこなしてくれる。年代を感じさせず、カメレオンのごとく環境に溶け込む。チャイナタウンの店先で野菜を買い、その後は公園で友達とコーヒーを飲みながらお喋りしていると、周囲の歩道のあちこちを黒いレザーシューズが歩いている。黒い靴という海の一滴であることに安心感を覚えつつ、でも私は私の黒い靴が特別なことを知っている。ニューヨークで暮らすということは、結局、そういう類の思い込みを育てることなんだ。多分、オトナであることもそうだろう。思い込みであれ、確信であれ、何かしらの生きる手立てを持つことなんだ!
私は「正しさ」の指標に頑固にしがみつき、すべてに間違いを犯して失態をさらすことを恐怖していた。ありがたいことに、そんなことはもう全部終わり。将来に怯えるティーンエイジャー集団の穴倉に身を投じ、モッシュで自分の存在意義を確かめる必要は、もうない。ジーンズにはゆとりがあるし、自分の望む場所が自分の居場所だ。
2月の寒い夜、ニューヨークの週末がいつもそうであるように、私はヘトヘトだ。息を切らし、たくさんのバッグとまだ熱いテイクアウトの箱を抱え、バワリー ストリートを延々と下り、通り過ぎる地下鉄の騒音を聞きながらマンハッタン ブリッジの近くで左に折れ、ボーイフレンドのアパートの階段を上る。玄関を入ったら私のダービーを脱いで、ここ何年も彼が履き続けているたった1種類の靴の横に置く。Dr. Martensの3989 Bex スムースレザー ダービー。ドアの横に並んだ私たちの靴は、それぞれに強情な旅を経て、はるかな道を辿り、ようやくここでお互いを見つけた冒険者のように見える。
Delia Caiはブルックリン在住のライター。メディア&カルチャーのニュースレターDeez Linksを運営している
- 文: Delia Cai
- 写真: Benjamin Taylor
- ヘア: Gabe Jenkins / Bryant Artists
- メイクアップ: Nolan Eakin / Bryant Artists
- 翻訳: Yoriko Inoue
- Date: March 26, 2025





