新しいメンズウェアの夜明け
ランウェイ直送のスタイルで
2024年春夏シーズンを先取りする
- 写真: Winter Vandenbrink
- 文: Thom Bettridge
- スタイリング: Thom Bettridge

2023年のメンズウェアは出だしから不安定だった。回転木馬のようなクリエイティブ ディレクターの入れ替わりは、絶叫マシンに成り変わった。ランウェイから燃え広がったバイラルは、熱狂的な関心の的にもなれば嘲りの的にもなった。ファッションは「ストリートウェア」の死を宣告したものの、次世代のファッション ミームを引き継ぐのが「クワイエット ラグジュアリー」であるとは、まだ宣言されていない。ひとつの章は終わったのに、次章は始まっていないといった感じだ。しかし幸運なことに、次のシーズンは必ずやって来る。
6月に開催された2024年春夏メンズウェアのコレクションは、明らかに新たな時代を目指した感があった。確かに、ファレル・ウィリアムス(Pharrell Williams)がラグジュアリー ファッションの神王の座に据えられて、華やいだ賑わいをもたらしはしたが、ショールームや不快な地下鉄やマイナーなランウェイのフロントロウは、「服が服へ戻った」という話でもちきりだった。クワイエット ラグジュアリーが差し出した脚本は、『メディア王〜華麗なる一族』でケンダル・ロイ(Kendall Roy)にLoro Pianaのベースボール キャップをかぶせるより、はるかに関心をそそるのだ。
ヴァージル(Virgil Abloh)-カニエ(Kanye West)-デムナ(Demna Gvasalia)が頂点を極めた時代、メンズウェアの世界に轟いたのがロックだったとすれば、先月、目にした優れたコレクションは「MTV アンプラグド」のアコースティックな響きだった。テクスチャー、カリスマ性、エレガンスを求める新たな欲求に溢れていた。「絶対に要注目」のシーズンであり、「映画より本のほうが面白かった」的シーズンであり、一言で言うなら「わかる人にはわかる」シーズンだ。そしてそのすべてが、「クワイエット (控え目)」や「ラグジュアリー (贅沢)」とは大きく異なっている。「クワイエット」も「ラグジュアリー」も、さほど「ファッショナブル」を意味しないからだ。そこで、世界のイキのいい男性諸君にふさわしい、メンズウェアの新ルールをご紹介しよう。
ニュー プレッピー
「プレッピー」に関しては、これまで多大なるエネルギーが注がれてきた。だが人生の3分の2を「プレッピー」スタイルで過ごしてきた僕としては、どうも焦点がズレている気がしてならない。そもそも「プレッピー」とは、記章の縫い取りや富裕階層の見せびらかし、さらにはチノパンツやポロシャツの問題ですらない。慣れ親しんだものや決まった服装に、心地よさと繋がりを持つのが「プレッピー」なのだ。もちろんどちらも社会経済的な規範ではあるが、それを言うなら、毛皮のコートだってスエードのローファーだって同じことだ。何度も何度も洗濯して、第二の肌とも言えるほどに馴染んだラグビー シャツはプレッピーだし、同じものを4度も買い直したブレザーもプレッピー。プレッピーが出来上がったのは、いちばん着やすく、いちばん手に入りやすかったからなのだ。
ニュー プレッピーは、『ゴシップガール』にもっと無頓着な感性を加味したスタイルだ。The Rowの秀逸なメンズウェアは、ニュー プレッピーの典型と言える。ボストン ミュール、薄手のデニム、カーコートなど、馴染み深いクラシックがシックに変容して、本来の控え目な無個性から生まれ変わっている。だが新しいプレッピーの素晴らしいところは、思いがけない場所に出現していることだ。例えばJW Andersonの2024春夏コレクションでは、幾何学を無視したニットウェアや目が錯覚するようなシュールなブローグに混じって、テニス ドレス、ラグビー シャツ、完璧な色褪せ具合のグレーのポロ シャツが見られた。

モデル着用アイテム: JW ANDERSON.

ニュー スポーティ
ゾロアスター教には善神と悪神があるように、メンズウェアにはスポーティとフォーマルがある。対立しつつ、緊張を孕んだ調和のなかで両立する二極の力だ。ここ10年、スポーティなメンズウェアは実用性の一言に尽きた。何もかもがブラックで、何もかもがゴープコア。Gore-Texの本社で過酷なテストに耐えられなければ、無価値とされた。だが今シーズンは、ハイテクなテクスチャに紳士服の明確なラインをブレンドした、新種のスポーティが成長しつつある。アスレジャーの対極と思えばいい。しゃがんだ状態から瞬時に立ち上がれる服装ではなく、出会い系サイトで知り合った相手の両親にいつでも会える服装だ。例えばアイスランド ブランドのRANRAは、テクニカルウェアながら驚くほど丁寧に色使いやセミグロスなテキスタイルを考慮し、バンダナみたいに後ろで結ぶベースボールキャップといったディテールも素晴らしい。RANRAを着る男性は、軍事訓練のようなパルクールに励む代わりに、染色されたテキスタイルと動きやすさを同じ程度に楽しむ。AURALEEは、シアなナイロン アノラックに代表されるように、レイヤードによってテクニカルウェアの実用性と最高にスマートなスタイルの感性を両立させた。極細ウールから非の打ちどころのないプリーツ入りのバミューダ ショーツを作り出すような手品が、AURALEEひいては新しいスポーティの真骨頂だ。
ニュー ワークウェア
見過ごされがちだが、「ストリートウェア」の時代は実は秘かに「ワークウェア」の時代でもあった。作業着という質素な分野が、ファッションの世界で新たな注目と居場所を得た時代だったのである。マシュー・M・ウィリアムス(Matthew M. Williams)やキム・ジョーンズ(Kim Jones)といったデザイナーは、超贅沢なミリタリー調のデザインや実用的なデザインで、ワークウェアの分野に参加している。一方で、例えば労働者御用達ブランドだったCarhartt Work In Progressはすっかりファッション界に認められ、Marniやsacaiなど、熱烈な信奉者を持つ高級ブランドとの提携も順調だ。ワークウェアが出世し、しかも獲得した地位に留まっていられるのは、ブルー ジーンズ、チョア ジャケット、Tシャツなど、多くのワークウェアが服としての完成形だったからだ。

モデル着用アイテム: LEMAIRE. 画像のアイテム:VanMoof 自転車.
とはいえ、新世界で果敢に奮闘するなかで、もっとも大きな成功を収めているのは実用性をロマンティシズムと引き換えたワークウェアだ。それはそうだろう。防弾チョッキさながらの無骨なズック地で実用性を見せつけたいだろうか? 時代に即しているのはボタンフライであることを議論したいだろうか? その点、才気あふれるLEMAIREは、ワークウェアの形状と素材を基本とする高度に実用的なウェアでありながら、色使い、プリーツ、動きによって軽やかさを加味する手法で難題を解消している。今シーズンに発表された美しいソルトグレーのデニムは、手染めで仕上げられ、これまで何百万回となく目にしてきたウェアに不可思議な感覚を抱かせる。あるいは、それによく似合うフィッシング ベスト。軽やかな素材と申し分のないフィット感がなければ、ただのキャンプ用品に見えただろう。今、君が「どうしてこれまでフィッシング ベストを持ってなかったんだろう」と自問しているなら、それはこのLEMAIREのフィッシング ベストの手柄だ。
ニュー スーツ
パンデミックが終焉して、毎日が「カジュアルな服装が許される金曜日」になった現在、思いがけず、スーツの世界はカンブリア爆発的様相の真っ只中にある。ご存知のように、今どきのサラリーマンが着ているのはシングルブレストのブレザーではなくPatagoniaのベストだし、これまでだってビジネス界の大物たちはスーツ派ではなかった。では昼間の任務から解放されたスーツはどこへ向かったのか? イブニングウェアや昼間のダンディズムという、エキサイティングな領域を徘徊しているのである。特にタキシードはコロナ禍への復讐を果たしている。Valentinoはミラノ ファッションウィークでメンズウェアを復活させ、Saint Laurentはブラックタイをたなびかせ、もっと実験的なKiko Kostadinovはスリーピースをツーピースに変容させた。由緒正しい紳士ベストのウエストとレイヤードなショール カラーを与えられたジャンプスーツは、従来のイブニング アンサンブルの枠を破壊し、従来のブラック タイが持ちえなかった気取らないエレガンスを漂わせる。

モデル着用アイテム: Kiko Kostadinov.

モデル (左) 着用アイテム: Kiko Kostadinov. モデル (右) 着用アイテム: Dries Van Noten.
だが、新しいスーツは日が沈んだ後に跋扈するだけではない。昼間にスーツで闘う戦士たちは、表情豊かなスーツ群の登場に狂喜するだろう。Dries Van Notenが披露したカラフルなテキスタイル、思いがけないパターン、1970年代風のシルエットは、世界中の都会派男性への贈り物だ。ただし、Dries Van Notenのピンクのピンストライプ スーツ、砂時計のようにウエストを絞ったブレザー、メッシュのモックネック、ベルボトムのトラウザーズで職場へ行くわけにはいかない。そういう出で立ちをする男性には、ユニバーサル ベーシック インカム(UBI)による特別な所得保障が必要だろう。
おそらく独創的なスーツでもっとも崇敬される老舗ブランドは、集団精神の不可思議なニッチからパンツとブレザーを誕生させる川久保玲のComme des Garçons Homme Plusだろう。今シーズンも手加減はない。インターネットは骨を投げてもらった犬のように狂喜し、フランケンシュタイン顔負けのオックスフォードが盛大にバズったが、本当のスターはスーツだった。切り刻んだファブリックのレイヤード、バミューダ ショーツ、トロンプルイユのプリント…。これはスーツなのだろうか? それを見抜くには天才の精神が要る。

モデル着用アイテム: Comme des Garçons Homme Plus x Kids Love Gaite シューズ and JW ANDERSON シューズ.

モデル着用アイテム: Comme des Garçons Homme Plus.
ニュー リラックス
スーツが見事な復讐を果たしているのとは反対に、着心地のいいリラックスウェアは退場を余儀なくされている。「本当の身だしなみ」の名のもとにスウェットパンツが火炙りの刑に処せられる今、僕の中のへそ曲がりは思案する。「追放の憂き目にあった誇り高きリラックスウェアは、現代カルチャーに居場所を見出せるのか?」そこで興味深いのが、2024年春夏メンズウェア コレクションにパジャマセットが然るべき割合を占めたことだ。根底には、近年全般的に高まりを見せたセットアップへの需要がある。さて、古典的なパジャマには、着心地の悪さより気紛れなアイデアを優先させる特色がある。この分野に大きく貢献したのは、フリルのついたポケット、もっとフリルのあるウェスト、エクストラロングなドローストリングというデザインで、スリープウェアの演劇的要素を強調したエドワード・カミング(Edward Cuming)だ。近所のコンビニやオペラのボックス席で完全に寛いでいられる男性は、新しいリラックスウェアのルールに従っているに違いない。

モデル着用アイテム: Edward Cuming.

マキシマリズムな2024年春夏コレクションで、Acne Studiosは見解の異なるリラックスウェアの未来を提示した。クロップド丈で男性の魅力発散を目論むトラックスーツだ。小ぶりなミニ丈のラウンジウェア セットは、誰もが飽き飽きしたブッシュ時代へ立ち戻る代わりに、だらしないシルエットを進化させて、パパラッツィを喜ばせる。ジェイコブ・エロルディ(Jacob Elordi)が裸足で高級スーパーへ入れるのなら、ヘソを出してスムージーを買いに行ったっていいじゃないか。

モデル着用アイテム: Acne Studios.

ニュー アブノーマル
今シーズンは「洗練」や「クラシック」といった言葉を耳にタコができるほど聞かされた。では、本当の変わり者は一体どうしているのか? ぜひとも知りたいところだ。忠実な信者たちに黒一色のコレクションを下賜したのはRick Owensだ。素晴らしくハイウェストなトラウザーズ、骨折した足に装着する矯正器みたいなフットウェア、珍しくルースなカーゴ ショーツ。個人的には、両肩にまたがる長いレザー バンドで繋がったグローブが気に入った。Rick Owensが今の時代を導くガイドブックなら、意図するところは明らかだ。「あれこれと手を広げるより、既知のなかに魅力を見出せ」

モデル着用アイテム: LU'U DAN.

モデル着用アイテム: Rick Owens.
過激な方向へ目を転じれば、カルト的デザイナーたちはカルトたる個性を最大限に突き進めている。常に奇術のような技で驚かせるVETEMENTSのグラム・ヴァサリア(Guram Gvasalia)は、驚異の16XLサイズで物理の法則に挑んだ。そこまで巨大ではないものの、「ノーマル」なデザインにもサイズアップが見られ、レザーへのこだわり、厚手のデニム、裏表をひっくり返したような反常識など、いかにもVETEMENTSらしいコンセプトが健在だ。一方、アクション映画の悪役たちの親玉を思わせるペルソナで独特なブランド世界を構築したLU'U DANは、さらなる深みへ挑んだ。シャツやジャケットなどのトップスはたいてい超絶的に幅広のパンツと組み合わせられているが、アダルトショップの店員がいかにも着そうな新しいデザインは、トム・オブ・フィンランド(Tom of Finland)のような鋭さをブランドの美学にもたらし、傷つきやすさを感じるほどに男性であることを強調している。

モデル着用アイテム: VETEMENTS.

- 写真: Winter Vandenbrink
- 文: Thom Bettridge
- スタイリング: Thom Bettridge
- 写真アシスタント: Andrea Lamedica
- スタイリング アシスタント: Cléo Lacroix
- モデル: David Michael、 Samuel Josiah Dikes
- グルーミング: Miwa Moroki
- 写真監督: Arseniy Kazimirov
- プロデューサー: Alik Onno
- プロダクション アシスタント: Anna Schef、Gabriel Franco
- キャスティング ディレクター: Monika Domarke
- 翻訳: Yoriko Inoue
- Date: July 11, 2023




