ファッションとブッシュの蜜月関係

時代ごとの陰毛処理基準が映し出す、文化の深層

  • 文: Rae Witte

2008年に公開された人気ドラマの映画版『セックス・アンド・ザ・シティ』。メキシコのプールサイドで、ミランダと仲間たちがくつろいでいる場面で、カメラが彼女の股間へと寄り、水着からはみ出た”茂み”が映し出される。それを見たサマンサが放った一言――「ウソでしょ。脱毛してないの?」

プールサイドでミランダに驚くサマンサ(HBO)。トップの画像:メゾンマルジェラ2024年春夏ショーのモデルより(Pierre Suu/Getty Images)。

ミランダの足の間に広がる「熱帯雨林」への対処として、サマンサはホテル内スパのワックス脱毛を予約してあげると申し出る。羞恥と傷心の入り混じったミランダは席を立ち、最後に吐き捨てる。「夫に浮気されたのも(脱毛してない)私のせいってこと? 助言 ありがとう」

これが、2000年代初頭の女性の陰毛に対する一般的な認識だった。恥ずかしいもの。セクシーではない、不潔で手入れを要するもの。まるで存在自体が不適切かのように。「陰毛は整えられ、手入れされるべきだという発想――それ自体が何か下品で間違っているという前提は、美の基準と密接に結びつき、特に女性に対して向けられるものです」と、作家でランジェリー専門家のコラ・ハリントン(Cora Harrington)は語る。

2024年、ジャーナリストのジェシカ・デフィーノ(Jessica DeFino)は1万4千人の読者を対象に、陰毛処理率を調査し、『ガーディアン』の助言コラムで結果を発表した。「ストレート女性の回答者のうち、82%が何らかの形で陰毛を脱毛していますが、完全に無毛な人はわずか15%。ビキニラインからはみ出す毛だけを処理しているのが40%、手入れはしないフルブッシュもしくはフルブッシュを軽く整える程度が29.5%、そしてランディングストリップを残しているのが11%です」

彼女の結論――ブッシュは、形を変えつつも帰ってきた。

ファッションは近年、静かにブッシュ擁護の旗を掲げてきた。最も記憶に残るのは、Maison Margiela 2024年春夏コレクション。モデルたちが衣服の隙間から覗かせたのは、意図的に装着されたモッズ風の陰毛――マーキン(陰毛用かつら)であった。さらに、ドージャ・キャットやジュリア・フォックスはレッドカーペットの上で堂々と短くカールした毛を覗かせ、ディラーラ・フィンディコグルー(Dilara Findikoglu)やキム シュイ(Kim Shui)は2025年秋冬コレクションで「毛を見せる」ルックを打ち出した。かつてJ.クルーを率いたジェナ・ライオンズに至っては、『The Real Housewives of New York』で自身の「シルキー」な陰毛を披露している。

では、なぜ完全無毛が当たり前となったのか。その起源は古代エジプト、ローマ、ギリシャにまで遡る。だが当時の陰毛処理は、衛生や宗教的儀礼、または階級や地位を示すためのものにすぎなかった。

その後の数世紀、女性の体毛はほとんど問題視されなかったとハリントンは指摘する。「長らく女性の体毛――脇毛、脚毛、そして陰毛は、単に服で覆い隠されるものとして扱われてきたのです」。

第66回グラミー賞授賞式のドージャ・キャット(Lionel Hahn/Getty Images)

ビキニの登場

現代的なビキニの登場は1946年7月、フランス。歴史上、さまざまな二分式水着は存在したが、保守的な1950年代はへそを覆い、露出を抑え込んだ。しかし1960年代に入ると、進化したビキニが急速に普及した。

政治的動乱と社会運動が渦巻くこの時代、個人のスタイルや毛の処理も、より実験的となった。モッズのミニスカートや股上の浅いベルボトムが登場しても、ブッシュは流行の波に屈しなかった。それはファッションよりも、むしろ女性の自己決定権と第二波フェミニズムの文脈にあった。前時代的な「伝統的妻像」に従う圧力から解放され、ヒッピームーブメントや自然回帰の理念が、陰毛除去への圧力を緩和していたのである――と、髪の歴史を綴る『The Hair Historian』の著者、レイチェル・ギブソン(Rachael Gibson)は語る。

アメリカにおけるブッシュの変遷を最も鮮やかに記録したのは、1953年に創刊された『Playboy』誌であった。プレイメイトが全裸で登場するようになるのは1972年以降だが、70年代から80年代にかけては、ほぼ自然な状態か、軽く整えた程度が主流であった。90年代初頭にはビキニラインの毛がやや整えられるようになったが、まだ密度も存在感も保っていた。1991年7月号のウェンディ・ケイ(Wendy Kaye)が背後から光を浴び、陰毛を柔らかく透かせるポーズを取る姿は、その象徴である。

Jシスターズの衝撃

1994年、ニューヨークにひとつの美容革命が訪れる。ブラジリアンワックスの到来だ。ブラジル出身のパディーリャ七姉妹、ジョセリー、ジョニス、ジョイス、ジャネア、ジュサラ、ジュラシ、ジュドセラが経営する「J Sisters」サロンが、その扉を開いたのだ。当時、リオ・デ・ジャネイロでは極小ビキニが流行しており、それは80年代から90年代初頭にかけてのハイウエストでハイカットな水着やエアロビクスウェアへの明確な反逆でもあった。

『Playboy』に映るブッシュ、1992年刊行のマドンナの写真集『Sex』、そしてハーブ・リッツ(Herb Ritts)による1998年のスーパーモデルたちのヌード写真――それらはいずれも陰毛が当たり前に存在する時代を示していた。しかし、その風景は急速に変わる。「当たり前にそこにあると受け入れられていたものが、いつしかスティグマ(汚名)の対象へと変わった」とハリントンは言う。

衣服はどんどん小さくなり(ローライズジーンズ、ミニスカート、Tバック)、セックスはあらゆる商品を売る手段となった。1999年にシスコ(Sisqó)の『Thong Song』がリリースされ、ヴィクトリアズ・シークレットのTバック売上は80%も跳ね上がったとされる。パンティラインは消え、ハル・ベリーやジリアン・アンダーソンらが「ホエールテール」をレッドカーペットで披露した。かつて軽いビキニラインの整え方で済んだファッションは、精密なランディングストリップを経て、ついには完全無毛を要求するまでに至った。

2003年、ブラジリアンワックス全盛期。トム・フォードはマリオ・テスティーノ(Mario Testino)撮影による挑発的なグッチ広告を発表。男性モデルの手で下ろされた女性の下着の隙間から、アルファベットの「G」に整えられた陰毛が覗く。この広告は当時スキャンダラスとされ、発禁を求める声も上がった。だが時は衝撃を和らげる。約20年後、このイメージはシュプリームのシャツにプリントされることになる。

トム・フォードによるグッチの広告。

セレブリティ黄金期

2006年から2007年にかけて、無毛の陰部を写したパパラッチ写真や、流出したセレブのセックステープがメディアを席巻した。ブリトニー・スピアーズ、リンジー・ローハン、パリス・ヒルトンが下着をつけずにパーティーへと繰り出す姿は執拗に撮影された。やがて「ブリトニー」という名が女性器のスラングと化すほどであった。ゴシップブログのペレス・ヒルトン(Perez Hilton)が絶頂を迎えていた時代である。

女優ヴァネッサ・ハジェンズのヌード写真が流出した際、彼女がブッシュであったことが嘲笑の的となった。レイチェル・ギブソンはこう振り返る。「彼女がフルブッシュだったことを、人々はまるで世界一面白い事件のように扱っていました」。彼女の見立てでは、女性の陰毛が減少していったのは、ポルノの普及とテクノロジーの進化――つまりカメラやスクリーンの高性能化――と並行していた。「ポルノスターがやること、だったものが、あっという間に“誰もがやること”に変わり、そうしない人は何かおかしいという空気になったのです。こんな現象は、他の時代ではあり得なかったでしょう。なぜなら、これほど膨大な量の映像や画像を、これほどの速度で消費することがなかったからです」。

ファッションも呼応した。2007年、トム・フォードはテリー・リチャードソン(Terry Richardson)撮影による男性向けフレグランスの広告を発表。透明な香水瓶が、毛のない外陰部の前に置かれたイメージは、挑発以外の何ものでもなかった。

トム フォードの挑発的な香水の広告。

この頃、陰毛が公に現れる場は、挑発か、カウンターカルチャーの文脈に限られていた。2009年、アメリカン・アパレルはポルノ女優サシャ・グレイ(Sasha Grey)をモデルに起用し、ボトムスを穿かずブッシュを晒した姿でソックスを販売。その挑発性は広告だけでなく実店舗にも及び、ニューヨークのロウワーイーストサイド店のマネキンは、店頭ウィンドウで短くカールした毛を堂々と見せつけていた。

やがて2010年代後半、1950年代の性別役割に抗った女性たちのように、新たな波が訪れる。ボディポジティブ運動だ。「完全ではないが、確かに陰毛への偏見を揺るがしました。あらゆる体を受け入れるという理念は、体型や肌の色、妊娠線の有無だけでなく、体毛の有無にも及んだのです。体はそのままで良いという発想が、たとえ直接的に陰毛をテーマとしていなくても、スティグマを和らげる役割を果たしたのでしょう」とハリントンは言う。

さらにパンデミックは、ファッションとアンダーヘアの手入れの「カジュアル化」を加速させた。ハリントンがそう呼ぶこの現象は、エッジの効いた概念やサブカルチャーをも主流へと押し上げる。TikTokやMetaのアルゴリズムが、隠れていたはずの美意識や選択を大衆の目に晒したのだ。
ランウェイ上のマーキン、透けるランジェリーからブッシュを覗かせる小規模ブランドCucciaの試み――こうした動きが目立つ一方で、より大きな文化的変化も見逃せない。それは、女性たちが男性中心の視線から自らを解放し、男性のために自分を整えることをやめ始めたという事実である。(もっとも、デフィーノの調査では、陰毛を歓迎する男性が少なくないことも明らかになっているが。)

「90年代には“陰毛は整える、形作る、完全に脱毛する”ことが当たり前だったという会話が普通に交わされていましたが、今やそれは受け入れがたい考え方になっています」とハリントンは言う。ペレス・ヒルトン的な、他人の体を嘲笑する文化は、20年前ほどの効力を失った。むしろ今では、体やブッシュを笑う者こそ、逆に糾弾されるのだ。

Rae Witteは、ニューヨークを拠点とするフリーランスジャーナリスト。セックスやデーティング、ウェルネス、旅行、そしてテクノロジーと文化の交差点を取材・執筆している。ホテルのプールやアメニティを批評するSubstackを運営中。活動は@raewitteで追うことができる。

  • 文: Rae Witte
  • Date: August 15, 2025