マシュー・ウィリアムスと家族経営

Moncler Geniusのコラボレーターで、ミラノを拠点とする1017 ALYX 9SMのクリエイティブ ディレクターが心を解き放つ

  • インタビュー: Haley Mlotek
  • 写真: Christian Werner

ミラノにある、イタリア最古のショッピングモール「ヴィットーリオ エマヌエーレ2世のガッレリア」の中央、開けた空間にあるドーム天井の下に立ってぐるりと見回すと、Versace、Louis Vuitton、そして男性向けと女性向けのPradaが2店舗と、ラグジュアリー ブランドを代表する4軒のショップがある。その買い物客のなかで、1017 ALYX 9SMのデザイナー兼クリエイティブディレクター、マシュー・ウィリアムス(Matthew Williams)はひときわ目立っていた。自身のブランドとコラボレーションしたMoncler Geniusのマットな真っ赤のジャケットに、ジーンズという格好だ。このジーンズも日本のBlackmeansというブランドと提携して作ったもので、細く裂いたデニムをパンツの上に重ねて縫い合わせ、すり切れさせたり、パッチを当てたりして、ペーパーキルトのような、パンクロックのようなデザインになっている。私たちは、喧騒から逃れるため、囲われたパティオのある角のカフェを選んだ。スパークリング ウォーターに浮く1枚のレモン スライス。欲しかったのはこれだ。そして彼の1日について話をしながら、彼は緑茶を、私はエスプレッソを注文することにした。妻のジェニファー(Jennifer)も加わり、ウィリアムスのブランドは今や家族経営となった。ブランド名は真ん中の娘から取ったものだ。そのアリクス(Alyx)が学校の宗教劇に出演し、子どもたちは彫像になりすますリビング スタチューとしてポーズをとったのだそうだ。「アリクスはジャンヌダルクを演じたんだ」と、良い役を当てられた子どもの親らしく彼は誇らしげに言う。

2015年に立ち上げた1017 ALYX 9SMが提供するのは、単なるアイテムの寄せ集めをはるかに超えた、ラグジュアリー スポーツウェアだ。クロスボディ バッグとハーネス風のアクセサリーは、まるで綿密で正確な機械に見える。素材は、セーターの柔らかさと、風、雨、雪から守る頑丈なレイヤーが混在し、天候に合わせた機能と天候から守るための機能が交錯している。ヘビ革でインダストリアルな登山用装備を、かっちりとしたスーツ用の生地や厚底プラットフォームのタンクソールブーツに合わせて身に着ける。こうしたコレクションは、矛盾というより、むしろ論理的帰結なのだ。それを着れば、誰でもあらゆる事態を予測して備えているように見える。アスペンへの行軍演習のような効果、つまりは、木々ではなく機械に溶け込みたい人のためのカモフラージュなのだ。

最低限のブランディングしか行っていないが、バックルのために1017 ALYX 9SMとわかる。このバックルは、ひと目でそのブランドとわかるものであり、また、他社との関係においても重要な役割を果たす。1017 ALYX 9SMがDiorの春夏コレクション用に製作したバックルは、今やキム・ジョーンズ(Kim Jones)によるラインでは定番となった。とりわけルカ・サバト(Luka Sabbat)、トラビス・スコット(Travis Scott)、スケプタ(Skepta)、ベラ・ハディッド(Bella Hadid)、ローラ・ダーン(Laura Dern)のようなファンやフォロワーたちが1017 ALYX 9SMならではと認識するようになった、特徴的なハードウェアである。ジェットコースターのシートベルトにインスピレーションを得るや、すぐに北米各地にある遊園地シックス フラッグスと契約する会社と提携し、最終的にはパリ ファッションウィークのランウェイに至った。このような過程を経て誕生した製品について、ウィリアムスは「その辺にある他のバックルとは違う感じなんだ」と言う。Mackintoshとのコラボレーションでは、1017 ALYX 9SMは何世紀もの歴史あるブランドのレインコートを、『マトリックス』から抜け出してきたみたいなコートに作り変えた。Nikeとは、その留め具に加え、入念なカットで作り上げたシルエットにより、まるでいつでも宇宙に飛び出せるようなスポーツウェアとなった。

ウィリアムスの会社には、基礎となる道徳がある。外見が最高に美しい服にも欠けていることが多いこの基礎が、なくてはならない内面性を1017 ALYX 9SMの服にもたらしている。すべてのパートナーは、例外なく、会社の倫理規定に同意する必要がある。規定には、人々だけでなく地球に対しても同等の尊厳と敬意が記されている。今回1017 ALYX 9SMは、ピエールパオロ・ピッチョーリ(Pierpaolo Piccioli)、シモーネ・ロシャ(Simone Rocha)クレイグ・グリーン(Craig Green)など、今日もっとも魅力的なクリティビティを発揮しているデザイナーたちとコラボレーションしてきたMonclerのGeniusカプセル コレクションとパートナーを組んだ。1017 ALYX 9SMはその6番目のプロジェクトとなる。流線型で軽量、ラインのほとんどは黒と白と赤で、1017 ALYX 9SMと同じ、色彩と構造の理念がそこにはある。

ウィリアムスは以前、Monclerを労働者向けに作られているがアスリートが着るような、フランス アルプス起源のブランドだと考えていた。だが、家族とイタリアに引っ越して、ブルー ジーンズとほとんど同じくらい、どこにでもあるものだと実感した。ウィリアムス、ジェニファー、アリクスと末っ子のバレッタ(Valetta)の一家は、まず2017年にアメリカからフェラーラに移住し、アリクスが学校に入学する頃に次はミラノに引っ越した。「僕はずっと高級アウターウェアだと思っていたんだ…。だけどここに来てみたら、皆がよく知るブランドだった」と当時を思い出す。「ここに住むことでこのブランドについてもっとよく理解するようになったよ。誰もがこのブランドを着てる」。これは事実だ。その晩遅くにドゥオモ近くを歩く間、私はMonclerのジャケットを着ている人を数えるゲームをしようとしたが、簡単すぎて、ほとんどすぐにやめてしまった。子どもも、お年寄りも、スーツ姿の男性も、ジーンズを穿く女性も、みんな明るい色のパウダーパフのパーカーに身を包んでいた。一般的に言って、エレガンスは時と場所を選ばないことが多い。だが、時間や場所を選び、どこでどのように着ても機能性と結びつく服というのも、それはそれで優雅なところがある。Monclerのコートはスキーロッジで見かけても、街中の道路ですれ違っても、雪の斜面の滑らかさを物語る。環境は変わるかもしれないが、天候は同じままなのだ。

ウィリアムスは、サステナブルなファッションの未来は地元の生産グループにあると考えており、工場や販売代理店、そしてビジネスパートナーであるSlam Jamのルカ・ベニーニ(Luca Benini)が暮らす近くに引っ越した。ウィリアムスはこう教えてくれる。「イタリアの素晴らしいところは、すべてここで生産できて、どこでも1日で移動できるところだ」。Monclerもミラノを拠点とするため、ウィリアムスはMonclerのジャケットを作るリソースに簡単にアクセスすることができ、働きかけるのも容易だった。自身の作業プロセスをMonclerのスタジオに持ち込み、ダウン生地にガーメントダイ加工を用いるなど、Moncler Geniusに初めてサステナブルな生地を取り入れた。ウィリアムスは、これを見えないものを可視化するスタイルだと表現する。同様に、1017 ALYX 9SMに不可欠なアップサイクルのジャージやリサイクルのナイロンも取り入れている。

ウィリアムスは、サイエンスの話になると生き生きと自信を持って語り、倫理的で環境に配慮したファッションの生産に伴う複雑な問題をいとも簡単に説明する。彼のビジョンのひとつは、同じ素材から多くの異なるものを作れるようにすることだ。彼の言葉で言うと、閉じた合成ループ。ウィリアムスは、世間で知られている素材の半分は実験室で作られ、残りの半分は地球、すなわち太陽や水や土で作られていると考える。「そのサイクルは詩的だよね。僕は服が地球から生まれるというコンセプトが好きなんだ。僕たちはただ健全で害を与えないような方法で、元に戻すだけでいい」

彼は、こうした詩的側面と同じく、この考え方が抱える政治問題にも敏感だ。生物分解が可能と考えられるものの多くは人為的な管理の下で行われる。そして、それを達成するため、製造業者が素材に促進剤を加えて、正しいラベルを受け取っているだけのこともある。しかし、これらの促進剤は地球に毒素を排出する。「矛盾する情報が飛び交い、外交問題もある。人々は互いに、ロビイストを送り込んで、クリーンなサプライチェーンが国を越えるのを妨げようとしているんだ」。ウィリアムスは今日のファッションに共通するサプライチェーンを、「ジュラ紀」の技術と呼ぶ。時代遅れで成長しすぎたのだ。こうした伝統は、それ自体が化石となってしまうはずだ。

ウィリアムスはこれまで何度も、1017 ALYX 9SMは革命ではなく進化だと言ってきた。その違いがパラドックスを引き起こす。結局のところ、どんな革命にも深い根があり、どの進化も、初めは急進的なものだからだ。ウィリアムスは、人々に購入する頻度を減らし、もっと良い物を買うようになってほしいと望んでいる。ファッション デザイナーは仕事の仕方を変えなければならないが、同時に私たちの価値観も変わる必要があると考えるからだ。「長持ちする品質の高い服を作るのは、とてもサステナブルなことだと思う」。ウィリアムスは自分の顧客に思い出してほしいのだ。「高級ブランドを買うときは、他の誰かが健全な労働条件で適切に支払われることにお金を払っているということ。何かがとてつもなく安い場合は、誰かがその代価を支払っているってことだよ」

何をもってサステナブルとするかを決める方法はたくさんある。二酸化炭素排出量、水の使用量、ゴミとなる廃棄物などがそうだ。けれども、何をもって説明責任を果たしているとするかについては、それほど選択肢があるわけではない。2017年6月、1017 ALYX 9SMはあるプロトタイプの公開を発表した。服の9つのユニットで、各品目のすべての構成部分が、いつ、どこで、どのように、誰によって作られたかを記録するブロックチェーン技術だ。これは、サステナビリティが必要とする次の段階は何かを調べるための手段だ。これなら、 顧客が企業と同じくらい簡単に説明責任を検証できる。「素晴らしいストーリー性があるから、認定評価や職人技をうまく伝えられる」と彼は言う。「とはいえ、透明性は僕たちの生活のすべてに求められていると思う。将来的には、原材料から完成品までの衣服の寿命を記録することが目標だ」

会話は一瞬中断する。「何かもっとおっしゃりたいことが言えるように黙っているんですよ」と私が説明する。「僕もきみと同じだよ」とウィリアムスは答えて笑う。

1985年にイリノイ州エバンストンで生まれたウィリアムスは、2歳の時に家族でカリフォルニア州ピズモ ビーチに引っ越した。ウィリアムスは幼少時代をのどかだったと表現する。太平洋を臨む学校に通い、愛情あふれ、支えとなってくれる両親のもとで育った。将来は、緊急治療室の医師になりたいと思っていた。両親は共に医療関係の仕事に就いておりい、父親は歯科医、母親はアメリカがん協会に勤めていた。祖母はミッド ステート フェアの理事長で、80代になっても毎晩遅くまで出かけていた。「僕のファッション センスは祖母ゆずりだと思う」と彼は言う。彼女の運営するフェアには、乗り物や家畜、そして何よりも音楽があった。1991年はMCハマー(Hammer)が公演し、1995年にはボーイズ・II・メン(Boyz II Men)、1999年にはブリトニー・スピアーズ(Britney Spears)が公演した。ティーンエイジャーだった彼は、バンドやDJを見に行くためにサンタバーバラやロサンゼルスまで運転し、9時5時の仕事以外に、まったく別のキャリアを築く方法があることを悟った。彼はいまだに、成長して全然違う海岸に向かったサーファーのような表情をしている。明るい青い目で、ダークブロンドの髪は彼の服が伝えたいストーリーに合わせて前に下ろすことも、後ろ流すにも十分な、厳密で繊細なスタイルにカットされている。

ウィリアムスはずっとカリフォルニアに住むだろうと思っていたが、19歳の時ファッションに出会い、ニューヨーク市に移った。そこで、彼は残りの一生を過ごすことになるだろうと思っていた。「今はこれからずっとイタリアで過ごすのだろうと思ってるよ」と彼は言う。「わからないけどね」。友人のデニム ブランド、Corpusで働き始めた2000年代初頭、ニューススタンドに並ぶ日本のストリート スタイルの雑誌を読み、Diorのエディ・スリマン(Hedi Slimane)のイメージに目を通していたことを思い出す。自分はファッションを学ぶ学生だと言い、「僕は人生を捧げたんだ」と話す。「僕がこれまでに経験した唯一の仕事だ」。彼の人生を通して一貫しているのが、労働倫理だ。やる価値のあることはすべて、正しい方法で行う価値があるという信念がある。「常に、『才能はあるかもしれない、でもただ才能があるだけではなく、さらにどれだけの努力を注ぐことができるか』なんだよ」と言って、子どもの頃に培った英知を思い出す。「それがカリフォルニアの小さなビーチタウンで育った、今の僕だ。こうして僕はここミラノに来て、君と話している」

ウィリアムスは、ファッション界で働くようになったばかりの20歳のときにジェニファーに出会った。彼女が重要なインスピレーションとなったのは明らかで、今もそうだ。ジェニファーはHood by Airなどのブランドでセールス ディレクターを務め、Edith A. Millerではデザイナーだった。「最初の頃は、僕らふたりとも何でもやった」と、のちにふたりで共有することとなる1017 ALYX 9SMの設立から、ブランドとしての方向性を決める作業について語る。「クリエイティブやデザイン、販売や営業もやった」。会社が成長するにつれ、ジェニファーは主に商業的な側面に取り組んでいるが、彼女のデザインの影響はそこここにある。彼女は会社のベストセラーであり、親友のスタイリスト、ブリー・ウェルチ(Brie Welch)の名前に由来するBrieバッグを作った。ビクトリア朝時代の医者のカバンを超未来的なデザインにしたような、簡素でしなやかなレザーのバッグだ。ウィリアムスは自分のキャリアには明確なフェーズがあったと考える。1つ目はアシスタント デザイナー時代、次に音楽コスチューム デザイナー時代、クリエイティブ ディレクター時代、そしてALYXの段階だ。現在は、夢を実現している時期だと言う。彼はこれを「仕事が人生」の時代と呼んでいる。「僕は本当に運が良かったと思う」と彼は言う。「代替案はなかったからね」

弱冠34歳だが、ウィリアムスは19歳からファッション界で働いている。だがいろんな意味で、ウィリアムスにはよくあるミレニアル世代らしいところがない。例えば、ある話題についてどのように感じているかを尋ねると、自分の感情は重要でないと言う。もうひとつの例では、物事がうまくいかないときだけ占星術を気にするという。典型的なてんびん座だ。彼は実際の年齢よりも年上に感じることが多く、20代はじめに、最初の子ども、息子のカイロ(Cairo)が生まれたことをオープンに話す。彼が気付いたのは、自分が同世代の仲間よりも、同じ経験を共有している人が多い数年上、または場合によっては数十年上の人たちに感覚が近いということだった。

けれども、ウィリアムスは同世代に与えている大きな影響と同じくらい、同世代らしいところもある。彼は、大なり小なり私たちと一緒なのだ。Instagramでは、Memphis Milanoの鏡の前でポーズをとった写真を投稿し、普段の生活ではノンストップで働き、生活と余暇の境界線が曖昧になっている。彼は過去20年間の大部分を決定づけるような作品を生み出したミュージシャンやアーティストのグループのひとりだったし、今でもそうだ。2008年から2010年まで、House of Gagaのクリエイティブ ディレクターを務めた。レディー・ガガ(Lady Gaga)とは付き合ってもいた。「もう10年は話をしていないね」。まだ連絡を取っているのかを尋ねると、彼はそう言って私のレコーダーに体を寄せる。「久しぶりに会ってまた話ができたら嬉しいよ。連絡してって伝えといて」

その後、彼はカニエ・ウエスト(Kanye West)のアート ディレクターとしてDONDAで働いた。2012年には、ヘロン・プレストン(Heron Preston)やヴァージル・アブロー(Virgil Abloh)、ジャスティン・サンダース(Justin Saunders)と共に共同デザイナーとなり、ジェニファーがセールス ディレクターとなって、Been Trillというブランドを立ち上げた。そこでは、ネット上のジョークをアクセサリーや服にして、絞り染めのTシャツやパーカーにハッシュタグと一緒にプリントし、ロゴは血が滴るような書体になっている。「友達同士で楽しんでいただけだよ」。その頃について尋ねると、彼はこう話す。「瞬間的なひらめきのままに、生み出している物の寿命について大して考えることもなかった」。これも、とてもミレニアル世代らしい回答だ。「笑、それで?」がエスカレートすると、必然的にグループチャットを離れ、現実の世界に入り込んでくるのだ。3人は今でも連絡を取り合う仲で、彼にとって、ふたりは仕事のモチベーションになっている。

ウィリアムスは常に、コミュニティ内の中心に自分のデザインを置いてきた。「重要なのは対話をすることで、それにより、自分だけではたどり着けなかったようなところまで、最終的なアイデアを届けることができる」と説明する。コラボレーションでは、1017 ALYX 9SMが提供できない規模で、ブランドの製品を提供できる。同様に、彼のデザインは既存のブランドに思いも寄らない新たな一面をもたらすことができる。ウィリアムスは広範囲なリサーチを行うが、これには、スタジオでサプライヤーや開発者と数週間に及ぶ話し合いをする必要がある。必要ならば2D画像や3D画像を駆使して写真の上にスケッチをし、モデルに合わせて製品を作る。彼は創造的に物事を考える方法を教えてくれた良き指導者としてニック・ナイト(Nick Knight)とカニエ・ウエストのふたりを挙げる。それだけでなく、ウエストは自分自身と自分の本能を信じるように教えてくれた。「おそらく自分の家族以上に彼と話すことが多い」と彼は言う。ふたりは競合する職業上の関係を尊重して、もはや以前のように仕事について話すことはない。ウィリアムスはNikeと、ウエストはadidasとコラボレーションしている。それでもまだふたりは親しい仲にあり、ウィリアムスがこの親交を大切にしているのは明らかだ。「彼は本当の家族みたいだし、兄のような存在なんだ。大抵ただ日常の出来事について話してるよ」

「いつかぜひ、おふたりの会話を聞いてみたいです」と私は言う。

「そりゃそうだろうね」とウィリアムスは答えて笑う。

2回目のインタビューで、ウィリアムスと私は、天気の良い午後に日の当たらないシーフード レストランで過ごした。店内は薄暗かったが、鮮やかなブルーの装飾のせいで、水中にいるような嫌な感覚はない。彼のすすめで、私たちはパン粉とアンチョビのスパゲッティを食べた。普段はベジタリアンだがたまに魚介類も食べるウィリアムスにとって、このレストランは家族のお気に入りで、彼が魚を食す数少ないレストランのひとつである。ウィリアムスは、業界内のもうひとりの親しい友人、キム・ジョーンズがデザインしたDiorのスーツを着ていた。シャープなブレザーのラペルがウエストの反対側のボタンで留められたアシメントリ―になっている。

ウィリアムスは、1017 ALYX 9SMや、次々とやってくるパートナーシップのことを、現代の職人技、つまりこの時代にあった誠実さが許されるような伝統が存在する証拠だと考えてほしいと思っている。「どうすれば僕たちは職人技の定義を進化させ、前進させることができるだろう」と彼は問う。「それには、サプライヤーと僕らの時間と信頼と献身が必要だ。僕たちは評価や偶然に時間を費やさなければならない…。みんなが気軽に新しいものを試せるようにするためにね」。新しいアルバムをリリースするタイミングだけではなくその条件も決定できる一部のミュージシャンのように、中にはファッション サイクルの猛烈なペースを切り抜けることができたブランドもある、とウィリアムスは指摘する。「意識の流れには別の取り組み方がある。一部のファッションは今そんな感じだよ。絶えず会話に出てくるんだ。僕たちは両方のバランスがうまく取れていると思いたいね」

ウィリアムスは未来については考えないと頑なに主張するが、いつかクチュールのラインを立ち上げることは考えており、それは過去と現在の対話、伝統と現代の間の緊張関係になると説明する。彼は言う。「衣装デザインで僕がいつも好きだったのが、たったひとりのため、その一瞬のためにあるところなんだ。自由になれる」。明らかに既製服ではあるが、1017 ALYX 9SMには彼の言うような独自の特異性がある。同じスニーカーが、履く人によってまったく違って見えるのと同じように、彼は、スポーツウェアに対して、ハイ コンセプトな高性能の服というビジョンを持っている。子どもと一緒にシリアルの「チェリオ」を食べる用、午前中ずっと続く会議用、あらゆる失言の言い訳になる月食用の服装というように。いつもとほとんど変わらない、その日の気分を考慮してから、予測不可能で大荒れのその日の天気をチェックして服を着る人のための服だ。

ウィリアムスは自身を楽天家だと思っているが、彼はまじめな人だ。未来には、希望と同じくらい悲しみが必要だと信じている。「孫の時代に世界がどうなっているかわからないのは、歴史上初めてのことだよ」とウィリアムスは言う。彼はユヴァル・ノア・ハラリ(Yuval Noah Harari)の『サピエンス全史』を読んでおり、とても遠い過去、「父親が鍛冶屋で、鍛冶屋になることを学べば、それでお金を稼ぐことができるとわかっていた」時代を考えている。「今は生活で得る知識が、将来に生き残るのに必ずしも役立つとは限らない。生き残るために備える唯一の方法は、毎日オープン マインドでいて、活動しつつ適応できるようになることだ」

アリクスは、両親に1017 ALYX 9SMは「自分の」ブランドだと言うのが好きだ。先に述べたように、彼女にちなんで名づけられたブランドなので、はっきりとは否定できなという理屈である。そして彼女は頻繁に、ウィリアムスにどの色を使用するべきかを伝えるなど、独自の提案をする。ウィリアムスは、このファミリー ビジネスを彼の3人の子どもたちが継げるまで続けたいと思っている。彼が一緒に仕事をする人たちの多くが、自分の子どもたちに会社を引き継がせており、前代が残した業績を世代を通して受け継ぐことができるこの方法をウィリアムスは高く評価している。

ウィリアムスは、キャリアを通して、業界の主要な構造的変化を経験してきた。そこでは、文化資本であれ商業資本であれ、考えられる限りすべての評価基準によって、ひとつの業界が打破されたのだ。ファッションは、その同じ惑星で独自の軌道で発展してきた。そうした変化の一例が、彼のようなデザイナーの認知度の向上と、それに伴う名声の高まりだ。そしてウィリアムスは、社交的で面白い反面、この手の注目を集める人らしく、注意深く、完全にくつろいでいるようには見えなかった。

「インタビューは好きですか?」と私は質問する。

「そうでもないね」と彼は言う。「嫌いじゃないよ。怖いと思うことがある。1週間後にすべてが変わっているかもしれないのに、発した言葉は永遠に刻まれる。ファッションで働き始めた頃、デザイナーがどんな感じなのかを必ずしも知っているわけじゃなかった。撮影をしなければならないなんて思ってもいなかったよ。でも今じゃすっかり仕事の一部だ」。その一方で、ファンであれ仕事仲間であれ、ファッションに夢中な人たちから認知され、注目されることで、ブランドは周知される。そしてその知名度によって、本当にブランドを理解してくれる人たちに見られる機会が生まれると言う。「世間が僕をどう見ているのかはよくわからない」と彼は説明する。「僕らは皆、真実とフィクションの集大成である鏡を通して自分自身を見ているんじゃないかな。きっと、僕が実際にはどんな人なのかに真実はないんだ」

「たまに」と彼は話す。「インタビューでもっと軽々しくふるまえたらと思うよ。バナナの皮からインスピレーションを得た、とか言えたらなって。デザインするのに、自分は霊と繋がるんだ、とか。僕のクローンが作られることにワクワクしてる、これで一度に多くの場所にいれるからっていうのもいい。他にどんなことが言えるかな?」と彼は私に聞く。「ずっと続けられるね。本当に楽しいだろうな」「あなたにとっては楽しいでしょうね」と私は同意する。「でも私は怒られるかも」。それに、もう彼を解放すると約束した時間になってしまった。ウィリアムスはそれが分かっている。歴史の華々しい時代や自然界の季節のように、どんなに素晴らしいことにも終わりがある。この思想は、錠というよりもひとつの輪であるバックルにも通じる。分け隔てて扱うことができるものは、一緒の方がよいことも多いことを教えてくれる。すべての高品質の留め具と同じで、職人技では、どれだけしっかり繋ぎとめられるかだけでなく、どれだけ簡単に離せるかも重要だ。ウィリアムスは笑い、私たちはさよならを言った。

Haley Mlotekはブルックリン在住のライター兼エディター、およびオーガナイザー。全米作家組合におけるフリーランスのデジタルメディア産業に働く労働者に特化した、フリーランス連帯プロジェクトの共同議長を務める。『The New York Times Magazine』、『The Nation』、『Hazlitt』その他多数に執筆。現在、ロマンスと離婚をテーマにした作品を執筆中

  • インタビュー: Haley Mlotek
  • 写真: Christian Werner
  • Date: January 9, 2019