体験レポート:
Saint Laurent
テディ ボンバー ジャケット

自分にはその価値があるから

    子どもの頃、STARTERのジャケット以上に欲しいものなど、無いに等しかった。中でもとりわけ、伝統的なターコイズが特徴のシャーロット・ホーネッツのジャケットと、ダーク ブルーと白の差し色で黒が引き立つオーランド・マジックのジャケット、この2ふたつが欲しかった。あの頃、いくつかの点については、現実から目を背けていたかもしれないが、好きな色だけはわかっていたし、自分でも受け入れていたのだ。

    STARTERのジャケットは、ある種の「90年代的カッコよさ」を意味していた。のちに、僕はその「カッコよさ」がステータスなのだと理解するようになる。かっこよく見られるためには、高級そうとか、他の人よりも優れていることを示唆するものなら何でもいいのだが、とにかく自慢の種となるアイテムを買える必要があった。

    僕のジャケットやコートは、デパートで激安になっているものだった。「これじゃない感」がすごい代物で、他の生徒が学校に着てくるものとは違っていた。働くようになり、マシな格好ができるようになってもなお、秋や冬にどんな格好をすべきか、僕にはよくわからないままだった。これは、僕が寒さに対して普通とは違う変なこだわりと、特別な感情を持っているせいもある。夏は着る服も少なく、あまり考えなくて済む理想の季節だ。それに、明るい色の服も着られる。僕は自分がカラフルなビッチだと思いたい。だから、春と夏が僕の季節だ。僕の中では、概して「かったるさ」は気温の低下と結びついているから、気温が低い時期のためにお金をつぎ込んだことがない。強いて言えば、寒い季節に合った本当のジャケットが必要な都会に引っ越したのと同じ頃、僕は、自分が良いものを着るに値しない人間なのだと考えるようになっていた。良いものだけでない。現に、かっこよく見せようとすること自体、自分にはふさわしくないと思い始めていたのだ。

    僕は、自分が抱える民間の学生ローンについて毎日のように話している。というのも、2回にわたり適用された6カ月間の返済猶予期間が終わって以来、学生ローンが僕の人生に影響を与えなかった日は1日たりともなかったからだ。ローンはすべてを食い尽くし、それに打ち勝つなど到底不可能に思える。完全に打ちのめされないよう、がむしゃらに頑張って、多大な犠牲を払ってきたが、時間が経つにつれ、学生ローンは僕の魂をがっつりと飲み込んでしまった。要するに、僕は、学生ローンが自分の存在と外見に与える影響を受け入れるようになっていた。

    そのビジョンは僕の頭の中ではもっと酷いものだったかもしれない。だが、僕は自分自身を知っている。自分がいつ努力をしているか、いつ努力を怠っているか、わかっている。いつ自分の努力がしぼみ始め、いつ崩壊寸前になるのか、わかっているのだ。

    大学を出た後、僕はたまに、自分へのご褒美に何か良いものを買っていた。僕は働いていたし、自分ならできると思っていた。僕は自分自身に対して—そしておそらく、他のすべての人に対しても—示そうとしていたのだ。どんなに借金があっても、フラストレーションが根深くても、僕は闘っているのだと。とはいえ、それでも服にはあまり注意を払わないことがあった。そして、ローンや、医療費や、税金の支払いや、可能な限りほかの人を助けることがすべてになってしまった。

    僕があえて自分とラッパーを比較するときは、いつだって正味がプラスのときなのだ

    このSaint Laurentのブラック&ホワイト テディ ボンバー ジャケットを着ると、頑張っていた、あの頃を思い出す。

    着心地は「高級」そのもの。これほどひどい説明はないかもしれないが、ある服が、他の服よりどんなにか自分の体にしっくりくるかを知るのに、専門家である必要などない。この服は僕の体にぴったりフィットしている。僕は細身だが、肩幅ががっしりとしていて腕が長い。ウエスト部分はケト ダイエットが必要かもしれないが、今、引き締め中だ。僕はジャケットの前を開けて着る。

    僕のスタイルはシンプルだが、ベーシックではない。ゴテゴテした服は好きではないが、かといって退屈にも見えたくない。このジャケットは黒だが、白のストライプが入っていて、特に肩に入っているのがよく目立つ。このストライプにより適度な「パンチ」が効いて、ジャケットに個性を与え、ディテールにも目がいくようになっている。これぞ高級感というものだ。

    何にも増して、このジャケットを着るとクエヴォ(Quavox)になったような気分になれる。クエヴォは、ヒューストンが誇るトラビス・スコット(Travis Scott)と一緒に立ち上げた、犯罪的に過小評価されているユニット、ハンチョ・ジャック(Huncho Jack)の楽曲「Saint Laurent Mask」の中で、Saint Laurentの美点についてラップしていている。僕があえて自分とラッパーを比較するときは、いつだって正味がプラスのときなのだ。

    ジャケットが届いた日は、普段より若干、気温が高かった。自分でも意外なことに、そのとき僕は、このジャケットを外で着てどんな感じか見てみられるよう、母なる自然にキャプテン・プラネットを呼び出してもらい、冬の神ことオールドマン・ウィンターか、ナイト・キングに頼んで、ニューヨークにちょっとひと風、吹かせてほしい、と思った。

    雨が降る、うっとおしい天気の土曜の朝、余計に汗をかく危険を冒さずにジャケットを着るチャンスが巡ってきた。僕はこのジャケットを着て、親友のアンドレ(andré)と会うことにした。アンドレはあえて小文字で名前を綴ることを好み、僕もそれを尊重している。彼は僕を見ると、ただ微笑んだ。アンドレは実際にファッション業界で仕事をしている、おしゃれな友人だ。そして、負債を負っていない友人のひとりでもある。そういうわけで、彼は日頃から、より洗練されたものに慣れ親しんでいる。かたや僕の方は、あともう1冊は本を出版しなければ、「神に馬鹿なことをしろと言われたから」などと言っても、受け入れられそうにない。アンドレは僕のジャケットをとても褒めてくれ、ついでに、いくつかのことも教えてくれた。たとえば、ジャケットのウールを僕の体に早くぴったりと馴染ませるためにも、どうやら雨の日に着て正解だったらしいことなど。僕がわかっていたのは、このジャケットを着ると、大好きなエリカ・ジェイン(Erika Jayne)の歌詞のように「お金がかかってる」感じがすることだ。そして、これを着ると、ずっと自分が思い描いていた自分になれる気がすることだ。こんなことを書いて、イヤンラ・ヴァンザント(Iyanla Vanzant)とロビン・ギバン(Robin Givhan)の混ざったみたいなものに酔いしれていると思われたくはないのだが、本当の本当に、お母さんに誓って、このボンバー ジャケットを着た僕は、超かっこよくて、素敵に見える。

    イヤンラ・ヴァンザントとロビン・ギバンの混ざったみたいなものに酔いしれていると思われたくはないのだが

    今、僕は2冊目の本の仕上げにかかっている。この本では、不平等な環境に生まれ、様々な機会に恵まれないことが、どれほど一部の人の生活にのしかかっているか、そして、ゆっくりとではあるが確実に、その精神的な弊害が僕たちの外見や健康に現れるのかを論じている。繰り返すが、こんなことを言うと若干嘘っぽく響くのはわかっている。だが本当に、時には良い服を着ることで、自分が何者か、自分にどれほど価値があるかを思い出すことがあるのだ。

    ローンのせいで、僕は自分が一文無しの負け犬みたいな気分になることもある。でも、生活や責任があると言っても、たまには、心の奥にしまった「イケてる自分」をかまってあげてもいいはずだ。皆にもぜひ同じようにやってみてほしい。僕たちには、その価値がある。

    Michael Arceneauxは、ニューヨーク・タイムズのベストセラー『I Can't Date Jesus: Love, Sex, Family, Race, and Other Reasons I've Put My Faith in Beyoncé』および近刊予定の『I Don’t Want To Die Poor』の著者である

    • 文: Michael Arceneaux
    • アートワーク: Camille Leblanc-Murray
    • 翻訳: Kanako Noda
    • Date: August 1, 2019