男なら泣くな

フランス文学界にセンセーションを巻き起こしたエドゥアール・ルイが、恥辱、子供時代、新著を語る

  • インタビュー: Thora Siemsen
  • 写真: Christian Werner

エドゥアール・ルイの笑い声は、低くて、快活だ。何かを予期しているような響きがある。「フランス文学の驚異」と謳った 見出しからもわかるように、世界的な名声を得た25歳の文学界の新星にとっては電話でお喋りする時間もままならないだろうが、お互いの声さえ聞けば、すぐに以前と同じように打ち解けて話せる。かつてディナーのテーブル越しに、あるいはマンハッタンのダンス フロアで、あるいは友人が「エドゥアールがキスを送っている」とこちらに画面を向けたビデオ電話から聞こえてきた、彼の笑い声をよく思い出す。

初めてエドゥアールの笑い声を聞いたのは、去年の春、ニューヨーク公共図書館でのことだった。友人のオフィスに仕事場を間借りしていたとき、エドゥアールと私たちふたりの共通の友人であるライターのオーシャン・ヴュオン(Ocean Vuong) が立ち寄った。私も名前を変えようとしているところだったので、エドゥアールと私は、名前を変えることの意味や彼のデビュー作の軸をなすディテールについて語り合った。

母国フランスで2014年に出版されたデビュー作『エディに別れを告げて』は、貧しい工場町に生まれたクィアの少年の心象を追想した小説である。同時に、フランス北部アランクール郡の小さな村で過ごした過去に過激な訣別を告げ、地方での生活に終止符を打って学業の道を選びとる分かれ道でもあった。『エディに別れを告げて』は、出版後1年で30万部を売り上げた。エドゥアールは21歳だった。

2015年、エドゥアールは哲学者ジョフロワ・ド・ラガヌリ(Geoffroy de Lagasnerie)と共に、フランスの『ル モンド』紙で「Manifesto for an Intellectual and Political Counteroffensive – 知的および政治的反撃を支持するマニフェスト」を発表した。ヨーロッパ全域にわたる緊縮財政とナショナリズムの広まりに鋭い視線を向けつつ、フランスにおける社会主義政党の現状と台頭する極右政党の双方を批判した声明だった。昨年の5月、『エディに別れを告げて』の英語版が出版された5日後にフランス大統領選が行なわれ、エマニュエル・マクロン(Emmanuel Macron)が大差で国民戦線のマリーヌ・ル・ペンを破った。ル・ペンを現職党首とした国民戦線は、ル・ペンの父が創設した大衆主義的かつ国粋主義的な右翼政党だ。エドゥアールの故郷のアランクールは、住民が群れをなして投票所へ押しかけ、ル・ペンに票を投じるであろう典型的な地域とみなされた。ガース・グリーンウェル(Garth Greenwell)は、『ザ ニューヨーカー』誌の書評で、「ル・ペンが大統領になる可能性が浮上するにつれ、ルイの小説が政治討論のテーマになった。小説がそのような役割を果たすことは珍しい」と書いている。

『エディに別れを告げて』の英語版に先立ち、すでにフランスで出版されている第2作『History of Violence(未訳)』は、性的暴力の余波を当事者として語るエドゥアールの技量が明白に示されている。英語版は、今年の夏、ファラー ストラウス ジロー社から出版予定。私はかなりくたびれたフランス語版を傍において、『History of Violence』を執筆した私の友人に電話をした。ニューヨークの朝、パリの午後のことだ。

ソーラ・シームセン(Thora Siemsen)

エドゥアール・ルイ(Édouard Louis)

ソーラ・シームセン:トニ・モリスン(Toni Morrison)とウォッカを飲んだときのことを話してくれる?

エドゥアール・ルイ:知ってると思うけど、トニは僕の憧れのヒーローのひとりだ。それで、トニ自身と彼女の作品について書いたエッセイがノルウェーで出版されたことがあるんだけど、それの英語翻訳版を誰かがトニに送ったらしい。それを読んだトニから手紙が来た。家にいらっしゃい、一緒にランチでもどうですか?って。彼女は僕にとってすごく大きな存在だから、記念すべき素晴らしいチャンスだったよ。訪ねたのは、正午か1時頃か、とにかくまだ早い時間だったな。ふたりでウォッカを飲み始めて、ジェイムズ・ボールドウィン(James Baldwin)や、アメリカとフランス、ゾラ・ニール・ハーストン(Zora Neale Hurston)とウィリアム・フォークナー(William Faulkner)、僕たちふたりがウィリアム・フォークナーを大好きな理由について、延々と3時間、飲みながら話し続けた。沢山飲んだよ。彼女の家を出たのは5時頃だったと思うけど、もう完全に泥酔状態(笑)。ふたりでどんなことを話したか、ほとんど覚えてないのが残念だ。忘れずにいつまでも覚えておくつもりだったのに、まあ、ある意味で確かに忘れられない体験ではあるんだけど、本当はトニが話すことを一言漏らさず覚えておきたかった。トニは、最悪なことを話すときでも、信じられないくらい愉快なんだ。ウォッカのおかげだったのかな。わからないけど、いっぱい笑ったよ。

あなたがパリで暮らした最初のアパートについて、面白い話を聞いたわ。とにかく本がいっぱいで、積み上げた本を家具の代用にしてたんですって? それに、ちょっとでも暇があれば本を読むそうね。1週間に何冊くらい読むの? 一部だけ読むの、それとも全部?

17か18の頃は、1日に1冊読んでる時期があった。どこかにジャン=ポール・サルトル(Jean-Paul Sartre)は1日に1冊本を読むと書いてあって、その考えに憑りつかれたんだよ。同じことをしないと、絶対サルトルのようにはなれないと思い込んだ。クレージーな話さ(笑)。今の読書量は、一定してない。書くことのほかに、生活する、眠る、という新しい要素を心がけるようになったから、多分週に1~2冊かな。

皆と同じになろうとどんなふうに努力して、どんなふうに挫折したか、そして、挫折したおかげで救われたことを、あまさず語りたかった

最近のゼイディー・スミス(Zadie Smith)との対談で、「以前仲間だったコミュニティーと繋がりが切れてしまった。書いた本が翻訳され始めて、あちこち旅行するようになると、生活がまったく変わってしまう」と言ってるわね。ほとんどの作家は、成功に伴う孤立についてあまり語らない。コミュニティーから離れて、どんなふうに暮らしてる?

僕は、自分が置かれた環境から逃げるために、家族から逃げるために、できることは何でもやった。僕自身の子供時代、子供の頃に起こったことが大嫌いだった。最初は周囲に溶け込もうと努力したんだけどね。まさに『エディに別れを告げて』のストーリーそのもの。僕が育ったフランス北部の労働者ばかりのちっぽけな貧しい村では、ゲイだという理由で、僕は嫌われ者だった。自分たちとは違うと言われてた。『エディに別れを告げて』は、そういう場所から脱出する前、みんなと一緒になろうとしたもがきのストーリーだよ。誰もが同じような環境の中で、ひとりだけ違う存在だった子供時代の体験から本当に自由になることが、僕にとっては一番大きくて大切なことだった。ほら、『リトル ダンサー』のビリー・エリオットみたいにね。皆と同じになろうとどんなふうに努力して、どんなふうに挫折したか、そして、挫折したおかげで救われたことを、余さず語りたかった。

子供時代で懐かしいことは?

僕は基本的に、すごく昔が懐かしいんだ。変だよね。子供時代を憎んでるくせに、懐かしい。一体どうしてだろう? 多分、ある意味で、過去があるべき場所に収まったからかもしれない。子供時代って、毎日世界が広くなる時期だと思うんだ。毎日、世界が広くなって、現実が大きく深くなっていく。大人になると、なにもかも縮んでいく。世界はだんだん狭くなるし、人の心は思ったほど大きくないことがわかってくる。

最初に『エディに別れを告げて』を読んだとき、強く印象に残った文章があるの。例えば、「みんなにいつも言われていたとおり、本当に、僕は男の身体に入ってる女なんだという考えが、この時期にだんだん現実に思えてきた」。ゲイの男性やトランスジェンダーの女性にとって、子供時代のそういう類似や相違を語り合うことはとても有意義だと思う。私にとって、あなたの作品はそういう場を作ってくれたし、本当の自分を見せる力を与えてくれる。

両親や家族、環境、社会が僕たちの体を決める、だけどそれは僕たちの体じゃない。君の言うとおり、トランスジェンダーやゲイにとって、とても身近なことだと思うよ。僕に関して言えば、エディは僕じゃなかった。エディは僕がどうしてもなれなかった少年だ。父はエディという名前を選び、エディという名前を選ぶことで、僕の体を選んだ。父が息子に望んだ体を表す名前、それがエディだった。フランスでは当時子供にアメリカ風の名前をつけるのが流行って、エディというのは労働階級の典型的な名前のひとつだったんだ。だけど、僕はエディじゃなかった。僕はそんな男らしい子供じゃなかった。父は、僕の体を通して、自分の男らしさを再現したかったんだ。

2016年にフランスで出版された『Histoire de la violence』が、今年の夏、『History of Violence』として英語で出版されるけど、違う時期に出版されることに対して、期待や危惧はある?

『History of Violence』が、性暴力への取り組みを考える対話の糸口になればいいね。性暴力を語り合って、それに対して僕たちはどう向き合えるのか? #MeTooムーブメントが起きて、みんなが自分の体験を語れるようになったのは、本当に素晴らしいことだった。『History of Violence』は僕自身のレイプ体験を語っているから、それがどんなに辛いことか、体験を語れるためにはどれほどサポートや体制やディスクールが必要か、僕は肌で知っている。今アメリカで起きている大きな論争の後に必要なのは、「僕たちに何ができるか」という問いかけだと思う。進歩的な人たち、リベラル派や左派の人たちが抑圧や刑罰を支持するようになるのは、問題だと思う。僕たちの社会は、暴力を別の暴力で解決しようとする。肉体的暴力や性的暴力を振るった人間に対して、司法制度や国家制度や刑罰制度は「よし、この人間は暴力的だから、こちらも暴力を行使しよう。10年間、檻に閉じ込めよう。10年間、自由を奪ってしまおう」と決める。このことを話し合う必要があると思う。それが『History of Violence』のテーマだ。レイプが起こった後、どうして警察が僕の供述を利用して誰かを投獄しようとするのか、僕には理解できなかった。僕たちが性暴力と戦うのであれば、僕たちは暴力と戦っているんだ。暴力と戦うのであれば、刑罰を利用して戦うことはできない。理論的に見れば、刑務所が暴力を阻止する役割を果たしてないことは明らかだ。反対に、刑務所は社会の暴力を増大している。子供時代の経験から、僕はそのことを知ってるよ。祖父も刑務所へ入ったし、従兄弟も刑務所へ入った。刑期が終わって出てきたとき、ふたりとも非常に暴力的だった。僕たちの社会は罰することが大好きなんだ。

『History of Violence』で詳細に書かれている性暴力は、あなたの姉があなたから聞いた話を語るモノローグの形をとってるわね。あれは、自分の体験を具体的に語ること、そして警察や医師や法廷に対してそれまで何度も繰り返した証言を公にすることへの謂わばクッション、距離をとるための手法だったの?

言うまでもないけど、単純なことじゃなかった。レイプが起きたとき、周りの人が皆そのことを話題にしているはわかったけど、人の話の中で語られていることは、もう僕自身の体験じゃなかった。僕は事件を警察に通報して、警察で事件の経過を説明して、警察はそれをコンピュータに入力して、印刷した。印刷された供述書を見せられて、署名するように言われたとき、その中に僕の話したことはまったく見当たらなかった。皆無だった。なぜなら、それは警察の人種差別言語で書かれていたから、取り調べにあたったふたりの性的にストレートな警察官の思考で書かれていたから。たとえば、「どうして、夜中に見ず知らずの男を家に連れ込んだりしたんだ?」って何度も訊かれたけど、そんなの、ゲイなら当たり前のことだろ?

ええ。

だから言ったんだ。「僕たちは誰でもそうしている。僕らのようなクィアな人間には、ずっと場所がなかったんだ。ストレートなあなたたちのように、レストランやカフェやバーで会うことはできなかった。僕たちクィアな人間は危険を冒してきたんだ。ストリートのライフ スタイルを作って、クィアなストリートを作って、相手を探して関係する方法を作りだした」。そういう苦しみを味わったことがない人間に限って、苦しみを体験した人間に向かって、どうすればいいかを説教したがる。おかしなことさ。

恥が僕の出生証明さ。僕は恥辱の中で生まれた。恥辱の息子だ。恥辱によって生み出された

恥辱は書くためのツールだと言ってるわね。恥辱を手段として利用したいという欲求、そして恥辱が毎日の生活に及ぼす毒素から解放されたいという欲求。両方をどうバランスさせるの?

恥が僕の出生証明さ。僕は恥辱の中で生まれた。恥辱の息子だ。恥辱によって生み出された。僕が話し始めると、父はすぐさま目を伏せたもんだよ。僕の話し方を恥じたんだ。父が望むように男らしくなかったから。恥を消し去る一番の方法は、それについて話すことだと思う。恥が与える残酷な影響のひとつは、自分を恥ずかしく思う気持ちが孤独へ繋がっていくことだ。自分だけが恥ずかしい人間だと思うようになる。必ず、一人ぼっちの孤独感が生まれる。だから、恥について書くこと、恥について語ることは、世界に対して、人々に対して「ひとりじゃないよ」と告げる方法だ。僕たちは集団だ、恥まみれの集団だ。僕たちはムーブメントそのものだ。

実はある大学で『History of Violence』を朗読することがあって、いくつかの章を読んでいるうちに、あることに気がついた。『エディに別れを告げて』と『History of Violence』の両方で書いた子供時代の労働者階級の環境は、決まりごとや規範だらけだったよ。非常に厳格な規範、男らしさ...ところがもっと注意して読んでみると、実は、そんな決まりごとを本当に守っている人間はひとりもいなかった。僕の父なんか、事あるごとに「男は泣くもんじゃない。男は絶対泣いたりしたら駄目だ。泣くのは女だけだ」と言ってたけど、よくよく思い返してみると、しょっちゅう泣いてた。母が泣いたのは、僕が家にいた16年間で1回、多くて2回。決まりごとや社会が決めた規範なんて、ほとんどの場合、人間を変えることはできないんだ。決まりごとや規範で僕たちを完全に変えるなんて不可能だ。

新作について話してくれる?

フランスで発表したばかりで、タイトルは『Who Killed My Father? (未訳)』。タフ ガイの物語、僕が決してそうではなかった少年の物語、僕の父の物語。つまり、『エディに別れを告げて』の対極だ。僕の父は若者らしい生活を夢見たんだ。父の父もそのまた父も、代々、学校を出たらすぐ工場で働き始めた。16歳にして工場労働者だった。だけど父は、若さを主張して謳歌する60年代の世代だったから、若者らしい生活を送るために、すぐに工場へ送られることを拒否した。その葛藤を描いたのが『Who Killed My Father?』だよ。若さはブルジョワ階級に与えられる特権であって、労働者階級は戦わずして若さを手にすることはできない、それが僕の本当の気持ちだ。社会は与えてくれない。社会からくすめ盗らなきゃいけない。父は今50歳だけど、歩くこともままならない。呼吸も困難だし、悲惨な健康状態だ。それは、労働者階級に対して、貧しい人々に対して、フランスが行ってきた30年の政治をそのまま映す鏡だ。生活保護を取り上げ、労働者の医療費を負担しない。政治というと、とても理論的な話に終始する。恵まれた環境に生まれたら、ある意味で、政治に保護される。金持ちで、白人で、マンハッタンに住んでいれば、たとえ政府嫌いでも、政府に存在を脅かされることはほとんどない。だけど、僕の父にとっては生死の分け目だ。だから僕はそのことを書いた。

Thora Siemsenは、フリーランスとしてニューヨーク シティで活動するライター。 『Rolling Stone』、『The Creative Independent』、『The New Yorker』、その他多数に執筆している

  • インタビュー: Thora Siemsen
  • 写真: Christian Werner
  • ヘア: Débora Emy