ハニー・ディジョンの人生:出会い、交わり、創造する

ファッションに愛されるDJが、二元的文化の超越を語る

  • インタビュー: Adam Wray
  • 写真: Benjamin Huseby

「これをロンドンへ持っていったって、同じことよ」。身振りを交えながらハニー・ディジョン(Honey Dijon)は言う。ここは、デトロイト市街にあるファウンデーション ホテルのロビーにあるラウンジ「アパレイタス ルーム」だ。古い建物の木材を再利用したバーの上には、透明ガラス内部のフィラメントが見えるエジソン バルブがぶら下がり、インスタグラムにうってつけの高級感を醸し出している。「同じ照明、同じ木材、同じガラス、同じメタル。どこもかしこも同じ」。まさにピュアなハニーらしく、目に入るあらゆる正統を、事もなく斬り捨てる。

デトロイトに来たのは、世界でもっとも有名なダンス ミュージックのフェスティバル「Movement」のためだ。夏には各地でフェスティバルが目白押し。ハニーのように世界を駆け巡るDJのカレンダーは、スケジュールで埋め尽くされている。前夜は、毎年恒例になった「OK, Cool!」のアフターパーティで、ピーク タイムにプレイした。だが、僕たちが会った日の彼女はリラックスしている。

シカゴで生まれたハニーは、子供の頃からDJしてきた。「両親がまだ若いときに、私は生まれたの」。彼女は教えてくれる。「だから寝る時間になるまで、両親のパーティで音楽をかけてたわ。人と音楽を共有することが大好きになったのは、そういうわけ」。10代の始めには夜遊びを始め、ハウス ミュージックが誕生したクラブで成長した。そんな過去は、無視されがちなハウスというジャンルの起源に対する貴重な視点を、彼女に与えている。「今では知られるようになったハウスも、もう30年の歴史があるサブカルチャーよ。私は自分の場所、つまりクイアでブラックなカルチャーから、この音楽を伝えようとしてるの。ハウスは有色のクイアたちから生まれたのよ」

ハニーは、90年代半ばにニューヨークへ移り、DJとしてのキャリアをスタートさせた。境界のない直感が原動力のスタイルだ。ディスコ、ハウス、テクノをなめらかに移動して、レギュラーを務めるベルリンのクラブの聖地「パノラマ バー」でプレイするときも、国際的なアート フェア「アート バーゼル」やRick Owensのアフターパーティでプレイするときも、同じように気負いがない。DJはファッション界への扉を開き、ニコラ・ジェスキエール(Nicolas Ghesquière)、リカルド・ティッシ(Riccardo Tisci)、前述のリック・オウエンス(Owens)、キム・ジョーンズ(Kim Jones)など、錚々たる大物を魅了した。ファッション界からの称賛は、やがて友情へ発展し、コラボレーションとして結実した。過去6年、ハニーはキム・ジョーンズと共同で、Louis Vuittonメンズウェア ショーのサウンドトラックを作っている。最新作では、ドレイク(Drake)がキム・ジョーンズのために作った曲で話題になった。後日ハニーから送られてきたメールによると、ドレイクは2曲のオリジナル作品を提供したそうだ。そのほかにも、多忙の合間を縫ってMoMA PS1やキングス カレッジ ロンドンでの講演を引き受け、自らの体験を語っている。かくのごとくスケジュールはすでに過密状態なのに、これからもっと忙しくなるとハニーは見込んでいる。良き師でありオリジナル ギャングスター ハウスの伝説でもあるデリック・カーター(Derrick Carter)のレーベル「Classic」から、フル アルバムでデビューを飾る日が近づいている。

ハニーと僕は、フライドポテトをつまみにテキーラ ベースのカクテルを飲みながら、ダンス ミュージックのファン層が変わりつつあること、DJブースの中で白けてしまうこと、ファッション界がトランスジェンダー カルチャーを利用していること、人生を変えたレコードについて対話した。インタビューの後、第二の故郷になったベルリンで撮影が行われた。スタイリングと撮影はベンジャミン・フセビー(Benjamin Huseby)、着用したのは、ベンジャミン・フセビーとパートナーのセルハト・イシク(Serhat Isik)が立ち上げたブランドGmbHのウェアだ。

Honey Dijon着用アイテム:フィーディ(GmBH)パンツ(GmBH)

アダム・レイ(Adam Wray)

ハニー・ディジョン(Honey Dijon)

アダム・レイ:今現在、世界は小さいと感じますか?

ハニー・ディジョン:うん、そうね。インターネットがすべてを変えたわ。今、2017年でしょ? みんな忘れてると思うんだけど、どの家にもコンピュータがあるようになったのは2004年、2005年の頃だから、インターネットはまだ10年しか経ってないのよ。前は、ロンドンへ行ったら、ロンドンで買わなきゃいけないものがあった、あんな日が懐かしいわ。レコード ショップのコミュニティとか、友達にばったり出会ったり、自分では聴かないような音楽を教えてもらったりしてたのが、懐かしい。インターネットが本当にやってきたのは、人の心を閉ざしたことだと思うの。あらゆる情報が手に入るけど、みんな、自分が知っているものや安心できるものだけを探してる。

その上、まだ何が欲しいのかを、教えてもらいたがってる。Discogsなんか、まさにそうですね。有名なDJがプレイするだけで、それまで誰も聴いたことがなかった曲が一夜にして5ドルから50ドルに跳ね上がる。

バカげてるわ。誰も知らない曲だからって、良い曲ってわけじゃない。判断力がないのよね。ファッションですら、変わったって感じるわ。ファッションの語彙がすごく民主的になって、簡単に情報が手に入るようになったから、ファッションが選ばれた人たちのものだった頃が、ちょっと懐かしいくらい。違う言葉で話すトライブがいた時代が、懐かしいわ。今は、マクドナルドで食事をするようなものよ。どこの街でも同じ。味も同じ、見た目も同じ。

あなたのようにコンスタントにDJをしている場合、自分にチャレンジして、常に新鮮であるためには、どうしていますか?

私はまだ音楽にときめくわよ! DJは、アートやプロフェッショナルな技能のひとつだと思ってるもの。私にとっては、絵を描いたり、作曲したり、何かをデザインするのと同じ。難しいのは、アーティストとして何か主張したいことが、毎日あるわけじゃないことね。ひらめきを無理強いすることなんてできないし、私みたいに頻繁にプレイしてると、ギグの回数に素晴らしいレコードの数が追いつかない。だから結局、3週間何度も何度も聴いているレコードを並べ替えて、ときめきを持続させることが大切になるわ。フランキー・ナックルズ(Frankie Knuckles)がいつも言ってたけど、音楽より自分の方が重要になったらお終いだって。私はそれを信条にしてるの。

ハウスミュージックの黎明期には、必ずしもDJがパーティの中心的存在ではなかったのに、それがいつのまにか変わってしまった。プレイしているときに、そういうことを考えますか? パフォーマンスしている自分がどう見えているか、とか。

ええ。バンドでもそうじゃない? 見た目って重要よね。私とスタイルは、今までずっと、切っても切り離せない関係よ。好きなミュージシャンを初めて見付けたときは、どんな服を着ているか、アルバムのジャケット写真のクレジットは誰か、じっくりと調べたわ。誰が写真を撮って、誰がヘアをやったのかって。私は、DJや音楽を、ひとつのまとまったプロジェクトとして、アートとして、捉える考え方が好きだわ。別に新しい考え方じゃないのよ。ただ、DJカルチャーが、以前よりもよく目につくようになっただけの話。DJをすることやDJカルチャーがライフスタイル的になってきてる。以前は、ただのサブカルチャーだった。

変化を起こす人って、その変化を体験することがほとんどないのよ。面白いわね

もはやサブカルチャーは死んだ、という考えがあります。そうだと思いますか?

いつでも必ず、アンダーグラウンドなものはあるわ。いつも必ず。サブカルチャーはいつも存在するけど、雑誌やウェブにいる誰かが見付けると、やたらと宣伝して、バイラルに広がっていく。だから、サブカルチャーの寿命はすごく短くなったわ。

発展していく時間がありませんね。

ひとつのことに考えを広げていく時間がないのよ! そんなことをしてる人は、誰もいない。みんな、何かに反応はするけど、実際に交わろうとしないの。

ダンス ミュージックの文化は、商業的な方向へ移行していると感じますか?

誰も自分からパーティを盛り上げようとはしないわ! クラブへ行ったって、誰もカラフルな格好してないし、自分の個性を表現してる人もいない。みんな退屈な服を着て、突っ立って、DJを眺めてるだけ。どうでもいいけどね。私が夜遊びを始めた頃は、それなりの格好や雰囲気がないとパーティに入れなかったわ。自分がパーティの空気を作ってるって自覚があったから、私はその場にいたの。パーティから何かを取るんじゃなくってね。この音楽に貢献したかったし、このカルチャーに貢献したかったの。私は、アート、音楽、ファッション、ナイトクラビング、そういうものがカルチャーの中心だって思ってる人だから。私が作った言い回しなんだけど、「ミート、メイト、クリエイト」。つまり、人が出会って、交わって、創造する場所なのよ。

聴衆が変わったっていう話が出ましたね。

みんなストレートの白人。その話に戻ってもいいわよ。

では、そうしましょう。何が原因で、変わったんだと思いますか?

音楽が変わっちゃったのよ! 有色人やクィアには、とってもエモーショナルでスピリチュアルな特別のサウンドがあるわ。それ以外の人たちがそうじゃない、と言ってるんじゃないわよ。だけど、ディスコや初期のハウスには、独特な音、独特なテクニック、独特なエモーションがあるの。音楽が単調になったわ。今は、テクノロジーが進んで、DJの技術を知らなくてもDJできる。それが変化ね。物事がずっと同じである必要はないし、進化するのは当然だけど、音的に音楽が変わっちゃって、クラブで有色の人たちを見かけることも少なくなったわ。パーティでも、フェスでも、レコード レーベルでも、雑誌の編集でも、影響力を持っている有色人は多くない。変化を起こす人って、その変化を体験することがほとんどないのよ。面白いわね。今の音楽と今のカルチャーは、ヘテロで、自分の性的アイデンティティに問題がない白人に占領されてる。だから、ヘテロな世界観の反映なんだと思うわ。

着用アイテム:ジャケット(GmBH)

どこかに突破口があると思いますか?

そうね。クィアの人たちが物怖じしなくなってると思う。クィアやトランスジェンダーの存在が前より知られるようになって、発言するを恐れなくなってる。私は自分以外のものにはなれないんだから、どうして自分がそうじゃないことを恥じなきゃいけないのか? 自分の人生をどうしたいのか? トランスジェンダーのムーブメントで素晴らしいのは、男と女っていう二元的な性別の役割をぶち壊していること。そして、ストレートであるとはどういうことか、男性であるとはどういうことか、女性であるとはどういうことか、っていう対話の口火を切ったことね。私の体はこうだけど、私があの人に惹かれたら、性別なんて何の意味があるのかしら? 私たちの経験は言語に閉じ込められてる。そもそも私たちのアイデンティティそのものが言語で定義されてるし、アイデンティティのほとんどは白人のストレートの男性が決めたものよ。私は白人にはなれないし、ストレートの男性にもなれない。なら、どうしてそんな価値体系に一生懸命合わせるの?

若い頃、レコードだけではなく、雑誌やアートブックなども収集していたそうですね。もともとコレクターの血が流れてるんでしょうか?

今振り返ってみると、私の場合、仲間外れだったからだと思う。自分のジェンダーを表す言葉がまだない時代に育ったから、アートや音楽やファッションに慰められたわ。私のいる場所と違って、美しい世界だった。自分の部屋から出ると、そこはとても醜い世界だったけど、自分の部屋へ戻ると、美しいアートに囲まれた。満たされて、希望が湧いてくる感じだったわ。思い通りになる自分のものはそれだけだったし、癒されるのもそれだけだった。できる限り買い集めて、できる限り勉強したわ。地元の図書館の写真のセクションで、アーヴィング・ペン(Irving Penn)を知ったわ。家の中にメンズ ファッション雑誌の「GQ」があって、ブルース・ウェーバー(Bruce Weber)やニューヨークやStudio 54のことを知ったわ。Wax Trax Recordsへ行って、「i-D」とか「The Face」とか「 BLITZ」なんかの雑誌を見つけて、ロンドンと出会ったの。そういうものを集めたのは、カルチャーに触れる入り口だったから。

他の人にはできない、あなたがDJとしてやっていることは? 他のDJより上手にできることは?

そういう表現を使いたいかどうか、分からないわ。だって、音楽で表現する場合、それぞれにそれぞれの主張があって、どっちが良いとか劣ってるってことじゃないと思うから。あらゆる人が主張できる。私の主張は「私が生きてきた体験。ゲイの黒人が集まるちっぽけなクラブから、ニューヨークの有名なクラブ、そしてシカゴからデトロイトまで、いろんな環境に身を置いてきた経験そのもの」。様々な環境でプレイされている音楽を体験してきたし、その経験が私のパフォーマンスの中に現れるの。

そして、まったく同じ経験をする人はいない。

だから、私には私だけの主張があるの。それは、他の人よりもいいものかしら? いいえ、ただ違うだけよ。

そういう考え方のほうがずっといいですね。他の仕事もしたいですか?

私、DJを始めるときにいつも言うの。これからの2〜3時間、私があなたたちの体験を作る。その後は、いつも通りの決まったプログラムに戻ればいい。でもこの3時間は、私のやり方でやるのよって。思うに、そういう自信を持てたのは、ディスクロージャー(Disclosure)とツアーしたおかげ。アメリカの真ん中で、私のことなんか誰も知らない客の前でプレイしたのよ。イギリスから来た20歳の白人の2人組が登場する前に、アンダーグラウンドなハウス ミュージックの街から来た黒人のトランスジェンダーの女が前座をつとめて、自分なりのやり方で盛り上げなきゃいけなかったのよ。あの経験には感謝してるわ。私にも貢献できるものがある、自分のやっていることを本当に信頼したら人も信頼してくれる、て気付かせてくれた。

着用アイテム:プルオーバー(GmBH)

ファッションの世界へ足を踏み入れた経緯を、聞かせてください。

偶然よ。特に私みたいにトランスジェンダーの女性として成長した場合、認めてもらう究極の方法はモデルになることだった。若いトランスジェンダーにとって、認められたことを確認する手段がなかったから。今でもトランスの女性たちは、過度に女らしさを美化してる。けど私はそうじゃない。タイトなドレスにハイヒールなんてまっぴらよ。私のやり方じゃないわ。私が好きなのはMargielaやAnn Demeulemeesterだもの。私はファッションにある考えが好きなの。男の目を引くために着飾ったりしない。トランスの女性たちは、本当の自分を見てほしいと思いながら、それでもシスジェンダーでヘテロな美の基準を受け入れてる。大金を費やして、本来の姿を隠すのよ。私にとって、それは死も同然。仲間を裏切るつもりはないから、そういう言い方はちょっと問題だと思うけど、トランスのコミュニティの中でも私の美の基準はけっこう人と違うってことに気付いたの。ハイヒールは快適じゃないわ。世界中を駆け回るのに、ヒールに手こずってる時間はないわ。そうでしょ? 正直言って、今は男も必要ないの。トランスの素晴らしさは、ひとつには、恋愛と恋愛の目に見える形を変えられることね。

でも、ファッションの世界へ入ったのは、DJをやってたから。ファッションとアートと音楽が共存してるニューヨークで、たくさんのゲイバーでDJをやってたでしょ。ファッション デザイナーの大多数はゲイだから、パーティで私のことを耳にして、私のやっていたことが気に入ったみたい。だからファッション関係のイベントへ呼ばれるようになって、そこからファッション ブランドと一緒に音楽やショーのサウンドトラックを作るようになったのよ。

では、キム・ジョーンズ(Kim Jones)とLouis Vuittonのショーの音楽を作るとします。どこから始めるんですか?

キムは、やるべきことをちゃんと分かってる。彼と仕事をするのはとても楽なのよ。私は彼の好みを知ってるし、お互いに理解し合えるから。全面的に私を信頼してくれる。彼を通して、たくさんの人に出会えたわ。ジョルジオ・モロダー(Giorgio Moroder)と仕事をしたシーズンもあるし、ナイル・ロジャース(Nile Rodgers)と仕事をしたシーズンもあるし、ネリー・フーパー(Nellee Hooper)と仕事したシーズンもある。想像できる? 腰を下ろして、あのナイル・ロジャースと話をしたのよ! 今ナイル・ロジャースにメールしたら返事をくれるわ。すごいことでしょ? 音楽を変えた人たちと会えるようになったなんて。それもこれもキムのおかげ。お互いマニア同士、とっても気が合うの。キース・ヘリング(Keith Haring)の作品をもらったし、私はフランキー・ナックルズ(Frankie Knuckles)の未発表ミックスをプレゼントするつもり。カルチャーをシェアし合ってるわ。

僕の場合、踊ることは一種身体的な知性のワークアウトです。他の領域では使うことができない心と、身体が結びつく状態なんです。DJをしているとき、あなたはどんな気分になりますか?

自由。誰かとすごく良いセックスをしてて、抑圧がまったくなくて、思考さえないような感じ。考えるんじゃなくて、感じるの。時間の概念も消えるわ。だから時々、10分経ったのか10時間経ったのか分からないことがあるわ。すごく自由で、すごくセクシーな気分。音楽の世界に入り込むと、性的に興奮するの。

私は自分以外のものにはなれないんだから、どうして自分がそうじゃないことを恥じなきゃいけないのか?

僕はかなり心配性なので、そういう状態になったら、他のことは全部ストップしていまいますね。

ほんとに素晴らしいセックスをしてて、ずっと終わって欲しくないって感じ。それがセックスのいいところよね。ほんとにいいセックスをしてるときは、終わって欲しくないって思う。だから中毒になる。そして、相手がヘマをして台無しにすると、もう一回素晴らしいセックスを味わいたくて執着してしまう。私はそうなるわ。いつも最高のセックスが必要なの。

あなたの好きなサウンドは?

銀行の自動支払い機の音。でも、ほんとに好きなのはキスの音。

なるほど。実に具体的な音ですね。では、いくつか具体的なレコードについて。世界中どこのダンスフロアでもプレイできるレコードは?

リル・ルイ(Lil’ Louis)の「French Kiss」。ハウスをプレイしていても、テクノをプレイしていても、ディスコをプレイしていても、とにかく誰もが知ってて、リリースされた30年前と同じように今でもスペシャルなレコードの1枚だわ。「French Kiss」なら、世界のどこでプレイしても、みんなが大喜びする。

いつでも喜びを感じるレコードは?

グレース・ジョーンズ(Grace Jones)の「La Vie En Rose」

自分のお葬式でかけて欲しいレコードは?

フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッド(Frankie Goes to Hollywood)の「Welcome to the Pleasuredome」

部屋に戻ったとき、いつもかけたい曲は?

キャンディ・ステイトン(Candi Staton)の「When You Wake Up Tomorrow」

あなたの人生を変えたレコードは?

たくさんあって無理だわ! イエロー(Yello)の「Bostich」。ニッツァー・エブ(Nitzer Ebb)の「Join in the Chant」。The B-52’sの「Mesopotamia」。それからフランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドの「Relax」。カジミア(Cajmere)の「Brighter Days」。カッソ(Kasso)の「One More Round」。シャーデー(Sade)の「Cherry Pie」。ソランジュのアルバム「A Seat At the Table」の全部。あのアルバムは傑作だわ。それからマービン・ゲイ(Marvin Gaye)の「After the Dance」。ああ、止まらなくなっちゃった。ユーリズミックス(The Eurythmics)の「A City That Never Sleeps」。ユーリズミックスの「Julia」。まだまだあるわよ。カルチャー・クラブ(Culture Club)の「White Boy」。「Kissing to Be Clever」は私が大好きなアルバムよ。私の人生を変えたわ。そうだ、面白い話があるのよ。誰にも話したことがないんだけど、子供の頃、まだトランスジェンダーが何かも知らないとき、スーパーマーケットで「Kissing to Be Clever」を見たの。ずっとずっとずっと目が釘付けになったわ。どうして目が離せないのか、自分でも分からなかった。私もみんなと同じで、ボーイ・ジョージ(Boy George)を初めて見たときは女の子だって思ってたからね。ところが、「どこかが違う」って私の中の何かが感じたのよ。言葉にできなくて、はっきりこれとは理解できなかったけど。私は長い間、自分を両性具有だと思ってたのよ。両性具有が何かを知り始めたのは、ずっと後のこと。だから、あのアルバムのジャケットは私の人生を変えたんじゃないかしら。クレイジーだわ。

自分でもまったく知らなかったことに、音楽を通して目が向くようになる。それってすごいことですね。

だから私はダンスミュージックを軽視しないの。私が経験を積む方法だったから。ダンス ミュージックは、どこへも行くことを許されなかった人たちが作った音楽であり、カルチャーだから。シカゴはとても人種差別が激しかったのよ。有色でクィアの人間はほとんど行くところがなかった。そのことを理解してないといけないわ。そういう人たちが自分たちのためにハウス ミュージックを作って、自分たちのために着飾ったのよ。黒人を広告に使うブランドなんてなかった。今だって、ファッションでトランスジェンダーの話を使って、得をしてるのは誰? 誰の利益になってる? ファッション ブランドにあなたは美しいと認めさせたら、自分の価値を感じられるの? それは、自分の価値を与えているからよ。そしてそのことに気付きもしない。ハリエット・タブマン(Harriet Tubman)が言ってるわ。もし奴隷たちが自分のことを奴隷だと知らなかったら、もっと多くの奴隷を解放できただろうって。そのことをちょっと考えて欲しいわね。

最近、性別が流動的な人を対象にしたウェアの広告を、地下鉄で見たことがあります。Topmanかどこかだったな。そういうものを見たときの僕の直感的な反応は、批判です。そういうブランドは、この世界を住みやすくて居心地の良い場所にすることなんか、ちっとも考えてない。

金儲けしたいのよ。現代にふさわしく、クールに見られたいだけ。

遺産なんて、墓の中まで持っていけるものでもないでしょ?

絶対そうですね。結局いつも、金儲けの話になります。ただ、大きく考えると、広告はカルチャーに影響を与えることができますよね。例えば、カンザスの田舎町にいる人がその広告を見て、自分のことをもう少し理解できることもあるのではないかと、思ったりすることもあるんです。あるいは、問題をもう少し理解できるようになるとか。これは悪いことでしょうか?

いいえ、悪いことじゃないわ。でもあなたの目の前の人間は、広告なんかなしで、同じことをやれたのよ。シカゴのサウスサイドの黒人の子供だった私が今の自分になれたんだったら、あなたの説にはちょっと共感できないわ。私のような人間は生き残れないの。生存率はゼロ。もしそういうことが実際に起これば素晴らしいけど、そういう企業ブランドには絶対計略があると思うわ。もしそういう対話がカルチャーの中に存在していなかったら、善意から同じことをすると思う? やらないわ。じゃあ、誰が得をしてるの? 私は、トランスジェンダーの人たちや社会に適合できない人たちに、自分たちの力を使って欲しいの。そういうストレートな企業ブランドに自分たちの価値を求めることをやめて欲しいの。だって、そのやり方は間違ってるもの! ファッションの問題は、何かのきっかけですぐに変わってしまうこと。トランスジェンダーが昨シーズンのニュースだと判断したら、もう終わり。そんなもんなのよ。

自分の作品を、遺産という観点から考えることはありますか?

遺産なんて、墓の中まで持っていけるものでもないでしょ? 遺産は生きている人間のためにあるのよ。私が何者だったなんて覚えて欲しいって思うほど、私のエゴは強くないわ。第一、死んだらもういないんだから!

僕も同感です。歳を重ねることでいちばん大切なのは、大きな視点で見ると自分なんて取るに足りない存在だということを受け入れるようになること。僕はそう考えてます。

私がやっていることにも、同じことが言えるわね。私はガンを治すことはだきない。でも…

人々を幸せにしている。

そうそう。だから、重要じゃないけど、とっても重要なのよ。人に喜びをもたらしているんだから。人に喜びをもたらすことは、ガンを治してあげるのと同じくらい大切だもの。

  • インタビュー: Adam Wray
  • 写真: Benjamin Huseby