未来の曲線:
バックミンスター・フラー

テクノロジー精神を生んだデザインを再考する

  • 文: Kate Losse

「我々は、未来の建築家と呼ばれる。未来の犠牲者ではない」。発明家であり思想家であったバックミンスター・フラーの言葉だ。「産業化が、早急かつ全く超越的に、人類の意識的な計画に沿った方向へ進展する」世界を想定したフラーは、 テクノロジーに潜在する絶対的な可能性を信じた。建築そのものを変革のツールとみなしたフラーの業績は、後のシリコンバレーと同様に、テクノロジーの展開によって社会問題の解消を試みる影響力の先例となった。20世紀半ば、他の建築家が従来の形状の合理化に専念したのに対し、フラーは実験的な設計によって居住空間を根本的に再考した。兵営のコンセプトとして1949年に初めて建築されたジオデシック ドームは、フラーの代表作であるのみならず、従来のあり方を抜本的に超え、共有可能な生活様式を探究する代替美学となった。1960年代以降、フラーに触発されたドームは、地方のコミューンから音楽フェスティバル、バイオスフィア(カナダ、モントリオール)のようにアイコンになった施設まで、当時の文化を背景にして各地に登場した。20世紀建築の大多数を支配した方形原則から離脱した異質なドームは、近代建築に対する反体制的ビジョンを表現し、従来とは異なる、そして時代と共に魅力を増す価値に基づいて、別な流れの設計時系列を垣間見せた。

フラーの建築物は
住むための機械ではなく
日常生活を営むための機械

フラーは、1920年代にモジュラー式住居の実験に取り掛かった。誕生したモデルは、動的最大張力(dynamic、maximum、tension)を組み合わせてダイマクション ハウスと名付けられ、飛行船でどこへでも空輸できる完全大量生産住居を期待させた。ダイマクション ハウスは空気力学の原理を応用した銀色のドームで、換気効率と空間利用を最大化し、手頃な価格で提供されることが想定されていた。小型住宅が21世紀の強迫観念となるはるか以前に、フラーはその方向へ向かっていたわけである。同じ頃、ヨーロッパではル・コルビュジエ(Le Corbusier)が、「住むための機械」と定義した独自の効率的住居に取り組んでいた。だが、ル・コルビュジエの関心が、「少ほど良し」を実践するミニマリズム美学にあったのに対し、フラーは「少で多を成す」実践を強く主張した。

「実践」の重視は、デザインではなく、テクノロジーとの意識的な連携を意味した。フラーの建築物は、先ず美的空間として構想されるのではなく、「日常生活を営むための機械」として設計された。「住むための機械」ではなかった。住居は、単に特定の家族ではなく、人類が集合的に抱える問題へのソリューションであった。「実質的に、我々のあらゆる病は住居に責任があるのではないか。私は、そう考えるようになった。すなわち、もっとも明晰で知的な科学研究試験に基づいて物事を成すのではなく、空虚で価値のないものを基盤にして物事を成す先入観のせいである」と、フラーは語っている。今日、シリコンバレーの科学技術者があらゆる課題を無限に拡張可能な挑戦の克服と位置付けるように、フラーは、世界的な住宅不足を実際に解消する手段として、自らのダイマクション ハウスを位置付けた。

フラーのドームは、単なる建築ではなく、新たな形態による社会的、空間的組織の象徴として構想された。ドームの枠組みが相互に支え合う同一の三角形で構成されているのと同じように、個別のアイデンティティではなく、効率的な集団性に焦点を合わせた、無限に拡張しうる社会基盤をフラーは頭に描いた。1960年代、コロラド州南部のドロップ シティに代表されるコミューンでは、車に使われたメタルからボトルのキャップまで、スクラップから手に入るものを総動員して、ヒッピーたちがドームを作った。ドームのきわめて単純な形状が期待させる従来とは異なる生活様式は、瞬く間に熱狂的に広まった。個人の表現より機能を重視するフラーの志向は、衣服にも延長された。1971年のマハリシ・マヘシュ・ヨギ(Maharishi Mahesh Yogi)との対談では、個人によるスタイルの表現は、より大きな社会の福祉に合致しないと主張している。自分のスタイルを重視するときは「自分の能力を他者の利益に向けて」いないと感じるので、自分のファッション センスは「二流銀行員並み」と、フラーは持論を展開した。

フラーの作品は
急進的な想像力の
方向性を示す視覚的言語

形より機能を重視し、ソリューションを志向するフラーの精神は、不安定な現代社会において大きな意味を持つ。崩壊する社会と環境に直面して、私たちは極端な選択を考慮し始める。つまり、なんらかの革命的な社会変革か、あるいは、未知なる未来に対するある程度美化された服従か。仮に、現在を支配する美的流行の大半が、ディストピアに向かう凋落を、できるだけクールに見せる、あるいは単に耐えうるものにすることが目的だとすれば、フラーの作品は、少なくとも、急進的な想像力の方向性を示すひとつの視覚的言語を提供している。1967年にモントリオールで開催された万博に際してフラーが設計したバイオスフィアでは、開放的なドーム自体が、世界へ目を向ける博物館を暗示している。球形内では、展示空間が工場内に並ぶ穀物倉のように、床上げ式に見える。この博物館に入るのは、環境の持続可能性を重視する世界、すなわち現在我々が居住する加熱と過飽和の世界とは本質的に異なる世界へ足を踏み入れる感覚と、少し似ている。

しかし、至るところに存在するフラーのドームが、ユートピアを選択したい我々の欲求を反映しているにもかかわらず、実例の数多くは時としてその反対を示唆する。モントリオールに建設されたバイオスフィアは内部の空調さえ、地下水を循環させる方法で清潔に管理されており、純然たるインスピレーションを人に与える。その対極がツーソンのバイオスフィア II。地球の生態系を人工閉鎖空間で再現できるか試みたものの、有毒な副産物と組織の内紛によって閉鎖を余儀なくされた幾何学構造の建築物である。

1975年に書かれたエッセイで、フラーが持ち前のエクセントリックな文体で想像した2025年は「20世紀アメリカの『シティ マネージャー』機能と同様の、しかしはるかに改善された単一組織で世界は管理されているだろう。その単一の管理組織は、コンピュータが読み出した大多数による選択から、直接指示を受ける。ある決定が人類に問題をもたらすと大多数が考えた場合には、大衆の意見が直ちにコンピュータに表明され、それに従って世界管理組織はコースを変更する」。フラーが思い描いたビッグ データ管理によるグローバル社会は、政治的な現代においてはとてもユートピアではありえない。だが、不気味なほどよく目にする、昨今の風潮でもある。スマート ホームやオール コネクトのように、効率的で自由をもたらすはずのものから、新たな問題点と誤ちの可能性が生まれることがある。人類のあらゆる失敗はテクノロジーによって克服しうると確信したフラーの作品が提起する一連の疑問は、テクノロジーによって社会問題と環境課題を緩和しようとする現代の試みが投げかける疑問と同じものだ。我々が近づきつつあるのは、テクノロジーにサポートされた闇の時代か、それとも終末後の光明か? 我々は革命的変化の先端にいるのか? とすれば、一体誰にとっての革命か? テクノロジーが我々を変えつつあることは明らかだ。だが、はたしてそれは進歩なのか、それとも退行なのだろうか?

  • 文: Kate Losse